第75話 患者 斎藤博之

 下田模型店を出た健作は、その足で駅前の潮田総合病院に向かう。霊障被害者の会会長の潮田誠が経営する潮田グループの系列に属する病院だ。


 近くには、当の潮田誠が働いている潮田コーポレーションの本社ビルがある。


 この界隈は、言ってみれば潮田グループの縄張りであり、誠の意向でマレビト関連の施設が密かに集まっている。下田模型店もその一つだ。


 道中でお見舞いのフルーツ盛り合わせを買い、病院にたどり着く。何度も来ているが、その度に圧倒されるほど、白く大きな病院だ。


 受付を済ませて特別病棟へ向かう。病院の奥まったところに存在する、霊障の被害を受けて入院を余儀なくされている患者達が収用されている病棟だ。そのような人達は決して多くはないので、病棟もそれほど大きくはないし、目立たないようにデザインされている。


 特別病棟へ向かう渡り廊下の途中で知ってる顔に出会った。


「あ、おばさん……」


 パリッとしたスーツに身を固めたキャリアウーマンといった風貌の妙齢の女性だが、その顔は目に見えて憔悴している。彼女は博之の母である。


 彼女は健作を見て会釈し、二言三言挨拶を交わすと、足早に通り過ぎて行った。


 博之の母は見ての通りバリバリのキャリアウーマンで、会社でも重要な地位に着いているらしい。家に帰って来ないことも多かったそうだ。健作も初めて顔を合わせたのは分霊人になってからだ。


 そして、博之の家は母子家庭だ。兄弟もいない。博之の変化に気づける人がいなかったのだ。悪魔にとっては恰好の獲物だったのだろう。


 そういったことを霊障被害者の会が開く講習で説明された。


 霊障被害者の会の主な活動として、被害者や、その親族等の特に親しい人達に対する啓蒙活動がある。神や悪魔等の霊的存在の実在、これに対する心構え、どのような人が狙われるか、狙われないためにはどうすればいいか。健作も、健作の両親も、博之の母もこれを受けた。


 あらかじめ健作から説明されていた健作の両親はすんなりと受け入れる事ができたが、博之の母は違った。


 その事で一悶着あったのだが、それは別の話である。


 今では、忙しい合間を縫ってマメに博之の見舞いに訪れていて、健作ともよく顔を合わせるようになった。


 さて、彼女の言うには、博之は今、リハビリルームにいるらしいので、健作はそちらへ向かう。


 メフィストによって魂を取り出され、一口とはいえ食われてしまった博之には、その影響が運動能力の低下として現れていた。そのため、毎日リハビリに励んでいる。


 霊障被害者の会は、被害者の社会復帰にも力を入れている。悪魔に取り憑かれ、生命力を吸い取られた者は、当然生命力が低下する。失われた生命力を取り戻すのに1番良い方法は、とにかく動く事だ。


 なので、このリハビリルームには、特に金がかけられている。


 広大な部屋に、染み一つない真っ白な天井と壁に、安心感を与える木張りの床。


 その中に、多数のリハビリ用の器具が適切な間隔で配置されている。


 しかし、霊障の被害者は絶対数が少ないため、今、この施設を使っているのは博之1人だけだ。


「よう、やってるな」


 部屋に入った健作は、平行棒で歩行訓練をしている博之に声を投げた。


 髪の毛の半分が白くなり、震える手で平行棒を掴んでいる斎藤博之が、ゆっくりと振り向いた。


「やぁ、健作くん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る