第3話 always と tiny2

「いや、後輩って言っても……そもそも、お前を襲った連中。まぁ、あの時のメンバーは全員あの日に解散して足洗っているぞ?」

「そうなのか?」

「当たり前だろ? リーダーである俺の命令だったとは言え『あれだけの騒ぎ』を起こしたんだからな。いや、最初は一人で脱退するつもりだったけどよ? 全員が脱退するって言い始めてさ……まぁ、あの時のメンバーが全員脱退するってことで解散したって訳さ?」

「……」


 うーん。どこかで聞いたことがあるような話だね。まぁ、俺達は四人だったから解散まではしなかったけど。

 とても他人事には思えない龍司の話に苦笑いを浮かべる俺。

 そんな俺に龍司は言葉を繋いでいた。

 

「そもそも、あの時のメンバーは全員俺とタメだったからさ? どうせ、数ヶ月もしないで脱退するんだから少し早まっただけって感じだったけどな?」

「なるほど……」


 こうして普通にタメ口で話してはいるが、龍司は香さんと同い年。そう、俺の一つ上なのだ。

 だから去年の一学期ってことは、引退に向けて秒読みだったってこと。

 

「他のメンバーにしたって、『あれだけの騒ぎ』を起こしたチームだって周囲に知れ渡っているだろうしさ? そいつらには罪がないってことで――俺が頼んで『BGM』に引き取ってもらったって訳さ」

「そうなのか――いや、こいつらは『BGM』なのか?」


 龍司の言葉に納得しようとしていた俺だったが、目の前の連中が『BGM』のメンバーなのかとたずねる。いや、悪いが余計に理解しにくいからさ。

 いくら龍司の頼みだとは言え、こんな連中を俺達の後輩が受け入れたのかって。そこまで慈善事業じぜんじぎょうはしないだろ? と言うより、こいつらじゃ務まらないだろうが?

 一応、『BGM』は武闘派の部類に入ると思うからさ。


 なお、龍司は――まだ俺が知り合う前の透達の取り巻きの一人だったらしい。

 あいつらは今でこそ『負の伝道師』なんて呼ばれているが。いや、俺しか呼んでいないけど。

 その昔はこの辺一帯を牛耳ぎゅうじっていたフダツキ連中のトップだった。だから、俺より先に龍司と透達は顔見知りだったのだ。

 それに、俺は基本恐れられているのでチームの後輩とは交流がないのだが。人畜無害なおもちゃなのに……。

 透達は色々と世話をしてあげているらしく、全員から慕われているらしい。どっちがリーダーなんだか……。

 とにかく、こんな経緯で龍司が透達に頼んだのだと言う。

 だとしても、務まるのか? 

 そんな怪訝そうに連中を一瞥いちべつしていた俺の心情を察したのだろうか、龍司は苦笑いを浮かべて言葉を繋ぐ。


「あぁ、まぁ……とは言え、数ヶ月だけだがな? 元々こいつらは、言ってみれば俺の取り巻きでさ? 特に精鋭せいえい部隊なんかじゃないから喧嘩の経験がないんだ。それで肌に合わなかったのかも知れないが……そんな時にコイツが、俺の名前でも出して強引に抜けさせて自分のチームに入れたんじゃないかと思っている……」

「いやだから無理やりなんかじゃないって――ぐおっ! ……」

「……ほうほう」


 龍司の言葉に反応して顔を上げて反論しようとしていた祐希くんなのだが。

 健闘むなしく再び下を向かされるのだった。残念!

