第三章 温情
第1話 アキバ と 仕業
◇1◇
俺は当初の予定通り、アキバへ向かうことにした。
少し遅くなったけどアキバへ向かう。アキバが俺を呼んでいる……ことはないのだろう。ただ、俺が行きたいだけだから。
最寄の駅に到着した俺は、そのまま改札を通り、秋葉原方面のホームへ向かい、停車していた電車に乗りこんだ。
ウチの学校はそれほど校則が厳しい方ではないから、問題さえ起こさなければ制服のままでも平気なのだ。
電車に乗り、一息ついた俺は携帯を取り出して画面を眺める。ただの暇つぶしなんだけど。
「……げっ!」
画面を開いた途端、俺は変な声を上げていた。
周囲を気にして苦笑いを振りまくと、もう一度画面を覗く。
「……あんにゃろぉー」
誰にも聞こえない音量で画面に向かって悪態を
そこには画面一杯に広がる小豆の笑顔……が、完全に見切れているスイカの谷間の画像。いつの間に待ち受けを変えたんだ?
昼前には変わっていなかったから、きっと放課後にでも来ていたんだろう。だったら、起こしてくれてもいいのによ。
俺は画像フォルダを開いて、待ち受け画像の場所を探す。
「……ん、これだな?」
見つけた画像を……フォルダ名『小豆』に移動。中には、スイカの画像が大量に保存されているのである。
もう何十回と繰り返されている待ち受け攻撃。
消すのは何となく気が引けるので、こうして保存しておくのだが。……気が引けるので保存しておくのだが。
別に画像を見て楽しもうとか思っていない。
拡大して、ジックリと眺めようなんて思っていない。
自分の部屋でニヤニヤしながら鑑賞しているけど、断じて
そんな用途不明の、相当な容量を使っているスイカの画像。
小豆は何日かおきに勝手に人の待ち受けに設定しやがるし、いつも不意打ちで設定するから、毎度ビックリするのだった。
だけど、多いな……そろそろ、お気に入り以外は削除するか。
とりあえず画像の選別削除は厳正なる吟味の都合上……削除する画像をPCに移動する為に、家に帰ってからすることにしよう。
俺は元々の待ち受け画像。ほとりちゃんの画像に戻していた。よし、落ち着いた。
ほとりちゃんの画像を眺めてほっとり……ほっこりしていた俺の耳に、次が秋葉原だと言うアナウンスが聞こえてきた。俺は携帯をしまうと下車する準備をするのだった。まぁ、扉の方を向くだけですがね。
秋葉原の改札口を抜けた俺は、今日の目的地を目指して歩いていた。
途中、JR線の高架をくぐる。くぐり抜けた先の右斜め前には『リブレイブ!』の聖地の一つ。U●Xビルがそびえ立つ。目の前の信号がちょうど点滅を始め、俺の歩行を邪魔するように足止めしていた。
「――」
「――」
「――」
「……」
信号で足を止めた俺の目の前を、愉快そうに話をしながら信号を渡りきった三人組が映る。
その三人は後ろを振り向くことなく真っ直ぐと道を進んでいた。
危なかった。俺は心の中で呟いた。
俺はあいつらを知っている。正直会いたくない三人だった。面倒くさいから。
だから俺は目の前の信号を渡らず左に曲がり、JR秋葉原駅前のロータリー広場の方へと歩くのだった。
『こ、こ、このかちゃぁぁぁぁん……こ、こ、このかちゃぁぁぁぁん……』
「――ッ!」
『こ、こ、このか――』
「……あっ?」
ちょうど、駅前広場からU●Xビルの二階部分を繋ぐ立体通路の、階段あたりに差し掛かっていた俺。
そんな俺の制服のポケットから大音量のほとりちゃんの叫び声が鳴り出した。
俺は慌ててポケットから携帯を取り出す。俺はこんな着信音にした覚えはない。携帯の画面を開いて覗くと『愛しの小豆ちゃん♡』の文字が……。つまり、あいつの仕業パート2だと言うことだ。
この着信音と名前は小豆の仕組んだ罠なのである。
