第4話 symmetry と heritage1

「すみません! まさか、先輩が『ブラッディ・オール・ギルティ』だって知らなくて……」

「――そんな恥ずかしい……いや、何でもない。続きをどうぞ……」

「は、はい! ……でもでも俺、本当に憧れているんです。先輩みたいになりたいんです!」

「ほ、ほうほう……」


 視線を戻した祐希くんは、悲愴ひそうの面持ちで言葉を紡いでいた。

 まぁ、俺の年齢までは知らないとは思うけど、『ブラッディ・オール・ギルティ』が年上なのは知っているだろうから『先輩』と呼んでいた彼。だけど俺をしっかりと『ブラッディ・オール・ギルティ』だと呼んでいた。

 だから、つい条件反射で口走ろうとしていたのだが。

 龍司の「こんな時に茶化ちゃかすな!」と言いたげな無言の圧力に屈服した俺は、苦笑いを浮かべて彼に先をうながしていた。まぁ、別に茶化すつもりはなかったのですが。

 悲しきアニメ好きのサガ……と言うより単純に恥ずかしすぎます。

 先を促された彼は興奮ぎみに言葉を繋ぐ。そんな彼の気迫に後ずさりしながら返事をしていた俺。


「……ずっと話を聞いていて、俺も先輩みたいになりたいって思っていたんです。それでチームを作って頑張っていたんです。でも……」

「でも?」

「うちのチーム……誰からも相手にされなくて……」

「あぁ……」


 悲愴の面持ちで紡がれる祐希くんの言葉に、苦笑いを浮かべて声をかけていた俺。

 まぁ、な……彼には悪いが、どこのチームも相手になんてしないのだろう。

『毒にも薬にもならない』……そう、戦力にも脅威きょういにもならないチームなんて、さ。

 正直、俺も彼が可愛い弟だって知ったから相手にしているだけであり、さっきまでは相手にしていなかったんだしね。

 当時の周囲のチームは、あんな感じだったのだろう。


「だから少し焦っていたんだと思うんです。ちょうどその頃、偶然他のチームの連中と出くわしちゃって、俺……思わず口走っちゃったんですよ」

「俺達のチームの後継だって?」

「は、はい、すみません! ……その時に連中が顔を青ざめながら恐がっていたんで、BGMの名前を出せば少しは俺達を認めるのかなって思ったんです……」

「……なるほど、な」 


 そんな彼の言葉に顔を歪ませる俺なのであった。


 彼がBGMに出入りしていることは聞いた。俺の後輩から話を聞いていたのも知っている。

 だけど、彼はチームの人間ではない。他の連中にしたって新入り程度の頃なのだろう。

 仮に、当時まで俺が作った『血のおきて』が健在だったとしても――

 祐希くん達は知らない可能性が高い。いや、確実に知らないはずだ。


 基本、喧嘩けんかの時以外はアットホームな雰囲気の、我がチーム。

 特に掟で強制的にチームの人間を縛ってはいなかった。

 と言うより、そもそも血の掟だからな。おいそれと簡単に教えるものでもないのだろう。

 チームに所属して、それなりに在籍日数を重ねて――

 更にチームの上層部から認められた人間だけに伝える掟。

 まぁ、在籍日数が少ないのに上層部が認める訳もないけどね。

 つまり、言ってみれば正式なチームの人間であるしるしなのかも知れない。


 うん、俺の時代は特に……降りかかる火の粉を払うのが喧嘩の理由だったからな。自分達でいきがって突っ込むことはなかった。

 って、売られた喧嘩には粋がって突っ込んでいましたけど、それとこれとは別腹です。

 いや、「だから」ってことでもないのだが。

 正直、上の連中に認められてもいない――チームに所属して日の浅い頃に、勝手に粋がってチーム名を語る人間なんて信用できないからな。

 自分達だけでは何もできない連中が、チームの看板背負って「何ができるんだ?」って話だろう。必然的に上の人間に迷惑がかかるのだ。

 だから何か問題を起こした時点で脱退させても平気なように掟なんて伝えない。

 そう、そんな中途半端な時期にチーム名を語る人間なんて、俺達はチームの一員だとは認めないってこと。それなりに信頼関係が成立してからじゃないと、知ることのできない掟。

