第2話 南美和

 何かあてがあるわけでもなく、一は昼休み中、校内をうろついていた。余暇部と相性が良さそうなタイプを考慮してみても、正直そんなものは部長以外にいないのではないかと暗澹たる気持ちになる。

 入ったところでどうせやる事は部長相手の買い物係、雑用、話相手遊び相手その他エトセトラと、およそ建設的でも健康的でもない事柄ばかり。

 そんな部に新たな部員……平たく言って犠牲者を引き込んでしまってよいものかどうか、もはや良心に訴えかけるレベルで迷いが沸き起こっていた。

 ふと気がつくと運動部の部室や体育館、プールが見える中庭を通り過ぎていた。言うまでもなく運動系の生徒が入ってくれるわけもなく、やれやれと今日何度めかのため息をつきつつ、武道場の前を抜けて校舎へ戻ろうとする。

 ちらりと視線を流した武道場の扉は開いており、中からは気勢の籠もった気合や喝が響き、白い道着に身を包んだ柔道部員達が稽古を行っているようだった。昼休みの約一時間という短い時間にも、熱心な部員――とりわけ上級生は額に汗して練習しているらしい。

「……ああいうノリは部長には無理だし、俺も御免被りたいかな」

 何がそこまで駆り立てるのか分からない懸命なかけ声を背に、振り返った一の前に立ちふさがる影があった。

 長身の男子生徒である。その顔に一は見覚えがあった。安原啓太やすはらけいた 。二年生で、空手部の主将をやっている。

 なるほどガタイは良い。二の腕や胴体には学ラン越しに分かるがっちりとした筋肉がつき、一のような文系とは根本からして身体の作りが異なっているのが分かる。しかし、その格好はお世辞にもスポーツマンとは思えぬやさぐれたものだ。

 着崩した制服から覗く黒いインナー。首からは銀に光るチェーンを下げ、腰にはごてごてとしたどぎつい色の分厚いバックル。両手首にはブレスレットや指輪がきらめき、とにかく全身で自分はごろつきですと表現している服装なのである。

 極めつけに髪の色は染めてこそいないものの、時代錯誤のリーゼント。そしてこめかみの両脇をカミソリか何かでそり込んでいた。

 安原の口元は不機嫌そうに引き締められ、落ちくぼんだ双眸からは炯々とした剣呑な視線が放たれている。その標的はもちろん――ここにいる一だ。

「……お前、文芸部の奴だよな?」

 唖然として上背のある安原を見上げていると、急にそんな事を詰問される。一はごくりと唾を飲み、小さく頷いた。

「げ、厳密には元、だけど……なんか用?」

「なんで退部してない? 伊勢の奴はやめたってのに、お前はあの女のところにどうしてまだ残ってるんだ」

 それは、と一は言葉に詰まり、目線を逃がしながら話を逸らす。

「……伊勢先輩がやめたのは、あんたのせいだろ。あんたがあんな無茶さえしなきゃ、俺も文芸部で楽しくやれてたのに……」

「……なんだと?」

 安原の目つきが険しくなり、一歩にじり寄りながら右の拳を握りしめる。

「部の頭がそれぞれ責任取ったってのに、いい気なもんだな、えぇ? あの女に媚び売って置いてもらって、てめぇは金魚の糞かよ。男らしくねえよな、ああ?」

 うう、と一は後じさるが、すぐに背中が武道場の壁に当たり、下がれなくなった。

 安原の恫喝は自業自得を通り越した憂さ晴らしにも等しいもので、一としても言ってやりたい事は様々あるが、今はとにかく暴力を振るわれるのかとそれが恐ろしい。

「こ、こんなところで騒ぎを起こしてみろよ、あんた今度こそ学校にいられなくなるぞ?」

「プライドを傷つけられたまま、この俺が引き下がれるかよ。それとも何か、助けでも呼ぶか? てめえら雑魚が俺達の足を引っ張ったせいで、一体どれだけ――」

 その時、がらっと武道場の扉が開かれる音がして、一人の少女が姿を見せた。白い胴着を着こなした無駄のない精悍なスタイルで髪を短く刈り上げ、意思の強そうな瞳と屈託のない表情からはいかにも運動部といった明朗闊達な印象を受ける。