 そんな彼に苦笑いを送りながら相槌を打つ俺なのであった。


 少し意味が違うのかも知れないが、俺がチームの名前を変えさせたのと似ているのだろう。

 龍司達のチームも、それなりに周囲への影響力のあるチームだった。

 そんなチームの不祥事ふしょうじにより、主要メンバーが脱退したとあれば、周囲のチームに狙われる可能性なんて十分に考えられる。

 自分達ならともかく、関係のない後輩に危険が及ぶことを回避する意味で解散を決意し。

 そして、『BGM』の配下に入ることで周囲から狙われないようにしたのだろう。

 そんなメンバーの数人を強引に脱退させて、祐希くんは自分のチームを作ったってことなのだと思う。


 とは言え、もしかしたら彼の言葉通りなのかも知れない。

 俺のチームもそうだったが。って、基本俺達四人が精鋭部隊だったので比較対象にはならんけど。

 チーム全員が武闘派ではないってこと。喧嘩の経験がない連中だって存在するってこと。

 だけど今の『BGM』は精鋭部隊が存在しない代わりに、チーム全体が武闘派なのだと思う。詳しくは知らないけどな。

 だから……こいつらでは少し荷が重すぎるのだと思う。当然、本人達も肌で感じていたのだと思う。

 そんな時に彼から引き抜きの話を受けた。それで脱退したのだろう。


「もちろん全員じゃないけどな? こんなタコの口車に乗る人間なんて――さ?」

「いだだだだっ!」

「……な、なるほどな?」


 言葉を紡ぎ終わると同時にグッと掴んだ手に力を入れる龍司と痛がる祐希くん。とても痛そうだ。

 そんな龍司の言葉に苦笑いを浮かべて相槌を打つ俺なのであった。


「ただ、まぁ……」


 俺の相槌を受けた龍司は、一瞬押さえつけている祐希くんの後頭部に呆れた表情を送ってから言葉を紡ぐと。


「そもそも、コイツは俺の身内ってことで、『BGM』に引き取ってもらったメンバーにも、可愛がられていてな? 頻繁にチームへ顔を出していたみたいなんだ」

「ほう?」

「そこで、どうやら『BGM』のメンバー達から『初代リーダー』の話を聞いて、強い憧れを抱いたらしい……」

「……」 


 申し訳なさそうに説明をするのだった。

 ……なるほどなるほど。

 要するに、祐希くんが『初代リーダー』のチーム名を知っていたのは完全な『内部リーク』だったってことか。

 いやいや、そうじゃなきゃ誰も知っていないだろうから、納得せざるを得ないんだけどね。

 

 ふむ……要約すると?

 俺が作ったチームの後輩達に俺の話を聞いて。

 俺に憧れてチームを作って、勢力を拡大しようと活動していたら。

 優衣達に声をかけられて、拡大の条件で俺達を排除しようと俺の前に立ちはだかったと……。

 つまり、アレか?

 時空を超えて俺の投げたブーメランが――巨大化して襲ってきたってことなのか。違うだろうけどさ。


 実際には俺の在籍していた頃とは違うのかも知れないが。

『BGM』と言うチームには壁がなかった。敵対していなければ誰であろうと拒まずに受け入れる。 

 メンバーの知り合い。つまり部外者だって、普通に接してきた。

 個人で最低限の上下関係を守れていれば、軍隊のような縦社会の規律を強制しない。

 基本、喧嘩の時以外はアットホームな雰囲気の、我がチーム。

 そしてチーム名を無闇に語らないっておきては、チーム名を盾に使わせない。つまり、対外的に自分達を優位にする道具に使わせないってこと。

 普通に世間話と言うか武勇伝として話をすることまではとがめてはいないのだ。恥ずかしいので、耳に入ってきても聞かなかったことにしますけど……。

 だから、祐希くんが部外者なのに『BGM』の集会に顔を出して、メンバーから俺の話を聞いていても不思議ではないのである。

 

「いや、すまないな? コイツも純粋に憧れから真似をしているだけで、根は悪いやつじゃないんだ。まぁ、兄バカかも知れないが……俺の顔に免じて許してやってくれないか?」


 苦笑いを浮かべて言葉を紡いでいた龍司は、申し訳なさそうに懇願しながら頭を下げる。

 

「いや、俺としては手打ちにしてほしかったからさ? そうしてくれると助かるよ……」


 そんな龍司の後頭部に苦笑いを浮かべながら声をかける俺。

 最初から穏便おんびんに済めば、それに越したことはないと思っていた。それに話を聞いて俺は少しだけ、祐希くんを理解したような気がする。


 彼の格好は、昔の俺の真似だったんだ。まぁ、赤髪は違うんだけど。

 きっとアレかな? 白雪姫に憧れたのだろうと――やさしい希望を抱いていた俺。んな訳あるかー!

