第2話 救出 と 激写


 実際のところ、数発程度なら無抵抗で殴られる覚悟でいた俺。小豆やあまねるを守れなかった自分へのケジメと、過去への清算って意味でな。

 たぶん連中相手に数発程度殴られたところで、意識が飛んで小豆を救出できないなんてことはないと思っている。別に過信しているつもりはないけどね。

 それに無傷でいるよりも数発程度でも無抵抗に殴られれば、相手は油断をすると考えていた。 

 そうやって相手のすきをついて、小豆を救出させようと考えていた俺。ところが、だ……。

 最初に振りかぶっておそってきたフダツキを見て恐怖を覚えていた。ブルッちまったんだろう。

 うん、こんな『猫パンチ』にすら殴られてしまう自分に、な。いや猫の猫パンチの方が俺の心に「ズキューン!」と至福な大ダメージを与えるから強力だと思うのだ。


『それマジないわぁ? ってか、あり得ないっしょ? 逆に、こんなのに殴られるとか超メシア的パネェ展開っすよぉ?』 


 そう、俺の心が無抵抗に殴られることへ抗議こうぎしていた。いや、俺の脳内こんな口調じゃないけどさ。

 本当、こんな連中に殴られるとか末代までの恥じゃねぇか。

 ……とは言え、暫定ざんてい霧ヶ峰家の末代は俺達兄妹と、二歳になる幼女なんで先のことまでは知らない。

 まぁ、二歳になる幼女は実際には竹中家の末代なのですが、おばさんの方が夫婦間での権力的に強そうなので霧ヶ峰家の末代だと思っていても大丈夫だと思われます。が、がんばれ竹中のおじさん……。


 だけど可愛い妹達に恥を共有するのは兄として万死ばんしに値すると思うので断固拒否するのである。

 そんな理由で――まぁ、攻撃したら完全に『弱い者いじめ』になるから普通に倒しただけ。小豆の兄である俺は『いじめ』は絶対しないのである。嫌われるのなんていやだもん。

 なお、透達へしているのは『いじり』なので、小豆も笑ってくれるから問題ないのさ。よかったな、透達よ。これからもよろしく!


 そんな理由で、とりあえず動きさえ封じれば、他の連中へと見せしめにできれば。

 そうは考えていたけどさ。少し……いや、かなり。

 お前ら、本当に少年ギャングなのか? 少年ギャグの間違いなんだろ?

 確かに体は今でも鍛えているし、頻繁ひんぱんに親父達超人連中の実験台試合相手にされているさ。

 だけど俺、三年以上前に少年ギャングから足洗っているんだぞ? この手の争いにはブランクがあるんだぞ?

 足を洗ってから今まで。俺はケンカとは無縁の、実に平穏な生活を送らせてもらっている。

 いや、小豆さんからの献身的けんしんてきなお世話。それに香さんやあまねるとの楽しい時間。それに家族や周囲の人達との時間。贅沢ぜいたくな生活を送らせてもらっていると言っても過言ではないだろう。