「近くで声がするから誰かと思ったら……何してんの安原? また下級生をいじめてるの?」

「ちっ……南か」

 安原が舌打ちして、一から少し離れてその少女と相対する。一は救い主が現れたような心地で少女へ視線を移した。

 この人も運動部での有名人だから知っている。南美和みなみみわ 。女子ながらも柔道部部長として部員達を鍛え、去年には全国大会にも出場したほどの実績があるのだ。

 南は空手部であり体格もある男子の安原にも一歩も退かず、腰に両手を当てて睨み上げるような目線で射貫いている。

「あの件があってちょっとは懲りてると思ったら、腐るばかりで全然反省してないようね。おまけにこの私の目と鼻の先でいじめとか、恥って概念まで忘れて来たわけ」

「……お前には関係ないだろうが。それに別にいじめてるわけじゃねぇよ、こいつを通してあの女に一言もの申してやりたいだけだ」

「へえ? あれだけとっちめられたから、今度は親しい人に狙いをつけて嫌がらせでもする気なの? ……もうやめなよ、こんな事ばかりしてたら、あんたの拳が泣くばかりだよ」

 ぎり、と安原が歯を食いしばり、殺気にも似た気配を醸し出す。一は戦々恐々と交互に様子を見るばかりで、とても入っていけそうな雰囲気ではない。

 こんな事になった全ての発端は、四月も終わり頃のあの日にある。ここにいる南や安原といった運動部、そして一ら文化部を巻き込んだ騒動のせいで、今日に至る軋轢を生んでしまっているのだ。

 元々、この西雲高校は運動部、文化部ともに住み分けがされ、消極的に干渉しあうだけの、いわば同居人のような間柄だった。それは多くの学校でもそうだろう。

 タイプのまったく違う両者が共に励もうとしても無理があるし、競争しようにもそれが可能な競技や種目があるわけでもなく、関わるメリットがあるかというと疑わしい。

 よって水面下で活動を尊重し合い協力し合う事で、波風立てない共生関係が成り立っていたのである。

 バランスの上に成り立つ天秤のような関係にヒビが入ったのは、西雲高校の偉い人――理事長か、生徒会か、とにかく雲の上の方で、ある時この高校の価値を全国に知らしめるため、より部活動に力を入れようという意見が採られたからだ。

 その具体的な方策として、運動部に対しての学校からのサポートが緊密になった。つまり、運動部関係の部活の時間、活動場所、必要な物資、部費が優先的に回され、各部の規模が急速に発展していったのである。

 そのあおりを真っ向から受けてしまったのが文化部だ。運動部と比べ実績には取り立てて派手さも大きな成長も見られるわけではない、言ってしまえば地味であり、暗いイメージもついて回る文化部は自然と活動から遠ざけられ、規模もだんだんと縮小された。

 反対に運動部は幅を利かせて練り歩き、独断で活動時間を延ばしたり、特別教室を勝手に使用したりと学校側の庇護を笠に着てカーストを独占。文化部を露骨に見下し、取っ組み合いや罵倒合戦という小競り合いすらも日常的な風景となってしまっていたのである。

 このゆゆしき事態に立ち上がったのが文化部、および運動部の部長達で、生徒会の調停の元に代表者を立てて話し合い、双方納得のいく折り合いをつけようとしていた。

 その代表者が今、目の前にいる空手部主将の安原と、そして――一が以前所属していた文芸部、その元部長、伊勢雛子いせひなこ なのだ。

 議論の内容は公表されなかったもののかなり白熱し、しかもどちらも譲らない。何回かに渡って実施された話し合いは平行線を辿り、やがてそんな状況にしびれをきらしたのは安原の方だった。

 安原は主将を務めるだけあって実力があり、部員も運動部では最大数を誇る。とはいえ今年に入ってからこちら、安原に関しての後ろ暗い風聞が広がっていた。

 素行が悪い、生徒を恫喝していた、不良らしきグループとつながっている、などというとても部長にはそぐわぬ風評ばかりで、これといった証拠も挙がらない事から特段問題視もされていなかったのだが、それら取るに足らないと思われていた噂は、最悪の形で裏付けられる事となった。