 ある意味、チームを受け継げる人間にしか教えていないはずなのさ。

 そして当然だけど、周囲のチームが『血の掟』を知っているはずもない。あくまでも内部の掟なんだからな。

 要するに、対峙した連中も掟を知っていれば嘘だと見抜けたのだろうが、知らないのだからチーム名を語った祐希くんを疑うことはなかったのだろうってことさ。


 だから、たぶん祐希くん達は「誰も掟を知らなかったんじゃないか?」って考えているし。

 祐希くんの嘘を聞いた連中も、彼の言葉を鵜呑うのみにして恐がったのだろう。

 つまり、さ。

 確かに俺達のチーム名を語ってはいたのだろうが、祐希くん達には何も怒れないってことだな。知らないことまでは怒れないのだ。

 うん、小豆が優衣達のことで苦しんでいる時期に、何も知らずに普通の生活をしていた俺にはブーメランとして返ってくるので絶対に怒れないのですよ。……怒らないから、怒らないでね、小豆さん?

 

 まぁ、元より可愛い弟のことを怒るつもりはないのだが? 

 でも、そうか……怒られるようなことをしていないのに、龍司に怒られていたってことなのか。理不尽りふじんだな……龍司みたいな『鬼いちゃん』を兄に持つなんて、さ。


 実際には、そんな彼の不遇ふぐうに心を痛めて顔を歪ませていただけの俺なのであった。


「――だ、だから、べ……別に……。――は、先輩を利用しよう、とか、そ、そんな風に、思っていたんじゃ、な、なくて……」

「……」

「……ん? ……」


 彼の不遇を脳内で想像して顔を歪ませていた俺を眺めながら、悲愴の面持ちで一生懸命言葉を紡いでいた祐希くん。

 そんな彼の言葉を聞きながら、龍司が怪訝そうに彼を見つめているのが視界に映る。

 少し気になって疑問の声を発した俺だったけど、今は彼のターンだからと気にせずに彼を見つめていた。


「ただ、――は、少しでも先輩に近づきたかっただけなんです……憧れて、いるだけ、なん、です……」

「……」

「そ、それが、こんな風に先輩に敵意を抱くなんて……。先輩に向かって失礼なことを言っちゃうなんて、――、もう……もう……もう……ぅぅぅぅぅ……」

 

 彼の不憫ふびんさがあわれに感じて、話を聞きながら更に顔を歪ませていた俺。

 俺の気持ちが反映されたように、悲愴の色を更に濃くしていた彼。最後には言葉にはならず、うつむきながら嗚咽おえつへと変わっていくのだった。

 刹那せつな――


「――ッ!」

「――ひゃん! ……ふぇんふゃい? ……ひぇ? ……ひぇ?」


 俺は無意識に彼の前まで駆け寄ると、自分の胸に引き寄せていた。……は?

 どうも俺の体には『泣き出しそうな妹への対処法』が染み込んでいるようだ。いや、男の娘だし、俺の弟でもないぞ?

 俯いていたからなのか。突然引き寄せられ、額が俺の胸に当たった感触を覚えて驚きの声を発した彼は、視線だけを俺に合わせて声をかける。いやいや、何を冷静に状況を分析しているんだ、俺? 

 

「ふぇぇえええ?」


 すると少し甲高い声を上げながら、顔を真っ赤に染めて驚きの表情へと変化する彼。……そだねー。

 あっ、男の娘でも女の子と同じ反応をするのか。ちょっと可愛い――って、だから何をしているんだ、俺!

 ま、まぁ、同姓なんだし。俺に憧れてくれているみたいだし。俺的には可愛い弟を抱きしめてあげることには抵抗はないのだが。……ないのだが。

 い、いや俺、男の娘って知らないし、何とも言えないのだけど。あと、個人差もあるだろうし。

 実のところ……抱きしめている俺には、普段妹を抱きしめている時のような感覚しかない。

 うん、遠目から見て華奢きゃしゃだとは思っていたけど。彼を抱きしめている俺の全身は、普通に女の子を抱きしめているように感じてドギマギしている。

 細いし、ぷにぷにだし、いい匂いするし。


「ふぇ、にゃぅ、にゅぅぅ……」


 何より、俺の腕にすっぽりと包まれている彼の、恥ずかしそうにモジモジしている姿に。

 本当、神様の手違いで性別間違えちゃったんだろうなって思う俺。

 だったら神様のせいにして、もう少しだけ楽しんでも怒られないよね?

