第5話 symmetry と heritage2


 とは言え、鮮明に思い出したのではない。

 あの頃の俺にとって、誰かを助けるなんてことは日常茶飯事。そう、『にちじょうちゃめしごと』なのである。

 うむ、さすがに『さはんじ』とは言ってはいけないのだろう。とどのつまり、喧嘩なんだしさ……。

 せいぜい、『日常の茶目っ気たっぷりな仕事』程度のことなのだろう。いや、仕事じゃないですけどね。


 あの頃の俺は真実に裏切られたと感じていた。自分に流れる血を恨んでいた。誰かの血を上塗りすることで自分の血を隠せるなんて勘違いをして、喧嘩に明け暮れる毎日を送っていた。

 だからと言って、俺は自分から行動を起こしていた訳でもなく。

 自分のテリトリーで周囲の人間に迷惑をかける連中に、鉄槌てっついを下していたに過ぎないのである。

 自分自身が真実に裏切られた生活を送っているからと言って、相手の生活を奪おうだなんて考えてはいない。

 それを実行すれば俺が真実に裏切られたことをなげく――親父達にうらみを抱くことなんて、できないのだから。

 当然だろう。相手の生活を奪うってことは、俺が恨んでいた親父達と同じこと。俺がみ嫌っていることなんだからさ。

 だけど周囲の人間に迷惑をかける連中なら話は別だ。連中は罪もない相手の生活を奪おうとしているんだからな。そんな被害にっている人達に、あの頃の自分を重ねていたのかも知れない。


 理不尽に奪われそうになっている現実を目の前にして、二の足を踏めないでいるなんて自分だけで十分だ。

 それに奪おうとする人間は、奪われる覚悟があるから奪う権利を有するもの。

 そう、誰かの生活を奪おうとしている連中の生活を奪うことには、俺は何も罪悪感を抱いていなかったのだろう。

 そして、返り血を浴びることで自分を満たしていたのかも知れない。

 たぶん……自分に襲いかかる現実から目をそむけて、乾いた心を満たしてくれる唯一の救いだったのだろう。

 だから俺は喧嘩に明け暮れる毎日を送っていた。

 そして、そんな理由から誰かを助けるなんてことは日常茶飯事だったのである。

 ――まぁ、結局自分の方から向かっていますし、やっていたことは常に相手をフルボッコなんで偉そうには言えないのですけどね。


 とは言え、基本その手の連中に絡まれる人間と言うのは自分達よりも弱いチームの連中か、弱い雰囲気の青年。学生でも中高生なのである。

 うむ、学生さんは主に不良達のATMにされていたのだがな。

 つまり、基本小学生に絡む人間なんて存在しなかった。いや、小学生――まして、か弱い女の子に絡む少年ギャングとか恐いしね……別の意味で。

 だから、彼女のことを覚えていたのだと思う。

 なお、絡んでいた連中については――

 自分の妹達の幻影を重ねた結果、当社比九割増しのスペシャルフルボッコをサービスしておいたことは言うまでもない。だから当社ではないし、「当然のことをしたまでですから礼には及びません」けどね。


「ふわぁ~♪ ふわぁ~♪」

「……あぁ、うん……」


 俺が「あの時か」と言ったことで、彼女が嬉々とした視線で俺を見上げている。ざ、罪悪感が……。

 いや、ただ「小学生が不良に絡まれていたのを助けた」って部分しか思い出していないしな。彼女だったと言う鮮明な記憶なんて持ち合わせていないのである。


「……だけど、あの時俺は名乗っていないはずだが?」


 とりあえず彼女と目を合わせずに、冷や汗まじりに彼へと質問していた俺。

 当然だけど自分で作った掟だ。俺が誰かに自分を語るはずはない。

 それなのに彼女は、あの日の俺を『BGMの初代リーダー』だと特定していた。

 そんな疑問を覚えていたのだが、彼は呆れた顔をしながら答えを紡いでいたのだった。


「いや、先輩の格好と……『全部の罪は俺が被る!』って言葉は、かなりインパクトが強かったみたいですからね? まぁ、『それ以外の理由』もあったみたいで覚えていたみたいなんですよ」

「……」

「お、おう……」


 彼は苦笑いを浮かべながら「それ以外の理由」って部分を強調して言葉を紡いでいた。

 要は恋心ってことなんだろう。

 ジッと熱を帯びた視線で俺を見上げる彼女。その状況から、恥ずかしさを誤魔化ごまかすように俺は彼へぶっきらぼうに返事をしていた。

 俺に苦笑いを返した彼は、軽く息を吐いてから気を取り直して言葉を繋ぐのだった。


「連中……大人数だったのに、先輩一人を見て急に恐がっていたみたいですし。けっこう有名な人なのかなって思ったらしくて、兄ちゃんのチームも有名でしたから特徴を言えば知っていると思ったみたいなんです」