 そう、ケンカなんて香さんの一件での乱闘ぐらいなんだ。

 そんな俺でさえ簡単に倒せてしまう連中の、あまりの不甲斐ふがいなさに「こんな連中に名前を語られている俺達って?」と、頭が痛くなる錯覚におちいる俺なのであった。


「……」

「……」


 頭の痛くなる事案から逃げるように、もう一度ゆきのんをチラ見した俺。

 彼女は変わらず、いや少し不機嫌な雰囲気なのかも知れない。何かを考えているような表情で俺を見えていた。

 もしかしたら、ゆきのんは。

 自分のターンを邪魔されたことに憤慨ふんがいしているのかも知れない。

 勝手に邪魔をして動き出していた俺。彼女は自分で解決できると信じていたのだろう。そして、解決したかったのかも知れない。

 だけど、ごめん……たぶん、ゆきのんでは何も解決しないって知っているから俺は動いていたんだ。

 俺を見据える彼女に心の中で謝罪をする俺なのであった。


 祭り上げられているだけのゆきのんには悪いんだけど、彼女達にとって小豆は『人質』だ。

 だから本当に出荷目的で『ずた袋』に覆っていたのではなく、切り札として室内に隠しておいた――俺と小豆を、あまねるから完全に隔離かくりさせる為の交渉材料として、な。

 もちろん、ゆきのんが彼女達に何を言われているかは知らない。

 だけど彼女の言動からして「本当に何も知らないのではないか?」って、そう思うのだった。


 もしかしたら、彼女がいるのは単なる偶然。本当に俺をあまねるの兄として値踏みをする目的で呼び出しただけなのかも知れない。

 俺の予想は、こんな感じだ。


 ゆきのんは偶然こっちに来る予定があって来たのだが、彼女達に「小豆がいる」とでも声をかけられたのかも知れない。

 小豆はあまねるの親友だ。可愛い妹の親友ならば会ってみたいと思うだろう。

 更に、「これから、お兄さんも呼ぼうと考えている」とでも言われたのだろうか。

 彼女には、妹の兄を値踏みする目的があるから「それならば私も一緒に彼に会います」となる。

 そして、ゆきのんの言動からかんがみて……。

 小豆は別室にて控えていてもらい、俺を呼び出す目的があったから小豆の了承を得て携帯を借りていた。

 いや、俺の携帯番号なんて妹しか知らないのだからさ。

 その小豆の携帯から、自分達で俺に「今から来ていただくように電話をいたしますので」……なんて、彼女達に言われたのかも知れないな。

 

 ゆきのんの驚きぶりから、小豆とは会っていないのだと思う。

 だから、「私達の用事なので私達で電話をするのが道理であると伝えたら、快くお貸しいただけた」なんて嘘を言われても信じてしまったのかな。事実、携帯が手元にあるんだし。

 だけど、まぁ……。

 彼女達ではなく「お前ら」なんかに頼むもんだから一向に話が進まなくて仕方なく師匠が出たんだけど……それでも進まないことに痺れを切らして、ゆきのんが出ることになったのだろう。

 

 当然これは俺の予想だから正解じゃないだろうけど、さ?

 ゆきのんは俺の値踏みが終わり次第しだい、小豆を呼んできて少しだけ話をしたら、二人一緒に帰らせようとしていたのだろう。

 呼び出しの電話での俺の解釈は普通に彼女を知らなかったから。情報が少ない上に、お嬢様気質な彼女の口調で俺は「もしかしたら?」って誤解を招いていたのだろう。

 確かに彼女に会ったばかりだから、何も知らないのと変わりはないだろうが。

 それでも俺は「彼女は違う、何も知らない」のだと言い切れるし、俺の予想にも自信があった。

 そう、確かに彼女のことなんて何一つ知らないさ。それは自覚している。それでも。

 彼女はあまねるの敬愛する姉。あまねるの全部を知っていても彼女が敬愛に値している姉なんだ。

 だから、わかる。あまねるを見てきた俺なら理解できる。

 ゆきのんが、そんな格好悪いことをしているはずがないってことを――。

 

 俺なんかより、ゆきのんを深く知っているであろう、お嬢様な『彼女達』のこと。

 だからこそ、彼女には何も伝えていないのだと思う。だって完全に自分達の計画が頓挫とんざするって理解しているのだからさ……。

 つまり、いくら彼女が「解放しなさい」と言ったところで、素直に解放なんてしないのだろう。いや、それは違うかな。

 この場では素直に解放するかも知れない。彼女を怒らせるのは彼女達だって得策だとは思わないだろう。

 だから表面上では彼女に従ったフリをして、それで今回の話は終わりになるはず。

 だけど、後日リベンジが必ず来るはずだ。それも最悪なケースも否定できないような――。

 そう言う連中なんて中学時代はゴロゴロいたからな。苦い経験もしてきたさ。涙を飲んだこともある。


 別にゆきのんを馬鹿にするつもりはない。あまねるも、だったけどさ……。

 それでも、世の中そんなに甘くないんだよ。綺麗きれいごとだけじゃ生きていけないのさ。お嬢様の威光いこうだけで何とかなるほど他人って言うのは、お人よしでも馬鹿でもねぇんだよ。

 まして庶民。しかも足を洗ったとは言え中学時代の俺がそうだったように。フダツキ連中なんてのは、ことさら他人の指図を受けない人種さ。


 よく言うだろ?

『一瞬のモブにもゴブリンの魂』

 って……言いませんよね、知っています。

 要するに、一瞬で消えてしまうような俺達その他大勢モブキャラにだって、ゴブリンのような獰猛どうもうさがある。

 つまり、何でも自分の思い通りになんて話が進まないってことさ。


 ――だからこそ俺みたいな人間が必要なのさ?


