第12話 友の正体

 どのくらいの時間がたったのか、二人は見知らぬ学校の廊下に倒れていた。


「ハッ!?」


 健作が起き上がる。同時に十魔子も目覚める。


「竜見さん、大丈夫?」


「ええ、私は平気」


「ここはどこだろう? 竜見さんはわかります」


「異界のなかでしょうね。メフィストフェレスが作り替えたのよ」


「そんなことができるの!?」


「その異界の主。つまり支配者になればね。ところで、その……」


 十魔子が自分の手を握っている健作の手を見た。


「あ、ごめん!」


 健作は慌てて手を離した。


「ほら、あの中で離れないようにね。た、他意はないよ」


「わかってます」


「あっそう……」


 あまりにもはっきり言われたので、健作は少しだけしょぼんとなった。が、すぐに気を取り直してあたりを見回す。


「博之はどこだ? あの悪魔と一緒かな?」


『そうだよ~』


 突然、周囲からメフィストフェレスの声が聞こえてきた。ちょうど校内放送のような聞こえ方だった。


「メフィストフェレスとかいうやつ!」


『二人きりのところを邪魔して悪いね。まっすぐすすんだところに階段があるからさ、それを上がってすぐ右の部屋においでよ。視聴覚室っていうの? ここで重大な事実を発表するからさ。急いできてね~』


 放送は一方的にまくしたててブツッと切れた。


「あの野郎!」


 健作は歯を食いしばって天井をにらみつけた。


 ちょうど進んだところにメフィストフェレスが言うように階段がある。健作はそこに向かって進みだした。


「ちょっと待って」


 十魔子が健作の腕を掴む。


「わざわざ馬鹿正直に行くつもり? こんな、罠と言っていいのかわからないほど見え見えの手に」


「だからってほっとくわけにはいかないだろ。友達が捕まってるんだ」


 健作が十魔子の手を振りほどく。十魔子は悲しい目を向けた。


「友達って、どっち?」


「博之に決まってるじゃないか。何をいまさら……」


「あなた、本当に気づいてないの?」


「な、なにが!?」


 健作は思わず目をそらした。


 十魔子は暫く眉間を抑えて、やがて重い口を開いた。


「いい? 落ち着いて聞いて。今朝の斎藤君は私から見ても別人の様だった。あなたもそう思うわね?」


「……ああ」


「そして、彼は体育館に来た。それも異界の中に。この時点で関与してるのは明らか。ここまでいい?」


「……」


 健作は無言で頷いた。


「そこで、メフィストフェレスの亡骸が彼の体に入り込み、彼はあなたのよく知る斎藤博之になった。そして、斎藤君はメフィストフェレスを吐き出した。あなた、悪魔にいったわね、なんで博之の真似をするのか!? って」


「……」


 健作は頷くこともしなかった。それは無言の肯定だった。


「結論を言います。斎藤博之は、おそらくあなたと出会った時には悪魔にとり憑かれていた。いや、悪魔を自分に”とり憑かせて”いた。あなたが友人として接していた斎藤博之は、彼の体を借りていたメフィストフェレスだったのです」


「……」


 健作は無言で壁に頭を打ち付けた。


「なんで、そんな、悪魔に身体を乗っ取らせるなんて……」


「どういう事情があったのかはわかりません。しかし、人間の魂は強い抵抗力を持っています。無理やり乗っ取っていたのなら何かしらの異常が出てたはずです。心当たりは?」


「……」


 健作は壁に頭をつけたまま力なく首を振った。


「なら、斎藤君は能動的に悪魔に身体の主導権を渡していたはず。つまり、彼は知っていたんですよ。メフィストフェレスがあなたに何をしたか。何を企んでいるのか」


「……」


 健作は固く目を閉じた。心の中にグチャグチャした感情が渦巻く。それが悲しみなのか、怒りなのか、健作自身にもわからない。


「三葉君。辛いでしょうが、気をしっかり持って」


「いいんだ、わかってる。それで、これからどうすればいい?」


 壁に頭をつけたまま顔を十魔子に向ける。


「……まず、何とかしてここを脱出して、それから応援を呼んで、改めてメフィストフェレスを倒す。こんなところでしょうか」


「博之は? 見捨てるの?」


 壁から頭を離して十魔子を見る。十魔子はバツが悪そうに顔をそむける。


「斎藤君はメフィストフェレスと契約を交わしているはずです。それがどういうものであれ、全うするまでは殺さないはずです」


「殺されなくても、さっきのあれ見ただろ?ミイラみたいになっちゃって。ここに置いていったら何をされるか」


「悪魔に身体を明け渡したんですよ! 厳しいようですが、自業自得です!」


 十魔子が声を荒げ、健作に背を向けて腕を組む。自分でも酷いことを言ってるとわかっているのだろう。


「でも……」


「私だって何とかしたい。でも、相手は古くから知られる悪魔ですよ? そんなの相手にあなたを守りながら斎藤君を助けると言えるほど、私は自惚れていません!」


「……」


「……」


 長いようで短い沈黙の後、


「……わかった。無理を言ってごめん」


 健作が肩を落として言った。


「あなたが気にすることじゃ……」


 十魔子が目を伏せながら振り向く。


 そして、健作は廊下に備え付けられている消火器をおもむろに抱えた。


「なら、俺の身は俺が守る。それで解決だね」


「……はぁ!?」


「さぁ、行こう!」


 健作は元気よく駆けだした。


「ちょ、ちょっと、待ちなさい!」


 十魔子が慌てて後を追う。

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