第3話 感謝 と 缶コーヒー

 俺は小豆の誕生日プレゼントを買おうと、アニメのDVDコーナーへと進んでいた。

 そこに気づいた三人が、怪訝そうな表情で俺に訊ねてきた。

「なんで、あずにゃんの誕生日プレゼントを買うのにDVDコーナーへ入る必要があるんですか?」とな。

 いや、小豆だってアニメも観るし、DVDだって買うんだけどな。

 ……うん。俺が観たのしか観ないし、買ったのしか買わないんだけど。アニオタだから。

 つまり、俺セレクトで買うことも不思議なことではないのだった。


 ただ、今回は俺から小豆へのプレゼント。つまり自腹を切って小豆へプレゼントする品を買いに来た訳だ。

 中古と言えども高いんだよ、DVDは。しかも一巻だけ買っても意味がないから余計にな。

 巻数揃っていないのが普通だけどね。

 とは言え、全巻セットとかBOXなんて基本買える気がしない。

 つまりだ。俺がそんな高価なプレゼントをする訳がないのである。甲斐性ないからね。仕方ないんだよ。

 要は、俺が自主的に小豆の誕生日プレゼントとして、高価なDVDを選ぶ訳がないことを知っている三人だから、俺に苦情を突きつけていた。

 うん。臨時収入が入りそうだったんで、俺の買いたいDVDを見にきたんだけどね。

 大事な収入源に怒られてしまったのだった。


「……と、とりあえず、特売コーナーに行こうかな?」


 俺は苦笑いを浮かべて踵を返し、奥の方にある下りエスカレーター手前のコーナー。

 なげ売りしている特価品の方へと歩き出していた。俺だけ・・なら、最初から目指していたはずのコーナーである。

 高価なDVDコーナーから、なげ売りの大特価コーナーへの堕天を披露していた俺。

 そんな、あまりの落差に言葉も出ないのだろう、俺を呆れた表情で見ていた三人。うん。今はソッとしておいて……。

 三人の呆れた視線を背中に感じながらも、振り返ることなく歩き続ける俺なのであった。

 


「これなんか、どうだろう……」

「いや、俺らに聞かれても困るんですけどね?」


 そんな感じで四人で店内を見て回り、手頃なフィギュアを見つけた俺は三人にお伺いを立ててみた。一応共同出資者のご意見は参考にしておかないとな。

 そんな俺に苦笑いで言葉を返す翔。

 実際に貰うのは小豆なのだし、俺のセレクトで全然問題はないのだと思う。

 だけど、結局特売品には小豆の好きそうなものがなかった。とは言っても、俺の嗜好で探しているんだけど。

 だから場所を変えて箱入りのフィギュアを探したのだが……まぁ、意外と高かった訳だ。

 そう、高いのだよ。思ったよりも高価なフィギュアだ。……うん、三千円。

 四人で割るけど、一人七五〇円もするのだ。どうしよう。帰りのパン代がなくなるぞ。また玄関で倒れたら大変だ。身体よりも小豆へのフォローが。

 ――まぁ、そもそも俺一人で買えばもっと高くつくからパン代なんて残らないんだけどね。すっかり失念していたのだろう。

 

「……じゃあ、これ……」

「釣りはアニキが貰っていいっすよ?」

「そうそう、あくまでも釣りっすからね。アニキはちゃんと自分の分を出しているんすよ?」

「……おまえら……」


 俺が思案していると、目の前に三人の英世さんが映し出されていた。そして口々にこんなことを言ってきたのだった。

 俺が欠食児童なのは昔から知っている三人。俺が日課で買い食いしていることも、小遣いが圧迫されているのも知っているのだ。まぁ、少しは摂生せっせいないし、節制せっせいしろよと言われかねないけどな。

 アルバイトをしている三人は、経済的に余裕があるのだろう。だから、こんなありがたい申し出をしてくれていた。

 とは言え「それじゃあ、俺達で全部出しますよ?」とは言わない。

 これが『俺から小豆への』誕生日プレゼントだと知っているから。三人はあくまでもカンパしてくれているだけなのだから。

 そう、これは四人からのプレゼント。だから俺もしっかりとお金を出す。

 その上で、三人のお釣りをパン代に回せばいい。三人はそう言っていたのだった。

 