 某少女マンガ原作のアニメ作品のヒロインの設定を思い出してボケツッコミを脳内でしていた俺なのであった。

 

 当時の俺は全身を赤で統一していた。とは言え、ファッション的とか中二的な意味ではなく。

 単純に「返り血を浴びても目立たない格好」って意味で、普段から着ていたのである。

 いわゆる『木を隠すなら森の中』ってところだろう。

 話を聞くまでは普通にファッション的とか中二的な意味だろうと思っていた彼の格好も。

 結局俺に憧れて真似をしているだけだと気づいた俺。まぁ、真意は知らないけどさ。

 ほら、基本「かまってちゃん」な俺としては、俺に憧れてくれる祐希くんに嫌悪感など抱けない。むしろ可愛い弟だと感じているほどだ。

 つまり、可愛い弟のすることを怒るような、鬼畜なお兄ちゃんではないのである。


 ――こんなに可愛い弟を怒るなんて本当鬼畜だな、龍司は……。


「……ん? ……そ、そうか、悪いな?」


 俺の言葉に反応して顔をあげた龍司だったが、視線の先の俺がジト目で睨んでいることに疑問の声を発していた。

 だけどすぐに苦笑いを浮かべて礼を伝えてきたのだった。まぁ、伝わるはずはないけどね。

 そんな風に俺と龍司の間で話が解決しようとしていたのだが。


「――なんで兄ちゃんは、こんなやつの言いなりになっているんだよ! って言うか、なんで俺が言うことを聞かなきゃなんないのさ! こんな女に土下座するような女々めめしいやつなんて潰せばいいじゃないか!  こんなやつ俺達で潰せば楽勝だって! そうさ、女の前だからって格好つけているような世間を知らずに俺達をめているんだから痛い目を――」

「見るのはお前だ、このアホタレ!」

「――うごっ! ……ぅぅぅぅぅ~」 

 

 押さえつけられている龍司の手を払って顔を上げた祐希くんが、せきを切ったように龍司に向かってくし立てる。

 が、一喝いっかつするような言葉とともに振り下ろされた龍司の拳骨によって、あえなく撃沈するのであった。う、うわ、本気で痛そう……。

 頭を両手で押さえて涙目で、うめき声の抗議をする祐希くん。うん、少し可愛い。

 そんな彼に向かって手をプラプラと振りながら心底疲れた表情を浮かべて言葉を紡ぐ龍司。

 

「ったく、馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが……これほど馬鹿だと思ってはいなかったぞ……」

