第49話 OB 三葉健作

 異界の中の建造物の構造や強度は、特に手を加えない限り、外の世界のそれに準拠する。


 なので、健作たちが歩くたびに廊下はギシギシと鳴り、今にも抜けてしまいそうだ。


 健作は床が抜けないよう細心の注意を払いながら歩いているのに対し、十魔子は意に介する様子もなく足早に歩いている。


「と、十魔子さん、なんか怒ってる?」


「別に、何でそう思うの?」


 十魔子は振り返ることなく答える。


「だって、旧校舎の女の子の話してから、なんか機嫌が悪いというか……」


「あぁ、あれってあなたの初恋の話でしょ? 微笑ましい事じゃないの。怒る要素なんて一つもないんだから、怒りようがないじゃないの」


「初恋だなんて、そんな……。か、仮にそうだとしても、もう昔の話じゃないか。今の俺が好きなのは十魔子さんだけなんだからさ、機嫌治してよ。ね?」


 健作は十魔子に追いつき、ポーチから板チョコを取り出した。


「チョコレート食べる?」


「……」


 十魔子は板チョコをひったくって、乱暴に食べ始める。


 その様を見て、健作は安心したような気分になった。


「そ、それにしても、女の子の幽霊だっけ? 現れないね。どこにいるんだろ?」


「……さぁね。とりあえず悪意のようなものは感じないけど。何かがいる気配はあるわね」


「な、なにかって?」


「これだけ古い学校だもの。妖怪の一匹や二匹住み着いててもおかしくないわよ。あ、もしかしたら異界造りがされていた可能性もあるわね」


「あぁ、昔は盛んに行われてたって先生が言ってたね」


「あなた、何か聞いてない? この学校の七不思議とか」


「そういえば聞いたことあるなぁ。俺は出くわしたことないから、多分嘘っぱちだよ」


「まぁいいから、覚えてるなら言ってみて?」


 チョコレートはもう食べ終わっている。


「ちょっと待って。えっと……」


 健作は脳をフル回転させ、記憶の糸を探る。


「まず、おなじみのトイレの花子さんでしょ」


「まぁ定番ね」


「うんこしてたら尻をなでられるってのもあって―」


「尻撫でね。あるある」


「ちょっと怖いので、赤紙青紙」


「青紙が白紙のところもあるわね」


「トイレを三回ノックされて、『入ってます』と答えると、『まだですか~』って除いてくる大入道に―」


「……ん?」


「どっかのトイレは異次元への入り口だとかなんとか」


「ち、ちょっと待って―」


「あと何があったかな? 確かトイレが―」


「トイレの怪異ばっかじゃないの! あなたの学校どうなってるのよ!?」


 たまらず十魔子が口を挟んだ。


「やっぱ変かな?」


「まぁ、トイレって不浄の場所だし、穢れが溜まりやすいから妖怪を引き寄せる性質を持ってる。異界造りをするときは大体、最初にトイレの妖怪が来るらしいわね。だからって全部が全部トイレの妖怪というのも考えにくいけど……」


 十魔子が顎を擦って考え込む。


「でも、全部が本当って事もないんじゃない? 作り話の可能性もあるでしょ?」


「トイレの怪談だけ作って広める意図って何よ? そもそも、この話は誰から聞いたの?」


「えっと、確か……当時の校長先生だったかな? こういう怖いことが起こるから旧校舎に入ってはいけないとか……」


「それでも入ったんだ。あなた、校長先生に苦労をかけるの好きね……」


 おそらく、生徒たちを旧校舎から遠ざけようとする苦肉の策だったのだろう。しかし、どこの世界にも天邪鬼はいるものだ。


「でもいい先生だったよ。俺たちが刑事ごっこしてる時に署長役をやってくれたし」


「校長先生だって暇じゃないんだから……」


 十魔子は目を閉じ、当時の黄麻台小学校校長の苦労を偲んだ。


「まぁいいわ。ひとまずトイレを調べましょう。その怪談の真偽はともかく、トイレが妖怪を引き寄せやすいのは間違いないからね」


 対策が決まったところで、ちょうどよくトイレの前を通りがかった。


「ここから始めましょうか」


 廊下の中程にあるそのトイレは勿論木製で、妙に新しいお馴染みの男女のマークで分けられている。


「俺が男子トイレで、十魔子さんが女子トイレを調べるって事でいいんだよね?」


「当たり前でしょ。何を確認することがあるの」


「い、一応、念のためにね。ハハハ……」


 健作は乾いた笑い声をあげながら、男子トイレに入って行った。

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