第2話 三人 と カンパ
そして別に、心の中で「おぉ! 捨てられて泣きそうになっている可哀想な子猫ちゃん……俺が救ってあげるよ?」なんて思っていない。
少しだけ心の中が暖かくなって、背筋がピンと伸びてドヤ顔でレジに向かうだけさ。
そんな感じで意気揚々とエレベーターを上ってきた俺。目の前には俺を拒む見えない壁が存在する。
単なる『年齢制限コーナー』なんだけどさ。
俺は十八歳なんだけど、制服だしな。それに、その手の代物は親父の担当なので俺は入ったことはない。
――と言う訳で親父、冬コミも頼んだ! 金なら俺の男親が全額負担するから心配するな!
そんな願いを親父へと馳せながらスルー。
だけど隣のコーナー。つまり店の一番右端のコーナーは、全年齢の薄い本が並んでいるから俺でも物色できるんだけど、今日はやめておこおう。
一瞬だけチラッと目に映った『年齢制限コーナー』を
あいつらは、さっき見かけていた三人組だ。くそっ、先回りしていやがったのか。
三人組は棚を見てコチラに気づいてはいない。逃げるなら今だ。
俺はソーッとその場から立ち去ろうとしていた。その時――
「あっれぇー? アニキじゃないっすかぁ!」
俺の耳にそんな声が聞こえてきたのだった。
◆
「……」
「おひさしぶりっす、アニキ!」
「奇遇っすよね、アニキ?」
「元気っすか、アニキ?」
会いたくない人に会うのは、どうしてこんなにも心が荒んでくるのだろう。癒しの空間のはずの店内でさえも不快になるとは、こいつらは負の伝道師なのだろうか。
そんなことを思いながら、背中で不快について語ってみたのに、語った相手は何も感じずに暢気な声で口々に言葉を発していた。こいつらは意思疎通ができない種族なのだろう。とても不快だ。
無視をしてやりたいところだが、こいつらに無視は通じない。たぶん追いかけて、俺が話すまで話しかけてくるだろうから。
苦虫を潰したような表情をしながら振り返り、三人に声をかけることにした。
「お久しぶりです……先輩方」
俺は三人組に向かって挨拶をした。声をかけられた三人組は顔を揃えて言葉を返す。
「ちょ、なんすかアニキ、他人行儀じゃないっすか!」
「……他人ですから、
左端の先輩――透に呆れた表情で言葉を返す。
「俺達とアニキの、深くて熱いマグマを入れあう仲じゃないっすか~?」
「――ばっ! ……そんな仲になった覚えはありません・が・ね?
真ん中の先輩――歩の発言に冷や汗で周りを見回してから怒気を含んだ言葉を返す。
「俺達をこんな身体にしておいてヒドイじゃないで――ぐわっ!」
「――うげっ」
「――おごっ」
「……いい加減にしとけよ……
右端の先輩――翔の発言が爆弾発言にしか聞こえないと察知した俺は力ずくで制止させようとした。主にこいつらの頭に拳骨を食らわせて。
そして三人に詰め寄り、ドスの効いた小声で声をかける。そして一呼吸を挟む。
三人は殴られた頭を抑えて涙目になりながらも、固唾を飲んで俺の次の発言を見守る。
だから俺はトドメの一言を突きつける。
「……変よ?」
ジト目で冷たくあしらってみた。なのに、こいつらときたら――
「かしこい!」
「かわいい!」
「セリーチカ!!」
などと繋げるもんだから――
「ハラショー!」
思わず満足げな笑顔で両手を広げて叫んでしまっていた。周りの目が一斉に俺達に注ぐ。
とは言え、ここでは「やかましい!」と言う視線だけが瞬間的に突き刺さる程度で済んだのだった。
同じアキバでも駅前とココじゃ、ホームとアウェーくらいの差があるな。刺さる視線は変わらんけどさ。
三人組と俺の一連の言葉。
『リブレイブ!』に登場する『
彼女はロシアと日本のクォーターで、幼少からバレエを習っている。
容姿端麗成績優秀な彼女を周囲の人達が「かしこいかわいいセリーチカ」と呼んでいたらしい。セリーチカと言うのはロシアでの彼女の呼び名だ。
それに対してロシア語の「素晴らしい」って意味の「ハラショー」で返す。声優さん達の方のライブでの挨拶として定着している言葉なのだった。
……まぁ、正確には「良い、偉大な、仲の良い、可愛らしい、素敵な」と言う意味と、時に皮肉をこめて言う「結構な」って意味らしいけどな。セリーチカは素晴らしいので問題ないのだろう。
