第4話 お詫び と お昼

「昔みたいに『かおちゃん』って呼んでくれてもいいのに――第一、今は同級生なんだから先輩禁止!」


 あんたはヴァイオリンを弾いた美少女ですか? いや、美少女なのは認めざるを得ないのですが。

 しかし、あんたはヴァイオリンよりバイオレンス……百tハンマー持っている美女の方がお似合いですね。いやいや、美女なのは紛れもないマギ●審●さん……真実ですが。そして、耳はおっきくなりませんけど。

 そんな全身から溢れるアグレッシブなオーラに遜色ないほどの体育会系美少女。

 なのにその実態は、我が校の『料理研究会』の部長……研究会なのに部長とはこれ如何に? まぁ、興味ないけど。

 そして小豆の料理のお師匠さま……なんだろう。この概視感。気にしないでおこう。

 そんな彼女の特筆すべき点と言えば――


「もぉ~、ボク・・だって傷つきやすい年頃なんだからねっ?」


 ――※△●×☆■!!

 不意打ちに食らった肩の衝撃以上のクリーンヒットに、俺の心が叫ばなくちゃだめなんだ。


「ボクっ娘キターーーーーーーーー!」

「……うん、来ているけど?」


 思わず、心の中で、ガッツポーズを取って叫んでいたら、目の前でこんなことを言ってきた香さん。なにかあったの?

 

「……」

「……」


 不思議に思っていると、腕に掴まっていた小豆がジト目で頬を膨らましながら俺を睨んでいることに気づく。その目にはうっすらと涙が溜まっていた。そして智耶は目をパチクリしながらフラフラしながら俺を掴んでいた。

 二人ともどうしたんだろう。

 そんな二人を不思議そうに眺めていると、目の前にいる香さんが俺に苦笑いを浮かべながら声をかけてきたのだった。


「そりゃあ? ボクに会いたいって思う気持ちは嬉しいけど……」

「いや、会いたくなかったですけどね……」


 心の中で、反発した俺。そんな俺に何か不機嫌な顔をしている香さん。どったの?


「ボクって響きが好きなのはわかるけどねぇ~」

「ボクっ娘は最高のご褒美ですからね!」

「……」


 香さんの言葉に、心の中で、大いに賞賛する俺。小豆は何やら考え込んで口をモゴモゴしながらブツブツ呟いていた。だ、大丈夫か?

 そんな小豆に苦笑いを浮かべながら香さんは言葉を繋げる。


「……だけど、小豆には『私』の方が似合うと思うからねぇ~」

「そりゃあ、拙者とか呼ばれても困るしなぁ……せいぜい小豆に似合うのは『シャイニー』くらいだろうし……」


 香さんの言葉に、心の中で、同意する俺。そんな俺を唖然と眺める香さんと、何やら親指と人差し指と中指でフレミングの法則を作り、逆さにして左目に添えて、今にも「私、輝いてる!」と言いそうな表情のシャイニーな妹。

『イエス、小豆さまの言うとおり!』……じゃなくって、なんなの?


「あっ、そうだった……」


 何かを思い出したかのように、鞄を開けて中を手探る香さん。そして何かを取り出して俺に差し出した。


「はい、これ、借りていた『絹ハサ』返しておくね?」

「お、おう……」


 香さんの手元を見ると、俺が貸していたラノベ『絹とハサミは使いやすい』の四巻が握られていた。

『絹とハサミは使いやすい』とは、俺が最近ハマっているライトノベルだ。まぁ、だいぶ前に刊行されているし、アニメもかなり前に放送していたんだけどな。最近、書店で見つけて読み始めているところだ。

 そして俺の言った『シャイニー』と言うのは、作中に出てくる『柿月かきづき メキシ』と言う女流作家の口癖らしい。常に自分を輝かせているアイドル兼女流作家の彼女。もう一つの「私、輝いてる!」までがセットの口癖。