 なんとなく感情がたかぶり、往年おうねんの名作。親父にとっての永遠のバイブル。

 某街の掃除屋的な少年漫画原作のアニメ作品。

 そのアニメ第一話のクライマックスシーン。

 逆上した連続誘拐殺人犯の車が襲い掛かる。

 ゲストヒロインは連続誘拐殺人犯の毒牙どくがにかかった妹の復讐の為に銃口を向けるのだが、引き金を引くことに躊躇ためらいを覚えていた。

 そんな時に主人公の彼が彼女から銃を取り上げて。


「こんなやつの為に、あんたの綺麗な手を汚す必要なんてないさ」


 そう言葉をかける。驚きの表情で彼を見つめる彼女に、この台詞を送って彼は引き金を引く。

 そんな名シーンの台詞が、彼の放った銃弾のように脳裏をかすめるのだった。


 まぁ、俺は彼のように格好よくないけどさ。見ず知らずの人間の汚れ役を買って出ることもないだろうけど。

 それでも、少なくとも周囲の人間のつゆ払いくらいは買って出る気概きがいでいる。周囲の人間の為なら喜んで汚れ役を買って出る。そう、今この段階で……ゆきのんだって俺の周囲の人間だと思っている。いや、一方通行だと思いますけどね。

 もちろん、彼女の行動で解決できると判断しているなら口なんて出さない。だけど正直、彼女の行動では誰も幸せになれないんだと思う。

 だから俺は――

 それが何も解決できない結末だって予想している彼女の行動を許容することができないだけ。

 こんな連中の掃除は俺がするべきだと思っただけ。

 お嬢様には理解できない……俺達には俺達でしか解決できないこともあるってことなんだ。


 そもそも、俺は今日で全部を終わらせるつもりできた。過去の過ちを全部清算するつもりでいる。

 そんな俺の決意に水を差さないでくれ。頼むから俺の行動を黙って見ていてほしい――。 


「……ふっ……。……」

「……ふふっ♪ ……」


 視線を彼女へと合わせ、心の中で彼女に懇願こんがんする俺。さっきから視線を変えずにジッと俺を見つめている彼女。

 俺は言葉には出さないけど一瞬だけ表情をゆるめて微笑みを浮かべる。彼女は、そんな俺の表情の変化を怪訝けげんそうに見つめていた。そして。

 俺は無言で彼女に向かい頭を下げるのだった。

 当然彼女には俺の意図なんて伝わっていないだろう。そんなことは承知している。ただ、これは俺のケジメ。彼女の行動を邪魔したことへのびのしるし。邪魔し続けることへの詫びの徴。

 本当の謝罪は本編を終えてから、俺のできるカタチでエンドカードに詫びれば済むのだと思う。

 だから今は俺の意志だけ伝えておきたかった。それだけなんだと思う。


 俺の謝罪を眺めていた彼女は、ふいに表情を緩めて微笑み返しをしていた。

 彼女の放つロイヤルスマイルに一瞬ドキッとしたけどフラグは立っていない……はず。

 全身を走る熱と高鳴る鼓動こどうは……フダツキ四人を相手にしたからだ。そう言うことにしておこう。

 別に俺の謝罪が伝わったとは思っていないけれど、俺は決意を新たに彼女の笑顔から目をらし、正面に向き直って次の一歩を踏みしめていたのだった。別に彼女の顔がまともに見れなくなったからでは、な、ないのだにょにょ……。


◇2◇

  

「……おーい、生きてるかぁ?」

『……』


 とりあえず、ゆきのんの一連の表情が気になるところではあるのだが。きっと庶民の俺には理解できないのだろう。

 まぁ、お嬢様だって庶民を理解できなくてサンプルとして『ゲッツ』しちゃう世の中だから無理もない。

 それに、ゆきのんを見ている間も警戒けいかいしつつ待っていたのだが、俺に襲い掛かる連中も結局いないようなので、俺は彼女から視線を正面に戻すと再び歩き始める。

 そして、『ずた袋』の前まで到着した俺は『ずた袋』を見下ろして声をかけていたのだった。


「……返事がない。ただのしかばねのよう――」

『●△※□○×■!』

「――うぉっ! ……冗談だっての……」


 しかし『ずた袋』は無反応。そこで思わず口に出てしまった言葉に『ずた袋』がズタズタ動き出したのだった。いや、知っているって……。

 突然動いたことに驚きの声を発した俺は、苦笑いを浮かべて声をかけると『ずた袋』をつまんで持ち上げる。いや普通にかぶせているだけだから持ち上げれば取れるのだ。たぶん拘束されているから抜け出せないんだろうな。