「……ありがとう。ちゃんと小豆にも三人のことを伝えておくよ?」


 俺は三人の気遣いに感謝して、三人から英世さんを受け取るとレジへ向かうのだった。

 レジで精算を済ませるとポイントが貯まったらしく、五百円のサービス券が発行される。

 うん。自分の金じゃないのにサービス券が発行するのって嬉しいよね。得した気分だ。

 あと、この店は買い取りでもポイントがつくんで、お金を貰って発行されると更に得した気分になる。

 そんな俺のフェイバリット店舗『らせんびん』なのであった。


◇3◇


 店を出た俺達は、そのまま駅へと向かって歩き出す。三人は別に、何かを買う目的で来ていた訳ではなかったようだ。

 金持ちって凄いね。俺なら電車賃かけるから、何も買わないなんて考えられないのだよ。何かしら買っちゃうし。

 あれ? その方が高くつくのかも。気にしない気にしない。

 とりあえず、駅の近くまで来た俺達は自動販売機の前で一服することにした。缶コーヒーで。

 お釣りを貰っているし、サービス券が発行されたことで気分がいい俺は三人におごることにした。

 まぁ、パンを何個か我慢すればいいしな。心が満たされているから問題ないだろう。

『武士は食わねど高楊枝たかようじ』と言うやつである。コーヒー飲むし、帰りにパン一個くらいは食べるんだけどさ。 


「ほい?」

「ごちうさ~」


 三人に缶コーヒーを手渡すと口を揃えて、こんなことを言ったきた。

『ごちうさ』とは、アニメ『ご注文はうさ耳ですか?』と言う作品の略称である。

 とある喫茶店を舞台に、そこで働く女の子達のほのぼのとした日常を描く作品。

 タイトルにあるうさ耳は、メインキャラの一人である女の子……が働く別の・・お店で付けているのだ。

 だけど、別に売り物ではないので実際に注文している描写は存在しない……そんな作品である。

 なんとなく俺達の間では「ご馳走になります」って意味で使っているのだった。別に、ぴょんぴょんもノーポイもしないけどな。いや、空き缶はゴミ箱にポイするよ、ちゃんとさ。


「……」

「……あれ?」

「どうかしたっすか?」

「いや、気のせいかな?」

「はぁ……」


 そんな俺達の前を見たことのあるような男性が通り過ぎていた。手にはガメルスの袋を持っている。同志だろうか。

 俺が振り向いて発していた声に、翔が不思議そうに声をかけてきたんだが、曖昧に答えていた。

 他人の空似かもしれないしな、私服だったし。

 それに素通りして行ってしまったから、確認のしようがないのである。

 特に大したことでもないからと、俺は三人に向き直るのだった。


 四人に缶コーヒーが行き渡ると、俺達は静かに乾杯をした。

 強いてあげるなら『秋葉の家族に乾杯』と言うところだろう。まぁ、意味はないけど。

 乾杯を終えてコーヒーで喉を潤していると、歩が唐突に切り出してきた。


「……ところで『彼女』は元気っすかぁ?」

「……お前 こ ろ す。……あっ、これ持っといて? かたじけない……ああたたたたたたた……」

「――って、気持ちいいっすけど、なんなんすかっ!」

「ああたたたたたたた……」

「――俺もっすか!」

「ああたたたたたたた……」

「――いや、わかんないっすよ!」


 歩に殺気だった視線と言葉を突きつけた俺。そして、翔に缶コーヒーを持っていてもらうように頼む。

 ――俺の視線と言葉に神が宿り、俺の指先に秘孔の力が蘇る。刹那、俺の国保神拳こくほしんけん奥義。

『国保百烈拳』が火を吹き、歩の背中に炸裂する。

 続けて、透と翔にも百烈拳を食らわしていた。

 そんな俺に驚いて声をかける三人。 

 秘孔を打ち終わった俺は、驚いて俺を見ていた三人に、最高のドヤ顔で決め台詞を言い放つ。


「お前はもう……生きている」


 まぁ、当たり前なんですけどね。

 だって、国保神拳は『国民の健康を保険のように守る神の拳』だからさ! 

