第9話 黄麻台高校
翌朝。
「いってきまーす!」
健作は元気よく家を出た。昨日は遅くに帰って両親からお小言をもらったが、博之と遊んでいたと言ってごまかした。以前にもあったことなので深くは追及されなかった。分霊人になった事も、十魔子の言っていた支援組織に行ってから説明しようと判断し、秘密にしている。
それにしても不思議な気分だ。見慣れた通学路なのに、とても新鮮で輝いて見える。昨日の晩御飯も今日の朝食も、今までとは比べ物にならないくらい美味しく感じた。これも分霊人になった事による影響だろうか?
などと感動している場合ではない。
「やっべ、遅刻遅刻!」
昨夜は異常な睡魔に襲われ、晩飯を食べると早々と寝てしまった。それなのに、起きたのは授業開始の15分前だ。5分前には着かないと遅刻になってしまう。
「くそう、あと10分じゃ間に合うわけないよ」
そういいながらも全力疾走してしまうのは人の性である。
そうして走ること5分。
黄麻台高校の校門についていた。
「あ、あれ?」
戸惑いながらも滑り込むように校門をくぐる。
県立黄麻台高校。3年前に新設された新しい学校である。校風やら設立理念やらを入学式の時に校長先生が話していたが、健作は近いからという理由で選んだのでろくに聞いていなかった。
制服は男女ともにブレザー。可もなく不可もないデザインだ。
校舎に据え付けられている時計を見ると、始業の10分前。いつもの半分の時間だ。
ややぐうたらな生徒たちが校門をくぐっていく。
その生徒たちの波に取り残されるように、校門に寄りかかって腕を組んでいる女生徒が一人。
「あ、竜見さん。おはよう!」
「……おはようございます」
元気のよい健作とは対照的に、十魔子は眉間にしわを寄せて陰気な声で挨拶した。
「どうしたの竜見さん。元気ないね」
「どうしたもこうしたもないですよ。昨日はどうしたんですか? まだ説明しなきゃいけないことがたくさんあったのに」
「え? あぁ、あれね。ごめんね。ちょっと事情があって。でも、今日は大丈夫。ちゃんと、その、とにかく大丈夫!」
健作は昨日の夜も、今日の朝も、ちゃんと”処理”をしてきた。そのおかげか、こうして十魔子と相対してもどす黒い衝動は湧いてこない。
「……?」
十魔子は首を傾げたが、目の前の健作に特に異常が見られないので、とりあえず安心して、校門から背を離して歩き出した。健作もその隣で歩き出す。
「それで、もうご両親には言ったのですか?」
「いや、まだだけど、言わなきゃダメだった?」
「それこそケースバイケースですよ。自分の子が普通の人間ではなくなったことをすべての親が受け入れられるわけじゃないですから。三葉君のご両親はどうですか? あなたの目からみて」
「え、どうだろう。そんなに気にしないんじゃないかな?」
健作は両親の顔を思い浮かべて漠然と答えた。
「それはよかった」
「ところで竜見さん。この事って友達にも行っちゃダメかな?」
「友達って、斎藤博之君のことですか?」
「知ってるの?」
「知ってるも何も、問題児とそのお目付け役として有名ですよ、あなたたち」
「有名だなんてそんな……」
健作は気恥ずかしく頭を掻いた。
「ほめてないですよ。その人、信用できるんですか? ちゃんと秘密を守れます?」
「それは……、あ、だめかも。あいつ口軽いし」
「じゃ、ダメじゃないですか」
「ま、まって、確かに博之は口が軽いし、意地が悪いし、思いやりはないし、自分が面白いと思うことを最優先するやつだけど、根はひねくれていて……あれ?」
「あなたたち、本当に友達なんですか?」
十魔子があきれたような眼を向けた。
「でも、あいつなら力になってくれるよ。あ、噂をすれば」
健作は前方に背中を丸めてトボトボと歩いてる博之を発見した。
「ちょっとごめん。おーい、博之!」
十魔子を置いて博之に駆け寄りながら呼びかける。
「!」
博之はビクッと全身を痙攣させて立ち止り振り返った。
「博之、今日のカラオケだけどさ……」
健作は言い淀んだ。博之の様子がおかしいことに気づいたのだ。
いつもは無根拠な自信に満ち溢れていて、傍若無人を絵に描いたように堂々しているのに、今の様子はその真逆だった。自信が全く感じられず、全身で誰かの顔色を窺うように背を丸くしてオドオドしている。
「お、お、おはようございます……」
挨拶も、まるで初対面の人間に対するそれだ。流石の健作も異常に気づく。
「お前、大丈夫か? なんか変だぞ」
「だ、大丈夫、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないだろ。熱でもあるんじゃないのか? 学校休んだ方が―」
「ほ、本当に大丈夫だから! ご、ごめん!」
そう言って博之は校舎の中に駆けていった。
唖然としている健作のもとに、十魔子が歩きながら追いついた。
「彼のことはよく知りませんが、あんな人でしたっけ?」
「いや……」
立ち尽くす健作の隣で、十魔子は眉をひそめた
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