 と言うよりも「私、輝いてる!」ばかり言っているイメージがある。小説書けよ……。

 そんな彼女の口癖を受けた、彼女の黒服SPが「イエス、メキシさまの言うとおり!」と返すまでがセットの設定になっているのだった。


 そんな絹ハサを香さんにも強引に……いや、申し訳程度にオススメしていた俺。自分が今、四巻まで読み終わったから四巻までを貸していた訳だ。とは言え、メキシちゃんのイメージはラノベと言うより、実際にはアニメの方でのイメージがこんな感じなのだった。

 とは言え、心の中で、考えていただけなのに、突然思い出して本を返した香さん。俺は唖然と言葉を返して受け取っていた。


「……それはそうと、なんでこの二人は俺の考えていることを読めているんだろう。二人はエスパーか何かか? いや、それとも……絹ハサの主人公、読書バカの『鳴海なるみ 差人さしひと』くんが冒頭で強盗に殺されて、だけど何故か本が読みたさに『絹の乳袋』に転生したら、愛して止まない作家の『滝山たきやま 美穂みほ』先生にすべて心の中を読まれてしまうと言う……アレか!」

「――違うわよ!」

  

 心の中で、二人がやっぱりエスパーなのではないかと疑問に思った俺。だけどすぐさま素晴らしい推理が俺の脳裏に浮かんだので意気揚々と、心の中で、結論に至ったのに、どう言う訳か、香さんに否定されるのだった。

 何がどうなっているのか理解できない俺に、香さんが疲れた顔をして正解を教えてくれる。


「いや、よんちゃんさ……さっきから思っていること全部口に出ているんだけどね?」

「……はい? ……いつから?」


 俺の返事にニヤリ顔をして香さんは教えてくれる。


「いつって……『ボクっ娘キターーーーーーーーー!』から♪」

「……」


 どうやら、心が本当に叫んでいたようです。きっと、最初の平手の衝撃で俺の心のスピーカーが放り出されてしまっていたのだろう。……もっと奥に閉じ込めておかないと。

 凄く恥ずかしい気持ちで赤くなって俯いた俺。そんな俺を心配そうに見つめる小豆と智耶。

 こんな三人を微笑ましく見つめていた香さんはクスッと笑みを溢すと――


「昔みたいに『かおちゃん』って呼んでくれてもいいのに――第一、今は同級生なんだから先輩禁止! そして敬語も、きぃ~んしっ! まぁ、かおちゃんが無理なら、遠慮なく『かおり』って呼んでね?」


 何事もなかったかのように言葉を繰り返して、暖かい言葉を増やしていた。その優しさに感謝しつつ、俺は観念するように言葉を紡ぐ。


「わ、わかった……」

「……」


 俺の言葉を受けて、期待を込めているような、ジッと見守る六つの瞳。

 俺は意を決して彼女の名を呼ぶ。


「……か、かおり……さん」

「ぉぉ……ふふふ♪」


 心の中では香さんと呼んでいる俺ではあるが、面と向かっては『香先輩』と呼んでいた俺。同級生になったからと言っても俺にとっては『一つ年上の憧れの初恋の』女性。簡単に変えられる訳もない。そして呼び捨てなんて恋人みたいな真似が俺にできる訳もないのだ。

 顔を真っ赤にして、しどろもどろになりながらも、何とか紡いだ『香さん』の言葉に。

 彼女は一瞬だけ驚くように目を見開いていたのだが「しかたないわねぇ?」と言いたげに優しい微笑みを与えてくれていた。

 隣の小豆と智耶も同じように驚くと、微笑みに変えて俺を見つめているのだった。

 

「まぁ、いいわ……あんまりイジメても小豆に怒られちゃうからね? それじゃあ、お三人さん? 私は日直だから先に行くけど遅刻しちゃダメよ? じゃあねぇ~」


 そして、こんなことを言いながら踵を返して走り去る香さん。と、思ったら急に振り向いて戻ってくる。忘れ物でもしたのかと思って見ていると、俺たちを通り過ぎた。


「――ッ!」


 刹那、俺の背中に暖かい二つの弾力を感じる。そして、驚いた表情の俺の耳元に――


「……叩いちゃった、お・わ・び・ね?」


 フッと息をかけながら、可愛い小声で囁く香さんのさえずりが聞こえてきた。俺は顔の火照りを覚えながら立ち尽くす。そして背中の弾力が去ったかと思うと、俺達の前に戻ってきた香さんは――