 新入生が入り、生徒会が繁忙期になる時期的に見ても最後の話し合いを控えた前日。部室棟に怪しげな風体の男達を従えた安原が押し入って来たのである。

 その際に多くの部員達が恐怖にさらされ、運動部の邪魔をしないよう脅迫まがいの条件を突きつけられた。おかげでいまだに空手部のみならず、運動部そのものに対して恐怖心を抱いたままの文化部部員もいるほどである。

 要するに、安原は本当に不良であり、グループの仲間を集めて伊勢達を脅したのだ。

 こんな暴挙に出た安原は当然の如く教員、生徒会によって叱責され、空手部の活動を一ヶ月差し控えるようにとの処分を受けるに至る。

 この一件は瞬く間に学校中、そして付近の地区にまで広まり、本来なら被害者であるはずの文化部までも、後ろめたいところがあるなどと根も葉もない陰口を叩かれるようになってしまう。

 だからこの事態を完全に収拾するために、当時の文芸部部長、伊勢は部を引退。それに伴って彼女の人望について来ていた多くの部員も揃って退部し、文芸部は廃部の危機へさらされる事になったのだ。

 だがしかし、すんでのところで文芸部は新たな部長を迎えた上で名を変え、四月を乗り切る事ができた――その人物こそが、今頃は部室でごろごろしているだろう、あの部長なのである。

 安原が不良達を連れて部室棟を襲撃した時、部長もまた居合わせていた。彼女と伊勢は友達同士で、部室から出がけにたまたま廊下で安原達と出くわしたのである。

 実際、文芸部には一人も怪我人は出なかった。安原達が暴力を振るわなかったからではない。正確に言えば、振るえなかったのだ。

 当時の記憶については曖昧だ。同伴していた一もあまりに衝撃的な光景を目の当たりにしたせいで、前後の脈絡がうまくつながらない。

 ――でも、最初に手を出したのが安原達の方だったのは覚えている。

「俺達に従えないってんならよぉ……力ずくで言う事聞いてもらうしかないよなぁ!」

 ――それに対して、伊勢や一達を守るように、部長がふらりと前へ出たのも。

「あー、ちょっと待った。暴力はいけないねぇ」

「なんだてめぇ、そこをどけ――なッ!?」

 今でも夢だったのかと疑う瞬間がある。怒り心頭で殴りかかって来た安原を、部長は楽々と迎撃してのけたのだ。

 振るわれた拳よりもさらに早いスピードの、ストレートパンチを叩き込む事によって。

 相手は仮にも空手部である。それ以前に男子である。腕力も体格もスタミナも劣るだろう女子の、その細く華奢な右腕が振りかぶられ放たれた一撃が、安原を殴り飛ばしたのだ。

 カウンターで命中はしただろうが、それでも大した力が籠もっていたようには見えなかった。なのに安原の体躯は真後ろへ吹っ飛び、引き連れていた不良達の間を縫って廊下を抜け、ドアへばんと背中を叩きつけてずり落ちていたのである。何メートル飛んだのか測っておけば良かったと、現実逃避気味に思ったものだ。

「駄目じゃん。女に手ぇ上げるとか、さ」

 軽く手首を振ってそう得意げに舌を出す部長に、一は心を奪われたみたいに見とれた。 

 この人に関しての噂は聞いた覚えがある。男子顔負けの身体能力を備えた三年生がいると。

 そして実際に網膜に焼き付いた、あまりにも現実離れしたとてつもない力。長くたなびく漆黒の髪と、合間に混ざる一房の純白。あふれる自信と強靱な意志をたたえたその瞳。

 ――これが、この人が自分達を救ってくれた、無敵のヒーロー。

 それからの不良達は総崩れだった。わめきながら取り乱し、廊下を駆け出してドアから出て行く。その際に安原を抱えて行ったのにはわずかに感心したが。

 残されたのは唖然としたまま立ち尽くす一達と口笛を吹いている部長。少しして生徒から通報を受けた生徒会が駆けつけ、みんなそろって事情聴取を受けるとなった次第である。

 ともあれ暴力沙汰になったのは事実。それでも公式的には文芸部がおとがめなしとなり、名誉が守られたのは幸いだった。伊勢や文芸部部員の多数が引退する結果にはなったが、首の皮一枚つながる形の引き継ぎで入ったのがあの部長である。

