第48話 黄麻台小学校

 黄麻台小学校は古い学校だ。


 なんでも戦前から存在し、小学校時代の友人の中には、祖父母の代からお世話になっているという者もいた。


 創立時に建てられた木造の校舎と、戦後に建てられたコンクリート製の校舎が並んでいるのが特徴であるが、今は解体工事の為に旧校舎が解体用の足場で覆われていて、それを防音パネルで囲い、さらに児童を遠ざけるように立ち入り禁止プレートが短い間隔で置かれている。


 健作は6年間この学校に通っていた。無遅刻無欠席無早退なのが小さな自慢だ。


「昔はもっと広いと感じてたんだけどなぁ。俺も大きくなったって事か……」


 と、校庭の真ん中で両手を広げ、少し寂しそうに言った。


「ところで、武器は作ってもらったんでしょ。ちょっと見せて。戦力を確認しておきたいから」


「あ、はい」


 健作はウエストポーチから木刀を取り出して十魔子に手渡した。


「ま、三年も経ってるんだから当たり前だよね。思えばあの頃の俺は―」


 感慨に耽っている健作を尻目に十魔子は木刀の品定めを始める。


 なるほど、一級の素材を一級の職人が用いて作っただけあって、なかなか良い品だ。


 しかし、木刀は木刀、偶像器でもないし、過信は禁物だ。


「……」


 ふと、好奇心が湧いて、木刀に霊気を流しこむ。


 すると、木刀の先端に、ポンっと小さな花が咲いた。


「!?」


 十魔子は驚いて、健作と木刀を交互に見る。


 健作はまだ、一人で思いで話をしている。


 十魔子は木刀の先端から花をむしり取って、ポケットに入れた。


「はい、返すわ」


 十魔子は健作に木刀を突き返して、旧校舎に向かってスタスタと歩いていく。


「あ、待ってよ十魔子さん」


「思い出話をしにきたんじゃないんだから、気持ちを切り替えて」


「ちょっとくらいいいじゃないの。こういう機会でもないと来ないんだからさ」


 健作は足早に十魔子についていき、防音パネルの前に着いた。パネルの一部が入るために開くようになっていて、当然鍵がかかっている。


「それで、鍵とか何か預かってるの?」


「いいえ」


「じゃあ、また跳び越える?」


「あのね、私たちの仕事場は異界なんだから、異界から入るに決まってるでしょ」


「そりゃそうだけど、上手くできるかなぁ……」


 健作が不安そうな顔をする。


「黄麻台高校じゃ何度もやってるでしょ」


「でも、あれ三日くらい練習したじゃん? 他の場所じゃやってないし……」


「一度できれば、他所でもできるわよ。じゃあ、まぁ、やってみて? できなかったら一緒に入ってあげるから」


「ホントに!?」


 健作の顔がパアっと明るくなる。


「わざと失敗したら置いていくからね!」


 十魔子が睨みつけて釘を刺した。


「あ、いえ、そういうつもりでは……」


 とはいいながら、健作はあからさまに肩を落とす。


「はいはい、まず目をつむって、足の裏に神経を集中するの」


「はい」


 健作は言われたとおりに目をつむり、足の裏の感覚を研ぎ澄ませる。


 そして、つま先で足踏みを始める。


 つま先は、最初固い地面を叩くのみであったが、やがて、地面の上に薄い膜があるのを感じだす。まるで、浅い水たまりで足踏みをしてる感覚だ。


 その感覚を感じながら、なおも足踏みを続けていくと、不意につま先が地面より下に沈んだ。いうなれば、底なし沼に足を踏み入れる感覚。


 今だ!


 健作は、少し飛び上がって、その沼に飛び込んだ。


 何回やっても慣れそうにない落下感覚。


 目を開けると、そこはもう異界であった。


「ね、簡単でしょ?」


 隣にはすでに十魔子が立っていた。


「ちょっと待って、少し練習する」


 健作は同じ動作で異界からでで、また異界に入る。


「安心した?」


「うーん……。異界に入る時に落ちる感覚がして、出る時も落ちる感覚なんだよね。……という事は、つまり……」


「まぁ、異界が世界に対して下にあるってわけじゃないから。かと言ってどこにあるのかって言われると返答に困るけどね。あまり深く考えない方がいいわよ」


 十魔子は健作の疑問をあっさり流すと、旧校舎を見上げた。


 原則的に異界の構造は外の世界に準拠している。目の前には防音パネルが立っているままだ。学校の塀より少し高い。


 だが、十魔子たちはこれを楽々跳び越えて中に入った。

 