 俺が『ずた袋』を取り上げてみると、中からなんと……。


「ぅぅぅぅぅ……」

「……」


 おいこら、お前ら……品質管理は一番商売には大事だろ! いや、売られても困るんですけどね。

 午後の日差しの降り注ぐ工場内。しかも冷暖房なんて完備されているはずもなく……まぁ、普通にしている分には言うほど暑くないんですが。

 俺も中に入ってから、『特に何もしていない』ので汗かいていないし。背筋をビショビショにしたくらいですね。

 それでも通気性の悪い『ずた袋』の中は相当な高温多湿なのだろう。

 目の前の小豆は完全な『蒸し小豆』になっていた。いや、『あんころもち』になっていた。どっちでもいいか……。

 服を着たままシャワーでも浴びたんじゃないかってくらいに全身がビッショリになり、真っ赤な顔のトロンとした瞳に大粒の涙を浮かべて、上目づかいでうめき声を漏らす妹。

 全身ずぶ濡れな上、『ずた袋』で密閉していたからなのか。

 袋を持ち上げた瞬間、ぎ慣れているはずの小豆の香りが凝縮ぎょうしゅくされて俺の鼻腔びこうをくすぐる。

 ――この時、少しだけ小豆の『くんかくんか』する気持ちが理解できる気がした。安心と言うか、ずっと嗅いでいたくなると言うか。俺にとっての大切な香り――。


 いや、あくまでも「少しだけ理解できる気がした」ってだけで理解はしていないぞ? 気持ちも「なんとなく?」程度の話だし。

 それに第一だな?

 可愛い女の子である小豆の香りを嗅ぎたくなる衝動リビドーは、男子高校生が体育後に早弁するようなもの。自然の摂理せつりってやつさ。

 よって……俺みたいな『酸っぱい男子高校生』の香りを嗅ぎたくなる衝動なんて、JKが身体測定直前にモリモリと弁当を頬ばるようなもの。自殺行為ってやつさ。

 そんな衝動と一緒にしないでくれたまえ! ……本当、俺が罪の意識で押しつぶされるので勘弁してください。

 うん、押し潰される前に話を進めるか。


「うーん……よし!」

「――ぷはぁ! ……おにぃちゃぁあ――」

「……」

「あ……あ……あ……ん?」

「――目線おねがいしまぁす!」

「はぁ~い♪」


 俺の予想通り、小豆は拘束されていた。ついでに口も手ぬぐいでしばられている。だから、うめき声しからせなかったのだが。

 ひとまず小豆の後ろに回って、口を縛っている手ぬぐいを外してやる。

 ……なんか見覚えある色合いだなって思っていたけど、西瓜堂の『手ぬぐい』みたいだな。つまり小豆の持ち物だってこと。

 いや、フダツキにしろ彼女達にしろ、「よく、手ぬぐいなんて持ち合わせていたな?」なんて思っていたんだけど違ったようだ。

 うん、小豆は必ずハンカチの他にポケットに常備しているからさ。俺が粗相そそうしても大丈夫なように。お手数かけます、小豆さん……。

 口を解放されたことで大きく息を吐き出していた妹は、振り向きざまに泣きそうな顔で俺を呼ぼうとしたのだが。 

 俺がすぐさま前に回り込もうとしていたので、顔で俺を追いかけながら「あ」を繰り返していた。

 そして正面まで戻った俺が唐突とうとつに携帯を取り出したことに、小首をかしげて疑問を覚えていた小豆。

 だけど俺がコスプレ会場のカメラ小僧ばりに目線をもらおうと手を上げて声をかけると。

 瞬時にコスプレイヤーばりの満面の笑みを浮かべて返事をしてくれていたのだった。

 

 ――うん、こう言う時にはアニオタの妹って楽だなぁ。ちょろインちょろイン。

 ちょろインとは、『ちょろいヒロイン』のこと。簡単に主人公にれてしまうヒロインのことらしい。

 ってことは、小豆の場合はアニオタだから年季が違うし、ちょろインじゃないのかな。まぁ、違いなんて別にどうでもいいから写真を撮ろうっと。


 だが、その前に! ……とりあえず、妹を縛った奴に一言申し上げたい。


 ――オメガ☆グッジョブ!


 いや、だって今のこいつの格好。汗と縛りによってスイカの魅力を最大限に引き立たせているんだもんよ。身動きも取れなくて顔を赤らめて身もだえているんだもんよ。

 そもそも縛りだよ縛り。そんじょそこらの縛りじゃねぇ。これは……団●六先生の世界じゃねぇか!