 そんな、棚ぼたに暴走しそうになる変態お兄ちゃんなのであった。だめじゃん!


 とは言え相手が、ね? うん、彼が男同士は望んでいないと思うし……周囲的にも。……周囲的にも。

 ――特に周囲的には!

 そう、男同士の抱擁ほうようなんて誰も望んでいないだろうから――背後に聞こえるシャッター音とか「目線お願いします!」って声とか。

 フラッシュの光とか「キャーキャー♪」と言う歓喜の声は別次元の電波を間違って受信してしまったのだろう。そう言うことにしておいてください……。


 とにかく、彼が望んでいないだろうし――うむ、俺の背中に絡まってくる彼の両手は攻撃のつもり、なんだよね?

 少しウットリしながら嬉しそうに見える表情は、殺意に満ちた漆黒の冷笑レイヴン アブソリュートテンパチャーなんだよね? それはそれで恐いけど。

 彼はノーマルなんだろう……たぶん。いや、そうだと言ってくださいお願いします。俺とお兄ちゃんを止める為にも!


 うん、だって、それ以上にだな? 彼は俺の弟じゃないからさ。いや、当たり前ですけどね。

 本当のお兄ちゃんの目の前で抱きしめてあげるとか――

 龍司の怒りが『激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム』になっちゃうでしょ?

 ソースは……目の前で妹達が誰かに抱きしめられたのを想像した俺。あぁ、怒りの前に手が出そうだな。まぁ、自然の摂理なので仕方のないことだけどね。

 つまり俺は龍司になぐられても文句は言えない訳だ。非は素直に認めるとしよう。

 そんな風に考えて恐る恐る龍司の方へと視線を移したのだが。


「……なぁ? 俺の勘違いだと思いたいんだが?」

「――ッ! ……」


 龍司は怪訝そうな表情を浮かべて俺達――正確には祐希くんの背中に向けて言葉を発していた。

 そんな言葉を受けて一瞬ビクッと体を震わした祐希くんだったが、俺の胸に顔をうずめて体を強張こわばらせていたのだ。

 どうしたのか理解できずに彼の後頭部を眺めていた俺の鼓膜に。


「まさかとは思うが……お前、あおいか?」

「――ッ! ~~~ッ!」


 俺には理解できない質問をしてきた龍司の声が響いてくるのだった。


◇2◇


 そんな龍司の言葉に再び体を震わした彼は、顔を埋めたまま首を左右に振る。うお、振動と摩擦まさつで胸が……。


 ――激アツ! 


 ……失礼いたしました。激アツと出てしまいました。正しくは普通の暖かさです。そして、とても気持ちがいやされております。


「……ったく、やっぱりか……」


 そんな彼の反応で理解できたのだろうか、龍司が呆れた表情を浮かべて落胆したように言葉を紡いでいた。

 すると龍司の言葉に反発するように、彼はバッと龍司の方へと振り向くと。


「――ちちち違うもん! わわわ私、ゆゆゆ祐希だもん! 葵じゃないもん! 私と祐希を間違えるなんて、お兄ちゃんのいけずぅー!」

「……はぁー」

「ははは……」


 顔を真っ赤にしながら墓穴を掘っていた。

 そんな彼に向かい、確信めいた心底疲れきったような表情で深くため息を吐く龍司。

 二人を眺めながら乾いた笑いを奏でる俺なのであった。


 うん、主語が「私」になっているし、「私と祐希」って言っちゃっているしね。と言うより口調……いや、そもそも声のトーンが豹変しているんだけど……まさかね?

