第3話 初恋 と 張り手
「タッパーでもいいから、よこせ……どうせ、今日は体育だから早弁確定だろうし、昼飯で食うから」
俺は小豆に向かって、そう伝えた。まぁ、男子高校生って言うのは、そう言うものさ。
昼飯を学食で済ませる分なら食えるだろうしな。だけど、肉だけか……昼におにぎりでも買うかな。
俺がそんなことを考えていると、小豆は納得してくれたようで――
「わかった♪ ……はい、タッパー。あとで、おにぎり作っておくね?」
「……おう、サンキュー」
了承するとキッチンからタッパーを持ってきてくれて、こんなことを言ってきた。何も言わなくとも理解してくれていることに俺は感謝しながらタッパーを受け取ると、食う前に肉を詰めるのだった。さすがに残りを詰めるのはイヤだしさ。もしも、昼に誰かへ食わせるとしても気が引けるしさ。なにより――
「……」
「……あーん」
「あーん」
俺がタッパーに肉を詰めていると、隣に座る智耶が物欲しそうな顔で俺の唐揚げを見つめていた。だから俺は唐揚げを智耶の方へ「あーん」と声をかけながら持っていく。そして「あーん」と開いた智耶の口に唐揚げを放り込んであげる。
モグモグと咀嚼する妹。しばらくして飲み込んだ妹は笑顔で――
「おいしいです」
そう言うのだった。
テーブルを挟んで向こう側に両親。こちら側は妹二人に挟まれた俺。そんな俺の背中をトントンと叩く感触を覚えた俺は振り返る。すると――
「あ~ん♪」
「……」
「……あ~ん♪」
小豆さんが口を開けて催促してきていた。だから俺はソッと皿ごと小豆陣地へ送ったのだが、その皿を送り返して再び「あ~ん♪」を催促する小豆。
いや、智耶には責任はねぇけど、小豆には作った責任があるんだから一皿くらい助けろよ……。
未だに口を開けている小豆に根負けをして唐揚げを放り込む俺。そして咀嚼を終えて飲み込むと笑顔で――
「おいしいよ~♪」
と、自画自賛していた。実際に美味しいですけどね。そんな小豆に呆れ顔を送っていると俺の背中をトントンと……そんなループが数回続く。いや、食べたいのなら食べてもいいんだよ。自分の箸で。
そんな感じで目の前の肉のフルコースは俺が食べ始める前に少し減るのだった。もちろん自分の朝食があるからおかず程度ではあるがな。
『隣の芝生は青い』と言うことなんだろう。自分で率先して食べていただけると楽なんですけどね。
そんな俺達を眺めてニヤニヤしながら、お粥を食べる親父達。あんたらが食べてくれる方が助かるんだがな。
そんな意味を含めた不機嫌な表情を親父達に送ってから、やっと俺も自分の飯を食い始めるのだった。
とりあえず、小豆にはエプロンをしたまま座らせておいた。お兄ちゃん、食事が喉を通らなくなるから。せっかくの小豆の作った朝食だし、美味しく味わいたいのだよ。
こうして我が家の朝食は……何も変わらず普段通りに過ぎていく。そう、そんな普段通りの朝食風景。
もちろん、肉のフルコースは滅多に出ない。あるのは週に何回か……必ず午前中に体育や運動をして早弁確定の日に限る。そして皿に盛られる分量も決まっている訳ではない。
……おっ、しょうが焼き、味が染みてんな。
だけど実際に俺がタッパーに詰めて、小豆達が食べて減った六皿は、小豆が用意していた弁当箱三つ。親父とお袋、そして自分の分を詰めると、小鉢程度の量になって俺の前に並んでいた。
……ふむ、肉団子も団子具合がなかなか。
今日は親父達が昼飯いらないって言っていた記憶があったから多すぎる量に焦ったんだが、小豆には知らせていたようだ。
……ほうほう、サイコロステーキは塩コショウのみなのですね。火加減もちょうどいいし、美味い。
当然、俺だってその時の体調で食べる量は決まるし、食べたい料理の配分も違ってくるんだけどな。
本当に小豆は俺の食べたいものを食べたい量で差し出すのだ。
……照り焼きも、照りが素晴らしいですな。
正直、「小豆と結婚したら……毎日美味しいものが、俺の食べたい量で出てくるのか……」なんて心が揺らぐ程度には、な。
……へぇ、ハンバーグは和風ですか、いいチョイスですね。
そんな完璧すぎる朝食を前に、だけど俺の皿から取り分けている事実に「だったら最初から取り分けておけよ」と言いたくなる衝動にかられる。
……さて、ここで一度ご飯で味を整えてと。
まぁ、実際には言ったことがあるんだけどな。それを言ったら――
「だって、お兄ちゃんの料理を分けてもらうんだもん」と言う呪文を唱えていた。
……うん。唐揚げは、唐揚げだけに美味しい。さすがなんです、からあげさま!
