第21話 星の巫女

 余暇部の部室は、静かだった。あれから何日も過ぎたけれど、部長が現れる事はない。

 あの後、一は神月の車で送り届けられた。神月は町で小さな診療所の開業医をしているらしく、何かあったら連絡を、と名刺をもらったが、どこに仕舞ったかもう忘れた。

 呼子や新寺から進展はあったのか尋ねられたが、何も答えられずにうなだれ、その落ち込みようから二人も何事かを察したらしく、それ以上追及はして来なかった。持木にも伊勢にも合わせる顔はない。部長とつながりを作った人々には、一は何もしてやれない。

「……よろしく、って、言われたのにな」

 今日も部室の前に立ちながら、一は呟いた。ドアを開けようとする気が起きない。ここ数日は――いや、部長が消えた日から、一を含めて余暇部に部員が姿を見せる事が減っていっているのだから。

 なんとなく足が向かなくなる。やる事がない。話す相手がいない。理由はなんとでもこじつけられるが、やはり――部長がいないから。あの人がみんなをつなげていた。輪の中心だった。それがこうもあっさりいなくなって、何の影響もないはずがない。

(……二週間前、みんなで馬鹿みたいに楽しく騒いでたのが嘘みたいだ)

 部長の引き継ぎだって、何もしてない。いつかは手続きを済ませなければならないのだろうが、もはやその気力自体が失われていた。一もいずれ、部室を訪れる事がなくなるのだろうか。

 その時こそが本当に部長との離別に思えて、ふさぎ込むような心持ちになりながら開く。

「あ……曲輪くん」

「新寺……今日は来てたのか」

 うん、とちゃぶ台の前に座った新寺が頷き、手元へ目線を落とす。腕の中には――何かの人形が抱えられていた。そういえば、と思い出す。新寺が入部してからしばらく経ったが、彼女はずっと縫い物をしていた。それが今になって、完成したのだろうか。

「本当はこれ……部長さんに渡すつもりだったんだけどね」

 近づいて見下ろすと、新寺が抱えていたのは――。

「……部長?」

 緑のジャージ。長い黒と、白い一房の混じった髪。勝ち気そうな笑顔。腕に抱けるくらいのサイズにデフォルメされていたけれど、そこにいたのは紛れもなく部長だった。

「あんまりいい出来じゃないと思うんだけど……せっかくだから部室に飾ろうと思って。部長さん、帰って来てこれ見たら、喜ぶかな……」

 一は食い入るようにその人形を見つめる。目の下がじんわりと熱を帯びていった。

「そうだな……きっと喜ぶさ。部長の事だからすぐ潰したり、壊すかも知れないけど」

「部長さんはそんな事しないよ。多分、大切にしてくれる……かな?」

 新寺が首を傾けて笑い、腰を上げて誰もいないソファへ向かう。その肘掛けの側に、そっと人形を座らせた。

「これでよし、と。そろそろ昼休みは終わる頃だから、私は戻るね。曲輪くん、早めに教室に行った方がいいよ」

「ああ……なんか、ありがとな」

 ううん、と新寺は微笑みかけて、部室を出て行く。残された一は、時計の針が無機質に進んでいく事も気にせず、その人形を見つめる。

「部長……」

 そっと足が動いて、人形の横へ腰を下ろす。頭が重力に引っ張られて前へ落ちていくが、姿勢を正そうという気にもならない。

 何もできなかった。引き留める事すら。会いたいという目的は達せられたのに、こんなにも胸が痛くて、だのに涙さえ出ない。ひたすらに打ちひしがれていた。

「眠いな……」

 まともな睡眠を取れているようで取れていない。目を閉じればいつだってあの暗闇に部長の背中を見る。近づこうにも、手が届かない。追いかけられない。見えない何かに断絶されて、一はどこにも進めない。