 ――さてはSだなオメー。


 普通ではお目にかかれない縛り。まぁ、俺も詳しくないけど縛った職人の心意気を感じられる作品だ。

 これは激レアなんだと思う。これは記念に激写しておくべきなんだと思う。これを撮らないなんて後悔するでしょ。いつ撮るの? 今でしょー!

 こんな『俺TUEEEE』状態の興奮が支配している俺の脳内では冷静な判断などできるはずもなく。

 本能のおもむくままに妹を激写している俺なのであった。

  

 ――アズコン変態暴走お兄ちゃんは、自分で自分の首を絞めている。

 いや、自分で自分の自由を縛っていることすら気づいていないようなので、つかの間の自由を楽しませてあげておいてください。

 具体的には、翌日から「あんまり痛くしないで、可愛く撮ってねぇ~♪」と嬉しそうに、君の縄を持参してくる妹への対応に困惑する件について。できることなら隕石いんせきでも降って来て、入れ替われないかな? ほとりちゃんと。

 あと、お兄ちゃんには、こんな芸術的な縛りなんて無理です……。


「ふぅ。……えっと? よし、さてと……うーん……うーん……うーーーーーーーーーん――ふんぬっ! いや、もとい――ふんすっ! ……うんたんっ! うんたんっ! うんたんっ!  うんたんっ! ……よしっ」


 かなりの容量を撮りまくって、達成感に満ちあふれた表情で軽く息を吐き出した俺は。

 妹のことを縛っていた縄を……団長、いや、もとい――断腸だんちょうの思いに陥りながらも、後ろのポケットから取り出したハサミで切ってやることにした。ちゃんと刃先はケースに入れてきたよ?

 ハサミは別に護身用や武器とかのたぐいではなく、「人質になっていて、たぶん拘束されているよな?」と予想して、後ろのポケットに忍ばせていただけ。

 そう、別に護身用でも武器でもない。

 俺の喧嘩信条けんかしんじょうは『ステゴロ』――素手喧嘩スデゴロだ。武器は持たないってことだな。おっと、格闘武術阿呆流だったから、武器は持っちゃいけないんだった。別にどうでもいいか。

 だから最初から武器として使うつもりはなかったのである。まぁ、使う使わない以前の相手でしたがね……。


 数ヶ月前だったら工作用のカッターでさえ「何に使うのですか?」なんて街のポリスメンに職務質問をされてしまう世の中だったから、ハサミを持ってくることも困難こんなんだったと思うけど。

 最近は、だいぶ治安も回復してきたってことなんだろうな。普通に持ってこれたのだった……こんな連中はいまだに健在なので、本当に回復しているのかは疑問なんですけどね。

 まぁ、本当だったら縄をほどいてやりたかったのだが……お兄ちゃんには、こんな芸術的な縛りをほどけるスキルはないので、普通にハサミで切り落とすしかなかったのだよ。芸術にそむいて申し訳ありませぬ……。


 そんな理由で背中の部分の縄の切り落とし作業を開始する俺。まぁ、その手のプレイではないので……そう言う性癖せいへき的にはノーマル妹にも苦痛を感じさせない程度。きっと師匠には快楽を与えない程度。いや、師匠の性癖レベルは存じ上げておりませんが。

 とにかく、それほどキツク縛ってはいないようだ。

 そもそも、細めの縄だったからハサミでも簡単に切り落とせていたのである。

 なお、俺が縄を切り落としている間のけ声は、『ていおん!』の主人公の口ぐせだ。リズム的に切り落とすのに丁度ちょうどよかったので採用してみた。

 アニオタの妹は当然この口癖を知っているからか、掛け声に合わせて軽快に体をメトロノームのように左右に振っている。って、縄を切っているんだから危ないだろうが!

 まぁ、そこも考慮に入れて……同じように俺も体をメトロノームのように左右に振りながら切っているので大丈夫ですけどね。別に考慮はしていないのだが。

 全部の絡み合っていた縄を切り終えると、パラパラパラと縄だったものが小豆の体を離れて地面へと落ちていくのだった。


「……あはは……」 

「……ふぇぇぇええん、おにいちゃぁぁあああん……」

「……よしよし……」


 切り終えて、妹の正面に戻った俺の視線の先。

 ほとんどの縄は、俺の――絹ハサの滝山先生ばりのハサミ攻撃に、あえなく小豆のひざの上やら地面へと撃沈していたのだが。スイカの上では絶賛『たわわチャレンジ』を頑張っている縄が生存していた。ちっ、運のいいやつめ……。

 まぁ、ただれ下がっているだけだから風前のともしびなんだろうけどね。

 それでも、一向に落ちる気配を見せない安定感を誇る小豆のスイカの上で余裕をかましている縄。

 なんだろう、この、君の縄は……選ばれし、俺と小豆を結ぶ組み紐なのかな? いや、縄だから違うけどね。 

 そんな、なんとも言えない格好の妹に乾いた笑いを送る俺。しかし時は動いた!