とりあえず俺は周りに隠れるように携帯の通話ボタンを押して文句を言おうとしたのだが、間違って切ってしまっていた。
別にわざとではなく、不可抗力だ。説得力は俺自身ないけどな。俺の指に聞いてくれたまえ。
だけど、切れたからと言って油断は禁物だ。
言っていることはよくわからないが、とにかく凄い自信……ではなくて、動揺なのだった。
俺は携帯を睨んで、早押しクイズのように通話ボタンに親指をかけて待つ。刹那、画面が光る。俺は咄嗟に通話ボタンを押して文句を言ってやった。
「――おい、何て着信音にしてんだよ!」
『えぇ~? だって、好きだって言ったじゃ~ん――』
とりあえず、心の中で、画像については「オメガ☆グッジョブ!」と賞賛しておいた。
俺の文句すらも予想していたかのように、受話器の向こうの小豆は笑いながら答えていた。そしてムスッとした声で言葉を紡ぐ。
『と言うより、勝手に切った~』
「いや、慌てていたから間違ったんだよ」
『……じゃあ、もう一回切って、かけ直すね?』
「なんでだよ?」
いきなり、こんなことを言い出していた小豆。かけ直す必要ないよね? 繋がったんだし。
すると小豆は――
『だって、着信ヴォイス聞きたくて切ったんでしょ?』
「違ぇよ!」
こう、言ってきたのだった。いや、鳴る前に取ったんですがね。
そもそも、その発言は控えるように言ってあるでしょうが……。
ほら、周りの通行人が驚きながら白い目で俺を見ていますよ。
怪訝そうに遠巻きに眺めていますよ。
不審者を見るように子供の目を手で覆っているお母さんも、数組おりますね。
そして何故かは知らないけど身悶えている……同士の姿や、いきなり騒ぎだした同士の姿も見えた。
あー。うん。ごめんなさい。大変言いにくいことなんだけどさ?
この着信ヴォイスは『小豆の声』だから。妹が自分で音声を吹き込んでいるだけなのである。
似ているんだよ、ほとりちゃんの声にな。そんだけさ。
「それで用件はなんだ?」
俺も目的あるから長話もしていられない。手短に済ませる為に用件を聞き出そうとしていた。
『……お兄ちゃんの声が聴きた――』
「切るぞ?」
『わー、うそうそ。お父さん達と私の円盤よろしくって伝えようと思って……』
「あー、大丈夫だ。忘れてないから」
変なことを言い出していたんで切ろうとしたら、慌てて用件を言う小豆。
小豆もテンパっているのだろう。受話器越しに料理をする音がBGMに流れていたから、夕飯の支度の途中なのだろう。
自分で「もう一回切って、かけ直すね?」なんて仕掛けていたのにな。
そんな小豆に了解の意図を伝えて通話を終えた。
俺はその場で吹き出し笑いをしてから、周りの視線を思い出し、恥ずかしくなって足早にその場を去るのだった。
ロータリー広場を進んでいた俺は、前方斜め左奥の大通りを目指す。
そして大通りを進んで、左側の建物と建物の間にある細道へと入り込む。
途中、フィギュアのショーケースが店頭に置かれているので、それを眺めて心を躍らせる。買わないけどね。
堪能して満足感を得た俺は、真っ直ぐ歩いて細道を抜ける。
そして右に曲がり、数メートル先まで歩いて、目的地の『ガメルス』に到着するのだった。
店内に入ると目に付く『ちでじこ』のイラスト。どうやらガメルスのイメージキャラだったらしい。
何年も通っていたのに気づかなかった。だが、覚えた。
一階をぐるっと一周して雑誌や漫画やラノベを物色。と言うよりも目の保養、目の保養。
そして堪能した俺は、レジの隣のエレベーター。には乗らずに奥にある階段を上る。
一気に最上階へと上り、最上階から一階ずつ降臨。堕天していくのも自演乙……オツなものではあるが、俺は一階ずつ上っていくのが好きなのだ。成りあがりみたいで『YA●A●A』みたいだろ。そこんとこヨロシク!