 精神面の疲労に負け、睡魔にも負け、意識が沈んでいく。眠りの中ではせめてもっとマシな夢が見られるのかと思ったが、その瞬間でさえもやっぱり暗い闇が満ちていた。



 闇。だけど、どこか見覚えのある暗黒。知っている。一はこの空間を、見た記憶がある。

 地獄穴。恐らくはその最下層。一はまた、あの暗くて冷たくて狭い、洞穴の中に意識を漂わせていた。夢だという自覚が鮮明にある。ではこれは、明晰夢というやつなのか。

 白装束の少女が立っていた。背を向けて、奥の岩戸を見据えている。

 これは――あの夢の続きなのか。少なくとも時間軸としてはあれよりも先である事が、少女の身なりから見て取れた。

 全身が赤く染まっていた。血だ。返り血ではなく、少女自身から流れたのだと、余計な不純物もない答えが脳に侵入して来る。あの怪物達と戦って、その結果、あの細い四肢に、小さな身体に、無数の傷を作って。

 ふと、背後から気配がした。振り向くと、そこには怪物――ではなく、一人の女性が立っていた。肌は病的なまでに抜けるように白く、背中まで伸びた髪もまた白い。少女と似たような白装束を着ていて、無表情で佇んでいる。

 すると少女も振り返った。髪が揺れて、以前は読み取れなかったその表情が露わになる。顔の半分が血しぶきで赤く濡れていた。なのに、その女性を見つめるように注ぐ双眸は見開かれ、はっきりと喜色を宿していた。

「……お母様!」

 少女が駆け出す。大好きな親の元へ向かうように、少し腕を前に突き出して。――その左腕は肘のあたりから変な方向へ曲がり、左足はずるずると引きずるように音を立てて地面に朱色の軌跡を残し、足取りは頼りない。

「お母様……終わったよ! お役目、終わらせたよ! これで……これで帰れるんだよね? 私、家に帰れるんだよね?」

 お母様、と呼ばれている女性は間近に来た少女に袖口を掴まれ、揺すられても何の反応も示さない。茫漠とした視線は前方へ送られ、口はかすかに開かれたままだ。

「……あ、でも……っ」

 そんな事はどうでもいいとばかりに喜んでいた少女の顔に、暗いものがよぎる。

「……またずっと後に、ここに来なくちゃいけないんだよね? そうしたら私、もうお母様に会えないの? また、一人になっちゃうの……?」

 ぐすり、と喋っている間に悲しみが湧き上がったのか、少女が鼻をすすり上げた。女性は変わらず、虚ろなまま立ち尽くしている。

「私、嫌だよ……また一人になるのは嫌だよ。みんながそれを望んでるのは分かってるよ。でも、だけど……! すごく辛いの。ここ、暗くて、狭くて、冷たくて……何もないから」

 と、そこで女性がようやく反応らしきものを見せた。唇がわずかに動いたように見えて、華奢――というよりむしろ、枯れ木のようにやせ細った腕を上げて、少女の頭を撫でる。

「どうしても、やらなきゃいけないの……? 私にしか、できないから……?」

 女性の仕草から何事かを読み取ったようだが、それでも少女の面持ちは晴れず、逆に癇癪を起こしたように頭を振った。

「そんなの――そんなの知らないよ! 帰りたいよ……友達と遊びたいよ! ……あのね、私ね、友達ができたの……大人しい男の子なんだけど――待って、お母様! 話を聞いてよ! ねえ……お願いだから……っ!」

 途中で腕を下ろした女性は、音もなく踵を返し、一歩、また一歩、と遠ざかってしまう。 少女が走ればすぐにでも追いつけるのに、その力まで抜け落ちてしまったかのように、少女はよろめきながら倒れ込み、手を突いて――泣いた。