「――そ、それじゃあ、ね?」


 俺と同じような赤い顔の、はにかんだ笑顔でチロッと舌を出しながら、俺達に声をかけて全速力で走り去っていくのだった。

 背中に残る暖かな感触。耳元に残る熱い吐息の感触。そしてとても可愛いあの笑顔を思い出して、全身を包む暖かい空気を感じながら、香さんの走り去った方向を見つめていたのだった。

 そう、俺の両腕から伝わる冷たい空気から目を背けるように――。

 香さんに会えば必ず、この惨状が最後にやって来る。だから会いたくなかったのに……。

  

 俺は意を決して、遅刻しないように学校へと歩き出す。ふてくされて、今まで以上に俺の腕に寄りかかる妹達。

 そんな荷物を抱えながら、一歩一歩学校へと足を進める俺なのであった。重い、想いが重い……。


◇4◇


「~~~~ッ!」

「……」


 そんなこんなで登校して、何事もなく授業が進んでいった四時限目。

 普通に午前の難関だった体育が終わり、その休み時間にカロリーをクィーンした俺。いや、早弁しただけだが。俺、男子高校生だし。牛丼は好きだがな。

 少し前に終了のチャイムが鳴り、慌しい轟音とともに半分以上の生徒が一斉に戦場へと赴いていった。

 残っている生徒達は各自、弁当やらコンビニの袋やらを机の上に並べたり、手に持って優雅に教室の外へと歩き始めていた。そんな密度の薄くなっている自分の教室。

 数時間前にカロリーを摂取したはずだが「わしはまだ飯など食べさせてもらってはおらん!」と頭の中の消しゴムで記憶を消し去ったお年寄りのように。

 俺に苦情を突きつけようと騒いでいるお腹に向かい、ため息まじりの呆れ顔を浮かべながら、鞄からタッパーとおにぎりを取り出すのだった。


 どうして、お腹はすくのかな? うんどうするとすくのかな? うごかなくってもすくもんだ。

 おふくろっ、おふくろっ、あずきが弁当べんともって、やってきた!


 とりあえず、空腹を紛らわそうと……なんとなくリズムに乗って心の中で歌ってみた。余計へったけどな、俺の精神が。あと、動かないでもすくとか、どんだけ燃費悪いんだよ……事実だけど。そして小豆は関係ない。

 机の上にタッパーとおにぎりを置いた俺の耳に、教室の外のざわめきが聞こえる。お昼休みの喧騒とは一味違う、異様な盛り上がり方に俺はすべてを悟り、落胆のため息をつく。

 この学校広しと言えども、こんな異様な盛り上がり方を奏でられるマエストロは四人しかいない。

 

「う~ん、やっぱり小豆の唐揚げは最高よねぇ~」


 その一人は、隣の教室から既に当たり前のように俺の教室へチャイムと同時に入ってきて、当たり前のように俺の隣の席――

 高松たかまつくん。野球部に所属するレギュラー。そこそこの身長とそこそこのルックス。なのに、彼女いない歴=年齢。

 そんな不思議な彼の席を占拠して、当たり前のように机の上に置いてある俺のタッパーを開けて、当たり前のように俺の弁当の唐揚げを食べ始めて舌鼓を打っている女子生徒。


「……いや、一応俺に許可取ってからにしてくださいよ、香さん?」

「食べてもいい?」

「食べてから聞かないでくださいよ……」

「だから、もう一個」

「……」


 そんな、香さんである。しかも彼女は、もう一個唐揚げを口に放りこんで、唇が箸を完全に挟んだ状態で箸を引き抜く。そのまま、少しだけ教室の蛍光灯に照らされて微かな光沢と湿り気のある箸で、自分のお弁当箱のおかずから『鶏の香味焼き』を摘んで、落として、別の場所を摘んで落として。

