第74話 十魔子さんは凝り性です
今回の件における十魔子の役割は、見学者として美術部に潜入し、秋山冬美に悪魔が取り憑いているかどうかを確認する事である。
そのはずなのだが……。
「あの、竜見さん……」
「動かないで!」
モデルになっている冬美が何かを言おうとすると、十魔子が鋭く叫ぶ。
スケッチブックを抱え込み、血走った目で冬美とスケッチブックを交互に凝視し、一心不乱に鉛筆を走らせる。
本人はあまり自覚していないが、十魔子は熱中しやすく、そうなると周りが見えなくなるタイプである。
例えば夏休みの宿題。真面目な十魔子は7月中に全て終わらせるように取り組み、プリントやドリルの類はその通りに終わらせられるのだが、自由研究や自由工作、読書感想文等は、適当に終わらせようとしてもついつい熱が入ってしまい、結局8月いっぱい使ってしまうといった具合だ。
「うーん……」
書きあがった絵を見て、十魔子が唸る。
決して下手ではない。モデルに忠実に描かれており、むしろ上手いと言われる絵であろう。だが、十魔子は不満げな顔をしている。
「と、とても上手だと思いますよ」
夏樹が作ったような笑顔で十魔子の絵を評した。
「いえ、これはただ上手いだけの絵です。モデルの内面を描写できていない。対象を描き写すだけなら写真でいい」
と言って、破り捨てようとページを掴む。
「いやいや、十分に内面を描けてますよ!」
「そうそう、何回描いてもこれ以上のものはできないんじゃないかな!」
「いわゆる印象派ってやつですかね」
いつの間にか周りに集まっていた美術部員たちが口々に褒め称える。
十魔子が描き直すのは、これで3回目だ。納得してもらわないと先に進まない。
「まぁ、皆さんがそう言うなら……」
十魔子は渋々とページを離した。
美術部全員が、ホッと胸を撫でおろした。
「さて、次は誰がモデルになりますか?」
十魔子が意気揚々と尋ねる。
美術部員たちはビクッと身を震わせる。
先ほどの十魔子の鬼気迫る様子から、モデルの冬美は身じろぎの一つもできなかった。ともすれば呼吸さえも止める羽目になっていたかもしれない。
当の冬美は入念に柔軟体操をして体を解している。
「じ、じゃあ私が……」
夏樹がおずおずと手を上げ、中央の席に向かう。
入れ替わりに、冬美が十魔子の隣に座った。
周りの美術部員たちも各々の席に戻っていき、再び鉛筆を走らせる音が美術室に響いていく。
しばらくして、冬美が小声で話しかけてきた。
「竜見さん、竜見さん」
「なんです?」
十魔子は絵に集中しつつ答える。
「斎藤君の容体は、どんな感じなんですか?」
「!?」
斎藤博之は、魂をメフィストに取り出され、一口とはいえ食われている。
魂はその日のうちに取り戻すことはできたが、本人は意識不明の重体であった。
幸い、専門の治療によって魂を体に戻すことができ、意識も回復した。それも最近の事である。
だが、彼女にそれを言うわけにはいかない。
表向きは、病気によって休校状態で面会謝絶となっているし、博之と十魔子には何の繋がりもないからだ。
「いえ、私にはなんとも……」
気取られないよう、絵を描きつつ答える。
「そう……」
「なぜ、私が知っていると?」
「だって、斎藤君の友達の三葉くんと……付き合ってるんでしょ?」
パキッ
鉛筆の先が折れた。
「い、い、いきなり何を言うんですか!?」
十魔子が顔を赤くして声を張り上げる。
当然、部員達の視線が集まる。
誤魔化すように咳払いをしてから、声を顰めて反論する。
「そ、そんなんじゃありませんよ。ただの友達です!」
「あら、そうなの? いつも一緒にいるからてっきり……」
冬美は声量を落とさない。
「でも、そういう事なら、わたし、アプローチかけちゃおっかな〜」
冬美がイタズラっぽく微笑む。
「……なんですって?」
「確かに、斎藤くんはかっこいいし行動が目立つけど、そういう人の隣にいてブレーキをかけられる人も、また違った魅力があると思うのよ。シャーロック・ホームズに対するワトソン博士みたいな?」
「……」
「ホームズタイプって傍目から見てる分には面白いけど、付き合ってると疲れそう。その点、ワトソンタイプは堅実っていうか、真面目で誠実。突飛なことはしないで、平凡な家庭を築いてそう。三葉くんはそういうタイプだと思うのよね、うん」
冬美は、独りしたり顔で頷く。
「……そんなことありませんよ」
十魔子らスケッチを続けながら、興味ないという風な声で言った。
「?」
「そりゃあ、真面目と言えば真面目な人ですよ。でも、堅実とはちょっと違いますね。いっつも思いつきで行動するし、人の話は聞かないし、音痴だし……」
はじめは穏やかだった十魔子の語気がだんだんと強くなり、同時にスケッチも荒々しくなっていく。
「料理をすれば肉ばっかり! 使うかどうかもわからないものを衝動買いして! 挙げ句の果てに勝手に部活を作るんですよ! 私に相談もなしに! 信じられます!? 向こうは良かれと思ってやってんでしょうが、せめて一言あってもよかったんじゃないでしょうかね! おまけに……」
「あ、あの……」
「……はっ!?」
気が付くと、部員達の呆気に取られた視線が十魔子に集まっていた。
十魔子の顔が真っ赤になった。それは十魔子自身にも感じられた。
「ち、ちょっと失礼! お、お手洗いに」
十魔子は立ち上がって、逃げるように美術室を出て行った。
「……ツンデレって実在するんだね。初めて知った」
呆然とする美術部の中で、冬美が誰ともなしに呟いた。
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