 さっきまでも別に野太い男声じゃなくて、女性声優さんの少年ボイス程度ではあったのだが。今は完全な女の子ボイスなのである。まぁ、焦って声がうわずっているだけかも知れないが。

 ――そもそも、『あおい』って誰? 

 いや、確かに俺は青と翼をイメージするアニソンシンガーさんが好きですけど? 龍司には教えていないよね。十八番を教えようとしたら止めたじゃん。

 それに何なの? その二つで一人の名前になりそうな二つの名前は?

 とにかく説明、しるぶぷれ?

 そんな俺の疑問の視線に苦笑いを浮かべながら説明を始める龍司なのだった。


「あぁ、悪い……いやぁ、俺も今まで気づかなかったんだけどよ?」


 頭をかきながら説明する龍司。何に?


「そいつ……弟の祐希じゃなくて妹の葵だったわ?」

「おぉ、なるほどなるほ――どぉえっ!」

「~~~ッ!」

「……ぐえっ!」


 あぁ、なるほど。弟じゃなくて妹なのか。

 道理で普段の感覚でしかないんだ――なんですとー!

 突然言い放たれた龍司のカミングアウトに、一瞬自然な流れで納得しかけていた俺だったのだが。

 妹とは男の娘ではなく、女の娘……いや、女の子な訳だ。当たり前ですが。

 いやいやいや、一応俺も可愛い弟とは言え同性だから龍司だって『激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム』で勘弁してくれると思っていたのであってだな?

 他人様の妹を抱きしめているとか――それ確実に『いっぺん、死んでみる?』って地獄に流されちゃうレベルですよね? うむ、俺なら確実に修羅となるだろう。

 だから迫り来る恐怖を感じて、慌てて彼女から離れようとしていたのに。

 必死の形相で俺を離すまいと抱きつく葵ちゃん。まるで痴漢の現行犯を捕まえて駅員さんに引き渡そうとしている女性のようだ。に、逃げられねぇー!

 

 まぁ、しゃーなしだな!

 いや、さすがにこれは「知らなかった」で許される話ではないだろう。

 うん、同性だったら抱きついていいって話でもないけどね。それが妹ならば尚更なおさらだ。

 俺なら間違いなく許さないだろうし、葵ちゃん本人が怒っているのならば罰を受けるべきなのだと思う。

 そう、非は素直に認めるものだ。

 こんな考えのもと、俺は龍司に殴られる覚悟を固めていた。ところが。


「いや、祐希と葵ってよ? 一卵性双生児なんだわ。でも去年は普通に見分けがついていたんだが……葵も普通に女の子だった――」


 普通に会話が続いていた。あ、あれ? 殴ってこない……何か悪いものでも食べたのか? 

 それか逆にお腹がすいたとか? いや、こんな一大事に何を腹が減ったとか言っているんだ。TPOをわきまえなさい!

 もしくは彼女が俺のことを確保しているから精神的な兵糧ひょうろう攻めに変えたのかな? それはそれで怖いけど。


「今でも女の子だもん! べぇー!」

「……だけど、俺も今年の春に実家を出たんでな? 全然会っていなかったんだが……コイツの格好は、まぁ、祐希の真似なんだよ」

 

 とても疲れた表情で説明を始める龍司に反論して、「べぇー」って言いながら露骨ろこつに『あっかんべー』をする葵ちゃん。なるほど、確かに女の子だな。

 こんな露骨なんだけど可愛い『あっかんべー』は女の子にしか不可能なのだ。但し、可愛い男の娘を除く。 

 そんな彼女に呆れた表情を浮かべる龍司だったが、気を取り直して説明を続けていた。


「違うもん! 先輩の真似をしているだけだもん! 祐希も先輩の真似をしているだけだもん! べぇー!」


 のだが、またもや反論する葵ちゃんなのであった。うむ、俺に抱きついたまま反論の時だけ振り向いて、な。

 反論が終わると俺の胸に顔を埋めるものだから、龍司の突き刺す視線は俺に向けられるのである。いや、俺悪くないよ? まぁ、元はと言えば俺のせいなんですけどね。


「……と言うより、お前らは気づいて――いや、知っていたのか? 今日、祐希じゃなくて葵だったことをよ?」

「――す、すみません」


 龍司は後ろに振り返ると連中に問い質していた。

 龍司の口ぶりから言って、このチームのリーダーは祐希くん。つまり、彼がチームを作ったのは事実のようだ。

 そんな言葉を受けた連中は一斉に謝罪して頭を下げていた。


「――みんなは悪くないもん! 悪いのは、お兄ちゃんだもん! べぇー!」

「……」


 そこに割って入って、かき乱していた葵ちゃん。そして再び龍司の突き刺す視線は俺に向けられるのである。いや、なんで?