 まんべんなく箸の風味を香付けした、色々な意味での香さんの香味焼き。

 それを俺のタッパーの蓋の上に置いたのだった。たぶん、物々交換なんだろう。だけどな。

 完全に間接ですよね。わかっているんでしょうか、この人は。

 少し戸惑いながら香味焼きを眺める俺を、赤くなった顔でニヤニヤしながら見つめている香さん。さ、策士や! まぁ、わかってはいましたけどね……。

 だけど、小豆の料理のお師匠さまである香さんの得意料理でもある一品だ。食べないという選択肢が存在しないのも事実。俺は目を瞑り、心頭を滅却すれば火もまた涼し。顔の火照りほどの熱も感じない、冷めた香味焼きを口に入れる。あっ、冷めても美味しい。

 そしてしっかりと味わうように咀嚼を繰り返してから喉を通す。


「……美味いです」

「本当? 良かった~」


 俺は彼女に向かって素直な感想を伝えた。その言葉に微笑みを浮かべる香さんなのだった。

 とりあえず、彼女の親しみやすい雰囲気からなのか、俺は自然と「香さん」と呼べるようにはなっていた。だけど無理に敬語をやめようとして舌を噛んだ俺に苦笑いを浮かべた彼女は「無理にしなくていいわよ?」と言ってくれた。だから敬語の方は継続しているのだった。


 そして、二人目は明日実さん。教師ではあるが絶大な人気を誇る彼女。当然憧れる男子生徒は大勢いる。とは言え、校医である彼女は基本教室へと出向いてくることはない。

 ……放送で呼び出されることは頻繁にあるけどな。それに教師である立場上、あまり騒ぎにさせることもないのだろう。

 更に三人目は……小豆のクラスメートでもある『時雨院しぐれいん 雨音あまね』と言う女子生徒。つまり一年生だ。

 彼女は日本有数の財閥。時雨院家のご令嬢だ。何の因果でこんな一般の公立高校に入学してきたのか謎なんだけどな……。

 下級生が最上級生のクラスを訪れることはほとんどないし……ないし。本人が根っからの気質な子みたいなので、周りが騒がしくすれば「おだまりなさい!」と冷たく一喝されてしまうのだ。まぁ、そんな部分が人気の秘訣なのかも知れないけれど。

 そんな三人ともう一人。香さんも含めた四人がこの学校のアイドルとして全校生徒に認識されているのだった。そんな一人は、顔をほころばせて俺の肉団子に舌鼓を打っております。と言うより、中々入ってきませんね。

 もう少し話を続けますか。先に食べていると怒るからな。


 そんな感じで四人のうち三人までの可能性は消えている。つまりは、残りの一人。

 一番可能性があって、四人の中でも一番の人気を誇る人物。そんな女子生徒。

 ……とは言っても、ほとんど恒例行事なんでわかっているんだけどさ。周りもそれを知っているから廊下でスタンバっている訳だし。立ち食いしながら。……普通に座って食べろよ。


「……あ~、お兄ちゃん、お待たせ~♪」


 やっと俺の教室の前まで来たのだろう。大きな声援が教室の目の前の廊下から聞こえてきた。いや、昼休みは静かにしましょうよ。俺と香さんは苦笑いを浮かべながら教室の扉を見つめた。

 すると、教室の扉が開いたと思ったら轟音とともに、満面の笑みを浮かべて中へと入ってきた小豆。

 俺を見つけると、その場で手を振る小豆さんの姿が映し出される。いや、外野がうるさいから早く扉閉めて? 

 そして扉の外へと振り向いて、頭を下げてから扉を閉める。その瞬間に雄たけびが廊下から聞こえてきたが、聞こえなかったふりをしておこう。

 小豆は教室の中へと振り返って、パタパタと音を立てながら嬉しそうに俺の方へ近づいてくるのだった。

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