第8話 早退 と ふれあい

「失礼いたします……」

「あら、雨音ちゃん……いらっしゃい」

「あ、あまねる? ど、どうかしたのか?」


 神妙な顔つきで中へと入ってきた彼女に、優しい微笑みを浮かべて声をかける明日実さん。

 授業中なのに保健室を訪れたことが気になって、俺も彼女に声をかけていた。

 ……と言うより、明日実さん。俺の時とは、えらい格差社会ですよね? まぁ、実際に俺と彼女とでは格差があるのですけど。

 なお、明日実さんも小豆絡みで「雨音ちゃん」と呼んでいるのであった。

 

「……お兄様、いらっしゃいましたぁ……」

「ん? 俺を探していたの?」


 中に入ってきた彼女は、俺を見つめながら表情が少しだけやわらいでいた。

 保健室に来た理由が「俺なのかも?」と気になって、自分を指差しながら聞き返す。


「はい……教室の方へうかがったのですが、保健室へ行かれたと聞いたので……」

「あっ、いや、俺はその……」


 どうやら俺の教室へ来たらしい。そこでクラスの誰かに「保健室に行った」と聞いたのだろう。

 説明しながら、少しだけ心配そうに俺を見つめていた彼女。

 もしかして「俺に何かあった」のかと思い、心配をしているのかも知れない。だから苦笑いを浮かべながら真相を伝えようとしていたんだけど。


「この子は昼休みに食べ損ねた弁当を食べに来ただけ。保健室を食堂と勘違いしているだけよ?」


 隣にいた明日実さんが呆れた表情を浮かべながら暴露ばくろしていたのだった。まぁ、事実なんですけどね。

 あと、保健室に来てから物理的ダメージが蓄積ちくせきされていることも、これまた悲しきかな、現実なのである。

 無傷で来たのに保健室で怪我するとか、さすが我が校!

 ……いや、まったくの自業自得ですけどね。


「そ、そうなんですかぁ?」

「う、うん、まぁ……それで、俺に何か――しなくてはならない事柄ことがら的な『用事』なの?」

「……は、はぁ……」

「……」


 彼女の言葉を受けたあまねるは、安心したような表情を俺に送りながら言葉を紡ぐ。

 俺を心配してくれたんだなって思えて、申し訳なさと嬉しさを含んだ苦笑いで言葉を返す俺。

 そして用事を聞こうとして……さっき明日実さんに教えてもらった知識をドヤ顔で披露していた。

 そんな俺にキョトンとした表情で相槌を打つあまねると。

「あんた、バカ?」と言いたそうな呆れた表情で俺を見つめる明日実さん。

 なんでだよ、自分で教えてくれたんじゃないか! 教えたもらったことを使ってみたい年頃なんだよ!

 そんなジト目を明日実さんに送っていた俺なのであった。

 ところが。


「じ、実は……小豆さんが早退しまして……」

「え? 小豆が?」

 

 再び、あまねるは表情を曇らせ小豆が早退をしたことを伝えてくれた。

 

「お昼休みに、お兄様と別れたあと、自分の教室へと戻ったのですが……」

「う、うん……」

 