「――どう言う意味だよ! ……いたたたた」

「お前なぁ? 情報もなしに突っ走るのは危険だって、何度注意したと思っているんだ!」

「だから、どう言う意味だよ! ……いたたたた」


 龍司の言葉に食ってかかるも、頭に響くのだろう。すぐに顔を歪めて痛がる祐希くん。少し可哀想にも思えてきたな。

 とても抱きしめて頭を撫でてあげたい気分なのだが。

 たぶん痛がるだろうし、そもそも敵対しているので逆効果だと判断していた俺。


「……」

「ふにゃ~♪」

「……」

「ふみゅ~♪」


 だから、ちゅうぶらりんな気持ちの解消に――隣のペット二匹を可愛がっていた俺。

 いや、龍司の話を聞きながら「もう危険な状況は回避した」と判断したから全員を呼び寄せていたのだ。うん、暇だったし。


「……お前が憧れているのは誰だ?」

「はぁ?」


 そんな俺達に苦笑いを浮かべていた龍司だったけど。

 向き直って呆れた表情で紡がれた龍司の質問に、疑問の声を発していた祐希くん。

 まぁ、心意は理解できるが俺も疑問に思うぞ、こんな唐突だと。

 だけど龍司の威圧に恐れをなしたのか、渋々ながら質問に答える祐希くん。


「……『ブラッド・ギルティ・モラトリアム』の初代リーダー。『ブラッディ・オール・ギルティ』だよ!」

「――ッ!」


 何、その、恥ずかしすぎのネーミングセンスは? そんな名前の人物がいるならお目にかかりたいところだな。

 あぁ、うん……とりあえず鏡になりそうなものが見当たらないので大丈夫だ。と言うより、名前じゃなくて二つ名ですけど。


「俺が憧れているのは前から知っているだろ? なんで今、聞くんだよ?」

「いや、それは二つ名だろ? それで彼のフルネームは?」

「知らない!」

「……は?」

「だって、全員この呼び方か、『初代』とか『リーダー』としか呼んでいなかったから……」

「……」


 祐希くんの言葉を受けた龍司がジト目で俺を睨んでくる。って、俺が睨まれてもなぁ。

 たぶん龍司のことだ。彼が俺の名前を知っていれば、龍司がずっと俺のことを「善哉」と呼んでいたのだから気づくと思ったのだろう。残念!

 いや、それ以前に俺……しつこいくらいに自己紹介していましたからね。単純に知っていれば、もっと早い段階で気づいていたんだろうけど。

 まぁ、俺の責任ではあるんだけどね。

 チームを作った当初、『家族との確執かくしつ』の最中だったこともあり、俺は自分の名前を呼ばれることを嫌っていた。

「親父達の子供だって思い出させられるから」なんて言う、単なる子供じみた理由なんだけどさ。

 なお、明日実さんが俺のことを「あんた」って呼んでいるのは、引き取ってもらった直後に俺が「名前で呼ばないでくれ」って頼んだからなのである。

 それから時間をかけて、少しずつ自分の間違いに気づいていたのだが。

『三つ子の魂百まで』じゃないけど、チーム内では俺のことを名前で呼ばないように統一されていたのだった。

 そして今のチームの歴代のトップは『ヘッド』と呼ばれている。

 だから『リーダー』と呼ばれるのは俺だけなのだ。理由は興味がないので知らない。


「はははは……」

「……まぁ、いいけどよ?」


 とりあえず俺の責任でもあるので乾いた笑いを返しておく俺。

 祐希くんに対してなのか、俺に対してなのか。たぶん両方なんだろう。

 呆れた表情で言葉を吐き捨てる龍司なのであった。


「いや、今は関係ないだろ!」

「大アリだ、タコ!」


 怪訝そうな顔で食ってかかる祐希くんに文句を言う龍司。

 って、あれ、ちょっと待て……この展開って、俺にとってピンチにならないか?


「お、おい――」


 今更ながら、この先の展開を予想して背筋に冷たいものを感じた俺は慌てて会話を止めようとしていた。

 だけど。


「お前さぁ? ……憧れている『ブラッディ・オール・ギルティ』……まぁ、俺達の頃は『血まみれ全罪ぜんざい』って畏怖いふを込めて呼ばれていたんだが、随分と格好よく呼ばれるようになったもんだな。って、それはいいんだが――憧れている人間に喧嘩を吹っかける人間なんて馬鹿としか言いようがねぇって言っているんだよ!」

「――ッ!」

「……は? ……え?」

「……だよなぁ? 『血まみれ全罪』よぉ?」 


 一歩遅かったようで、俺を無視して龍司は祐希くんへの説明を続けていた。その言葉に息を飲み込む俺。

 祐希くんは言葉の意味を理解できずに一瞬固まるのだが。理解したのか、驚きの表情で龍司と俺を見比べている。

 彼が理解できたことを確認した龍司は、苦笑いを浮かべながら俺に賛同を求めてくるのだった。

 って、いや、お前……何を言っちゃってくれてやがりますか?

 とは言え、まだ死刑確定ではないと判断していた俺。

 だから背筋に冷たいものを感じながらも、俺は精一杯の抵抗をこころみる。


「――そそそ、そんな恥ずかしい名前の人知らない!」


 ――き、決まった!