「……ハラショー!」
「――いたっ!」
「ハラショー!」
「――うげっ!」
「ハァルゥァショー!」
「――おごっ!」
とりあえず、セリーチカが素晴らしかったので、笑顔を絶やさずに、もう一度こいつらの頭に拳骨を食らわしておいたのだった。
◇2◇
「……痛いっすよぉ、アニキ……」
涙目になりながらも、透が俺に声をかけてきた。だから俺は微笑を溢して遠い目をする。
「当然のことをしたまでですから、礼には及びません……」
「いや、使い方間違ってますよね? 礼じゃなくて謝罪してくださいよぉ」
俺の言葉に困惑の表情を浮かべて言葉を繋げる歩。
「謝罪は売り切れているんだ。スマン……」
「再入荷希望! ……いや、今、謝っていましたよね?」
だから売り切れ作戦を決行したのだが、翔に足元をすくわれてしまった。
なので、諦めてため息をついてから謝罪する。
「……見ず知らずの人達に暴力を振るってごめんなさい」
「そりゃ、ないっすよぉー」
「……ふー。飽きた。と言うかさ? どう見ても俺の方が年下なのに、アニキとか言ってんじゃねぇよ……」
俺は心底面倒くさそうな表情で三人に伝える。そう、周りにはどう見ても俺が年下にしか見えないのに『アニキ』と連呼されるのは、周囲の俺に対する不信感を
俺は今、制服を着ている。つまり学生だ。
土地柄的に、コスプレと言う思考もあるかも知れない。だけど女子ならともかく、男子高校生は男子高校生だろう。俺はそんな思考を持っていないしな。
対して、三人組はと言うと。
大学生らしく、清潔感溢れるジャケットと、差し色程度のインナーシャツ、そしてスッキリとしたチノパンと言った私服姿。
外見的にも誰が見ても大学生だろうと判断される顔立ち。弱冠見え隠れしているチャラさも手伝っていると思うけどさ。
それに引き換え、極端に幼い顔立ちとは言わないが、同級生よりも幼く見られる顔立ちの俺。
外見的に誰が見ても、俺が年下だと言うことが一目瞭然なのだ。
それが、年上からアニキと呼ばれて敬語で話される年下の男子高校生。周りからすれば奇妙なのだと思う。
実際にチラチラと俺達の様子と、フィギュアやら円盤やら漫画を交互に眺めて観察している人達の視線を感じるからな。かと言って、弁解とかもできない訳で。
視線を合わせようとしても、慌てて品物を置いて逃げるから、どうにも俺が営業妨害しているようで気分が悪い。
癒しの空間を邪魔されるのも、するのも俺としては不本意である。だから、こいつ等に会うと面倒なので逃げたかったのだった。
「そうは言ってもアニキはアニキなんすから、仕方ないんすよ」
不満そうな顔をしながら歩が俺に言葉を投げる。その言葉に「うんうん」と頷く二人。
実際に、俺よりも二つ年上の大学生の三人。だが、こいつらは俺をアニキと呼んでいた。
ちょっと、黒歴史の時に、あった。それ以来の付き合いになる。
何度もやめろと言ってはいるが聞く耳を持たない三人。その度に俺が根負けをするのだった。
「……もう、いいわ。俺、忙しいから付き合ってられん……」
面倒なんで話を切り上げて踵を変えそうとした俺。
「アニキ……『あずにゃん』元気っすかぁ?」
「――は?」
なのに、背後から面白キーワードを言う歩の声に振り返ってしまった。
「……いや、アニメのキャラを元気かと言われてもだな?」
「そっちじゃなくて、アニキの『妹のあずにゃん』っすっよぉ」
アニメそのものが好きとは言え、だいぶ前に劇場版すらDVDが発売した作品の女の子の現在なんて知らないからな。そんなのは原作者でなければ答えられる訳がない。
でも、中の人なら……お肉を食っていると思うよ? それか、お肉を召し上がっているか。たぶん、お肉を頬張っているだろう。
とりあえず、キャラは知らないので伝えると、透が呆れた顔で言葉を返していた。
「――って、何、平気で俺の妹にあだ名つけてんだよ!」
俺は思わず文句を言っていた。何で勝手に人の妹をあだ名で呼んでいるんだ、とな。
その瞬間に『こまめちゃん』だとか『抹茶小豆ぜんざい』だとか呼んでいる女性陣の顔が浮かんだが、俺は女性に寛容なので気にしないでおくのだった。