「……あー、すまない、兄ちゃん……実はチームの件な、どうしても自分にリーダーやらせろって駄々をこねてきたんでさ? 絶対に喧嘩に加わらない条件で、時々リーダーをやらせているんだよ?」

「――ゆ、祐希?」

「いや、俺が作ったのは間違いないし、普段は俺が仕切っているんだけどな?」

「……」

 

 すると突然俺の背後から声が聞こえてくる。

 その声の持ち主を見て、龍司が驚きの表情を浮かべて声をかけていた。

 祐希? 俺が首だけ振り向いて視線を移すと。

 あ、あれ? 葵ちゃん? いや、でも胸に顔を埋めているのも……葵ちゃん。いやいや、目の前にも葵ちゃん――と言うのは冗談だ。

 うーん、確かに……それこそ「アニメかよ!」って思えるレベルだぞ?

 もしくは、『ほとりちゃん三姉妹』レベルだろう。

 これじゃあ誰にも見分けがつかないよな。 

 一卵性双生児だって龍司が言っていたのも頷ける――

 

「……さすさす♪」

「――ッ! ……」


 ……あぁ、うん。フランクフルトが食べたくなった俺のことなんて気にしないでくれ。

 そう、単純にKYな俺の腹が自己主張をしているだけだから気にしないでくれませんかね、葵さん?

 いつものようにKYな腹が鳴ったのだが、音に気づいて下を見つめた葵ちゃんが何を思ったのか。

 唐突に顔を赤らめながら、嬉しそうに俺のお腹をさすり始めていたのだ。なにゆえー?

 いや、葵ちゃんが優しくて、他人を気遣える素晴らしい子なのは理解した。

 しかし悲しきかな……擦っても腹はふくれないのである。当たり前だけど。

 そして腹の代わりと言いたげに、相棒が身を乗り出して膨らみそうなのである。だめじゃーん!

  

「……だからって、お前……」

「いや、俺だって止めたんだぜ? でも、葵がさぁ?」

「……さすさす♪」

「……」


 そんな俺達など気にもせず――って、自分の妹なんだから気にしろよ! そして俺のことを助けてください!

 お願いします何でもしますから……葵ちゃんのお兄ちゃん達が!

 軽く一瞥いちべつした龍司は祐希くんに言葉を投げかけていた。

 言葉を受けた祐希くんは苦笑いを浮かべながら言葉を紡ぐ。

 そして相変わらず俺のお腹を擦り続ける葵ちゃん。とりあえず暴走を回避するべく、祐希くんの言葉に耳をかたむける俺。


「なんか、さぁ? いや、まぁ……どうやら依頼主の取り戻したい友人が――BGMの幹部と親しいって、うちのチームの誰かから聞いたらしくてさ?」

「――え? ……本当?」


 だけど彼の言葉に驚いて、顔だけを後ろに向けて言葉を投げかけていた俺。

 右手は絶賛ぜっさんお腹擦り中なのですが、左腕と左半身でガッチリホールドされているのです。

 そんな俺を見て「ぷっくり」と頬を膨らましながら言葉を紡ごうとするあまねる。


「むぅ~。 ……そうですよぉ~? あの後、全員で私に謝罪に来たので水に流しましたからねぇ~。全員が反省していましたしぃ~。それに、お兄様の後輩なのですからぁ……私も仲良くするべきだと思いましたのでぇ~、今でも親しくさせてもらっていますよぉ~」

「そ、そうなんだ……」


 語尾が不機嫌さを表現している。だが、可愛い。


「ぷぅ~」


 いや、お前まで頬を膨らますな、小豆。だけど、可愛い。


「ぷくぅ~」


 そして、これは悪い見本なので全員で頬を膨らまさないでください、妹諸君しょくんよ……それでも、やっぱり可愛い。


「ぇ……む~~~ん」

「あはははは……」


 ほら、見ろ? 他人様の妹である葵ちゃんまで真似をしているじゃないですか? とは言え、ウザ可愛い……いや、可愛い。

 そんな女の子全員。そう、全員。いえ、どうして師匠まで?