 ライトノベル作家の兄と、引きこもりイラストレーターの妹が織り成す兄妹ラブコメ作品。

『HDマンガ大先生』に登場する妹の口癖くちぐせを、恥ずかしそうに横を向いて言い放つ俺。

 うん、一度は使ってみたいと思ってはいたものの、さすがに使いどころのなかった台詞せりふ。当たり前か。 

 いや、基本恥ずかしい名前で呼ばれたことはないから、使った瞬間『相手』に怒られそうだもんな。よんちゃん、とか、よぉにぃ、とか、おにいたま、とか……。

 それこそ使ったが最後。


「私もそんな恥ずかしい名前の人知らない!」


 なんて、向こうが怒りに染まった真っ赤な顔で横を向き、一生話しかけてくれなくなる可能性がある。

 そう、だから俺には恐くて使えなかったのである。嫌われたくないのです……。


 そんな、まさに「ここだ!」って……使えるタイミングを見つけた俺は、意気揚々いきようようと言い放ち、心の中でドヤ顔をしていたのに。

 

「お兄ちゃんが真似しても可愛くないよぉ~? と言うより私を『あずにゃん』って呼んでよぉ~? 『血まみれ全罪』さぁ~ん?」

「……」

「おーい、『血まみれ全罪』さんやぁ~い?」

「……」

「ねぇ~、『血まみれ全罪』さんってばぁ~?」

「……」


 俺の隣から、こんな間の抜けた言葉が響いてくるのだった。

 おいこら、小豆……なんで敵に寝返っているんだよ! まぁ、自分の願望の為なんだろうけど。

 小豆は俺の二つ名も、当時の話も全部知っている。俺達兄妹共有の思い出として、な。だから『わざと』呼んでいるのだ。


 当時の俺は出生の秘密を知って、血に裏切られたと思っていた。絶望していたってことさ。

 だからなのかは知らないが、俺は無性むしょうに他人の血をほっしていた。吸血鬼じゃないけどね。

 きっと裏切られた自分の血を、誰かの血で上塗りしたかったのだろう。物理的な話じゃなくて精神的な話だけど。

 だから返り血を浴び続けていた。とは言え、自分から喧嘩なんてしていなかったけどさ。

 あくまでも向こうが勝手に襲ってくるのを返りちにしていただけですが。

 そんな俺の姿を見ていたフダツキ達が、俺の名前にからめて『血まみれ全罪』と呼んでいたのだった。

 そう、ぜんざいの小豆は、赤黒い血のこと。

 いや、返り血って落ちないんだよね。だから洗濯しても血の色が残っていたから、少しずつ上塗りされて赤黒くなっていたのだ。

 何度も吸い続けてきた……食べる方の小豆のような赤黒い血をまとう俺。だから――善哉ぜんざい

 まぁ、全罪と言うのは俺がいつも「全部の罪は俺がかぶる!」とか宣言していたからだと思う。

 ……とても『ずた袋』を被りたい気分ですね。恥ずかしいので。

 だけど今『ずた袋』を被るのは、少し時間が経過しているとは言え――


 小豆の芳香ほうこう装填そうてんされた砲口ほうこうに顔を近づけること。すなわち歓喜の咆哮ほうこう間違いなし!

 しかし、確実に妹達からのお兄ちゃん資格を放校ほうこうされて、彷徨ほうこうする方向に間違いなし!

 よって、『ずた袋』は妹達への奉公ほうこうの精神で……放っておこう。

 ――色々な意味での恥ずかしさと、妄想から暴走しているお兄ちゃんのことなど気にしないでください。

 話を現実へと方向転換します。

 