「そ、そうなのか……」


 彼の言葉に苦笑いを浮かべて相槌を打つ俺。

 確かに当時の俺は、今の葵ちゃんと同じような格好をしていた。そして、格好と言葉で身バレする程度には有名だったのだと思う。

 事実、あの時対峙した連中は俺のことを知っていたらしい。気づいて顔を青ざめていたし。

 だけど、取り付く島もなくサービスを開始していたんで真実は知らないけどね。って、俺が強制的に取り付く島をなくしたんだけどさ。

 あの頃、龍司のチームとは直接の面識はなかったけど、俺達だって知っていたのだから向こうも当然知っているはずだろう。

 なお、「会っているんだったら、彼女は俺だって気がつくのでは?」もしくは「俺が葵ちゃん達だって気づかなかったのか?」という点については。

 今の俺からは想像もつかないのだと思う。

 いや、今の俺ってば、普通のアニメ好きですから。ん? アニメ好き関係ない? ……そうとも言う。

 いや、今の俺ってば、普通の黒髪&普通の格好&普通の生活と言う……地味アーンド地味アーンド地味!

 そんな、普通怪獣ヨシッキーなのだ。面影なさすぎだし、気づかないよね。とりあえず普通すぎて言葉に意味はないのである。

 よし、話を全速前進ヨーソローしておこうかな。

 そして俺側としては「小学生だったことで、今の二人が大人びているから」ってことよりも、俺の鳥頭では最初から覚えていられるはずがないのであった。


「まぁ、帰ってきた時。兄ちゃんに怒られていたのに、葵のやつ……完全に上の空だったんですよ。心ここにあらずって感じだったんですよね」

「……」

「それで気になって兄ちゃんのお説教が終わったあとに葵に訊ねたんですけど。そうしたら、そいつ……興奮ぎみに先輩の話を始めたんですよ」

「そ、そうなんだ……」

「そんな話を聞いちゃったもんで俺も先輩のことを知りたくなって……次の日に、兄ちゃんには内緒だったんですけど……」

「……ふぅ」


 一度言葉を区切って龍司の様子をうかがう彼。

 たぶん当時の話は一切していなかったのだろう。そこを言及げんきゅうされると思ったんだろうな。

 そんな彼の視線に呆れたような表情で「今更何を言っているんだ?」と言いたそうに、軽く息を吐いていた龍司。

 事実、二人の現在の経緯や気持ちを知っているのだから、今更過去を言及する必要もないのだろう。

 彼は龍司に安心したような苦笑いを送ってから、視線を俺に戻して言葉を繋いでいたのだった。


「二人でチームの人に会って。先輩のことを知った俺は……まぁ、普通に憧れたんですけどねぇ? 妹には最初から白馬に乗った王子様に見えていたらしいんですよ?」

「……」

「えへへ~♪」

「――ッ! ……ほ、ほうほう?」


 お、俺が王子様? 玉子様の間違いでは?

 俺が「王子様に見えた」と言う彼の言葉を受けて、疑心暗鬼ぎしんあんきを覚えて彼女へと視線を移した俺の眼前。

 真っ赤な顔で嬉しそうに微笑む彼女。一瞬ドキッとした自分が恥ずかしくなり、すぐに顔を彼の方に戻して相槌を打っていた俺。彼女がお姫様に見えたことは内緒にしておこう……。

