第10話 友人 斎藤博之

 午前の授業は滞りなく終わった。


 授業の合間、健作は博之と話そうとしたが、避けられているようにどこかに消えていて接触することはできなかった。


 授業中も博之は借りてきた猫の様にビクビクとしていて、先生に心配されていた。


 そして、昼休みになった。


 健作は大量の総菜パンを抱えて、それを食べながら食堂や各教室、中庭など、生徒たちが昼食を食べる場所を巡っていた。


「……」


「三葉君?」


「!?」


 背後から急に声をかけられて、健作はパンをのどに詰まらせた。慌てて牛乳を飲みこみ、流し込む。


「ゲホッゲホッ! 急に声をかけないで」


「歩きながら食べるからです。行儀悪いですよ」


 十魔子が怪訝な顔つきで言った。


「だって腹が減ってるんだもん。食い終わる頃には昼休みが終わっちゃう」


「……」


 十魔子は呆れたようにため息をついた。


「斎藤君を探してるんですか?」


「うん、なんか変だったからさ」


「そうですね。私から見ても、あからさまに様子が変わりましたからね。悪魔を倒した翌日に」


 思わず健作は十魔子の顔を見た。彼女は眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。言葉には突き放すような冷たい響きがあった。


「ちょ、ちょっと待って竜見さん。まさか昨日の事に博之が関係しているとでも?」


「……あなたもそう思ったから探してたんじゃないのですか?」


「そ、それは……」


 健作は言葉に詰まった。昨日、悪魔が現れ、そして倒された。その直後に親友が別人のように変わった。立て続けに起きた二つの変事が関係しているかもということは健作の頭の隅にもあった。だからこそ、あえて体育館を探していなかったのかもしれない。


「でも、それじゃ……そんなはずは……」


 健作はなんとか否定しようと言葉を探した。昨日、健作を体育館に向かうよう仕向けたのは博之なのだ。


「そんなはずない! あいつは友達なんだ!」


 健作は抱えていたパンをポケットに詰め、駆けだした。


「あ、ちょっと!」


 十魔子が慌てて後を追う。


 健作は思い思いに遊んでいる生徒たちの間を縫ったり飛び越えたりしながら校庭を全力で突っ切って体育館に向かう。


 体育館は特別なことがない限り、昼休みには閉じられている。なので、体育館の周りは校庭の喧騒とは対照的に静かなものだった。


 そこには博之がいた。


「おい、博之!」


「!?」


 呼びかけられた博之は、青ざめた顔をして壁の中に消えた。


 健作がその場に駆け寄ると、壁が微かに波打っていた。昨日、十魔子の部屋で異界に入った時と同じ光景だ。


 恐る恐る手を伸ばして、波紋に触れる。体育館の壁なのに、まるで水面に手を付けたかのような感触だった。指先を中心に波紋が広がり、壁に吸い込まれていく。


 その瞬間、健作の脳裏に胸に突き立てられた黒い槍がフラッシュバックした。


「!?」


 反射的に指を壁から離す。全身から汗が吹き出し、心臓が早鐘の様に鼓動し、息も荒い。それでいて背筋は氷の様に冷たくなっていた。


「三葉君」


 呼びかけられ振り向くと背後に十魔子が立っていた。


「もういいでしょ。彼が昨日の悪魔と関わっていた事は明白よ。あとは私に任せて」


 十魔子は壁に歩み寄り、波紋に手を伸ばした。しかし、それを健作が遮る。


「三葉君。もうあなたにできることは何もないわ。そこをどいて」


 健作は首を振った。駄々をこねる子供の様だった。


「……あのねぇ」


「あ、あいつとは……」


「?」


「博之とは、出会ってまだ一か月だけど、あいつとは、気が合うんだ。見捨てるわけにはいかない!」


 健作は意を決して波紋の中に飛び込んだ。


「あ、こら、待ちなさい!」


 十魔子もあとに続く。

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