 昼間のことを思い出し、冷や汗を浮かべて相槌を打つ俺。

 だけど、そのことには一切ふれずに彼女が言葉を繋いでいた。


「それでも教室にいなくて……授業が始まる直前に、突然私の携帯に彼女からメールが入ったのです……」

「……」


 そう言いながらポケットから携帯を取り出して開き、画面を俺に見せるように差し出してきた。

 のぞきこんだ俺の視界に、小豆から彼女へ送ったメールが映し出されていた。


『雨音ちゃん、ごめんね? 気分が悪くなったので、そのまま先生に言って早退します。申し訳ないんですが、私の鞄をお兄ちゃんに届けてもらえませんか? 小豆』


 普段なら絵文字や顔文字の入る……まぁ、言うほど入ってはいないけどさ。うん、他の人へは。

 たぶん、あれだな。俺の携帯がハートマークの乱用される機種なのだろう。そんな訳ないけどね。


 余談だけど俺は未だにガラケーを使っている。中学時代に明日実さんに買ってもらったガラケー。

 ……うん。馬鹿やっていた頃だから連絡用にね。

 あとは、面と向かってだと言えないこととか、メールでコミュニケーションをはかる為に、かな。

 まぁ、黒歴史時代の相棒なんで傷だらけではあるが……俺にとっては『傷だらけの天使』なのである。

 だから愛着あいちゃくがあると言うか、未だに買い換えていないのだ。

 既に世の中は『スマホ』が時代を掌握しょうあくしていると言うのにな。異世界にだってスマホが進出しているような現在。

 だから、クラスの大半がスマホなんだけどさ。小豆は俺と同じガラケーなんだよね。まぁ、そこは驚かないんだけど。

 どう言う訳か……香さんとあまねるも同じガラケーを使っているのだ。あと、内田さんと芹澤さんも……。

 いや、香さんとあまねるって一昨年くらいから同じだったけど。

 内田さんと芹澤さんは去年はスマホだった気が……。今年に入ってから買い換えたようだ。香さんの影響かな?

 とは言え、実は一時期二人にけられていた――いや、嫌われていたと思っていた俺。けっこうにらまれたりしていたしね。

 それが香さんが復学した今年の頭から急激に態度が変わっていたのだった。うん、香さんのおかげかな。感謝感謝。

 だから彼女達が買い換えた時期は正確には知らないのである。

 ともあれ、同じガラケーを使う人が増えたのは素直に嬉しいのだった。

 気分がいいから話を進めよう。


 本当ひどい時には文字よりハートマークが多い時もあるからな。まぁ、普通の時でも入っているんだけどさ。きっと。


「う~ん……他の人に使うと迷惑だよねぇ? ドン引きされるかも? それは困るしぃ~。……しゃーなしだなぁ~。お兄ちゃんで我慢しとこ♪」


 的に、他の人へ使いたい衝動を俺で我慢しているのだろう。そうであってくれ。

 そんな、普段の面影など微塵みじんにも感じられない、どこか余所余所よそよそしいと言うか簡素かんそな小豆からのメールに目を通していた俺。

 俺の心にチクリと突き刺す、昼休みに俺を襲った小豆の悲しげな声。『彼女達』の存在。

 確信はないけど、可能性がないとは言い切れない。いや、可能性を疑っている自分がいるのだった。


 あいつに何かあった時。それも同じ学校にいる時に、何も連絡がないことを不自然に感じている。

 小豆が俺に何の連絡もなしに早退することなんてない。用事があって、帰りが遅れる時だって連絡してくる。もちろん、俺もそうしている。

 過去のトラウマ。それを経験している俺達だから、互いに安心させたくて連絡をする。特に決めたことではないけどな。

 それに、あまねるに鞄を届けさせる。俺が家まで持って帰る。

 こんなことを普段の小豆ならするはずがない。

 文面こそ丁寧にお願いしているように見えるが、お願いそのものを小豆は「迷惑がかかる」と思って無理をしてでも拒否をして自分でなんとかするだろう。 

 うん、俺は……いや、あまねるだって迷惑なんて思っていないんだろうけどね。

 俺なんて、きっと小豆が体調悪いって聞いたら強引にでも『おんぶ』して連れて帰ると思うしな。

 そりゃあ、普段「おんぶして?」なんて頼まれたって、恥ずかしいから却下するだろうけど。

 有事ゆうじに恥ずかしいとか感じて二の足を踏めないほど俺は落ちぶれちゃいないし、小豆が断ったって無視するさ。周りがどう思おうとも知ったこっちゃないさ……冷静になって思いっきり自己嫌悪に陥ったとしても、な。