 の、俺に向けられた頬を膨らましている顔を眺めて「可愛い」としか表現できない語彙力ごいりょくのなさに自嘲じちょうぎみの笑いを返す俺なのであった。 

 あっ、たこ焼き食べたくなってきた……。


 とりあえず、祐希くんの言葉の事実確認を済ませた俺。

 まぁ、最初から俺がリーダーだと知っていたあまねる。

 つまり彼女にしてみれば不良達を俺の後輩だと認識していたのだろう。ほとんど接点ないんですけど。

 後輩達にしたって、俺の存在を知ったのだから……改めて自分の非を謝罪したとしても不思議ではない。

 透達が謝罪をさせたって線もあるけど、彼女が俺の知り合いだと知っているのだから自分達でケジメをつけたのだと思っている。

 そんな謝罪を受けた彼女は、小豆との件を全部水に流しているからか、後輩達までも受け入れたってことなのだろう。

 これは、この会話の直後に聞いた話なのだが。

 どうやら携帯番号とメルアド交換も済ませた間柄なのだとか。しかも時々会ってもいるのだとか……えっと、後輩達のことをほふってもいいですか? だめですね。知っています。

 仕方がないので帰ったら妹をモフモフしておこうと思います。

 早く帰りたいところではあるのだが、一応話を進めるとしよう。


「だから……自分が依頼主との件を解決できれば、依頼主に恩が売れて、彼女とも繋がりが持てるって考えたんだろうな?」


 またもや俺達のことなど気にもせず――いや、今回は俺の妹がメインなので問題ないです。まぁ、キッカケを作ったのは俺なのですが。

 会話を続ける祐希くんなのであった。



「そうすれば必然的に彼女を通してBGMの幹部から、先輩へと連絡が繋がるだろうって……」

「そう言うことか……」


 彼の言葉に呆れたような表情で言葉を返す龍司。

 どう言うこと?

 まぁ、言葉の意味は理解している。

 要するに、今回の件が解決できれば依頼主――優衣達から、あまねるを紹介してもらい。

 彼女から後輩へのパイプを作ろうと考えたのだろう。

 確かにBGMはアットホームな雰囲気のチームだけど、それは最低限のマナーを守っての話だ。

 正直、幹部連中は数ヶ月で脱退した連中や葵ちゃんが簡単に話を聞いてもらえるような人間じゃない。いや、世間話はできるけどさ。お願いができる立場じゃないってこと。

 まして、俺を紹介しろなんて幹部が聞き入れるはずがないんだ。

 あいつらでさえ、畏怖を抱いて俺に連絡しないんだからな。人畜無害なおもちゃなのに……。

 だけど、あまねるの友達ならば話は別なのだろう。彼女から聞いた話によれば後輩は彼女を慕っているらしい。つまり後輩よりも彼女の方が上だってこと。

 さすがに、あまねるからのお願いならば聞き入れない訳にもいかないだろう。まぁ、直接じゃなくて「透達を通して」だとは思うけど。直接連絡してくれても、いいんだよ?

 そんな理由で、彼女は俺に会いたくて今日、彼と入れ替わったってことなのだろう。

 うむ、言葉の意味は理解している。だがな?


「なんで彼女が俺に会いたいって思ったんだ? 憧れてチームを作ったのは祐希くんだろ? それって、彼が俺に憧れているってことだよな? 彼女は、ただ彼の真似しているだけ……いや、彼を取られたくなくて身代わりになったんだ――」

「~~~ッ!」

「――ろぉ! ぉぉぉぉ……」


 俺は素直な疑問を龍司達に投げかけていた。

 いや、彼のチームなんだよな? つまり、彼が俺に憧れているってことなのだろう。

 なんで彼女が彼の代役をする必要があるんだ? わざわざ身代わりになるメリットなんて存在しないはずなんだ。

 ……あっ、二人って「そう言う関係」なの?

