第7話 蟇蛙 三葉健作

 気が付くと、健作は一匹のオタマジャクシになっていた。


 そのことに対して何かを思うということはなかった。そんな暇がなかったというべきかもしれない。


 どことも知れない池の中で、健作は生きることに必死だった。


 口に入るものは何でも食べた。魚の死骸、プランクトン、藻、共食いも平気でした。味などこだわりはしない。食べれるものなら何でもごちそうだ。


 そして、周りのすべてが敵だった。同時に生まれた何万匹の兄弟たちは日を追うごとに減っていく。魚に食われ、鳥に食われ、虫に食わた。


 そして、最も警戒しなければならないのはその兄弟たちだった。こうして一つに固まって過ごしているのは他の敵に狙われる確率を少しでも下げるためだ。仲間意識など微塵もない。餌にありつけない日は、群れの中の少し弱ったやつに一斉に食らいついた。忌避感などあろうはずもない。


 そんな生活を続けるうちに、足が生え、手が生え、尻尾がなくなり、当たり前の様に陸に上がった。


 陸に上がってからも大して変わらない。脅威を感じれば身を固くしてやり過ごし、食べられると思えば何でも食べる。


 やがて、健作はでっぷりと太った大きな蟇蛙ひきがえるとなっていた。


 こうなると、もはや敵なしだ。健作は昼間は寝て過ごし、夕方になると起きだして餌を探してのそのそと歩き回る。そんな生活を満喫した。


 ある日の事だった。その日は満月で、健作は何かに突き動かされるように自分が生まれた池に向かっていた。全身の血が燃えるように熱い。自分の中に溜まったものを解き放てと本能が叫んでいる。ちなみに健作は雄だ。


 興奮を抑えきれずに足早に池に向かう。そのことが注意力を失わせたのか、”それ”に遭ってしまった。


 赤黒く細長いそれを見た瞬間、健作の全身が一気に凍り付いた。健作はかつてそうしたように、全身を石の様に固くして、脅威をやり過ごそうとした。


 だが、それは諦めなかった。チロチロと舌を出した後、口を大きく開けて健作を呑み込んだ。


 冷たく、押しつぶされそうな闇の中で、健作は死んだ

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