 だから、もし仮に……。

 それすらも頭が回らないほどに体調が悪かったとする。教室にさえ戻れないほどにな。

 だけどそんなこと、まず間違いなく起こっていないと俺は考えているのだ。

 だって教室にも戻れないほどに体調が悪い小豆を、そのまま下校させることなんて担任がする訳ないんだから。


 いや、この学校の全員が明日実さんと俺の存在を知っているのだ。小豆との関係って意味でだけどね。

 本当に体調が悪いのであれば、帰らせるよりも保健室へ連れてくるだろう。そう、明日実さんに連絡をするはずだ。校医である彼女。そして小豆の身内のような存在の彼女。

 彼女に何も連絡がないこと自体があり得ないのだと思う。


 もしくは、俺が呼び出されるはずだ。「彼女が下校するので付き添ってください」と頼む為にな。

 確かに生徒にとって学校生活は大事だし、俺自身も学校は好きな方だ。……ただし、勉学を除く。

 だから「妹に振り回されたくない」などと、妹を持つ世間一般の兄ならば思うのかも知れない。

 ところが、だ。

 残念ながら俺は「小豆の為に学校に通っている」ようなものなのである。いや、もちろん学校生活は満喫まんきつしているけどね。

 学校は楽しいし、クラスメートといるのも楽しい。香さんやあまねると一緒にいられると嬉しい。……勉学と言うオプションも追加されているが、頭の片隅に覚えている程度のことなのでおおむね満喫できている。

 でも、それは――小豆が笑って学校生活を送れているからなのだ。

 小豆に何かあった時、俺は小豆を優先する。それは俺の担任にも、小豆の担任にも伝えていること。

 そう言う信念があるから、小豆と智耶を学校に無事に届ける為に俺は遅刻をしない。まぁ、毎朝起こしてもらっているからえらそうには言えませんが。

 そして、小豆に何かあった時に即座に対応できるように、早退だってしない。当然欠席なんてしていないのである。体だけは丈夫ですからね。

 だから正直俺が早退したところで、成績については問題があっても出席日数には何も問題がないのだ。

 そして俺の価値なんてマッサージくらいなので、俺がわざわざクラスに残る必要だってない。言っていてむなしいだけだがな。

 と言うよりも、小豆が体調が悪くて帰宅するのに俺が学校に残るとか言えば――


「はぁ? いや、お前が授業を受けるなんて無意味だろ? だったら、早退して小豆ちゃんを送り届ける方が意味あるじゃねぇか!」


 的なサムシングをクラスメート達から言われること間違いない――って、やい、こら! 

 正論すぎて反論できないじゃないですか……。

 そして教師達も例外ではなく『俺より小豆優先』の為に生徒と同意見なのである。

 ……登校拒否してもいいですか? たぶん俺が登校拒否をしても誰も気にしない――いや、退学騒ぎ小豆の悪夢よみがえるだろうから絶対にしませんけど!

 まぁ、こんな答えならマシなのかも知れない。


「よし、お前は思う存分授業に専念せんねんしたまえ! 代わりに俺が小豆ちゃんを送り届けてやる!」


 うん。男女問わず、大半がこんな答えになって、たちまちクラスで小豆争奪バトルが勃発ぼっぱつすることだろう。

 いや、女子なら百歩譲って頼むかも知れないけどさ。男子になんか当然譲るつもりはないのである。

 とは言え、女子もなぁ……小豆が苦しい時だから、女子だと重荷になる気がするから頼みたくないんだよね。申し訳ないからさ。

 うむ、そもそもだな?

