第69話 創設者 三葉健作

 3日前の土砂降り以降、空は晴れる事なく、大なり小なり雨が降り、そうでなければ曇り空といった具合だ。


 それでいて涼しいというわけではないので、気がつくと服の下がジットリと汗ばんでいる。


 今日は朝の登校時は雨だったが、授業中は曇り空で、放課後になるとまた降り出すと言ったなんとも意地の悪い天気だった。


 だからというわけではないだろうが、竜見十魔子は相変わらず眉間に皺を寄せて、東棟3階の廊下を肩を怒らせて歩いている。


 右手には、どこからか破り取ったかのような紙を一枚握りしめながら。


 黄麻台高校は新しい学校であり、創立当初からメジャー、マイナー問わず部活が雨後の筍のように乱立して、そして消えていった。


 東棟3階は、部室が多数並んでいる場所であり、淘汰を生き残った部活が多数ひしめき合っている。


 十魔子は、その廊下を突っ切って、一番端の部屋の前に足を止めた。


 他の部室の半分程度の広さ。向かい側に同じ大きさの部屋があるが、それは倉庫として使われている。つまり、この部屋はいずれ第二の倉庫として使われる予定だったろう。


 しかし、部屋の前には「オカルト研究部」と、下手くそな字が書かれたA4の紙が貼り付けられている。


 十魔子はため息混じりに、その部屋の戸を開いた。


「ですから、こう、オカ研らしく神秘的な雰囲気にしたいんですよ。どちらかと言うと和風な感じで、禅というか、侘び寂びというか……」


「つまり、神社や仏閣みたいな感じですか?」


「そこまで大袈裟でなくてもいいんですけど……」


 部屋の中では、頭にヒキガエルを乗せた少年、三葉健作が、見知らぬ長身の女子生徒に変な注文をつけている。女子生徒は、その注文を逐一メモ帳に書き留めている。


『健ちゃん。わたし滝が欲しい』


 おかっぱの女の子の幽霊、花子が健作の袖を引いてねだる。


「あ、あと、滝のインテリアも付けれます? マイナスイオンを感じたい」


「滝ですか? 水系は難しいですよ。手入れも大変ですし……」


「そうですか……、じゃあ……」


『ねぇお願い。ちゃんと世話するから〜』


「……」


 十魔子がこんなやりとりを怪訝な目で眺めていると、健作が十魔子に気が付いた。


「あ、十魔子さん!」


「……何やってんの?」


「部室の内装を検討しようと思ってね。こちら、インテリア研究部の佐々木さん」


「こんにちわ」


 紹介を受けた佐々木が会釈する。十魔子は黙って会釈を返す。


「十魔子さんも、何か要望があれば今のうちに言った方がいいよ」


「……」


『十魔子ちゃん。わたし滝が欲しい。ねぇいいでしょ?』


花子が十魔子の制服の裾を掴んでねだった。


「……」


 十魔子は暫し眉間を押さえて、


「あの、佐々木さん。ちょっとこの人と話があるので、また後にしてもらってもいいですか?」


 と、絞り出すように言った。


「あ、はい。ではまた後日」


 佐々木はそそくさと退散した。


 残された2人と1柱の間に気まずい沈黙が流れた。


「……ど、どうしたの。十魔子さん?」


「どうしたもこうしたもない!」


 十魔子は握っていた紙を机に叩きつけた。

 そこにはこう書かれていた。


 "あなたの身の回りで不思議な事が起こっていませんか? お心当たりの方は、東棟3階のオカルト研究部までご相談下さい。

 部長 三葉健作"


「あら、剥がして来ちゃったの? 困るなぁ」


「困るなぁ。じゃないわよ! こんな張り紙を出して、どういうつもり!?」


「怒らないでよ。俺なりに考えがあってやった事なんだから」


 健作は椅子を引き出し、ゆったりと腰を下ろした。


「考えてってなによ?」


「だからさ、異界造りのための情報収集だよ。妖怪が来たらなんらかの怪現象が起こるって話でしょ? その情報をいち早く掴むためには、なんらかの相談窓口が必要なんじゃないかな〜っと、昨日の夜思いついたの。どう? あ、部長は俺で、十魔子さんが副部長ね」


「……言いたい事はわかるわ。でもマレビトは役所や警察とは違うの。人知れず影ながら活動しなきゃいけないのよ」


「どうして? 別にやましいことしてるわけじゃないんだし」


「あのね、私たちはもう世間一般の人間じゃないの。特殊な能力を持って、特殊な理の中で生きてる異端の存在だということをまず理解して。異端の存在を目の当たりにした時、みんながみんな、あなたのご両親の様に受け入れられるわけじゃない。大抵の場合は排除しようとする。魔女狩りみたいな事が起こってからじゃ遅いのよ!」


「ははは……」


 健作が朗らかに笑った。


「何がおかしいのよ?」


「だって十魔子さん、今は21世紀だぜ? そんな中世ヨーロッパみたいな事なんて起こらないよ。ああいうのは碌に教育も受けてない連中の無知と無理解から来るものであって、教育が行き届いてる現代日本なら大丈夫だって。識字率100%は伊達じゃない」


「そんな理屈が通るんならイジメとか起こらないでしょうが! いい? 人を虐げる人間はね、無知や無理解で虐げてるんじゃないの。虐げたいから虐げてるの。自分が納得できる理由づけさえあれば、あとはなんだっていいのよ」


「うーん……。でも、そんなことをする奴なんてごく一部でしょ?」


「あなたはいい人に囲まれてるからわからないのよ。異端を排除しようとする時、人がどれだけ残酷になれるか……」


 十魔子が唇を噛み締める。


「……」


 いつの間にか、健作は無表情で十魔子の顔を見つめている。


「なに?」


「もしかして、誰かにいじめられた経験があるの?」


「え?」


 健作が徐に立ち上がる。その顔には静かな怒りが燃えていた。


「どこの誰? 俺がぶちのめしてきてやる」


「だから、そういうのをやめろと言ってんの!」


 十魔子は健作の肩を掴んで椅子に座らせた。


「心配しなくても、そんな目にはあってないから」


「本当?」


「本当!」


「なら、いいんだけど……」


「とにかく、目立つ様な真似はやめなさい! 変な評判が立つと、私達だけじゃなくて、分霊人や魔術師全体が変な目で見られるんだからね」


「むぅ……。いいアイデアだと思ったのに〜」


 健作が未練がましく肩を落とす。


「ま、まぁ、仮に怪奇現象に遭った人がいるとして、学校の部活にわざわざ相談する人なんてー」


 十魔子が慰めの言葉を口にしたその時、


 コンコン


 と、扉がノックされた。


「「!?」」

 

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