 元文芸部の余暇部。それが今、一の所属する場所なのだ。

 そんなこんなの確執もあり、空手部凍結に加え一週間の停学まで食らった安原だが、久しぶりに姿を見たと思えば因縁をつけられる。今度こそ病院送りにでもされるかと覚悟はしたものの、ぎりぎりで南に助け船を寄越してもらった。女子に庇われるような形だが、虚勢を張ってはいられない。

 とはいえ、事態が好転したわけでもない。安原はまだ正面に立ちはだかっているし、南が対峙しているものの一触即発。

 武道場には柔道部員がいるはずだが、彼らまで巻き込んでもめ事を起こせば、またしても運動部の不祥事につながってしまう。それは誰も得をしない、望まない未来であるはずなのに、安原の言うプライドとやらのせいか、いっこうに引く様子を見せないでいるのだ。

「なんなんだよ、お前は。俺に説教でも垂れる気か?」

「そんなつもりはないよ。勝負だったらいつでも受けるし。けどそれならもっとまっとうなやり方で来なよ。あんたの八つ当たりに付き合ってるほど、私らも暇じゃない」

「こ、この野郎……!」

 どちらも体育会系で負けん気が強いせいか、さしあたって表面的にも折れる気配はなく、いよいよ衝突は避けられないかと一が思った、その矢先だった。

「なになに、なんか面白そうな事やってんじゃん」

 からからとした脳天気な声がかかり、一達はぎょっとして、声のした通路側へ視線を移す。

 すたすたと軽い足取りでやって来たのは、なんと部長である。やっと部室から出る気になったのか、ジャージのままで髪も適当に手で梳いただけといっただらしなさ加減ではあるが、一は光明が差したように心が浮き立った。

「ぶ、部長!」

「あれ、曲輪もいたんだ、何してんの、こんなとこで……あ」

 と、そこで部長も安原が視界に入ったらしく、足を止めて小さく首を傾けた。一方の安原は目に見えて動揺したらしく、無意識にだろう、半歩ほど身体を下げている。

「てめえは……!」

「ぶ、部長さん、来てくれたんだ」

「そりゃあ、みなみんがメールで来いって言うから、だるい身体引きずって来てみれば……おやおや」

 部長がいたずらっ子のようなからかい調子の笑みを浮かべ、安原を一瞥する。

「もしかしてうちの部員にカツアゲでもしてる? でも残念ね、こいつをアゴで使っていいのはあたしだけだから」

「こ、こいつ……調子に乗りやがって!」

「なに、またぶっ飛ばされたいの? まぁ腹ごなしにはちょうどいいかな。ほらほら、やってみる?」

 にたにたと底意地の悪そうに笑い、これでもかと安原を挑発する部長。そんな事やってたら本当に向かって来かねないと一は危惧するも、安原は視線だけで射殺さんばかりに部長を睨み付け――警戒しながらも後退していく。