 いや、俺を視界に入れるや否や、妹が泣きながら俺に飛びついてきただけですが。

 妹が動いた拍子に、頑張っていた縄も無慈悲むじひに飛ばされて地面へと撃沈する。

 まぁ、最後まで健闘していたことを認めて……お前だけは連れて帰ってあげるとしよう。

 そんな念力を縄に送ってから、視線を胸元の妹の後頭部に移して苦笑いを浮かべて頭を優しく撫でてあげる俺なのであった。


 別にスイカの上に乗っかっていた縄を持ち帰るのは。

 今日と言う日を忘れない為の教訓の品としてであって、決してスイカの上に乗っかっていた記念にではない。小豆の香りが染み付いているからではない。出陣の強力な助っ人として要請する為のではないのだー! 

 ……はいはい、変態お兄ちゃんが縄を持ち帰る理由なんて一つしかないですね。


「……よいしょっと。……ん~んっ! ……はい、お兄ちゃん♪」

「お、おう……サンキュー」


 頭を撫でてあげたから落ち着いたのか、妹は笑みを浮かべながら俺の体から離れると、何故か座り込んでいた。

「どこかケガでもしたのか?」なんて心配の表情を浮かべて見つめていた俺の目の前で。

 妹は最後に撃沈した縄を拾い上げると、「パンパンパン」と軽く縄をはたいて、ポケットからジッパー付きのビニールを取り出すと。って、そんなものまで常に持ち歩いているのかよ?

 縄を入れてジッパーを閉め、立ち上がりながら振り向くと俺に笑顔で差し出すのだった。

 アニオタの妹ですからねぇ。とりあえず、それでいいや。

 一応、本人が許可してくれたようなので、恥ずかしくはあるが顔を赤くしながら受け取ろうとしていた俺

 だけど、持ち帰っても窃盗せっとうにならないよね? これは縛ったフダツキの商売道具。もとい、私物かも知れないし。 


「……」

「……」


 誰が縛ったのか知らないので、とりあえずフダツキ連中を見回しながら「お持ち帰り大丈夫ですか?」と言うジェスチャーをしながらにらみつけていた。あっ、条件反射で睨んじまった。まぁ、いいや。

 そんな俺の視線に、一人が両方の手の平を上にして前に差し出しながら「どうぞどうぞ」と言いたそうに苦笑いを浮かべている。君だったのか……まぁ、すぐ忘れるだろうし脳から完全に抹消まっしょうするだろうから。

 今後どこかで会っても「どこかで会ったよね?」なんて話しかけないので安心してくれたまえ。

 とりあえず、持ち主の許可も得たので縄をポケットにしまう俺なのであった。



「こほんっ!」

「――ッ!」

「……えっと……そろそろ、よろしいかしら?」

「す、すみません……」


 小豆の満面の笑顔が見守る中、恥ずかしさから逃げるように、恥ずかしさの原因をポケットの中に押し込む俺。

 その瞬間、咳払せきばらいが俺の鼓膜を伝わっていた。その音に驚いた俺は咄嗟とっさに音の方向へ視線を移す。

 すると、左腕を垂直に立てて握りこぶしを口元に当て、左ひじを右手の平で支えるようなポーズであきれた表情を浮かべる、ゆきのんの姿が映し出される。

 苦笑いべて紡がれた彼女の言葉に謝罪をすると二人で彼女の前まで歩みを進める。


「まずは、はじめまして。雪風院雪乃と申します……」

「き、霧ヶ峰小豆と申しましゅ! ……ふぇぇえん……」

「――え? あ、あの、そのえっと……」

「ははは……。……」


 そんな小豆に向かい微笑みを浮かべて自己紹介をする彼女。同じ室内にいたとは言え初対面な二人。

 彼女にならい、小豆も自己紹介をしたのだが……思いっきりんでいた。まぁ、さっきまで口を縛られていたからってことにしておこう。

 痛みなのか恥ずかしさなのか、俺に抱きつきながら泣き出す妹。

 そんな妹を見て、途端にオロオロしだしていた彼女。

 俺には滅多めったに見せないけど、あまねるも彼女の前では本当の意味での妹なのかな? そして心配性な姉なのかな?