 なお、龍司に内緒だったのは単純に葵ちゃんのことを考えて内緒にしていたらしい。

 彼女が恋心を抱いたのは瞬時に悟ったのだとか。双子って、そう言うことが可能らしいからさ。す、すごいね……。

 それで俺のことを知る前から。つまり彼女に話を聞いた時点で、龍司には内緒にしていたのだと言う。

 まぁ、葵ちゃんは上の空で龍司に何も詳細を伝えていなかったみたいだし。

 対峙しただけで不良達から恐れられていた俺。

 その事実だけで「兄ちゃんに知らせたら大変だ」と、彼なりに察していたらしい。 

 いや、ほら。俺にしろ、龍司にしろ……それなりに有名なチームを率いていた訳で。

 面識はないし、互いに干渉するつもりはなかった。俺もだけど龍司だって敵対しなければ興味なかったはずだと思う。虚勢きょせいを張る必要がないってことなんだけどね。

 それでも俺の話題が出れば「あんな危険な奴には近づくな!」って話になるだろうから。

 まぁ、逆の立場で当時小豆が龍司に助けてもらっていたとしても――


「絶対に……『激昂げっこうのグウィバー』になんて近づくな!」


 と言っているはずだ。

 なお、『激昂のグウィバー』と言うのは龍司の二つ名である。うむ、ブラッディなんちゃらとは団地づ……い、いやいや段違いではないでしょうか。

 本当、こんな素敵なワードを覚えた頃は近所の団地の前を通る時ドキドキしたもんだ。って、別にいいけど。


 グウィバーとは、簡単に言ってしまえば『白い竜』なんだと思う。

 とっくに解散をしているから今でこそ普通の格好をしているのだが、当時の龍司は銀髪に白銀ので立ちをしていた。

 そして激昂は、たぶん月光なのかな。白銀的に。

 普段は温厚な性格で、色白な方でもある龍司。だから出で立ちも相まって、物静かな月光なんだけど。

 喧嘩になれば激昂して肌を赤く染め上げる。赤い月ってことだな。

 竜が七つの大罪の憤怒を象徴するからってことも関係があるのかも知れないが知らない。

 とにかく名前に絡めて、こう呼ばれていたのである。

 でも、なんだろう、全身シルバーとか……シルバークロウ気取りかな? 唯一の非行飛行型を目指していたのだろうか。ぶっ飛んだ野郎って意味で。

 まぁ、だけどココは加速世界ではなくて現実世界なので意味がないから残念だけどね。

 とりあえず、話だけでも加速世界へと移行しよう。


 うん。正直、その界隈かいわいで有名な人間を、わざわざ妹に近づけようなんて考えないだろう。

 どうしても自分や周りを基準にするからな。可愛い妹を危険な目に遭わせたい兄貴なんて存在しないのである。

 たぶん祐希くんも龍司が否定するって思ったから内緒にしたのだと思う。まぁ、自分の為だったのかも知れないけどさ。どちらにせよ、俺としては嬉しいのである。


「あぁ、うん……その……俺を好きになってくれて……俺に憧れてくれて、ありがとう……」

「――ッ! ~~~ッ!」

「――ッ! ~~~ッ!」

「……」


 とりあえず恋心を抱いてくれていることは嬉しく思う。憧れを抱いてくれていることは嬉しく思う。

 だから二人へ素直に礼を伝えていた俺。

 他人の俺を想う気持ちは大事にしたい。真摯に向き合いたい。

 アニオタの妹でも、嫉妬だとか何だとか……さすがに何かを言えることじゃないんだ。

 だって、俺が小豆へ送られたラブレターの差出人について不平みたいなことを何か言えば確実に妹は怒るはずだからな。

 きちんと想いを受け取って、真摯しんしに向き合う。いつも、小豆がしていることなのだからさ。


 とは言え、確かに素直な気持ちなんだけど、面と向かっては恥ずかしいね。

 まぁ、再び顔を胸に埋めているので彼女のつむじと目が合っているのですが。だから伝えられたのかも知れないな。

 そんな俺の言葉を受けて耳まで真っ赤になった彼女は更に胸に顔を押し当てていた。

 思わず言葉に出ちゃったけど、改めて俺に礼を伝えられたことで自分の言動が恥ずかしくなったのだろう。まぁ、俺もよくあることだから気にしないであげようかな。

 こんな可愛い子から恋心を抱かれていることには、正直今でも信じられないのだが……。

 そして信じられない続きと言う訳でもないのだが。

 目の前の祐希くんまでもが、葵ちゃんと同じように耳まで真っ赤にしながら俯いてしまったのである。な、なんで?

 

「……ははは……」


 きっと俺の抱いていた疑問など、胸に伝わる熱にほだされて溶けてしまったのだろう。

 二人に対して、嬉しさを表現するように照れた笑顔を送る俺なのであった。


「……えっと……それで、『はじめて』って?」


 とは言え、一つだけ気になるワードがあった俺は、視線を彼女の後頭部へと向けて疑問を投げかける。

 俺、記憶が曖昧だとは言え……彼女から『はじめて』なんて、もらっていませんよ?

 正直なところ。かなり危険な質問かも知れない。うん、妹達……特に小豆の前ではね。

 俺にとって『パンドラの箱』になる可能性もある。だけど。

 全部を受け止められる男になりたいと思っている俺。

 小豆やあまねるのようになりたいと願っている俺。

 だから彼女の想いも受け止めようと考えていたのだろう。

 ――いや、たぶん……ここで逃げたら愛する三人と向き合えないって思ったのかも知れない。

 何かは知らないけれど、ここで逃げたら葵ちゃんとの間に遺恨いこんが残る気がするんだ。これでは完全決着にならない。

 俺は今日、この場で過去のしがらみを全部断ち切って、新しい一歩を踏み出そうと思っているのだ。


 そう、本当の意味でのハイライト。小豆との最終完全決着に向けて進んでいる俺。

 それなのに。 

 そんな曖昧な状態で、この直後に小豆と。そして、明日から三人と向き合うなんて無理だろう。

 小豆も、あまねるも――いや、優衣達だって自分の非を受け入れたんだ。その上で一歩を踏み出しているんだ。

 だったら俺も……違うな。

 全員のお兄ちゃんである俺が受け入れないでどうするんだ?

