第3話 目撃者 三葉健作
「……あれ?」
健作は同じ場所に立っていた。確かに先程、足を踏み外すような感覚があったのだが。
しかし、ここは平坦な地面だ。そんなことがあるはずがない。時おり、階段を降りきったのにまだ続いていると思って足を踏み出す時があるが、それと同じ事だろうか?
気を取り直して顔をあげた健作の目の前を火の玉が通りすぎた。
「……ん?」
野球ボールくらいの大きさの青白い球体が蝋燭の火のようにゆらゆらと淡く発光しながら不規則に飛んでいく。
「……んん?」
健作は周囲を見回した。ひどく暗い。それは日が沈んだからというのではなく、光を感じられないのだ。それでいて、目の前の景色はハッキリと認識できる。
一見、見慣れた学校の景色だが、ひどくゆらゆらしていてハッキリと形が定まらない。まるで夢の中のような不思議な感覚だ。
しかし、後ろを振り返って見る体育館はキッチリと定まったいつもの体育館だ。だが、先程と違うのは、固く閉められた扉が開け放たれているという点である。
何もかもよくわからない状況であるが、健作が真っ先に気になったのは、
「なんだ、この臭い」
思わず鼻と口を押さえた。
異臭がする。
今まで嗅いだことはないので表現しずらいが、とにかく不快な臭いだ。
この臭いは周りからも漂ってくるが、一層強く臭うのは目の前の体育館からだ。
一刻も早く体育館から離れたかった健作だが、体育館の中に人の姿を見て足を止めた。
竜見
(こんな所で何をしてるんだろう?)
その興味が健作を体育館へ向かわせる。
「!」
足がもつれた。なにやら全身に疲労感がある。足に力が入らない。
体育館の入り口の縁に寄りかかる事で転ぶのは避けられた。
そこから中を見てみると、それは酷い有り様だった。
体育館のあちこちにどす黒い染みが広がっていて、よく見ると微かに蠢いている。臭いの元はこの液体だろうか、体育館の中は凄まじい異臭で満ちていた。
その体育館の中央に十魔子は立っていた。
こちらに背を向けているので健作には気付いていないようだ。彼女の身体からは淡い光が発生しているように見える。
突然、十魔子は合掌した。同時に彼女の身体からでる光が明確に強くなった。
「はあぁぁぁぁぁぁぁ!」
気合いのような、雄叫びのような、とにかく強い声を発し、その声に呼応するように光は強くなっていく。
そして、十魔子が両手を高く掲げる。光が一瞬、十魔子の中に吸い込まれた。
「大霊波!」
十魔子が叫ぶと同時にその全身から凄まじい閃光と突風のような衝撃波が発せられた。
健作は扉の縁に掴まり、なんとか衝撃波に耐える。床を見ると、黒い液体が衝撃波によって引き剥がされ、光を浴びて消滅していた。
十秒に満たない時間だったろうか、光と衝撃波は止んだ。顔をあげると体育館はいつもの綺麗な体育館となっていた。気がつけば異臭もしていない。
竜見十魔子は、変わらず体育館の中央に立っている。が、突然その場にへたりこんだ。
「あ!」
健作は思わず声をあげた。
その声が聞こえたのか、十魔子は顔をこちらに向けた。そして、健作と目が合った。
「……」
「……」
永遠とも思える一瞬であった。
「あ……あ……」
能面のようだった十魔子の顔がみるみる驚愕に染まっていく。
「あなた! こんなところで何してるんですか!?」
「え? なにって……え?」
十魔子が立ち上がってズカズカと歩いてくる。
それは、健作の抱いていた十魔子のイメージとはかけはなれていて、しかし、決して嫌な驚きではなかった。
十魔子が健作の手を取った。そして、手相を見るかのようにその手を見つめる。
「とにかく出ないと。どうして、ちゃんと入り口は塞いだはずなのに!」
十魔子は健作を押し退けて何もない空間に手を置いた。
「あの、竜見さん?」
「静かに!」
「……はい」
空間に置かれた十魔子の手が淡い光を帯び、そこから空間に波紋が広がる。
その時だった。
スタッと、微かな音が健作の耳を触った。
何気なく振り向くと、健作達の後方に人影が1つ、着地したかのようにうずくまっていた。
男か女かはわからない。
全身を喪服のように黒いスーツに包んで、同じくらい黒い帽子を目深にかぶっていて顔はよく見えない。その帽子からはみ出るようにふわりとした金髪が見えた。
十魔子は集中していて気付いてないようだった。
その人物が右手をあげ、掌を上に向けていた。掌から浮いてる形で黒い槍のような物体が形成されている。
そして、右手で放り出すような動きをする。
「!」
黒い槍が健作達に向かって飛んできた。より正確に言うなら十魔子に向かって。
「危ない!」
健作は十魔子を突き飛ばした。
そして、健作の胸に黒い槍が深々と突き刺さった。
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