こんな風に、何かを考えていた気がするが、小豆さんの朝食の前では何も意味を持たない。俺は夢中になって舌鼓を打ちながら朝食を満喫するのだった。
◇3◇
「いってきま~す♪」
「いってきます」
「……いってくる」
朝食を済ませて、小豆が簡単に後片付けを済ませたあと、俺達は三人で仲良く登校する。
俺と小豆は同じ高校だし、智耶の通う小学校は俺達の高校の通学路の途中にある。
余談だが、小学校と高校の間に中学校があるような……年齢を重ねるほど歩く距離が増えるような立地なのだ。そして高校の先に大学まであるんだけど、小豆はともかく俺はきっと、更に歩いて電車に乗ってどこかで働くことになる気がする。
治安が穏やかな地域ではあるが、何があるか予測できないしな。俺がボディーガード代わりに一緒に登校している訳だ。智耶だけは。
小豆は、まぁ……どうせ同じ高校だし、必ず腕にくっついているから。AI機能つきの鞄みたいなもんだな。そんなのないけど。
「むふふ~♪」
「……ぅぅ」
「……」
そんな登校中の俺達三人。俺を真ん中に、右腕に絡まる小豆さん。そして左腕の制服の袖をギュッと握っている智耶さん。これがいつもの俺達の登校風景なのだった。
非常に歩きづらいし、とても残念な格好だとは思う。だけど、さすがに毎日のことだし、みんなが知っていることなんで抵抗するのは諦めた。
そんな風に歩いていると商店街へと入るアーケードの入り口にたどり着く。
通学路の途中に位置する商店街。霧ヶ峰家の生活の大半を担っている商店街。残りの部分は『秋葉原と某密林』なんだけどな。
俺達がいつものように通り抜けようとしていると、待ち構えていたかのようにズラッと店先で開店準備をしているおじ様、おば様連中の姿が映る。
別にやる気に満ち溢れている商店街と言う訳ではなく、小豆と智耶を見るために出てきているんだとか。あと俺の護衛任務の監視に……。
「おう、小豆ちゃんに智耶ちゃん……それと、お兄ちゃん、おはようさん」
「おはようございます~♪」
「小豆ちゃんと智耶ちゃん……あと、お兄ちゃん。今日も元気そうだねぇ」
「ありがとうございます」
「いやー、いい天気だねぇ。小豆ちゃん、智耶ちゃん、おはよう……ついでに兄ちゃんも」
「……」
そんな会話が歩くたびに繰り返される。毎度のことなんで慣れたが、どうにも俺の『とってつけた感』が気になるところだ。
とは言え、別に付け足さなくても気にしないから無視をしてくれた方が助かる。ついでに小豆達のことも無視をして商売に専念してほしいところだ。開店の数時間前ではあるが。
そう、お兄ちゃんはそれどころではないのだから。……主に腕のあたりが。
商店街と言うのは大通りの車道を挟んで片側ずつに並ぶものと、歩道を挟んで両側に並ぶ二種類が存在する。そして、この商店街は後者である。そしてそこそこ活気のある何店舗も店の連なっている商店街。
つまり両側に店が並んでいると言うこと。その店先におじ様おば様連中が存在すると言うこと。
俺の両腕にいるのは商店街のアイドル二名であること。そして二人とも愛嬌があって気さくであると言うこと。
要は全員が声をかけ、その度に小豆と智耶が、おじ様おば様の方へと移動して挨拶を交わす。両腕を拘束されている俺は、自分の意思とは関係なく引っ張りまわされるのだった。
そんな、足に紐を結んでいる訳でもないのにフラフラ状態な『三人四脚』で商店街を進む俺は、やっとゴールが近いことに安堵する。もうすぐアーケードの出口だ。今日こそはアイツに会わずに逃げ切りたい。
「おっはー、今日も相変わらず『抹茶小豆ぜんざい』してるわねぇ~」
「――ィッ!」
そう思って先を急いでいた俺の肩に激痛の走る平手の衝撃。そして俺の耳にこんな愉快な声が聞こえてくる。俺からしたら、愉快を通り越して、理解が夜会を開きながら異界へと迂回していそうな、俺の背後で和解できそうにない台詞を吐いている聞き馴染んだ声。