 こう言う時の『甘えさせてもらえる、都合がよくて便利なお兄ちゃん』なのではないだろうか。

 そう、妹のピンチに都合よく使えるのが兄である――世間の認識など知らんよ、俺の考えなんだから。

 つまり、呼び出されたからと言って俺に断る理由などないのである。

 話を戻そう。


 たぶん担任には「一人で帰れます」って言ったのだと思う。そして、帰れないほどには体調が悪そうではなかったのだろう。

 もちろん演技だったのかも知れないけど、演技で誤魔化ごまかせられる程度ってことさ。

 だから担任は、小豆の様子から明日実さんにも俺にも連絡せずに一人で帰ることを許可したのだろう。


「それで五時限目が始まった直後に、教科の先生に理由を説明して、鞄を届けに参ったのです」

「そ、そうなんだ……いや、休み時間でもよかったのに……」


 あまねるの説明に彼女の教室での光景を妄想して、苦笑いを浮かべて言葉を返す俺。

 たぶん彼女のことだから――


「小豆さんが早退するので鞄をお兄様に届けてほしいとメールが来ましたから、お兄様の教室へ行ってきてもよろしいでしょうか?」


 とか、ストレートに話したんだろうな。いや、ストレート以外に説明できないんだけど。

 うん、普通だったら――


「今は授業中です。届けるのなら休み時間にしなさい」


 って、却下されるんだろうけどさ。

 なんせ相手が影の筆頭理事の娘であり、時雨院財閥の次期当主であり、学校のアイドル。

 そして頼んだ相手が、これまた学校のアイドルとなれば。

 目の前の生徒全員を敵に回しかねない現状だ。最悪、辞表が脳裏をかすめたのかも知れないな。

 だから何事もなく彼女は先生の了承を得て、俺の教室へと向かったのだろう。

 だけど今日って六時限目まであるんだよね……苦行くぎょうが。

 つまり次の休み時間でも間に合うのである。だから、そう伝えたんだけど。


「いえ、お兄様のことですから……早退のことを知ったら、すぐにご自分も早退なさると思ったので先に届ける必要があったのです……」


 キョトンとした顔で、当たり前だと言わんばかりに言い放っていた彼女。

 本当、お兄ちゃんのことを熟知していますね。正解者にはご褒美です!


「……」

「――ッ! うにゅにゅ~♪」

 