と言うのは冗談だ。単にお金が少ないから物色しながら見ていきたいだけ。下りてくる時に本当に欲しいものを買えるように下見をしておくのだった。
そんな訳で二階、書籍関連のフロア。三階、グッズのフロア。四階、音楽や映像の円盤のフロアと見てまわり、目的の五階、声優さん関連のフロアへ到着する。
今日は好きな声優さんのCDの発売日の前日。いわゆるフラゲと言うやつだ。我が家へご招待しに参ったのですよ。向こうはイヤかも知れませんがね。
そんな訳で目的のコーナーを探して初回限定盤を手に取る。眺めてニヤける。
手に取る。眺めてニヤける。
手に取る。眺めてニヤける。
手に取る。眺めてニヤける。その間およそ十分弱。
まぁ、あまり長居はできないからさ。
そんな俺の手には初回限定盤が四枚乗っていた。別に視聴用と観賞用と保存用とお布施用ではない。
ただ、小豆と親父とお袋の分なだけだ。金は預かっているしな。それだけだ。
さっきの小豆からの電話はコレのことなのである。
俺的には、ガメルスのポイントカードを持っていないので、カードを持っているアニマテの方で買おうかとも思ったんだけど。
今回は特典に惹かれてガメルスを選んでいた。親父とお袋も特典目当てで今回はガメルスに軍配が上がったらしい。やっぱり特典と言うのは売り上げに左右する代物なのだと思う。
小豆は……俺と同じモノしか要らないって駄々をこねるんで自動的にガメルスになった。
ある意味わかりやすいんだけど、俺としては色々な特典を見てみたい気がするんですけどね。
基本、我が家は円盤を積まない。突発的なイベント参加に必要だったり、イベント限定購入の特典目当てなどでなければ初回限定盤を一枚だけ買う。聴けて観れればそれでいいと言う考えなのである。
その結果、俺の手には同じ初回限定版が四枚乗っているのだった。
通常盤やアニメ盤は買わないのである。
俺は四枚の重みを感じながらレジへと向かう。辺りを見回して他にレジへ向かう人間がいないかを確認する。
いや、だって「うわー、コイツ、イベントの為に積んでるよ」などと言う心の声が背後から聞こえてきそうだから。誰も思っていないんだろうけど、何となく気になるのだ。
とりあえず誰もいないことを確認してからレジへと進む。
マニュアル通りの会計を済ませて袋を受け取る。任務完了。
今すぐにでも開封して聴きたい衝動を抑えつつ、階段へと進むのだった。
上りでも眺めていたが、壁に貼られているアニメ関連の告知やイベント情報を眺めながら、ゆっくりと下りる俺。情報を見落とすと大変なことになりかねないので慎重に見ながら下りる。
情報を見落とさない代わりに、たまに階段を踏み外して俺が落ちそうになって慌てることもあるけれど、眺めながら下りるのだった。
そうして一階に戻ってきた俺は、もう一度フロアを一周してから店を出る。今日はCDがあるので他に何も買わない。ほしいものは山ほどあるけど、ありすぎるので逆に買わない。と言うより、お金がないから買えない。
俺は、悲しい現実に蓋をして、もう一つの目的地を目指して歩き出すのだった。
店を出た俺は、駅から来た道とは逆。大通りの方へと歩いていた。
大通りに差し掛かった俺は右に曲がる。少し歩いたところにある信号で向こう側に渡る。そして右方向へとまっすぐ歩いて次の曲がり角。角には『リブレイブ! さぁ社員!!』のコラボカフェをやっているゲームセンター。とは言え、ゲーセンには頻繁に出入りしているけど、コラボカフェには行ったことはない。
それに今日は時間がないのでゲーセンには寄らずに横の道に曲がる。
突き当たりにはアニメのグッズショップ『MINAKOYA』がある。
ココも頻繁に出入りしているけど、今日は「何とも思いませんでした。」的なサムシングを決行。
なので直進せずに右に曲がるのだった。
その道を歩いて少し先。大通りにぶつかる手前の左側の角に、今日のもう一つの目的地がある。
アニマテのグッズ専門店。
俺は中に入ると、店を突っ切って奥の方にある、正面だと思われる入り口の横のエスカレーターに乗る。
そう、本当の目的は一階にアニマテの入っているビルの二階。アニメ関連の中古を扱うお店『らせんびん』のフロア。
俺のフェイバリット店舗。俺の部屋のアニメ関連のモノの大半はこの店でお世話になっているほどの店舗。そんな店で今日は、小豆のプレゼントを買いにきたのだった。あと、何かあったら俺の分も。
小豆のプレゼントに中古はどうだろうとも思ったんだが、お金がないので仕方がない。
第一、あいつに欲しいものを聞いても「お兄ちゃんの部屋にあるモノなら何でもいい♪」と言うくらいだ。俺のを欲しがるなよ。取られたら俺が可哀想だろ……。
要は新品だろうと中古だろうと、小豆本人にはこだわりがないのだと思う。俺もないけどさ。
いわゆるひとつの『中古でも恋がしたい!』ってことなのである。
要は、可愛くて安ければそれでいいのだ。
箱なんてなくても問題ないのだ。オビがなくても問題ないさ。折り目が付いていても気にしない。多少のキズなら何ともない。
聴けなくったって観れなくったって読めなくったって気にしない! ……いや、そこは気にしろよ、俺。
とにかく、彼女達が可愛いのであれば他は何も意味を持たないのだろう。そう、安ければ問題ないと思う俺なのであった。
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