 俺が無視をしている間中、必死に俺を『血まみれ全罪』と呼び続ける妹。俺が『あずにゃん』って呼ぶまで続きそうな勢いだよな。

 まぁ、さすがに面と向かっては恥ずかしいし、帰ったら録音してやるかなぁ……。


「……」


 おっ、静かになった。ま、まぁ、無視され続けたから疲れたんだろうな。だけど色々と恐いから録音だけはしてやるとしよう。

 それよりも、だ。


「……」

「……」


 俺の抵抗が妹の言葉で吹き飛ばされた。いや、更に俺が『血まみれ全罪』であることを確定されている状況。

 とりあえず、嬉々ききとした表情で俺を見つめる小豆のことは無視しておいて、恐る恐る視線をあまねるの方へと移していた。正確には小豆を無効にして、小豆の向こう側。

 なお、普段の定位置である反対隣には、ゆきのんがいるので姉に場所をゆずったってことなのだろう。いや、知らない。

 とにかく、あまねるは俺のことを『一般人』だと思っているからさ。『透がリーダー』だってことにしているんだからな。

 だけど、今の状況って……言ってみれば『俺がリーダー』だって暴露ばくろしているようなものだろう。

 きっと真実を知って、驚いたり、怒りを覚えていたりするのだと思う。いや、恐怖を覚えている可能性だってあるのだ。

 あの頃は純粋に小豆の為だったけど、今は俺自身が彼女にけられることを恐怖に感じている。

 もちろん彼女の表情を確認したところで、俺には改善策も状況も理解できるはずはないんだけどね。

 一応、現実として受け止めるべきだと考えていた。いや、ここは絶対に逃げちゃだめだからさ。

 ところが。

 

「……ん?」

「……」

「あはは……」


 想像していた、どの表情にも当てはまらない。ごく自然な表情を浮かべている彼女。

 そんな表情を見て、驚きの表情を返していた俺を視界にとらえた彼女が疑問の声を発する。

 俺達の間で二人のことを眺めていた小豆は、苦笑いを浮かべて乾いた笑いを奏でていた。


「……ん? ……んん? ……んんん~? ……。――ぁ!」


 俺の表情に疑問を浮かべていた彼女だったが、小豆に気づいたのだろう。視線を移して小豆の苦笑いを眺めながら不思議そうに疑問の声を発する。

 そのまま視線を移して、視界の端にでも映ったのだろう。透達の苦笑いを眺めながら不思議そうに疑問の声を発する。 

 そして視線を斜め上に移して何か考えているような表情を浮かべてうなる彼女。

 だけどすぐに何かに気づいたらしく、ハッとした表情を浮かべたかと思うと。


「わ、わ、わー。び、びび、びっくり、ですわー。お、おにいたまが、り、りーだー、だったなんてー」

「……」

「あはは……」


 突然焦った顔になって言葉を紡いでいた……うん、わかりやすいほどの棒読みで。そして「おにいたま」になっていましたね。

 でも周囲の皆さんには、棒読みなんで「さ」と「た」の違いを悟られていないようです。凄いな、棒読み……嘘です。

 新人妹さん達が真剣な表情をしながらメモを取っていることから目をらしたかったのです。

 あと、他の皆さんの俺を見てニヤニヤと笑みを浮かべている現実からも……。

 そんな、プライベート情報を投下したことに気づいていない彼女に呆然ぼうぜんとなっていた俺と、乾いた笑いを奏でる小豆と透達。

 薄々うすうす気づいていたことではあったけど、改めて状況を理解した俺は彼女に苦笑いを送っていたのだった。 


 

 直後に透達が話してくれたのだが。どうやら、あの時に嘘をついたのは「俺の方へ」だったらしい。

 とは言え、最初は透も俺を気遣い「自分がリーダーだ」って、嘘をつこうとはしていたのだと言う。

 だけど、その話を聞いたあまねるが――


「彼が不良でも、そうでなくても……どちらだとしても、私を助けてくれたのは彼なのです。私を身を挺して、ボロボロになりながら……いえ、私達で危害を加えても、なお助けようとしてくれていたのです。そのことに、彼が誰かなんて言うことは必要ないことだと思うのです。そう、私の恩人には変わりはないのですよ? でしたら、彼は彼。小豆さんのお兄さん。そして私にとって、とても大事な恩人……それだけで、十分ではありませんか?」


 一点の曇りもない瞳で紡いだ言葉に、嘘はつけないと判断した透が謝罪をして真実を打ち明けたのだと言う。ただ。

 それでも俺が「気にする」って考えて――


「たぶんアニキは、その言葉では納得してくれないと思うんです。いや、あなたのことを信用しないって話ではなくてですね?」

「クスッ♪ それは理解していますよ?」

「あ、ありがとうございます。ですが例え、信用していても。あなたの言葉が真実だとしても……自分のことなら少しは心がらぐかも知れないですけど、今回のことは妹の話ですからね? 少しのうれいも許せないんだと思うんです。そう言うことに厳しい人ですから……。絶対にアニキのことですから、『少年ギャングのリーダーの妹』だと、あなたに知られれば――恐怖で彼女から遠ざかるって思っているはずです。それを自分の罪だって思うはずなんです。罪悪感を抱く人なんです」