けっして頭が上がらないからではない。断じて違うのだ。
そんな風に睨んでいた俺に呆れ顔で言葉を返す歩。
「いやいや……アニキが、そう呼べって言ったんじゃないっすかぁ?」
「……ん?」
「ほら、アニキが『ていおん!』にハマッた頃に俺達に呼べって言ったんすよ?」
「そうっすよぉ。普通に小豆さんって呼んでいたのに『あずにゃんって呼べ!』って無理やり変えさせたんじゃないっすか……」
「……」
歩の言葉に理解できない反応を返した俺に、透と翔は説明していた。
俺は三人を見つめながら記憶を呼び起こしていた。
「あぁー。わっすれてたぁー!」
俺は『ていおん!』に登場する、あずにゃんの先輩であり、その作品の主人公っぽく言ってみた。
うん。確かに俺が呼ばせていたんだった。せっかく『あず』って付くのに呼ばないなんて損だと思っていたんだよな、確か。
だけど自分で呼ぶのは恥ずかしいから、こいつらに強制で呼ばせていたんだっけ。すっかり忘れていたぞ。
そんな俺に何とも言えない表情を送る三人。おう、何も言わせないけどな。
「まぁ、元気だぞ?」
俺は三人に妹の現状を伝える。そんな俺に透が言葉を投げかけてきた。
「そっすかぁ……それで、今日はどうしたんっすか?」
「ん? ああ、小豆の誕生日プレゼントをだな――」
「――え? だって先月じゃないっすか、あずにゃんの誕生日って!」
だから素直に答えると、翔が驚いて聞いてきた。
「……いや、彼女の誕生日は十一月十一日だ――」
「妹の方ですってば!」
だから素直に答えると、歩が食ってかかってくるのだった。まぁ、わざとだけどな。
十一月十一日は『ていおん!』のあずにゃんの誕生日である。
「……色々あって、今日買いに来たんだよ」
渋々、説明することにした俺。
何があったのかまでは知らないが、小豆をよく知る三人は、そんな俺に苦笑いを浮かべていた。
「そんな訳だから、じゃあ――」
「だったら、俺らもカンパするっすよ?」
もう、時間もだいぶ費やしているから相手にしている時間がない。
だから踵を返してプレゼント探しに勤しもうと思っていると、背後から透の声が聞こえてきた。
「――早速全員で店を見て回ろうじゃないか!」
俺は勢いを止めずにクルッと綺麗なターンを決めて三人に向き合うと、満面の笑みを浮かべて一緒に店内を物色するように伝えるのだった。
なんだよなんだよ。それならそうと早く言えよなぁ。
そう言うことは先に言ってもらわないと困るじゃないか。俺の財布が!
やっぱり持つべきものは年上……の財布なのだろう。この際、人格や人柄は問わない。面倒でも気にしない。レジを済ませるまでの関係だけどね。
俺は心強い三人の助っ人を得たことで勝利を確信しながら笑顔で先頭を歩いていた。
そんな思惑など長い付き合いでお見通しなのだろう。苦笑いを浮かべて俺と一緒に歩き出す三人なのだった。
「――って、あずにゃんの誕プレなんすよね?」
「う、うん、そうだけど」
意気揚々と歩き出した俺の背後から冷たい声色で聞いてきた歩。
俺は錆びたロボットのように「ギギギ」と音が鳴りそうな雰囲気で首を回す。そして冷や汗を浮かべながら棒読みで聞き返していた。
「だったら、なぁーんで……円盤のコーナーに入ろうとしているんすかねぇ?」
「そ、それは、あずきが、ほ、ほしいのが、あ、あるかなぁーと……」
透の冷たい視線とともに詠唱された氷結魔法に身体を震わしながらも棒読みで答える俺。
「へぇー?」
「ほぉー?」
「こぉーん?」
「……ごめんなさい」
三人が冷たい視線で俺を品定めしていた。へぇほぉこぉんって何だよ。
a = bの二乗の時、 a に対する b のことなのかよ!
と言うより、今は数学関係ないんだよ。この店は税込みなんだから。
つまり、算数できれば問題なし。
まぁ、そもそも最初から算数も数学も関係ないんだけどね。
よって、俺は何も悪くない。
だけど、俺を見つめる三人のプライスレスな冷たさに、
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