 声は聞こえず、闇へ融けるかのように髪を揺らして、ただその場で泣きじゃくり続け、ただ一言だけがこぼれ落ちた。

「……助けて……っ」



 一は目を覚ました。全身が熱を持ち、震えている。

 片頬が熱い。手をやれば、開いたまぶたの下から一筋の水滴が流れた。これは一のものではない。――あの夢の、少女のもの。

 ぎりぎり、と歯を食いしばる。身体中の血液が沸騰し、火がついたかのように覚醒直後のだるさを吹き飛ばしていた。自然と右の拳を握りしめ、何もない虚空を睨み付ける。

 もういい。分かった。充分に理解した。やるべき事も、何もかも全て。

 あの夢は部長からの声なきSOSだ。妄想でもどうでもいい。一はそう信じる。まだ終わってなんかいないのだと。余暇部は今後も、何事もなく部長の下で活動していくのだと。

 部長は超然としているわけでもない、普通の人に過ぎない。楽しければ笑うし、悲しければ泣く。むかつけば怒るし、誰かのために難事へ立ち向かう事だってできる。

 部長は……この部の部長なのだ。星の巫女なんか知らない。伝説。神様。魔神。

 分からない分からない。全然何を言ってるのか分からない。確かなのは、このままでは部長とは二度と会えないという一点。――そんな事は許さない。

「今は……いつだ。時間の感覚が定まらないな」

 どうも昼休みからこちら寝入ってしまい、窓を見れば夕陽。放課後までサボる形になったようだが、別に構わない。一はソファに腰掛けたまま、スマホを取りだし――。

「どこだっけ……まさか捨ててないよな」

 ここ数日における自分の不安定さに嫌な汗が出そうになるが、予想に反して反対側のポケットから固い感触に触れられた。つまんで取りだしたそれは、神月からもらった名刺。

 即座に携帯番号を確認し、スマホに入力。そして耳へ当てた。

『……もしもし?』

 思った通り、神月の声が聞こえてきた。一はなるべく冷静に聞こえるよう声を落とし。

「すみません、曲輪です。ちょっと聞きたい事が」

『曲輪君……? どうしたのかしら、こんなに突然』

「部長の事です」

 そう言うとワンテンポの沈黙が訪れ、やがて聞こえた声には警戒心が感じ取れた。

『……彼女が、何か? 言っておくけど、もう封印は……』

「それです。神月さん確か、星の巫女は肉体を捧げるって言いましたよね。それってつまり、地獄穴の中で何かの儀式を行うって事じゃないですか」

『……だとしたら?』

「それが終わるまでは、まだ部長は無事ってわけですよね。儀式ってどれくらいかかるんですか。それともすぐ片付いちゃうものなんですか」

 気が急いて矢継ぎ早になってしまうが、神月の声音には少しばかり呆れが含まれていた。

『予想以上に鋭いわね……その通りよ。星の巫女はご神体の前へ行き、儀式をするらしいわ。私も人づてで詳しくは知らないのだけど、そうやって巫女は神と同化する……』

「その期間は? 正確には何日くらいかかりますか」

『巫女にもよるけれど、約二週間……後一週間ね。遅くても五月二十八日には、儀式は完了しているはずだわ』

 五月二十八日。一は素早く目を走らせて部室のカレンダーを確認する。本当だ。タイムリミットまで、ちょうど残り七日。すると、ねえ、と神月の方から話しかけて来る。

『先に釘を刺しておくけれど、何かしようと言うのなら――』

 一は通話を切り、次に部員達のアドレス帳を表示した。

 『部長』、のところで一瞬指が止まるが、より視線を険しくしてその下から片っ端に通話相手を呼び出していく。

『むー……一か、いきなり電話とはただ事ではないな?』

「察しがいいな。そうだ、今すぐ部室に来てくれ」

『え、曲輪くん? 直接掛けて来るのって初めてだね。何か用事?』

「その通り。悪いが緊急事態なんだ、部室に来て欲しい」

『あれれー曲輪さん? しばらく会えませんっしたけど、もしかして私の声が聞きたくて』

「大スクープのチャンスだ。余暇部に来い」

『なんだお前、曲輪か? 俺はこれからバイト――』

「部長のピンチだ。ただちに余暇部」

 こんなところでいいだろうか。一の読み通りなら無駄に大勢を呼んで事を大きくはせず、少数精鋭で臨むべきだろう。息を整えて待っていると、十分とせず全員が集まった。

「急に集まってもらって悪いな。安原は櫓の事知らないだろうが、紹介は後だ。用件だけを言うと、部長がやばい」

 何、と真っ先に血相を変えたのはその安原だ。

「どういう事だ曲輪! 姐さんに何が……」

「わけあって事情はかいつまむが、部長は今、祈願山で御三家の神月家に儀式をやらされてる。でもそれは本人の意に反する最悪な事で、だけど部長は色んなしがらみから断る事も、逃げる事もできないでいるんだ」