 とりあえず正解したことと、わざわざ届けてくれたことのねぎらいに、頭を撫でてあげた俺。

 突然だったから驚いた彼女だったけど、すぐに嬉しそうに頬をゆるめて鳴き声を発していた。


「……あら? ちょっと、ごめんなさいね? ……はい、菜津賀です……」


 そんな風に彼女の頭を撫でていた俺の鼓膜に、机の上に設置されている内線電話の呼び出し音が聞こえてくる。

 電話に気づいた明日実さんは俺達に断りを入れてから電話に出たのだった。



「……はい……はい……ああ、今ちょうど時雨院さんが来ているので聞きましたよ? それに善哉くんも保健室に来ているので伝わっていますし……」


 彼女の電話の内容から、小豆とあまねるの担任だと気づいた俺。たぶん事後報告なのだろう。

 うん、やはり事後報告で済む程度の話なんだと思う……。


「――チッ!」

「ど、どうかしたのですか、お兄様?」

「……あ、い、いや、なんでもないよ? ……」

「ふみゅ~♪」


 俺は思わず顔を歪めて舌打ちをしていた。

 そんな俺に驚いて、オロオロしながら小声で聞いてくるあまねる。

 彼女の言葉で我に返り、苦笑いを浮かべて言葉を返す俺。そしてつぐないの意味で再び頭を撫でていたのだった。

 電話がかかってきたことで終了したと思われていた。

『ペットとのふれあいコーナー』と化していた二人の空間を、「なにやってんだか……」と言いたそうな苦笑いを浮かべながら、明日実さんは受話器を置いていた。


 確実に「小豆に何かあった」と考えていた俺。

 それも、たぶん……小豆は彼女達絡みで俺やあまねると距離を置こうとしているのだろう。

 だからこそ俺に何も連絡をしてこなかった。教室に戻れば、あまねるに会ってしまう。だからメールだけで済ませた。

 本来ならば迷惑だと思えることでも、俺達にそれ以上の迷惑をかけないように――。

 もちろん、そうと決まった訳ではないのだから彼女達に敵意を向けて舌打ちをしたのではない。

 ただ、否定できない状況を俺が作ってしまったことに自責の念を抱いていただけだ。


 俺が気づいていれば。小豆の心境の変化を察していれば。  

 小豆は苦しまなくて済んだんだ。俺やあまねると距離を置かなくても済んだんだ。

 ――そして数日間、俺とあまねるを避けて、一人で寂しく昼飯を食べなくても済んだのだ。

 俺とあまねるを避けているのに他の生徒達と接点を持つはずがない。

 いや、それ以前に人目につくことすら避けているのだろう。

 学校のアイドルである妹は存在するだけで目立つのだから、どこから俺やあまねるの耳に入るかわからないんだからさ。

 だから本当に誰もいない場所で、一人寂しく昼飯を食べているのだろう。


 あいつは、さ?

 トラウマのせいで一人でいることを嫌うんだ。一人でいる時間を恐がっているんだ。

 前に妹の性格を『甘えん坊だけど芯はしっかりしている』って説明したんだけどな。あれも結局、トラウマの影響なんだと思う。

 甘えん坊なのは一人でいたくないから。一人なんだって認識したくないからなんだろう。

 そう言う意味では俺が一番甘えられるんだと思う。だって『甘えさせてもらえる、都合がよくて便利なお兄ちゃん』なのだから。一人じゃないって安心できるんだと思う。


 親父達は、悲しい当時の小豆を知っているから、近くで見てきているのだから。

 あいつなりに遠慮とか気恥ずかしさがあるのかも知れない。

 智耶に対しては姉だから甘えられない。香さんやあまねるや明日実さんは……まぁ、身内じゃないからな。

 そう言う意味でも、当時を知らない、身内の兄貴である俺が『気兼ねなく妹ができる存在』には適しているのだろう。

 もちろん甘えてもらえることを喜んでいるし、光栄なことだと思うんだけどな。少し過激かげきだからオタオタしているだけなんだ。


 だけど、あの頃は……そんな風に小豆を解放させてやれる俺がいなかった。

 別に「俺だけが小豆を解放させてやれるんだ!」的な自惚うぬぼれのたぐいではなく、単に離れて暮らしていたから何もできなかったって話だ。

 まぁ、俺がいたとしても……。

 せいぜい解放する手助けの邪魔をして――

「はぁ~。なんか落ち込んでいるのが馬鹿らしくなってきた……」とか言って、有耶無耶うやむやにさせることしかできないんだろうけど。

 それ以前に俺が家を飛び出していなければ、小豆を苦しめることもなかったんだけどな。

 辛くて悲しくても誰にも自分を解放できないでいた頃。無理やりにでも自分で自分を保つしかなかった。

 そんな部分が、芯をしっかりさせてしまった原因なのかも知れない。


 だからと言って、小豆はもう高校生。……いや、まだ高校生なのだ。

 つまり小豆の性格が『甘えん坊だけど芯はしっかりしている』のだとしても、年相応としそうおうなのかも知れない。時間の流れとともに成長している証拠なのかも知れない。

 それでも俺には「俺のせいで小豆の性格はこうなった」のだと思っていた。

 もちろん俺の考えに過ぎないのだから、実際には違うのかも知れない。それが正解なのだとも断言しない。

 そして、小豆の性格が……外見が。料理の腕が素晴らしいなんてことは、誰に言われなくても俺が一番理解しているんだ。

 

 ――ただ、恥ずかしかっただけじゃんか……。本気で「まぁまぁ」なんて思っている訳がないじゃんか……。

「まったく、我が妹は最高だぜ!」とか、自慢げに言いたかったに決まってんじゃんかよ!

 だけど「はいはい、シスコン乙」とか鼻で笑われたくないから、嘘ついたのにさ? なんだよ、あの仕打ちは……。

 って、まぁ、過ぎたことだから気にしていないんだけどな。うん、話を戻そう。


 そして、小豆の性格が素晴らしいなんてことは、誰に言われなくても俺が一番理解しているんだ。

 それでも。

 俺は小豆には「芯など跡形あとかたもないほどにトロトロにとろけきった、甘ったるいくらいの小豆」でいてほしいのだと思う。

 

 うん。俺は固めで薄味な方が好みではあるけど、芯の残った小豆は美味しくないし、やっぱり『お汁粉』は甘い方が好みなのである。

 ……ああ、俺の『食べ物』の小豆の好みですが、何か?

