最終話

勇者の明王剣が魔王に迫る。

魔王は鋭く、長い牙で応じる。

秘術による守りが既に無効化され、魔王はいささか焦りを覚えた。

接近戦を得意とする勇者との相性が悪い。

そして頼りになる部下はもう居ない。


ーーこれはまずい。何か手を打たねば。


辺りは鬱蒼と繁った森。

それと民家。

この場を凌げそうなものも見当たらないのであった。



「くらえ! ジャスティス斬!」

「ぬぅぅ、無明の火焔!」



真っ正面から2つの力が衝突する。

行き場を無くした炎が森を焦がし、光の力が理屈は分からないが、周辺を壊した。



「まだこんな力を残していたのか。魔王め!」

「貴様なんぞに我が野望の邪魔はさせぬ!」



天下分け目の大決戦。

世界屈指の力が激突することで、周囲の被害も甚大となる。


ただし、タケルの家を除いては。

神の力をふんだんに悪用した彼らは、完全に平常通りだった。



「タケルー。洗濯しちゃうから、汚れ物あったら出しといてねー」

「オレは大丈夫だ」



ニコラの家事は決まって洗濯からだ。

朝日が樽のなかの水を輝かせ、それが気に入っている。

今日も天気が良いので、期待通りとなっている。



ーーさっさとくたばれ!

ーー貴様こそッ!



タケルは言った。

洗い物は無いと。

だが、あくまでその瞬間までの話で、すぐに彼は体を汚すことになる。



「くけっけくけっけ、死ねぇぇーー!」

「おはようステラ。今日も元気良く……」

「死ねぇしねしねしねしね死ねぇ!!」

「ブモゥブモゥ」



今日も歪みきった笑顔でステラが踊る。

その隣でダイアがブモる。

3人が瞬く間に血塗れとなるが、誰一人慌てたりはしない。

いつも通りすぎて微笑ましくすらあるのだから。



ーーとどめだ。食らえっ!

ーーヌゥ、まだまだ!



「あぁん? 誰かいる。外に誰かいるのかぁぁあ!!」



新しい玩具の気配に、ステラは疾駆した。

そして枝伝いに森を進む。

深い森もものともせずに、超高速で移動したのだ。


すると、荒れ果てた地に、活きの良さそうな男が二人も居るではないか。

ステラの鼻息が荒くなる。

そして唇を舌なめずり。

舌先に鉄の味を感じて、一層心が高揚していく。



「くけっ。騒がしくしちゃあダメだぜ。大声だしたら逃げられちまう。くけっけ。静かに、しずかぁに。近寄ったら、いっぱい刺す。いっぱい、いっぱいにぃぃ」



気配を殺して死角から忍び寄る。

抑えきれない鼻息が異様さを際立たせる。

だが、死闘を繰り広げる獲物たちは、気づくことができない。


一方、勇者と魔王の因縁の対決は、間も無く終わりを迎えようとしていた。



「さぁ、観念しろ魔王! お前の野望もここまでだ!」 

「おのれ、おのれ! 人間ごときが、なぜここまでの強さを!」

「この力の源は、正義だ! 正義はいつだって勝つものだ!」

「あってはならん、魔族が人間に破れるなど、あってはならんのだ!」



起死回生の策を求め、魔王が付近を見渡す。

森はすっかり焼けていて身を隠すこともできない。

だが、一人の少女を見つける。

その瞬間に閃いたのだ。



「その正義とやらは、人質をとっても振るえるのか!」

「や、やめろ!」



やめろ、と言ってあげたい。

勇者とは違う意味で。


魔王は制止も聞かずに手を伸ばす。

一人ただずむ人間の女の子へと。

勝利を確信した口がグニャリと歪む。


だが、彼は気づくべきだった。

より凶悪に顔を綻ばせる少女に、警戒心を抱くべきであったのだ。



「クキャァーーッ!」



奇声とともにステラが踊る。

すると、どうだろう。

魔王の腕が、首が、胸が輪切りとなる。

そして勢いを殺すこともなく、地面に崩れた。

魔王として権勢をふるった男の体が、である。


この結果には勇者も唖然とするしかない。

目の前には血塗れの少女が居るだけなのだから。



「……え?」

「くけっ。汚ぇ赤。全然ダメ」

「ええと、お嬢ちゃん。ちょっと聞いていいかい?」

「てめぇはどうかなぁぁ? どんな血の色してるかなぁぁぁ!」

「ひ、ヒィッ!」




長い長い断末魔。

そして静寂。


この日を境に滅んでしまったのだ。

世界を覆わんとする悪意。

そして、その脅威と立ち向かってきた正義の双方が。


後に残されたのは純粋な暴力。

邪気の無い殺意だけが世界を支配した。


人や魔物がそれからどうなったか、知るものは居ない。

ただ今日も変わらぬ笑い声が、小屋から響くのみ。

いつまでも、いつまでも、途絶えること無く。




ー完ー

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神様の力で異世界転生してチートでハーレムなスローライフを おもちさん @Omotty

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