 別に俺は優衣達が妹になると言ったからって、「向こうが勝手になっただけだから俺には関係ない」なんて考えてはいない。

 もちろん、俺はそんなに優れた人物じゃないから彼女達の望むような兄にはなれないだろう。 

 それでも、俺は彼女達に兄だと想われるような人物になりたいと思うし、その覚悟で彼女達を受け入れたんだ。


 ――誰でも女性だったら子供を産めば母親にはなれる。だけど、「お母さん」には……そう呼んでくれる相手がいなければ、なることはできない。


 ふと脳裏に浮かんだ言葉。俺は『この言葉』を胸に刻んで覚悟を決めていたのだった。

 って、エロゲの受け売りなんですけどね。

 作品そのものは忘れたけれど、この言葉だけは深く印象に残っていた。

 もちろん俺は男だし、母親にもお母さんにもなれる訳はない。当たり前だけど。

 でも、さ。

 母親って言うのは世間から見た立場みたいなものだと思う。

 つまり、兄弟や兄妹の中で――年上の男ならば誰でも周囲からは兄に見られるんだ。

 だけど。

 妹や弟が「お兄ちゃん」だと呼ばなければ、兄はお兄ちゃんにはならないんだってこと。いや、呼び方の問題じゃないけどね。

 要は相手に認めてもらえるように。「お兄ちゃん」と呼んでもらえるように心がけることが大事なんだってことさ。

 それなのに、妹達が自分の非を認めている。現実を受け止めているって言うのに。

 俺が受け止められないようではお兄ちゃんなんて呼んでもらえないのだと思う。


「……あぁ、それっすか?」


 そんな覚悟を決めて彼女へ答えを求めたのだが、彼女よりも先に冷静さを取り戻したようで。いや、顔は未だに赤いけど。

 俺の言葉を聞いていた祐希くんが呆れたような表情で言葉を紡いでいた。

 そして、そのままの表情で視線を葵ちゃんの背中へと移しながら――


「いや、普通に『初恋』ってことですよ?」

「――え?」

「ただ……小学生の頃に抱いた初恋が、未だに持続しているんですよねぇ?」

「……そ、そうなんだ……」


 答えを教えてくれるのだった。

 な、なんだ、初恋、だったのか。かなり興奮ぎみに言い放っていたから俺はてっきり――


「アイドルに求める絶対条件!」


 的なことなのかと思ったのだが。いや、俺は求めとらんけど。

 でも、「はじめての恋心をあげた」ってことだから言葉的には間違いではないのだろう。

 そもそも「一度だけしか体験できない」ってことみたいだし、広い定義では初恋でも問題ないのだと思う。

 

 と言うより、初恋か……。初恋はともかく、相手が俺だってことが信じられん。

 ……これが夢とかってオチじゃないよね?


「……。――痛っ!」

「――え?」

「ど、どうしたんですか、先輩?」

「いや、なんでもない……」

「……さすさす♪」


 今の現状が夢ではないことを確かめるように、俺は自分の左頬をつねってみた。

 当然ながら俺のつねった指先の衝撃が左頬に伝わり、俺は顔を歪めて悲痛の声を発する。

 そんな俺の突発的な行動に驚いた彼は慌てて声をかけてきたのだが、苦笑いを浮かべて「なんでもない」と伝える俺。

 そんな俺を見上げていた葵ちゃんはと言うと。 

 左手を伸ばして嬉しそうに俺の頬を擦っていたのだった。頬以上に周囲の視線が痛いから夢ではないのだろう。当たり前ですけどね。

 いや、でも、まぁ?

 数年も恋が持続するとは……フラ●ノガムやダイ●ンも驚きの持続力だね。比較対象が変だけど。

 とは言え、アニメの放映が終了したからって熱が冷めることはないのだから、俺にだって恋する気持ちくらいは理解できるかな。そう考えると俺って浮気性なのかも。大勢のヒロイン達に恋をしているんだからさ。

 って、それ以前に愛する人が三人もいる俺は優柔不断ゆうじゅうふだんなんだろうけどね。

 ただ、まぁ?


「うふふ~♪」


 チラリと視線を小豆の方へと泳がしてみた俺。

 妹は満面の笑みを浮かべて、葵ちゃんのことを『同志』のように見つめていたのだった。


 うん、まぁ、その……小豆も俺が初恋らしいのだ。いや、いつからなのかは知らないんだけどね。本人が言っていたことなんで嘘かも知れないが俺は妹の言葉を信じている。

 つまり、俺への初恋を未だに持続している女の子が身近に存在するので彼女を否定するつもりはない。

 と言うより、俺にそんな権利はないのである。嬉しく思うだけなのである。

 ……うむ、『ないのである』はあるのに、『あるのでない』がないのはなんでだろう? どうでもいいね。


「……ふっ」


 俺は妹の笑顔を眺めて小さく笑みを浮かべていた。

 ――とにかく、全部のピースは揃ったってことなのだと思う。完全決着と言う名のな。

 親父、お袋……どうやら頭は下げなくても大丈夫みたいだ。別に俺の手柄じゃないけどさ。

 まぁ、代わりに……大勢の妹が増えたことについて俺が頭を下げる必要があるらしいけどね。

 とりあえず、笑顔でエンディングを迎えるとしようか。そう、全員のエンディングを――。

 