 嘘です。ごめんなさい。

「はいはい、シスコン乙」とか鼻で笑われたくないので、嘘つきました。本当は妹のことですますはい……。

 やっぱり、アズコンのお兄ちゃんとしては、いつまでも甘えん坊でいてほしいと願う部分がある。俺に頼ってくれるくらいが嬉しいのだ。

 控え目に言って、甘々な女の子は大好物なんです……食べないよー!


「……」

「ふみゅっ♪ みゅっみゅみゅ~、みにゃ♪ ……」

「……」


 そんなことを考えながら、もう一人の「甘々な女の子」である妹に視線を移していた俺。ずっと頭を撫でながら考え事をしていたから彼女は絶賛鳴き声リサイタル中であった。可愛いなー。癒されるなー。

 そんな俺達を微笑ましく眺めながら……スマホを取り出してムービーを撮影していた明日実さん。って、撮影するなんて聞いてないよー! 

 まぁ、彼女的には『ペットとふれあう我が子の成長ムービー』感覚なんでしょうけどね。そして、親父達と飲む時の酒のさかななのですが。つまり、身内ネタなのである。


 うん、あまねるって普通に我が家にも遊びに来ることがあるんだけど。小豆の親友だからね。

 だけど小豆は小豆で、彼女が我が家に遊びに来ているからと言っても普段通りの通常営業な訳だ。

 要は普段通り甘えてくるんだけど。そうするとだな?

 あまねるも親友に触発しょくはつされてなのか、負けじと妹としての振る舞いをするのです。うん、思いっきり甘えてくるのですよね……親父達の前であろうとも。

 さすがに小豆発信の甘えモードなので「他人の家族の前でなんて……」とか思わないし、俺的には嬉しいので問題ないんだけど。

 あまねる的には大丈夫なのだろうか。お嬢様的な思考とかプライドって意味で。

 でも本人が望んでいることだし、嬉しそうだから問題ないのかな。

 あ、あと親父達や、明日実さんと江田さん。

 いや、新川夫妻や時雨院夫妻まで!

 平気で俺や娘さん達の前で『大人のイチャラブ』を展開するのだ。何をやっているんですか!

 うん、さすがに、智耶の前では『ラブラブ』程度に済ませているけど。……それもどうなんだろう。まぁ、後学こうがく後学。

 当然彼女達は顔を赤くして恥ずかしそうにチラ見しているんだけど。一応は興味あるんだね。

 まぁ、俺はと言うとだな。

 本当、みんなラブラブでうらやましく思いつつ……隣にいる、それぞれの娘さんに視線を送って「彼女とこんな甘くて少し大人の時間を過ごせたらな……」などと、それぞれの彼女に想いを馳せながら眺めているのだ。

 ……何やってんだろ、俺。

 

 と、とにかく、俺の家族にとっては驚くことではないし、自分達が率先して見せていることなので、あまねるが甘えてきたとしても何も言えないんだよね。

 うん、彼女の方も……「恥ずかしい」って感じている程度で、普通に初対面の時から親父達の前でも当たり前のように甘えているからさ。

 本当、最初俺の方が「自分の妹にき足らず……よりによって、時雨院のご令嬢をペット扱いとは何事かっ!」なんて、親父達に怒鳴どなられるんじゃないかってビクビクしていたくらいだ。

 結局、親父達は何も言わずにニヤニヤしながら俺達四人……ああ、うん、智耶も加わっていたから。

 そんな、甘える妹三人を平等に可愛がっていた俺を眺めているだけ。

 と言うより、負けじとラブラブモードに突入していた親父達なのであった。

 

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