第85話 炸裂
再び絵の中の異界。
「外で何かあったのかな?」
遠目に冬美が倒れ伏すのを見た健作が十魔子に問いかけた。
「分身体に与えられた影響は本体にも反映されるわ。分身の方に何かあったと考えるべきね」
「まさか、博之のやつ、分身の方の秋山さんを撃ったんじゃ……」
「彼の握力じゃ撃鉄を起こせないから、それはないと思うけど……」
「え? あ、そういえば……」
健作の顔が青くなる。博之に貸し与えた拳銃は、撃鉄が途轍もなく重い。分霊人となり、身体能力が格段に上昇した健作ですら両手の親指でやっと起こせる代物である。半病人の博之では何をどうしたところで起こせるものではないだろう。
「しまった。博之、大丈夫かな……」
「やっぱり、そこまで考えてなかったのね。いずれにしても、外で何かが起こっているのは事実。早く冬美さんを連れて脱出しないと……」
眼下では、相変わらず大海蛇が2人に向かって大口を開けて飛び出してくる。
例によって、水柱を形成して飛び移る十魔子。
「とは言っても、私は手を離せないし、拳銃は斉藤君が持ってるし……」
十魔子が恨みがましく健作を見やる。
「だ、大丈夫。俺にいい考えがある!」
健作はウエストポーチから聖兵拳エンジェルを取り出して、腕に装着する。
「リヴァイアサンてのはキリスト教の悪魔だったよね? だったらこれで!」
身体を霊気で構成している妖怪たちには、単純な物理攻撃が通用せず、こちらも霊気を伴った攻撃でないと倒せない。この際、対象となる妖怪が最も苦手とする霊気をぶつけるのがセオリーである。そして、悪魔が苦手とする霊気とは、その宗教圏における神や天使のそれに他ならない。
「けど、それは直接殴って使う偶像器でしょ? ここからじゃ届かないわよ」
「なにもあそこにいるチャラ男を狙う必要はないと思う」
「じゃあ何を―」
大海蛇がまた飛び出す。
健作はそれを決意の込めた目で見る。
「あなた、まさか……!」
「十魔子さん、俺たちが蛇をよけ続けている間、あいつは何もしてこなかった。と、いう事は、あいつは今、蛇の方に殆どのエネルギーを回している状態なんだと思う。あるいは蛇の方が本体で、チャラ男は張りぼてなのかも。どちらにしても、蛇の方を倒せば―」
「そんな、無茶よ! あなた、蛇が苦手でしょ」
分霊人の天敵に対する恐怖は致命的と言っていい。十魔子も、健作が凍り付いたり、失禁しているところを見ているため、不安は尽きない。
健作は、左手を自分の肩を掴んでいる十魔子の手の上にそっと置いた。
「十魔子さんが不安に思うのもわかるよ。情けないところを見せちゃってるからね。でも、十魔子さんが傍にいると思うと、勇気が湧いてくるんだ。あの時もそうだっただろ?」
「……」
確かに、メフィストと初めて戦った日、大蛇に化けたメフィストを見て、健作は恐怖に震えていた。しかし、勇気を振り絞って恐怖を克服した。それ故に、彼は分霊人なのだ。
「……わかった」
「よし、じゃあ俺が蛇を倒す隙に十魔子さんは秋山さんを連れて脱出して。俺もすぐに脱出する。あいつが邪魔をしなければだけど」
リヴァイアサンの本体と思しきアロハシャツの青年は、相変わらずビーチチェアに寝転がって身動き一つしない。
「じゃあ、蛇が飛び出した時に落とす?」
「そうだね。海面から飛び出す瞬間を狙いたい。あと三秒」
「了解! 一、二の三!」
パッと十魔子が手を離し、健作は海面へ向かって真っ逆さまに落ちていく。
健作は体を回して頭を下にし、聖兵拳エンジェルの撃鉄を起こして拳を固める。
海面から、大海蛇が飛び出さんとする。
その鼻柱に健作の拳が叩きこまれた。
瞬間、撃鉄が炸裂し、内部の霊気結晶を打ち砕く。
結晶は霊気へと変換され、偶像器の内部を駆け巡り、その過程で天使の霊質へと変わっていく。
聖兵拳エンジェルの表面に描かれた天使の羽の紋様が輝き、羽ばたく。
紋様の輝きは規模を増し、真っ白い光となって健作も蛇も、海さえも包み込んでいく。
十魔子は、光る海面を滑って冬美のもとへ突進し、彼女の首根っこを掴んでキャンバスに飛び込んだ。
アロハシャツの青年は微動だにしなかった。
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