◇3◇ 


「それで、さ? そろそろ離れてもらっても、いいかな?」

「――は、はい! ……ぅぅぅ~」


 だいぶ落ち着いたように見える葵ちゃんに声をかける俺。

 そんな俺の言葉に我に返って恥ずかしくなったのか、慌てて返事をするとパッと体を離す彼女。そして顔を赤くして俯いてしまっていた。

 そんな彼女に苦笑いを浮かべながら俺は彼女に言葉を紡いでいた。


「それで今回の件……龍司と俺の顔に免じて手打ちってことで、どうだろうか?」

「――え? ……い、いえ、悪いのは私ですし……許してほしいなんて言えないかも知れないですけど……私、愛している先輩に、嫌われたく、ないんですぅ……許して、ほしいん、ですぅ……」


 俺の言葉に驚きの声を発する彼女。そして顔を青ざめ怯えるように言葉を繋いでいた。

 まぁ、当然と言えば当然なのだろう。

 逆に俺の提案を普通に受け入れるのであれば、今までの彼女の言動が納得できないからさ。

 俺に恋心を抱いてくれている彼女。自分の過ちにも気づいている彼女。

 だから素直に非を認めて、俺に嫌われないように懇願しているのだろう。

 とは言え。

 残念ながら……最初から俺は葵ちゃんを嫌ってなんかいないんだよね。普通に好意しか抱いていないし。あっ、祐希くんもだけど。

 そもそも、話を全部聞いた時点で「結局俺が撒いた種じゃん?」と言う結論に至っていた訳だ。

 つまり、この件について俺が怒るものなら小豆の『撒いたスイカ理論』に反論できなくなると言うことなのである。まぁ、今となっては反論する意味もない理論なのだが。

 うむ……『痘痕あばたえくぼ』ってことなのかな?

 などと考えている俺のアバターにエルボーを食らわせておこう。よし、不埒ふらちな俺を成敗したところで先に進めよう。


 とりあえず、泣きそうな表情で俺を見つめる彼女に俺は苦笑いを浮かべて言葉を繋ぐのだった。


「とりあえず、明日俺と優衣達で迷惑をかけた人達に謝罪をして回るから――」

「――ッ! ~~~」


 きっと数分前の会話が脳裏を過ぎったのだろう。彼女は表情を更に歪めていた。

 たぶん「今後は俺達の前に現れるな!」って言われると思っているのだろう。

 俺は彼女の表情を眺めて優しい微笑みを浮かべて声をかけていた。


「葵ちゃんも一緒に謝るんだぞ?」

「――え?」


 俺の言葉に驚きの表情を浮かべる彼女。こんな言葉は予想していなかったのだろう。

 まぁ、さっきとは状況が違うからさ。反省しているのだし、一緒に謝罪をすることを拒むとは思えないし。

 何より、一緒に謝ることで水に流してしまった方が得策だと考えているからね。


「……どうだろう? 謝りたくないのかな?」 

「も、もちろん謝りたいです!」

「お、俺も謝ります!」


 驚いて固まっている彼女に笑顔のまま、言葉を付け足した俺。別に圧をかけたのではない。呼び水代わりに手を差し伸べたまでだ。

 そんな俺の言葉と表情を受けて我に返った彼女は賛同していた。そして祐希くんも一緒に謝ることへ賛同していた。

 すると、当然のように「俺も俺も」と声を揃えるフダツキ連中。なんだ、意外と話のわかる奴らだったんだな。

 だが、断る。

 いや、ただでさえ大人数なんだし……とりあえず首謀者だけで十分なのだよ。

 うむ、決して「俺に好意を抱いてくれている二人との時間を、もう少しだけ増やしたいから邪魔されたくない」と言う本音ではないのである……あっ、本音って言っちゃった。だけど、事実なので気にしないでおこう。

 一応、本音は隠して「元々大人数だから周囲の迷惑になるしね?」と言う建前で連中には了承してもらっていた俺。あとは……。


「なぁ、龍司?」

「んぉ? なんだ?」


 俺は視線を龍司へと移して声をかける。俺の言葉に怪訝そうな表情で返事をする龍司。

 正直、このお願いは危険なんだけどなぁ。

「お前にそんな権利はないんだよっ!」って怒られそうだもんな。俺なら確実に言っているだろうし。

 だけど願望が俺の心にうず巻いているのは事実だし、隠れてコソコソするのは最悪だろう。

 たぶん妹達や彼女達の素直な言動に感化されてしまったのだろう。そう言うことにしておこう。

 俺は苦笑いを浮かべながら龍司に言葉を紡いでいたのだった。


「あー、えっとさ? その……ふ、二人の、さ? もう一人の――」

「何を言っているんだ? 二人の『もう一人の兄貴になりたい』とかよぉ?」

「――え?」

「え? あっ、いや、その……」

「ん? 違うのか?」

「い、いや、合っているけどさ……」

「だよな?」


 俺の言葉を遮るように、龍司は不機嫌そうな表情で正解を言い切っていた。

 やっぱり気分悪いよな?

