第4話
「いや、謝る事はないよ。
正直に話してくれて構わない」
坂さんは、暫く躊躇うような素振りを見せた後
しっかりとした眼差しを私に向けた。
「あたし、演劇の養成所に通おうと思ってるんです。
基礎からしっかり学んでみようかと…
だから、ここでの仕事は入学金が貯まるまでの
間だけって決めてるんです」
「…そうか」
私は口髭を指で撫でながら思案した。
そして、彼女に提案する。
「その入学金、私に出させてくれないか?」
「えっ!」
心底驚いたように大きく口を開け、頻りに瞬きを繰り返す。
やがて、顔いっぱいに訝し気な表情が浮んだ。
私は、坂さんの胸の内に浮かんだであろう疑問に、ゆっくり応える。
「妙な下心など無いから安心しなさい」
「別に…そんな事…あたし…」
図星を指され、目を逸らすと乱暴にカップを手に取りごくりと飲み干した。
「夢を追う若者を応援したいだけだよ。金持ちの道楽だと思ってくれてもいい」
「でも―――――」
「君なら、きっと素敵な女優になれるさ」
微笑み掛けると、耳まで赤く染めた。
「その代わり条件がある」
付け足した言葉に緩みかけた表情が一気に強張った。
「条件て何ですか」
表情同様、硬い声が尋ねる。
「君が女優として成功した日、一番に花束を贈る誉を私に与えてくれないか?」
「あ…」
不信感に満ちていた大きな瞳が微かに潤んで見えた。
「それから、もうひとつ。私の夢も叶えて欲しい」
「旦那様の夢を…?」
私は静かに頷いた。
「この庭を大好きな薔薇たちで埋め尽くしたいんだよ。手伝ってもらえるかい?」
「ガーデニングのお手伝いですか…あたし何の知識もないですけど。
役に立ちますかね?」
「勿論。君にしか出来ない事がある」
坂さんは霞がかかったような、ぼんやりとした顔を空へと向けた。
「あたし…に…しか…出来ない?」
華奢な身体がぐらりと揺らぐ。
「な‥んだろう…急‥に、眠気が―――――…」
そのままソファーの座面へと、横倒しに倒れ込んだ。
「坂さん?」
私は彼女の肩を揺すってみたが、目を開ける気配はない。
チェストの上の置時計に目を遣る。
時間にして約15分。
紅茶に入れた睡眠薬は、満足する程の即効性を発揮してくれた。
無論、常習者の私はこの程度の量で睡魔に襲われる事は皆無だが…
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