「ふむふむ……あんまりよく分からないっすが分かりました。これは確かに大事件の予感がするっすね! ――それで曲輪さんは、私達に何をさせようと?」

「話が早くて助かるな。要するに俺が直接祈願山へ行って、部長を連れ戻す。みんなにはその手助けをして欲しい」

「祈願山って……行けばいいじゃねぇか! なんでそれに俺達が……」

 佐倉、と一は呼子の方を見やる。

「今日の朝、変な視線を感じるって言ってたよな」

「い、言っていたぞ。厳密にはもっと前から、物陰とか路地裏とか、ねっとりとしたのを」

「あ、あの、私も……なんだけど、その、視線っていうの。佐倉ちゃんもなら、やっぱり気のせいじゃないのかな」

「そうだ、新寺。俺も誰かに見張られてる。何人か家までついてくるくらいだ。ちらっと見た限りじゃ普通の服装の男とか女なんだが、今までは取り合う余裕がなかった」

 ほうほう、と明莉がメモを取りながら神妙に何度も頷く。

「ストーカーっすかね? でもそれにしては、余暇部の部員だけ……」

「こいつらは恐らく、神月家の監視だ。部長を助けようと俺達が余計な事をしないよう、目を光らせているんだよ。だから何かしようとしても、きっと阻止されてしまう」

「まるで映画の重要参考人になった気分なのだ……捕まったら拷問とかされるのか?」

「さ、さすがにそこまでは……な、ないよね? 曲輪くん……」

 冗談とは思えぬ一の口ぶりに不安や危機感を覚えたのか、部屋の空気が重く――よく言えば引き締まっていく。一はワンテンポ置いて、真顔のまま言葉を重ねた。

「部長を助けるためにも、こいつらをどうにかする必要がある。だが武力で排除は難しい。よって連中を攪乱し、その目をよそへ向ける事によって、隙を作る方針で行く」

 監視などではなく、気のせいや的外れかも知れない。だがたとえ何者だろうと邪魔させるわけにはいかなかった。

「櫓、お前は新たに新聞の号外を出して、祈願山に関するありもしない噂をでっち上げてくれ。内容は好きにしていい、御三家の埋蔵金が見つかったとか、実は温泉があるとか、願いを叶える星が安置されてるとか――人が関心を持ちそうな記事で頼む」

「なるほどぉ……考えたっすね、曲輪さん。それで学校の皆さんが祈願山に近づくようにして、監視の目を分散させる、と」

「いや、一よ。いくらなんでもそれだけでは足りないのだ。ここは呼子もその記事に俳句を載せる事によって、より注目を集めるよう力を尽くすのだ」

「そうだな、佐倉はその方面で櫓を援護してくれ。できるだけとんでもな内容にした方が、みんなも気にかけるだろうからな」

「任せるとよいぞ。今こそ素敵な呼子ワールドの本領を存分に発揮する時なのだ」

 でもですね、とメモを仕舞った明莉が指を立てて異を唱える。

「仮に校内の皆さんの何割かが祈願山に立ち寄ったとして、それでプロのお歴々を欺き通す事ができるとは、私にはとても思えないっすよ」

「俺もそう思う。だから追撃をかける。……新寺、お前のお父さんの勇さんは、町内会の役員だよな?」

「うん……えっと、ていうか会長をやってるよ。私の家もその……御三家の一つだから」

 あ、と一は瞠目した。そうだ、思い出した。神月の前でど忘れしてしまった最後の一つ。

 それこそが新寺家だったのだ。屋敷などを構える他二つの家と違い町中にある普通の一軒家だし、評判自体もほとんど聞かないため遙か彼方に失念していた。

「そいつは都合がいいな……だったら勇さんに頼んで、櫓の記事を町内に張って回ったり、似たような噂を広めてもらえるよう頼んで欲しい。町おこしのためとかなんとかこじつければ、何人かは動いてくれるだろうし」