 いや、関係と言うより感情を抱いているのかな?

 大好きな祐希くんに、あまねるを会わせたくなくて。さすがに「俺に会わせたくなくて」って危機感は……なんか彼が熱のこもったうらやましそうな瞳で俺達を見つめているけど、気のせいですよね?

 と、とにかく彼を想う嫉妬しっとが取らせた行動なのかも知れない。

 ま、まぁ、どちらかと言えば彼の視線は愛しい妹を取られていることに嫉妬してのことだろう。


 しかしながら、「そう言う感情」については。

 血の繋がりさえなければ、抱いても問題がないと言うことではない。そう、世間には血の繋がらない兄妹、もしくは姉弟であっても――本当の兄妹、もしくは姉弟のように接する家庭は山ほど存在する。

 つまり、だ。

 血が繋がっていないからと言って、妹に恋愛感情を抱いている俺が偉そうに言えることではない。

 そもそも苗字の違う妹が十人もいる時点で俺が何かを言える権利はないのですがね……。


 とにかく俺は二人に疑問を投げかけていたのだが。

 そんな俺を見上げていた葵ちゃんは、再び俺の胸に顔を埋めて首を左右に振り出した。

 第一波で俺の理性が欠損けっそんしていたのだろう。思わず情けない声を漏らしていた俺。

 するとバッと顔を上げた葵ちゃんは、大粒の涙を溜めながら――


「私の方が祐希よりも先輩のこと、好きだもん!」

「――イッ!」 

「私の方が祐希よりも先に先輩のことを知っていたんだもん! 祐希なんかより負けないくらい愛しているもん!」 

「――イッ!」

「私にとって、先輩は王子様だもん! 先輩は……私の『はじめて』をあげた人なんだもん!」

「えぇぇぇえええええー?」    


 一気にくし立てながら、両腕にギュッと力を入れて更に密着してきたのだった。

 とりあえず、こんな駄々をこね始めた……い、いや、明らかに爆弾を投下され、他人の妹に抱きしめられている俺は。

 背後から迫り来る無数の鋭い視線を浴びて、冷たいものを背中に感じているのであった。 

 

「……まぁ、そう言うことなんですよ?」

「は?」


 恐怖を感じている俺に向かって、顔を真っ赤にしながらも苦笑いを浮かべて言葉を紡いでいた祐希くん。だから、どう言うことなのー?

 と言うより、君達なんで平成――いやいや、俺も平成生まれですが。

「なんで平成生まれなの?」と言う質問は、お父さんとお母さんの素敵な出会いを否定することになると思うので、絶対にしてはいけません。いや、元々するつもりないんだけど。 

 と言うより、君達なんで平静を保っていられるのですか?

 だって、君達の可愛い妹さんが大変なことを口走っているんですよ? 俺に対して目が血走っても不思議じゃないでしょ? いや、できることなら遠慮していただきたいのですが……。

 と言うより、俺……彼女の『はじめて』なんて、もらっていませんけど?


「いや、確かに俺は先輩の話を聞いて、すごく憧れたんですけどね? 葵は、まぁ……こんな格好していますけど女の子だってことですよ?」

「普通に女の子だもん! 先輩の前で変なこと言わないでよ、べぇー!」

「ははは……だから、まぁ、普通に恋心を抱いていたってことなんです」


 祐希くんの言葉に振り向いて反論して、露骨なんだけど可愛い『あっかんべー』をしていた彼女。

 そんな彼女に乾いた笑いを奏でた彼は普通に言葉を繋いでいたのだった。

 こ、こいごころ? カープ女子じゃないよね? んな訳あるかー! 