 そんな風に二人を想像して、うらやましくもあり微笑ましくもあり、心が暖かくなるのを感じながら。

「心配いらないですよ?」と言う意味を含めた苦笑いの表情を彼女に送ってから、妹の頭を撫でてなぐさめていたのだった。


「ところで?」

「はい……」


 すっかり落ち着いた妹は体から離れて隣に立っていた。

 そんな二人を眺めて微笑みを浮かべてから、彼女は俺に向かって怪訝そうな表情で言葉を紡いでいた。

 

貴方あなたは、いつから……いいえ、どうして『妹さんがこの場所にいると気づいた』のですか?」

「え? ……」


 まさに「答えを知りたい」って表情で聞いてくる彼女。当然真剣な表情で聞いてきた彼女の質問なのだから俺も誠意を持って答えなければいけないのだろうが。


「いや、『そこに妹がいたから』としか……」

「え?」

「い、いやいや別に冗談とかを言っているのではなくてですね? それ以外に答えが見つからないと言うか――」


 俺は――登山家に山を登る理由を質問して、登山家が「そこに山があるからです」と答えるような。

 誰にも理解できないであろう答えを返していたのだった。

 そんな俺の答えに驚きの声を発する彼女。とは言え、純粋に驚いた表情を浮かべているから怒っているかは理解できないんだけど。

 それでも俺はあわてて「ふざけて答えたのではない」ことを理解してもらおうと必死に弁解していた。すると。


「お嬢様お嬢様……」

「……なにかしら、愛乃?」


 彼女の隣に立っていた師匠が彼女に声をかける。


「これが……『姉妹スールの絆』と言うものかと?」

「……そう、これが……」


 そして、マリア様のような微笑みを浮かべながら説明するのだった。その言葉を受けて妙に納得する彼女。

 うーん。何かが決定的に違うような気が――あぁ! 俺、男じゃん! 姉妹じゃないじゃん! いや、今更な気が……。

 まぁ、そんなことは最初から理解しているだろうし。……だろうし?

 だからと言って反論できる言葉を持ち合わせていないので、それでいいです……。


 なお、『姉妹の絆』と言うのは某みてるラノベ作品の設定。

 主人公の彼女が通うお嬢様学校では上級生を姉、下級生を妹として、教師の代わりに下級生を個人的に指導する『姉妹』と言う制度がある。

 その際、姉から妹へロザリオを授受じゅじゅするならわしが作品中にはあるのだが、それは『より姉妹の絆を深くする表現』として作者の先生が付け加えた演出なのだとか。

 つまり、姉妹制度については名称などは違えども、実在していた慣わしなのである。

 なお、香さんを『お姉様』と呼ぼうとしていた元ネタのエロゲの設定も、この慣わしが由来だと思われる。

 もしかしたら宇華徒学院や亜唯名あいな学院にも制度自体は存在するのかな?

 納得したのって、そっちなのかも。いや、でもこの展開ってことは俺の想像通りだと思う。

 ……あっ、関係ないけど俺にも『スキル』が存在していたんだな。


 以前。うん、あまねるを「雨音さん」って呼ぶことにした、あの日だね。

 あまねるに「お兄様!」と呼ばれて、咄嗟に後ろを振り向いたのに誰もいなかった時――

 

『そうさ。某みてるラノベに登場する男性恐怖症のお姉様は、自分の妹なら「どんなに人混みに紛れようとも、たとえ姿形が変わろうとも、必ずあなたを探し当ててみせるわ」と宣言して。

 とある男子校の文化祭において人混みの中を、とある事情により着ぐるみを着て近づいてきた妹を。

 瞬時に妹だと見抜き、駆けつけて抱きしめたのだ。

 うむ。姉妹とか兄妹の絆と言うものは、時として他人を凌駕りょうがする力を持っているのだろう』 

 