「うん……じゃあ、ちょっと頑張ってみる。お父さんもこの間の事故で離れちゃったお客さんの信用を少しでも回復したいみたいだから、いい機会かも」

 よし。これで新寺家が動いてくれれば、神月家への牽制にもなるだろう。

「最後に安原。これはお前にしかできない仕事だ」

「おう。姐さんのためだ、肌なら何枚でも脱ぐぜ」

 グロい。

「準備ができたら、お前のバイクで俺を祈願山の地獄穴まで運んでくれ。道案内は俺がやるから、とにかく急いでな。……つまりはゴリ押しだ」

「面白ぇ。久しぶりにあいつも走りたがってるからな、途中で気絶すんじゃねぇぞ?」

「お前こそ警察はもちろん、来るかもしれない神月家の追っ手に捕まるなよ?」

 にやり、と安原と好戦的な笑みを交わし合い、一は立ち上がった。

「期限は一週間。部長が儀式を完了させる前に、何としてもたどり着く。まだ猶予はあるが各自、できる仕事をして欲しい。何かあればグループチャットで相談する。以上だ!」

 おおっ、と呼子がノリノリで一人、腕を振り上げる。

「今までは助けられてばかりだったが、今度は呼子達が悪者から部長をお助けするぞ!」

「ああ……そうだな。――悪い奴から部長を助け出そう、絶対に!」


 この決起集会の後、間を置かず一達は作業にかかった。明莉の記事と呼子の俳句を作成、及び校内への貼り付けを遅くまでかけて済ませ、その間に新寺は勇へ協力を取り付ける。

 翌日からは全員で町を駆け巡り、祈願山についてある事ない事書かれたポスターやら広告を所構わず貼りまくった。人の集まる広場、駅前、公園、大通り、旧市街にまで。

 一は暇を見つけて校内の公式掲示板にも祈願山をタイトルとしたスレを立て、SNSも通じて拡散し認知させておく。内外で広報をし続ければ嫌でも全員の目に留まり、二日後に部室へ向かっている最中、廊下に貼られた新聞前に人だかりができているのを見かけた。

「おいおい、祈願山に埋蔵金が埋まってるってよ。マジか?」

「あの立ち入り禁止の山だろ? また唐突だなー……信じられねぇや」

「って、こっちの俳句なんだよ? 意味分かんねぇんだけど、なんかうける」

「一枚一枚別の詩とか短歌で笑えるよな。他の奴も見に行こうぜ」

 順調に話題になっているようだ。この調子なら、と一はさらに活動へ加速をつける。

 河川敷あたりでうろついていると、また荒見アナに出会った。格闘家襲撃事件、そして花火大会の事件についてしつこくインタビューを受けるが、重要な証言を渡す代わりに祈願山のニュースを取り上げるよう交渉した。

 荒見アナもここ数日での流れのようなものは把握しているらしく、アナウンサーとしての勘も鋭いのかかなり突っ込まれた事を聞かれたが、なんとか取引を成立させる。

 三日後にはついにテレビで祈願山を特集した特番が放送され、一は内心で快哉を挙げた。後はこの状態ができるだけ続いてくれれば、自分達はもっと動きやすくなる。

 たかが一週間、と日数は短いが、やれる事はやった。そして迎えた最終日の放課後。部室のソファで一人座った一は、スマホのグループチャットで状況の報告を聞いていた。

『人生で一番俳句を書きまくったのだ……しばらくはもう何も浮かばないのだ』

『お父さんも積極的にデマを広げてくれて、近所だけじゃなく町のあちこちでみんな噂してるよ。陽動作戦は成功だね』

『むふふー……記者としての血がたぎって仕方ないっすねぇ。後一週間あれば、校内どころかこの町全部を私色に染めてあげられましたのに』

『曲輪、バイクの調子もばっちりだ。いつでも行けるぜ』

『みんな、お疲れだ。本当に助かった。おかげで昨日から家にも、そこらの路地からも何の視線も感じない。……いよいよ大詰めだ』

 彼らを信用していないわけではないが、うまく行こうが行くまいがどのみち今日を決行日とするしかない。一は深呼吸をして最後の指令を伝える。

『佐倉、新寺、櫓は今日は大人しくしててくれ。これ以上の深入りは危険なのもあるが、神月家は突然静かになったお前達をより脅威に感じるはずだ。次は何を企んでいるんだろう、ってな。――そこを安原、お前のテクニックで突破する』

『心得たぜ。合流はどこにする?』

『今から指定する場所で待っていてくれ。そこは以前、櫓と二人で祈願山へ侵入したルートだ、おいそれと連中も気づかないはず。すぐに俺も向かう』

『気をつけるのだ、一よ。これは遊びではないぞ』

『そうだね……充分に気をつけて。部長さんをお願いね』

『無事にお二人で帰って来られました暁には、ぜひぜひ独占インタビューさせて下さいっす! 約束っすよ?』

 ああ、と短く返し、チャットから退出する。スマホをポケットに戻してソファから立ち上がりながら、一は呟いた。

「さて……今行きます、部長」

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