 いや、理解しているけど理解していないのだ。だって、俺だよ? 俺がれられる要素なんてないじゃん。

 俺のことを好きになってくれる女の子なんていないのだ……小豆以外。

 俺に惚れられる要素があるのなら苦労なんてしていない……小豆の苦労以外。

 女性陣から、おもちゃとして愛してもらっている自覚はあるが、男としては見られている自覚がない。小豆……は、どうなんだろう。あいつの場合は、男じゃなくて「お兄ちゃん」として見ているだけかも知れないし。

 ん? と言うことは、だ。

 俺がお兄ちゃんじゃなかったら、小豆は俺を愛してくれていないってことなのか?

 俺がお兄ちゃんじゃなかったら、学校の男子連中と同じく『その他大勢』の一人だったってことなのかな?

 いや、そもそも。

 俺は一生、あいつにとって『お兄ちゃん』でしか、ないって、ことなのかもな……。


「……」

「ふゎぁ、ふゎぁ、えへへへ♪」

「……と言うか、先輩……覚えてませんか?」

「え? ……何を?」


 なんとなく心に吹き荒れる冷たい風にあらがうように。

 俺は無意識に彼女の背中に両手を回していた。何をやっているんだろうね、俺。

 そもそも、「一生、小豆のお兄ちゃんでいてやろう」とか決意していたんですけどね。

 アズコンを認めた途端とたん、お兄ちゃんでいるむなしさを感じていたってことなのだろう。

「一人の男として見られたい」って願望が芽生めばえたのかも知れない。

 うん。ただ、さびしくなっただけなんだ。他意はないんだ。

 だけどタイミング的に、彼女の言葉を肯定したと思われたのだろうか。

 彼女は嬉しそうに微笑みを浮かべながら背中に回している両手に一層力を入れていた。

 まぁ、彼女には申し訳ないけど少しだけ心がやわらいでいた俺。


 そんな俺達を苦笑いを浮かべて眺めていたけど、怪訝そうな表情に変えて彼が俺に質問をしてくる。

 唐突な質問に疑問を覚えて聞き返していた俺。すると。


「いや、先輩……たぶん先輩がまだBGMのリーダーだった頃に、葵を一度助けているんですよ」

「――え? ……マジ?」


 俺がリーダー時代に彼女を助けたことがあると伝える彼。

 その言葉に思わず驚きの声を発していた俺。 


「マジっす……まぁ、双子なんで俺もですけど。妹は小学生でしたし、先輩は覚えていないとは思うんですけどね? 兄ちゃんが少年ギャングのリーダーだったんで、敵対するチームに狙われたんですよ、俺達……」

「な、なるほど……」

「もちろん兄ちゃんから話を聞いていましたし、行き帰りには兄ちゃんか、チームの人が一緒だったんですけど」

「そ、そうか……」


 苦笑いを浮かべて紡がれた彼の言葉に神妙な顔で答える俺。

 そんな俺達の会話を俺と同じような表情で聞いていた龍司。

 自分の為にチームを作って活動していたとは言え、身内への危険性を無視できるものでもない。

 幸い、俺は当時小豆と智耶とは離れて生活していた。周囲に家族の話を一切出さなかった。  

 まぁ、透達だけには伝えていたけどさ。三人が誰かに話をすることもなかったからな。

 だから妹達が狙われることはなかったのである。

 だけど俺が普通に家族と生活していたら、小豆や智耶だって誰かに狙われていた可能性があった。

 そんなことを想像して、ふいに表情を歪ませる俺に祐希くんが言葉を繋ぐ。


「ただ、運悪く……俺、その日学校の用事で遅くなって。チームの人は往復するって言ったらしいんですけど……別に遠くもないし大丈夫だからって……葵、チームの人が止めるのを無視して勝手に一人で帰っちゃったんですよね。そうしたら帰る途中に……待ち伏せしていた数名の不良に路地裏まで連れて行かれて……」

「うん……」

「たぶん兄ちゃんを呼び出す為の人質にしようって考えていたんだと思いますけどね? 誰もいない路地裏で、不良達に囲まれたことで恐くなって、葵……大声で泣き出しちゃったんですよ?」

「なるほど……」

「それで本当に恐くて誰かに助けてほしかった時、先輩が現れたらしいんです」

「……あぁ、あの時の……」


 彼の言葉を聞きながら、俺は記憶の引き出しの中から一人の少女のことを思い出していたのだった。

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