 そんな龍司の言葉に驚く二人。俺を見つめる三人の視線にしどろもどろになっていた俺に言葉を繋ぐ龍司。

 俺が肯定すると、呆れるような表情に変えて言葉を吐き出していた。

 理解していたこととは言え、やっぱり怒るよな。無理だよな……。

 少し悲しい表情を浮かべていた俺に呆れるように、深く息を吐き出した龍司は――


「いやよぉ? ……最初から二人にとっての『もう一人の兄貴』のお前が何を言っているんだ?」

「……は?」


 こんな言葉を投げかけていた。その言葉に疑問の声を発する俺。

 最初からって、いつから?


「まぁ、こいつらは俺が知らないと思っていたらしいが……俺は最初から知っていたんだよ? 葵が、お前に助けられたことをな?」

「え?」


 龍司の言葉に、二人が驚きの声をシンクロする。

 二人に視線を移して龍司は言葉を紡ぐ。


「俺だって葵が上の空だったことくらい理解していたぞ? と言うより、まぁ……兄貴としてはショックだったけどよ? あれだけ『恋する乙女』されていたらバレバレだろ」

「……俺、わかんなかった……」


 龍司の言葉にショックを隠せずにいる祐希くん。

 そんな彼に、心底呆れたような表情で言葉を繋ぐ龍司。


「ばぁ~か、小学生男子が何言っているんだ? 俺だって小学生だったら気づいていねぇよ……まぁ、普通の生活だったら中学生でも気がつかなかったとは思うけどよ?」

「……」


 ごめんなさい。俺、当時中学生なのに小豆の恋心に気づけませんでした……。

 まぁ、「全部のチームが」って訳でもないんだけど。

 往々にして少年ギャングって……かなり早熟なんだと思う。その手の経験とか、さ。いや、恋愛面だけどね。

 とは言え、俺は自分から拒んでいたから何もなかったのです。


「そんな訳で兄貴として心配だったからな? 葵の好きになった相手がどんな奴なのか……チームの連中に、それとなく探りを入れてもらおうとしていたら……自分達の方から話してきたって訳さ?」

「そ、そうだったんだ……」


 龍司の言葉に苦笑いを浮かべて返事をする彼。

 本人的には完璧に内緒にできていたつもりだったのだろう。

 そんな彼に笑みを返してから、俺へと視線を向ける龍司。


「お前のことは噂だけは知っていたからよぉ? まぁ、特に悪い噂もなかったし、葵が好きになった相手だから……別に危険でもないだろうからって普通に傍観していたってことさ。それに……」

「それに?」

「いや、どうせ小学生の初恋だしよ? すぐに何も進展しないで終わるだろうって、な?」

「あ、あぁ……」

「まさか、こんなことになるとは俺も思っていなかったんだ。迷惑かけて、すまなかったな?」

「いや、お前のせいじゃないんだしな? あはは……」


 苦笑いを浮かべながら謝罪を伝えた龍司に同じような表情で否定する俺。

 実際のところ、芽生えたのが小学生だったのかは知らないけれど、初恋継続中な妹がいるからね。本当は笑える話ではないんだけど。

 それに俺の撒いた結果なのだからさ。迷惑ではないのである。


「まぁ、そんな感じで傍観していたんだけどよ? どうにも祐希まで、お前に憧れたらしくてさ?」 

「……みたいだな?」


 龍司の言葉を受けて、チラッと祐希くんを眺める俺。彼は照れくさそうに苦笑いを浮かべていた。

 そんな彼に苦笑いを返してから龍司の言葉を肯定していた俺。


「そもそも二人がお前に抱いた気持ちは、両親も知っているんだけどな……」

「え?」


 そんな俺達を眺めていた龍司が繋いだ言葉に、再びシンクロして驚く二人。


「いや、俺でさえ気づいたんだから親父やお袋が気づかない訳ないだろ? そもそも、お前ら二人して……あれだけ露骨ろこつに『赤い物』に固執こしつすれば誰でも不審に思うだろうよ?」

「ぁぅぅぅ~」


 だけど二人に視線を移し、呆れた表情で紡がれた龍司の言葉を受けて、二人はシンクロするように顔を赤らめて俯いていたのだった。いや、赤い物に固執しているからではないよ。当たり前だけど。

 二人だけの秘密にしていたのに周囲にはバレバレだったことが恥ずかしかったのだろう。

 対象が俺だってことを除けば、好きなアニメのヒロインだとか声優さんのイメージカラーで物を揃えたくなる俺としては気持ちが理解できるのである。とは言え、俺の場合、大勢好きな人がいるので統一感がないけどね。


「……それで、まぁ、俺もなんだが。両親も別に二人のことを過保護に育てちゃいないからよ? あくまでも本人達の意志に任せることにしたんで、三人で見守っていたってことさ」

