第70話 相談者 春川夏樹

「「……」」


 健作と十魔子は、黙って扉を凝視している。


 コンコン。


 再びノックされた。


『誰か来たみたいよ?』


 花子が言うと、健作が弾かれた様に立ち上がった。


「こ、こんなに早く来るなんて。ど、どうしよう十魔子さん」


「ど、どうしようったって……。あなたの張り紙で来たんだから、あなたが対応してよ」


「対応って言ったって、ど、どうすれば……」


「と、とにかくお茶でも」


 と、2人は部室中を右往左往し、数秒後、


「い、いらっしゃいませ」


 ぎこちない笑顔で、十魔子が扉を開いた。


 立っていたのはショートカットの女の子だった。暗く沈んだ表情をしているが、普段は明るく快活な性格である様な印象を受ける。


「あ、あの、オカルト研究部というのは、ここですか?」


「え、ええ、まぁ、一応……」


「張り紙を見て来たんですけど、不思議な事件の相談に乗ってくれるとか?」


「そ、そうですね、一応……。まぁ、どうぞ、入って下さい」


 十魔子が相談者を部室に入れ、椅子に座らせる。


「ささ、ゆっくりなさって下さい。チョコレートでもどうです?」


 健作がきゅうすで湯呑みにお茶を注いで、一口チョコレートと一緒に差し出した。


(なんでお茶にチョコレート? 羊羹とかの和菓子はないの?)


(別に和菓子じゃなくてもいいでしょうよ。今はチョコしかないの)


 健作と十魔子がヒソヒソ話していると、


「お、美味しいですよ。お茶とチョコレート」


 気を使う様に、相談者がチョコレートを口入れる。


「そ、そうですか、よかった……」


 呑気に安心する健作を尻目に、十魔子も席に着いた。


「それで、ご相談というのは? あ、まずはお名前を」


「あ、はい。一年3組の春川夏樹です。……あの、こんな事を言うと、なんか変に思われるかもしれないんですけど……」


「大丈夫。当オカルト研究部は相談内容を決して口外は致しません。安心してお話し下さい。私は副部長の竜見十魔子です。よろしく」


 十魔子は営業スマイルで手を差し出し、夏樹がオズオズと握手する。


(なんだかんだ言って、十魔子さんノリノリだね)


『この子、そういうとこあるよね』


 健作と花子がヒソヒソと話す。


「あの、そちらの方は誰と?」


 夏樹が健作に怪訝な目を向ける。


 当たり前だが、花子は普通の人間には認識出来ない。健作が虚空に向かって話している様に見えるのだ。


「……気にしないで下さい。それで、何がありました?」


 十魔子が無理矢理本題に入った。


「はぁ……。あの、友達の様子が変なんです」


「変と言うと、例えば?」


「なんというか、人が変わったみたいになって……」


「人が変わった……。狐憑きか何かかしら?」


 十魔子の目に緊張が走る。


「具体的にはどんなふうに? 言動が乱暴になったとか、予言めいた事を口走るとか」


「いえ、そういうのではなくて……。性格が明るくなって、人とよく話すようになって、友達も増えて、運動や勉強もできるようになったんです」


「……」


 夏樹の声には悲壮感のようなものが含まれていたが、十魔子はキョトンとして目をぱちくりさせている。


「それは……、良い事なのでは?」


「でも、三日前から急にですよ!? それまではホント暗くて無口で、私がいないとなんにもできないような子だったのに!」


「ま、まぁ、『男子、三日会わざれば刮目して見よ』って言いますし」


「女の子です!」


「わ、わかってますよ。その事について、ご家族の方は何と?」


「それは、わかりません。詩織ちゃんは母子家庭なので、お母さんは遅くまで働いてて、あまり会った事ないんです」


「ふむ……」


 十魔子は口に手を当てて考えてみる。


 人間、何がきっかけで変わるかわからないものだ。特に多感な時期の女の子である。今までの自分を変えようと思い、それを実行するのはあり得る。


 しかし、十魔子の心に引っかかるものがあった。


 十魔子は、ふと健作に視線を向ける。


 健作はいつになく深刻な顔色をしていた。


 おそらく、同じものを感じているに違いない。


「とりあえず、様子を見てみましょう。その子、今も学校にいますか?」


「え、えぇ。今の時間は美術部にいると思います。美術部員なので」


「じゃ、ちょっと行きましょうか」


 十魔子は徐に立ち上がった。健作はもう扉の外にいる。ついでに花子もついて行き、取り残された夏樹が慌てて部室を出た。

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