 旧校舎は創立時に建てられただけあって、相応に老朽化していた。


 これが田舎の山奥に建てられていれば、そのままホラー映画の舞台となっただろう。


 壁や柱の木材が朽ちかけていて、地震でも起きれば途端に崩れ落ちそうな気配がする。解体が決められたのも納得の有り様だ。


 傍らには、解体に使うトラックやら、その他諸々の工事用具。仮設トイレまで用意されている。


「改めてみると、ぼっろいなぁ」


 旧校舎を眺めて健作は恩知らずな事を言う。


「よくもまぁ、こんな所で遊んでたもんだ」


「え、この校舎使ってたの!?」


 健作が通っていた頃でも同じような有様だろう。とても使用に耐える様には見えない。


「あ、いや、授業に使ってたんじゃなくて、その……忍び込んで秘密基地的な?」


 健作はバツが悪そうにゴニョゴニョと言った。


「……」


 十魔子は怪訝な目を健作に向けた。


「で、でもたまにだよ? 仲間内で緊急会議する時とか」


「小学生で会議って……」


「いやいや、今時の小学生には大人に言えない悩みがたくさんあるんだよ? 宿題が難しいとか、嫌いな給食が出たとか―」


 健作は指折り数え始める。


「大人に言える悩みだと思うけど、まぁ小学生はそういうので悩んだりするわよね」


「地球温暖化とか、世界平和について話し合ったり―」


「ま、まぁ、ニュース見た時とか、背伸びしてそういう事を考えたりするわね」


 十魔子は少し冷や汗をかいた。身に覚えがあるのだろうか?


「隣町の学校との勢力争いとか、児童会の乱についての対策を話し合ったり―」


「ち、ちょっとなにそれ!? あなたのとこの児童会って内乱が起こるの!?」


「あぁ、会長と副会長が書記の女の子を取り合って一時期険悪になってね。その確執が方々に飛び火して、あわや第二次黄小大戦勃発という事態に―」


「第二次って事は第一次があったのね……」


「まぁ、俺らが会議している間に何とかなったみたいだけど」


「じゃあなんの役にも立ってないじゃないの! なんのための会議なのよ!?」


「ほら、事件は会議室で起きてるっていうし?」


「現場で起きてるの!」


 一段と強くツッコミを入れて、十魔子は眉間を押さえた。


「まったく、あなたの人格形成の一端が見えた気がしたわ」


「それで、俺の友達っていうのがさ―」


 健作はウエストポーチから卒業アルバムを取り出した。


「なんでそんなものを持ってきてるのよ!?」


「当面必要のないものをとりあえず入れてただけだよ。えっと……」


 ページをパラパラと捲っていき、


「あった。こいつら」


 と、沢山の写真が貼られているページを開いて十魔子に見せた。学校行事の写真だろうか。運動会、遠足、その他諸々の一ページが撮られた写真たちだ。


「別に見せなくても……ん?」


 一枚の写真が十魔子の目を引いた。遠足の写真だろうか。ビニールシートが広げられたうえで、5人の子供たちが自分のお弁当を見せつけている。男の子3人、女の子2人、皆子供らしく天真爛漫な笑顔で写っている。


 その中心に座っている男の子は腰にウエストポーチを巻き、なんとも能天気な顔をして、しかし一番の笑顔を見せている。


「この子が健作君?」


 その子供を指して十魔子は聞いた。


「お、よくわかったね」


「まぁ、ウエストポーチしてるし」


 分霊具は、その人物にとって思い入れのあるものになる傾向がある。健作の分霊具がウエストポーチになったのは、このころの思い出の影響が多分にあるのだろう。


「あ、これね。なんかのアニメの主人公が付けてて、ウエストポーチをつけるのが一時期けっこう流行ったんだよ。アニメが終わったら廃れたけど、俺はなんか気に入ってつけ続けてさ。若かったなぁ……」


 健作は遠い目をした。


「今もそんなに変わらないわよ」


 十魔子は皮肉を言ったつもりだったが、健作は照れ臭そうに鼻を擦った。


「えっと……」


 健作はアルバムをパラパラとめくる。


「やっぱりいないなぁ」


「ん、誰を探してるの?」


「いやね? 女の子が一人いたはずなんだよ。俺と同じ旧校舎を根城にするタイプでさ」


「どういうタイプよ、それ」


「おかっぱ頭で幽霊みたいな女の子でさ、今から思えば、あの子に会いに行ってたのかもなぁ……」


 健作は閉じたアルバムを抱きしめて、切ないため息を吐いた。


「ふーん……」


 十魔子は、そんな健作に、目を細めて冷たい視線を送っていた。


 そして、旧校舎に視線を戻して、スタスタと中に入って行った。


「あ、あれ? 十魔子さん?」


 健作はアルバムをポーチにしまい、慌てて後を追った。

 

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