「そっか……まぁ、なんだ……素敵な親御さんじゃないか?」

「そ、そうかも、な……」


 龍司の言葉に、自然と笑みを浮かべて言葉を紡ぐ俺。

 ふと、脳裏に勝ち誇った表情を浮かべる親父とお袋の姿が映し出されていた。 

 直接会ったことはないのだが、龍司達の両親は親父達と同じような考え方なのだろう。

 あくまでも本人達で考えさせて、自分達の責任で思うままに行動をさせる……当然危ない橋を渡らないように気にはかけているのだろうけどね。

 まぁ、こんなに可愛い素直な二人を見ていれば、両親の情操じょうそう教育の素晴らしさも一目瞭然いちもくりょうぜんと言えるのである。

 そう、我が家だって小豆と智耶と言う可愛い素直な二人を見ていれば親父達の素晴らしさは一目瞭然なのだろう。……うん、お兄ちゃん達を見なければ、な。

 たぶんアレだな? 長男で育て方を間違えたから軌道修正をしたのだろう。そう言うことにしておこう。

 俺の言葉に、どこか恥ずかしそうに。だけど心なしか嬉しそうに言葉を返す龍司なのであった。

 

「と、とにかく、だな? 二人とも、お前のことを兄貴――いや、それ以上かも知れないが、特別だって思っているようなもんなんだよ! だから、お前は最初から、こいつらにとっての兄貴だったってことなんだよっ!」

「――ッ! ……そ、そうか」


 たぶん、心を見透かされて恥ずかしかったのだろう。突然捲し立てるように言い切っていた龍司。

 そんな気迫に押されて納得をする俺なのである。

 まぁ、二人が俺を特別に思ってくれていることは素直に嬉しいことだしね。


「第一、お前……俺の見ている前だって言うのに普通に兄貴ヅラしていたじゃねぇか?」

「――うぐっ! ……す、すまない……」


 自分の負ったダメージのお返しのつもりだろうか、呆れた表情で告げられた龍司の言葉にダメージを負っていた俺。

 実際に兄貴ヅラしていましたからね。俺としては完全に無意識だったとは言え、言い訳にしか聞こえないのだろう。

 そんな意味で謝罪していた俺。


「いや、俺としては……お前が二人を敬遠せずに受け入れてくれて安心していたしな? それなのに改まって兄貴になりたいとか言い出すからさ?」

「あはははは……」


 龍司の言葉に乾いた笑いを奏でることしかできない俺なのであった。

 なるほど……だから最初から俺の言動を当たり前のように受け流していたってことなのか。

 確かに、兄貴ぜんと二人に接していたのに「兄貴になりたい」とか言い出せば「さっきまでの態度はなんだったんだよ?」って思うのは当然だよな。

 何はともあれ、兄貴でも大丈夫ってことなのだろう。


「……。……おいでおいでぇ?」

「わぁ♪ ……ふふふぅ♪」

「……お、俺も、い、いいですかぁ?」

「え? ……俺は大歓迎なんだけど……い、いいの? 無理しなくても平気だよ?」

「……」


 一瞬だけ後ろを振り向き、小豆へアイコンタクトを送る俺。

 小豆は「仕方ないなぁ~」なんて言いたそうに苦笑いを浮かべて頷いていた。

 いや、他の妹達へも了承を取りたいところではあるが……口に出すのは恥ずかしいから。

 一応妹の了承を得た俺は、再び向き直ると葵ちゃんに向かって左手を広げて右手で手招きをする。

 瞬時に理解を示した葵ちゃんは嬉しそうに微笑みながら俺の胸に飛び込んできた。すると。

 後ろから近づいてきた祐希くんが恥ずかしそうに俺にたずねるのだった。

 いや、俺としては大歓迎だし……葵ちゃんも当然のように半身スペースを空けて抱きついている。でも、無理は体に毒だからね。別に拒否をしたからって怒らないよ?

 とりあえず俺は彼に訊ねたのだが、真っ赤な顔で俯きながら葵ちゃんの隣に立つ。つまり俺の胸に飛び込んできた彼。


 ……あぁ、うん、なるほど。

 彼を抱きしめている俺の全身は、普通に女の子を抱きしめているように感じてドギマギしている。

 細いし、ぷにぷにだし、いい匂いするし。

 正直、最初の段階で「葵ちゃんではなく祐希くんを抱きしめていた」としても、考えは変わらなかったのだろう。

 彼に抱きつかれた俺は、数分前――最初に葵ちゃんを抱きしめていた時と同じことを考えていたのだった。

 まぁ、同時に抱きつかれているので比較ができるからなのですが。

 なんと申しましょうか……抱き心地に、ほとんど違和感がないのですよ。そう、ほとんど、ね?

 それでも彼は立派な男の娘なんだって理解している。主に『彼』の密着している俺の太ももが、ね。

 たぶん彼としては同性ゆえの密着だろうし、俺も全然嫌悪感は抱いていないんだけど……逆に意識しちゃってオタオタしそうだな。


「……」

「ふふふぅ~♪」

「ぅぅぅ……」


 一応オタオタの回避も兼ねて、二人の頭を撫でてあげることにした俺。

 頭の上に乗り左右に撫で始めた手の平の感触に葵ちゃんは嬉しそうに。祐希くんは恥ずかしそうに。

 それでも拒絶するような素振りを見せずに俺の行為をジッと受け入れてくれている。


 ――うーん。でも、どうするかな?