「……覚えてろよ、このクソアマ」

「あれ、逃げるの? まーそうよね。今度もぼこられたらさすがにプライドってのがぐちゃぐちゃになるだろうし。いいよ、逃げて正解なんじゃない」

 くそ、くそ、くそ! と安原は歯噛みして悪態をつきながら、校舎の裏手へ消えていった。その背中を見送り、部長はこらえきれないとでもいうように腹を抱えて爆笑する。

「……いひっ、ぶっはははは! あー面白かった! ちょっとはへこんでるかと思ったら全然平気みたいじゃない、これならまだまだ遊べそうだね」

「ぶ、部長……いくらなんでもやりすぎなんじゃ」

「そうだよ部長さん。追い払うだけでいいのに、追い打ちかけるような真似しなくても」

「先に手を出して来たのはどうせあいつでしょ、ちょっときつめのお灸を据えただけよ」

 爪の先ほども悪びれず、肩をすくめてやれやれと息を吐く部長。イケイケモードの時のこの人には何を言っても無駄かと、改めて一は嘆息した。

「でも……安原の奴、ほんとどうしちゃったんだろ」

 と、彼の立ち去った曲がり角のあたりを見つめ、南が小さくこぼす。

「南先輩、安原と面識があったんですね」

「まあ、同じ体育部のエースみたいなもんだし? 何度か話はしたし、お互いに夢について語り合った事もあったよ」

「夢……ですか」

「うん。といっても去年の事だけどね。前はあんな風に荒れてなかった。真面目に空手に取り組んでて、根性ある奴だって思ってたのに。……今はまるで別人だよ。文芸部とごたごたがあったって聞いた時も、正直信じられなかった」

 別人。南の語る去年の安原は、少なくとも無法者としての行いに手を染めず、不良グループとつるむような事もなかったというのだろうか。あるいは、あえて周囲の人間には隠していただけか。どちらにしてもどうして今年になって、急に。

「だから南先輩も、元の安原に戻って欲しくて、ああやって説得を……」

「いや、勘違いしないでね。私は別にあんな奴どうなってもいいけど。あいつについてきてる空手部員の人達も可哀想だし、せっかく鍛えて来た技も、裏切るようなもんだし……」

 ぽつぽつと声が細まっていく南は、気持ちを区切るように大きくかぶりを振った。

「ああっ、もういいでしょ。それより部長さん、よく来てくれたね。今回は助かっちゃったよ」

「偶然だけどね。てか何の用? メールには用件がないみたいだったけど」

 それはね、と言いかける南を、一は遠慮がちに遮った。

「と、その前に、部長と南先輩、知り合いだったんですね。その……文化部と運動部は今、ややこしい感じになってるのに」

「あたしはそんなもん気にしないわよ。前にあいつらがやって来た時も、ひなっちが危ない目に遭いそうだったから助けただけ。逆の場合だったらまあ、笑って見物してるけど」

「いや、それも止めて下さいよ。友達の暴挙なら見過ごしていいわけじゃないんですから」

 げんなりして呟く一に、南は軽やかな笑いをこぼす。

「部長さんには私が一年の時、色々力を貸してもらっちゃったから、その縁でね。君はえっと、曲輪一君だっけ? よろしくね」

「はい、よろしくお願いします、南先輩」

「やだこの子、すっごい礼儀正しいんだけど! 部長さんと一緒の部にいるのが信じられないよ」

「でしょー? 何命令してもはいはいってやってくれるから、もう便利なのなんの」

 何だろう、褒められているのかけなされているのか複雑な心境だ。

 とにかく、と南が部長へ向き直る。

「部長さん、そろそろ柔道部に入ってくれる気になった? 前から何度か話してるけど、うちはいつでも大歓迎だから!」

「……え、いやいや、何の話?」

「今年になって私が部長になったからには、これからぐんぐん柔道部強化に努めていくから! だからあなたのその身体能力をただ遊ばせておくには惜しいわ。ぜひうちに入って、その力を存分に使ってみない?」

 い、いや、と部長は珍しくも顔を引きつらせ、たじたじと引いた姿勢を見せる。

「あたしはそういうのやるつもりないから。ほら、今は余暇部の部長だし」

「固い事言わないの。余暇部なんてあってないようなものだし、掛け持ちでも問題ないってば。そのへんは私が生徒会に掛け合うから、お試しって事で今から入って見てよ!」

「入ってって……見学って事? けどもう昼休み終わりそうなんだけど……」

「十分もあれば足りるって。いいからいいから。ちょっとだけ!」

「ちょっと曲輪、見てないで助けて! あたしが暑苦しいの苦手なの知ってるでしょっ」

「頑張って下さいね、部長」

 武道場内に引っ張り込まれる部長を、一はいい笑顔で見送るのだった。

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