 健康になるための秘孔。つまり、ツボ押しマッサージをしていただけなのだった。

 とりあえず、家族や明日実さんや香さんには好評ですからね。一応、カンパしてもらったお礼なのですよ。

 まぁ、普段はこんな乱暴なやり方なんてしたことないけどさ。


「……まぁ、いいんすけど……急に、どうしたんすか?」


 そんな俺のお礼を苦笑いで返した歩は、俺の行動に疑問を投げかけていた。


「いや、俺にがいないって知っているだろぉ?」

「いやいや、その彼女じゃなくって『お嬢様』の、あの娘の話っすよ?」


 俺は恨めしそうに睨みながら言葉を発する。女神様はいるけど彼女なんていないのだ。

 妹や……ペットのような妹はいるけど彼女はいない。

「彼女になって?」と頼むと「お嫁さんならいいよ♪」と返してくる妹はいるけど、彼女なんて存在しないのだ。別に、頼まねぇけどな。  

 そんな、俺に彼女がいないことには一切触れずに説明をする透。いや、フォローくらいしてよ。


「ああ……『あまねる』のことか」


 俺は透の言葉で、とある女の子を思い出していたのだった。



 俺が『あまねる』と呼んだ女の子。 

 小豆のクラスメートで、ウチの高校――恵美名えみな高校に君臨するアイドルの一人。

 生粋のお嬢様、『時雨院しぐれいん 雨音あまね』のことだ。


 お嬢様らしく清楚な腰上まである黒髪ロングヘアー。

 眉上で切り揃えられた綺麗な前髪。ぱっちり大きな、つり目の瞳。

 全体的に雨音の名にふさわしい、清らかで凛々しくも愛くるしい顔立ち。そして、小豆に負けず劣らずのスイカの双丘の持ち主なのである。


 本来愛称でなんて呼んでは失礼なんだけど。彼女の親衛隊からも睨まれるしさ。

 何より、そう言うのをする子なのだ。生粋のお嬢様ですからね。

 俺だって恐ろしくて最初は『あまねる』なんて呼んでいなかった。

 一応、小豆のクラスメートと言うこともあり、俺も彼女と面識があった。

 と言うよりも、彼女の入学以前に少し接点があったんで、恐れ多くも『あまねさん』と呼ばせてもらえていたくらいだ。

 それでも破格なんだと思う。周りなんか先輩からも『時雨院さま』とか『雨音さま』とか呼ばせているしさ。

 ……周りが恍惚な表情を浮かべて喜んで呼んでいると言う説もあるが、真相など聞きたくもないので知らない。

 そんなある日。たまたま某声優さんの記事を読んでいた時に、小豆と一緒にいたのを廊下で見かけた俺。

 俺は思わず手を上げて――

 

「おーい、小豆と……あまねる――ッ!」

 

 無意識に読んでいた記事の声優さんの愛称っぽく呼んでしまっていたのだった。

 俺は顔を青ざめた。正確には周囲から突き刺さる視線に怯えて。そして中心から繰り出されるであろう罵倒に備えて。

 だけど彼女は一瞬だけ呆気あっけに取られた表情を浮かべていたけど――


「あ、あまねる……そ、そう、お兄様がわたくしのことを『あまねる』と……そ、それって、愛称と言うのですわよね? 仲睦まじい間柄で呼び合うと言う――そ、そう。お兄様が私を愛称で……ふふっ、あまねる、あまねる……そ、そう……」

「……ぷぅ~」


 俺には聞こえないけど何やらブツブツと小声で呟きながら笑っていた。や、やばい。

 もしかして、あまねさんってば『激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム』なのでは?

 いや、それがどれくらい怒っているのかなんて知らないんだけど。

 そんな彼女の呟きを隣で聞いていたのだろう、小豆は頬を膨らまして『まじおこ』程度で怒っていた。

 うん。その差がわかんないけどね。いや、単語そのものが何なのかを全然理解できていないんだけど。怒っているってことしか。

 背筋の凍る感覚でジッと彼女を眺めていると、バッと俺の方を見つめて口を開く。


「あ、あまねる……と……特別に呼ぶことを、許してさしあげても、よ、よろしくってよ?」

「――ごめんなさい! ……え?」


 俺は彼女の罵倒を聞かずに頭を下げて謝る。だけど、聞こえていた言葉が何か想像していたものとは違うことに気づいた俺は顔を上げて彼女を見つめた。

 と言うより、普段はこんなお嬢様口調は使わないんだけど、どうしたんだろう。

 まぁ、こんな口調が似合う本物のお嬢様ではあるけどさ。


 何故か彼女は顔を赤らめてモジモジしながら俺を見つめていた。少しウットリとしているようにも見えなくもない瞳。何かを言いたそうな唇。

 うん。お怒りが極限に達して修羅になってしまったようだ。そして言動は俺を誘導する罠なのだろう。

 俺が「いいんですか?」なんて言ってしまえば。

 それこそ、待っていましたと言わんばかりに「ふざけるのは顔だけにしてくださらないかしら!」と怒られること、間違いない。別に顔はふざけてませんよ? 

 彼女の性格を知っている俺は即座に訂正しようと声をかけた。


「ごめんなさい。あまねさん――」

「あまねる……ですわよね?」


 俺が必死であまねさんと訂正すると、真っ赤な顔のまま、食ってかかる勢いで、あまねるではないかと問いただす。


「い、いえ、俺の間違いで――」

「あ・ま・ね・る……なのですわよね?」


 俺の言葉を遮りながら背後にドス黒いオーラを纏いながら近づいてくる、あまねさん。こ、こわい。

 

「ごめんなさいごめんなさい、あまねさんにあまねるなんて言ってごめんなさい。もう、雨音さまって呼ぶんで許してくだ――ぅ!」


 あまりの恐怖に我を忘れて許してもらおうとした俺。だって恐いんだもん。仕方ないじゃん。

 そんな感じで必死に謝っていた俺の口が彼女に手で塞がれたのだった。

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