 俺は二人の頭を撫でながら悩んでいた。

 いや、俺の方から「兄貴になりたい」としか言っていないんですけど。それって必然的に「俺の妹と弟」になってほしいと言うことで。まぁ、弟枠は余裕がありまくりなんですけど。本来そう言うものでもないけどね。

 ただ悲しきかな、妹枠はソールドアウトなんだよね。いや売っていないのだが。葵ちゃん、どうしよう……。

 お願いをしておいて「やっぱり無理」とは言えない。かと言って他の妹達を削るのも万死に値することだろう。

 まして、一番年下……この中ではね? 智耶は不動の末っ子だから。

 要は、ゆきのんを差し置いて姉に認定するのは変だろう。俺の頭が変なのは最初からです。

 仕方ない、この際だから……ゆきのんと小豆とあまねるを姉認定して妹枠を減らすか?

 などと意味不明なことを考えていたからなのだろうか。いや、何も脈絡みゃくらくがないのですが。


「……そのようだから、今更だけれど愛乃も妹になりなさいね?」

「かしこまりました、お嬢様……」

「……はい?」


 あさっての方向から、既視感とも思えるような、勝手に話を進めるゆきのんと師匠の会話が入ってくる。

 いや、ですから、どのようなのですか?


「あら、お兄さん……ご自分で前例をくつがえしていたではありませんか? 十二人であるから愛乃を辞退させたのに、新しく妹を増やしているのでしたら愛乃を妹にしても問題がないではありませんか?」

「――ぅ! ……」


 呆れ顔で紡がれた、ゆきのんの正論に二の句が継げない俺。……そだねー。

 でもなぁ、師匠を妹か……年下の姉弟子みたいだね。

 ――なんて甘美かんびな響き! おっと、本音が。 

 でもなぁ、十四人の妹か……まぁ、いいか。

 いや、別に俺は原作信者ではないし。十二人にこだわる必要もないのだろう。別に拘っていたつもりもないですけどね。

 何より、可愛い妹が増えるのならば困ることはないのだろう。

 うん、十四人の娘だったら養育費が大変ですけどね。いや、今の俺では小豆一人でも養えないんだけどさ。

 ありがたいことに、十四人の妹は各家庭の親御さん達が育ててくれているので俺は無課金で楽しめてしまうと言うことだ。

 つまり、むしろ喜ばしいことなのである。


 だけど、一応許可は取っておこうかな?

 そんな感じで染谷さんへと視線を移した俺。実のお兄さんとしては、どうですかね?


「……」

「あはははは……えっと、まぁ、妹ではあるけど……師匠は師匠ってことで、これからもよろしく」

「かしこまりました、お兄様……」


 俺の視線で察してくれたのだろうか、染谷さんは俺に向かい深々と頭を下げていた。許可はもらえたのかな?

 彼に乾いた笑いを送った俺は師匠に向き直り、言葉を紡いでいた。

 そんな俺に深々と頭を下げて言葉を返す師匠なのであった。



「まぁ、そんな訳だから……全員で謝って回る。それで全部水に流す。それで、いいかな?」

「はい♪」


 俺は周囲を見回して、確認の言葉を告げる。

 その言葉に当事者の妹と弟は元気よく返事をする。


「うん……他の全員も、これで終りで、いいかな?」


 そして他の全員を見回して、本当に最後の言葉を告げていた俺。

 どうなることかと思っていた今回の件も、既にEDが流れ始めていた。

 終りよければすべてよし。

 想像の斜め上に到達したトゥルーエンドに我ながら驚きを隠せないのだが。

 別に俺一人で作り上げたことではない。

 そう、全員が全員を思いやる気持ち。それが綺麗に混ざり合い、一つのピースになったのだろう。

 誰か一人が欠けてもいけない。一人だけ優れていてもいけない。

 映像、ヴォイス、シナリオ、音楽……全部が溶け合い一つになることで最高傑作のアニメは生まれる。

 幾度いくどとなく画面の向こうに、そんなことを考えさせられていた俺。

 だけど今、俺は目の前で実感していた。画面の向こうではなく俺の目の前で。

 そうか、そうだったんだな、これが色を合わせるってことなんだな。

 読んでいて漠然ばくぜんとしか理解できなかった言葉。それを俺は体感しているような気がしていた。

 だけど、きっと。

 それは俺だけが感じていることではないのだろう。ここにいる全員が感じているのだと思っていた俺。

 EDも大サビを終え、余韻を残すようにアウトロを奏でる。

 そして画面に浮かび上がる『fin』の文字のように――


「はい!」

「えぇ」

「あぁ」

「うっす!」


 俺の考えを肯定するような、清々しいほどの笑顔で紡がれた全員の返事が工場内に響き渡るのであった。

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