第4話 死
それが胸を貫いたとき、健作は不思議と痛みを感じなかった。
ただ、全身に強い衝撃が走り、異様な喪失感が胸から全身に染み出していくような感覚があった。
血は出ていない。が、全身から力が抜けていく。
すぐに立っていられなくなり、膝が折れ、前のめりに倒れる。腕を出そうと思うも動かないので、顔を床に強く打ってしまった。しかし、痛みは感じない。
代わりに睡魔が襲ってきた。眠ったら二度と目覚めない事を予感するほどの凄まじい睡魔だった。
(ああ……俺……死ぬんだな……)
健作は死を自覚した。それは、健作が今までイメージしていた苦痛に満ちたものではなく、むしろ春の陽気の中で二度寝をするかのような心地よさがあった。
このまま瞼を閉じれば、どれだけ気持ちよく寝られるだろう。そんな考えが健作の脳裏をよぎった。
「三葉くん!」
突如、体を仰向けにひっくり返されて、耳元で怒鳴られた。
竜見
「三葉くん、しっかりして!」
普段の能面のような顔が崩れ、黒い清流のように整った髪を振り乱し、目に涙を浮かべて叫んでいる。
(よかった……無事だったんだ……)
今の状況はよくわからないが、あの時、自分がああしていなければ、彼女が傷つき倒れていただろう。それを思えば、今の状況も仕方がないと健作は思えた。
(いいんだ……好きな人を守れたんだから……)
きっと、自分は意味のあることをしたのだ。家族もわかってくれるだろう。そう思うことで、健作の心は安らかだった。
(……好き?)
健作の心が乱れた。健作は十魔子に視線を向けた。
十魔子は健作の胸に両手を置いて、歯を食いしばっている。
健作には十魔子がなにをしてるのかわからないが、彼女の必死な顔が不思議と愛おしく思えた。
先ほどの驚いたり、焦ったり、悲しんだりした顔も、普段の能面のような顔も、愛しく感じた。
もっと彼女の顔が見たい。色んな竜見十魔子を見てみたい。
そう思った瞬間、さっきまで心地よく感じていた睡魔が、この世のどんな事よりもおぞましいものとなった。
「あ……あ……」
健作は声にならない叫びをあげた。
自分が消えてしまう事の恐怖が、鮮明に襲いかかってくる。
死にたくない!
死にたくない!
死にたくない!
健作の心は生への渇望と死への恐怖で満たされた。だからいってどうにもならない。蟻地獄に引きずり込まれ、なおもがく蟻の気持ちを理解した。
ふと、脳裏に母の顔が浮かんだ。続いて父や兄をはじめとした家族の顔が浮かぶ。幼い頃の懐かしい友人達。飼っていた犬。初恋の女の子。次々と浮かんでくる思い出。
走馬灯というものだろうか、健作が今まで辿ってきた人生が思い出される。平凡で、だからこそ幸福な人生だ。
最後に博之と過ごし、十魔子を遠くから見ていた一ヶ月の高校生活が浮かび上がり、そして、健作の意識は闇の底に沈んでいった。
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