恐る恐る後ろを振り向くと、そこには会いたくなかった人物が立っていた。
「あ~、
「かぁねぇ~、おはようございます」
「はいは~い、小豆と智耶
「……」
小豆と智耶はその人物に笑顔で挨拶をする。挨拶された人物――
新川香。俺の同級生にして、この商店街の組合長である両親が営む和菓子屋『
流れるようなハニーブラウンのショートヘアー。
だけど両サイドの前部分だけをロングヘアーにしている……何て髪型なんだろう? 詳しくないから知らないんだよね。
まぁ、俺的には『リブレイブ!』の、このかちゃんの妹の『ゆきこ』ちゃんの髪型って呼んでいるけどさ。
活発そうな目鼻立ち。そして小豆とはまた違った雰囲気の、甘さの残る雰囲気の持ち主。まぁ、小豆はあんこで香はハチミツってところかも知れない。いや、知らない。
そして店の名前は彼女から取ったんじゃないかってくらいの、これまた『スイカ』の双丘。いや本当にこの街はスイカの名産地なのか。知らんけど。
あと、代々続く老舗の和菓子屋なので店名は関係ない……でも、香の家系的にもかなりのスイカ率なんだよな。お袋さんもそうだし、お祖母さまもそうだって聞いたし。あながち間違いではないかも知れないけど。そんな彼女とは小さい頃からの腐れ縁なのだった。
「……」
未だに痺れている肩の感触。その感触を与えた香を無言で睨む俺。とは言え、相手にしても仕方のないことだからと小豆と智耶を強引に引っ張って先を行こうとしていた。すると――
「おっはー、今日も相変わらず『抹茶小豆ぜんざい』してるわねぇ~」
「――ィッ!!」
またもや肩に平手を食らわして同じ台詞を吐きやがった。
「――痛いじゃないっすか、香先輩!」
「……」
「……おはようございます」
「……はい、おはようございます♪」
俺は思わず振り返って抗議していたのだった。
そんな俺をジト目で睨む香。その右手がゆっくりと肩の上まで上がっていく。俺は冷や汗をかきながら挨拶をした。すると満面の笑顔とともに右手を下ろして彼女は挨拶を返してくれるのだった。
新川香。俺の同級生にして……『一つ年上の憧れの』女性。ちょっとした出来事があり、去年学校を休んでいたせいで今年は俺と同級生になった彼女。元々の腐れ縁。幼馴染と言う間柄で俺達は自然と付き合ってはいるが。友達として。まぁ、俺にとっては憧れであり、初恋の女性。そして、その想いは今でも――。
「もぉ~、よんちゃんヒドイなぁ……女心をわかっていないんだからぁ」
「……なんのですか……」
そんな俺の抗議に頬を膨らませて文句を言う香さん。……うん。やっぱり香さんの方が落ち着くな。呼び捨てとか、心の中でも恥ずかしいし。
腰に手を当てながら少し前かがみになって小首を傾けたポーズで。か、可愛い……いや、そうではなくて。可愛いのは事実だけどさ。
一瞬見惚れていたのを誤魔化すように、俯きながら抗議する俺。
『よんちゃん』と言うのは俺のこと。別に日●テレビでも、新規の掲示板ができた訳でも、おば様連中に人気の韓流スターから付いている訳でもない。
名前の『よしき』の
つまり、智耶は『茶』で抹茶。小豆は小豆。俺が『ぜんざい』と言う訳で、三人がいつもくっついている姿を見ていた香さんが名付けた――霧ヶ峰さんとこの『抹茶小豆ぜんざい』が三人の総称として、商店街の通り名として定着していた。
香さん
その割には、まったくもって微笑ましくない肩の衝撃に、俺は仲違いをしそうな勢いですよ、香さん。主にあなたと。
そんな俺のことなど気にする素振りも見せずに、香さんは頬を膨らませながら言葉を繋げるのだった。
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