 こんなことを考えて、だけど俺には持ち合わせていないと思っていたんだけど、スキルがあったようだ。

 とは言え、最初から持ち合わせてはいないはず。具体的に言えば今日のお昼休みまでの俺なら気づかなかったのだろう。

 そう、これはアズコンを認めたから手に入れたスキルかも知れない。

 ……うん、きっと小豆――向こう側では必死に曇りガラスをいてくれていたのに、俺が自責の念にかられていたからだろう。

 自分では拭くことをしなかったんだと思う。だから曇ったままで小豆を見つけることができなかったのだと思う。

 でもアズコンを認めた今、俺も自分から曇りガラスを拭いていた。それが互いの姿を見つけることに繋がったんだと思う。

 まぁ、俺達は兄妹なんでスールじゃないからスルーしておこうかな。



 一応、ゆきのんと小豆の自己紹介が終わった後に、数分ほど休憩をはさんでいた俺達。

 うん、ビッショリな体じゃ風邪を引くからと、師匠に連れられて例の別室へと向かった小豆。

 その間、俺とゆきのんは二人で軽く話をしていた。ごめん、何を話したかは覚えていない。

 ……あれだな? 「あとは若い二人で……」的な台詞とともに付き添いの人が部屋を出て行ったあとのお見合いみたいだね。向こうは思っていないだろうけど。

 あと、池の鯉とか芝生の草とか灯篭とうろうとか植木とかが、ずっと俺達を見ていたけど気にしている余裕なんて俺にある訳がないのである。

 そんな気まずい雰囲気を体感していた数分後、二人が戻ってきたので安心していたら。


「お、お兄ちゃん……ど、どうかなぁ~?」


 顔を真っ赤に染めた……メイド服の小豆が俺に感想を求めてきた。

 なお、このメイド服。師匠が着ているのと同じメイド服だ。


「……うーん。親父達じゃないから承認権はないが俺の意見としては……せめて家からでも通える、あまねるの屋敷でメイドさんをしてほしいところだが?」

「――そう言うことじゃないでしょ!」


 俺の返答を一刀両断する妹。半分は、わざとだけどな。

 だけど、あまりにも似合いすぎているメイド服に「小豆は雪風院家でメイドをするつもりなのか?」なんて悲愴ひそう感を覚えてしまったのも事実なんだ。

 ……これ、失礼ですが師匠のスペアではないですよね?

 いや、確かに体型的に近いし、二人とも素晴らしいプロポーションだとは思うし、それほど差異はないんだろうけど。

 でも師匠のスペアでは小豆には少し『窮屈きゅうくつ』な部分があると思う。本当に少しだろうけどね。

 なのに目の前の小豆のメイド服は「小豆の為に作られた」としか思えない。窮屈さを感じさせない。

 まさにオーダーメイド! 意味違うけどね。

 そんな雰囲気を感じていたのだった。

 だから俺は「事前に約束をしてメイド服を作っておいて、雪風院家でメイドをする予定でいる」なんて錯覚さっかくに陥ったのだろう。


 だけど、そんなことは重要ではない。もっと大事なことがあるんだ。それは――


「ぐあぁー。さっきの激写で容量使い果たしちまったー! っと、小豆……」

「――なに、お兄ちゃん♪」

「携帯貸してくれ! お前の携帯で激写するから!」

「……むぅぅぅ」

「じょ、じょうだんだぞー。……ふぅ。――オメガ☆グッジョブ!」

「えへへへ~♪」


 さっきの縛りを激写して携帯の容量が残っていないのだった。

 当然ながら、両手で頭を抱えながら天をあおいで叫んでいた俺に全員が驚いたけど、すぐに女性陣が「そこなの?」なんて呆れた表情を浮かべていたのは言うまでもない。だけど俺にとっては一大事な事案なのである。

 たぶん「撮らなければいいじゃない?」とか「だったら削除して容量を確保すれば?」なんて思っているのかも知れないが、そんな選択肢は俺の脳内には存在しないのである。

 まぁ、それ以前に「変態ね……」としか思われていないだろう。事実だろうが突きつけられれば泣きたくなるので気にしない気にしない。


 我に返った俺は小豆を見つめて声をかける。

 そんな俺に感想を聞かせてくれると思ったのか、嬉々ききとした表情で聞き返す妹。

 だから俺はスッと右手を差し出すと「携帯を貸してくれ」と懇願する。

 すると、途端に頬をふくらまして俺を威嚇いかくする妹なのだった。今度は、ちょろインじゃなかった……。

 まぁ、感想伝えていないしな。伝えていれば、ちょろインだったのかも。

 そんな威嚇する妹に苦笑いを浮かべて棒読みで返事をした俺は、軽く息を吐き出してから。

 親指を思いっきり突き立てて賞賛しておいた。

 ……うわー。心の中なら問題ないけど、口にすると相当恥ずかしいな、この台詞。周りの、変な生き物を見るような視線が恐い。

 とは言え、言われた本人には伝わったようで。当たり前だけど。

 頬を染めながら満面の笑みを浮かべているのだった。

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