「そうですか……いえ、そうですね? 周りの人に対して……とても強く、優しく、暖かい。だけど自分に対しては、とても厳しく冷たい人なのでしょう。彼と接して、それとなくですが理解しているつもりでおりますわ?」

「……はい。だから、アニキに『俺がリーダーだって言う嘘をついた』ってことにすれば、アニキも気が楽になると思って、それで嘘をつこうとしていたんです。なので、アニキの為にも話を合わせてもらえませんか?」


 透は彼女に「自分の嘘に合わせてほしい」と、懇願をしていたようだ。

 そんな透の言葉を受けた彼女の返答が――俺の髪をきながら微笑みを浮かべて言った言葉。


「そうだったのですか……ふふふ♪ わかりました……」


 だったらしい。

 まぁ、俺が教えてもらったのは『最後の彼女の言葉』である「そうだったのですか……ふふふ♪ わかりました……」って部分だけ。

 それ以外の彼女と透の会話については、曖昧あいまいな説明だけを聞いていたのだ。

 だから実際のところ、二人が何を言っていたのかは知らない。

 でも、だいぶ昔のことだしさ。覚えていないだろうからって、俺も言及しなかった。

 とても気になるところではあるが、鳥頭の俺が言えることでもないし、説明で理解しているのだから先に進めよう。


 つまり、透が俺に伝えたことも完全な嘘と言う訳ではなく、空白の時間があっただけなのだろう。

 彼女の返答は透の嘘を受けての言葉ではなかったと言うことなのだ。

 

 まぁ、その後から現在まで――普通に彼女の前でも透達と話すことがあるのだが。

 俺達は普段通りの喋り方をしている。普段通りの接し方をしている。

 そう、呼び捨て、タメ口で話をしている俺。アニキと呼び、敬語で話をしている透達。態度だって、そんな感じだしな。

 仮に、透がリーダーで俺が一般人だったとして。

 そもそも透達の方が年上なのだ。絶対に、こんな関係が成立しないことなんて誰にでも理解できること。それで通用するのは俺の方が地位の高い場合だけなんだ。

 お嬢様の彼女なら、その部分は誰よりも理解していることだろう。

 要は、聡明そうめいな彼女のこと。

 実際に透が嘘をついていたとしても、俺達の嘘なんて簡単に見破っていたのだと思う。いや、見破られるような言動していた俺達がおろかだってこと。

 そんな考えから、俺は「薄々気づいているのではないか?」と思うようになっていたのだ。

 ……まさか、最初から知っていたとは思っていませんでしたけどね。

 とは言え、別に俺は嘘がつきたかった訳じゃない。嘘を見破られていても困ることはなかった。

 単純に真実を知って、彼女が小豆から離れてしまうことを恐れていただけ。

 だから今でも変わらぬ態度で接してくれている彼女の心意については、特に俺には重要ではなかったってことなのだった。



「……」

「……冗談だ、冗談……」

「……まったく、本当に相変わらずだよな? お前はよぉ……」


 あまねるのことが杞憂きゆうだと理解した俺は、ジト目で睨む龍司に苦笑いを浮かべて冗談だと伝える。

 そんな俺に呆れるような表情で言葉を返す龍司。だけど、直後――


「すすすすみませんでしたー!」

「すみませんでしたー!」


 祐希くんが頭を下げて謝罪の言葉を叫んだことによって、俺達は全員が彼に集中していた。

 直後、リーダーが頭を下げて謝罪をしたからだろう。当然のように他の連中も一斉いっせいに謝罪をしていた。

 そんな頭を下げる全員に苦笑いを送る俺と龍司。なんとか理解してもらえたようだな。

 俺達は、労いの意味を含んだ苦笑いを交わすのだった。

   

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