第2話 シスコン と ブラコン

「なんで、お前はいつもいつも――」

「あっ、お目覚めですか? おはようございます。よぉ~にぃ~。朝ですよ~?」

「……おやす――」

「よぉ~にぃ~?」


 俺は「なんで、お前はいつもいつも、そうやって人の上に跨るんだ」と文句を言おうとしていた。

 なのに俺の言葉を遮って、何もなかったように同じ台詞を言う幼女。とりあえず文句を言っても無駄だと諦めて二度寝を試みたんだが、いきなり困ったような声色で俺を揺すりだすのだった。

 そう、俺の下腹部に乗ったままユサユサと揺らしている。これでは寝られん。

 そして幼女はユサユサ揺れる振動からか、少しずつ後退している。ほ、本丸が危険だ。

 俺と言うよりも、幼女に『心の傷』を残すような犯罪は御免なので、二度寝を諦めて目を開けると、目の前の幼女に声をかけることにしたのだった。


「おはよう……智耶ちや

「あっ、お目覚めですか? おはようございます。よぉ~にぃ~。朝ですよ~?」

「……」


 そんな俺の挨拶に、笑顔で本日三回目の挨拶を返す目の前の幼女――霧ヶ峰 智耶。小学三年生になる俺の妹。

 亜麻色の……長い髪を、風が優しく包む……のかも知れないが、今は室内なので無風だ。

 そんな髪を小豆のお下がりの赤いリボンでツインテールにしている、あどけない表情の妹。さすがに小学三年生だからスイカの持ち主ではないが、人肌のメロンの双丘の持ち主だ。うむ。最近の小学生って発育がいいんだね。

「まったく、小●生は最高だぜ!」

 ――と、ウチの祖父ちゃんが申しております。いや、意味違うよね? ロリコン的には。

 祖父ちゃんは実った果実畑よりも、種植え前の畑がお好みなんだよね?

 尋常じゃないほどの血のにじむような努力で体型維持に精を出し、燃焼によって、とある部分の脂肪を親の敵を取るような気迫で完全に燃やし尽くしたような……ボディキープされている体型の子が好きなんだよね?  

 ……頼むから、俺のテリトリーに入ってこないでください。


 そして霧ヶ峰家の最年少にして、我が家で一番の良識のある人物。と言うよりも、年齢が上がるほどに良識がなくなっているけどな……我が家って。その筆頭がロリコン祖父ちゃんだしさ。

 言葉遣いも丁寧な方だし、気がきくし、愛嬌もある妹。

 小豆ほどではないが、智耶の通う小学校や商店街のアイドルなのである。ただ一つ難点があるとすれば……大のシスコンだ。まぁ、姉がブラコンで祖父ちゃんがロリコンなので特に驚くことでもないが。親父はババコンで、お袋はジジコンだしな。

 ラブラブなだけだが。……そうなると、俺はなんだ? 何も見当たらないぞ。のけ者にされているようで腑に落ちないな。なんかあるかな?

 リモコン……エアコン……合コン……結婚……。む、無理に探す必要も、な、ないかな。


 つまり、今俺にしている行動も小豆を真似しているだけのこと。これさえなければ完璧なのにな。小豆もだが。まぁ、すべてが完璧にダメなお兄ちゃんが言えることではないけどさ。

 そして、智耶は俺のことを『よしきにぃちゃん』を縮めて『よぉにぃ』と呼び、小豆のことを『あずきねぇちゃん』を縮めて『あぁねぇ』と呼んでいる。

 こうして聞くと、小豆は姉に聞こえるよな。それに対して俺は『よに』か。名前を改名して兄に……したら、俺って『あしき』だった。『悪しき』になるから、よにでいいや。

 もう悪しき時代は終わったんだからな。世にも珍妙な物語でいいのかも知れない。

 ……それはそれで問題だろうけど。


「……それで? なんで、お前はいつもいつも――」

「朝ごはんできているので、早く支度して下りてきてくださいね? そうしないと……『あ~ねぇ~』がメイドさんの格好で起こしにくるそうですよ?」

「――光の速さで蒸着するぞ!」

 

 そんな我が妹に、呆れた表情で同じ文句を試みたんだが、サラッと言葉を重ねられていた。しかも『小豆爆弾』を隠し持っていたようだ。なんの迷いもなく、満面の笑みで投下してくる妹。

 お姉ちゃんが大好きな智耶の性格を熟知している小豆。姉に言われた言葉は絶対で、何も疑問を挟まずに俺に伝えるのだろう。まぁ、智耶にしてみれば、その言葉が何を意味するのかは知らないだろうし、俺も知りたくもないことだ。

 そんな小豆爆弾装填済みの戦略智耶爆撃機。それは小豆空母が、最新鋭の正確無比な飛び道具を備えているのと同義なのだろう。性格無視をしているようにも思えるが。

 そもそも小豆アイツの性格からして脅し誘導だとは思えない。本当にやるんだろう。

 そんな空母自ら突撃されては、俺如き兵力の静かなる大地は、色々なところが色々な意味で燃え盛ること間違いない。だから俺は慌てて起き上がろうとしていた。


「――わわわっ」

「おっと、すまない……」


 俺が慌てて起き上がったせいで、智耶は焦った表情で後ろに倒れそうになる。急いで背中に手を回して受け止めた俺。俺の腕にスッポリと収まった小さな妹は何を思ったのか――


「ん~」

「……」

「――きゃっ! ……」


 瞳を閉じて口を尖らせながら顔を真っ赤にして近づけてきた。何か酸っぱいものでも食べたのかな。特に口に何か入っていたような素振りは見せなかったけど。

 とりあえず、口の中のものを吐き出されても困るんで、コイツの両脇に手を入れてクレーンゲームのように横へと移動させた。そしてソッと下ろす。さすがに落とす訳にもいかないからな。

 それに光の速さで蒸着しないといけない。智耶を下ろすと、俺はサッとベッドから飛び出したのだった。

 若さって言うのは振り向かないことさ。なので、智耶に背中を向けたままパジャマのボタンに手をかけた。

 愛って言うのは躊躇ためらわないことさ。なので、躊躇わずにパジャマを脱ぎ去ろう……と、したんだけど、困り顔で後ろを振り向いて――


「……着替えるから出て行ってくれません?」

「わかりました。早くしてくださいね~♪」


 苦笑いを浮かべて妹に懇願するのだった。そんな言葉に笑顔で頷いて部屋を出て行く妹。

 そんな妹の背中に「あばよ、涙。よろしく、勇気」と心の中で囁く俺。

 ――だって、このまま公開ストリップなんてしたら宇宙刑事に捕まっちゃうからさ。

 

 俺は扉が閉まったのを見届けて安堵のため息をつくと、急いで着替えを始めるのだった。


◇2◇


 俺が着替えを終えて、一階におりて顔を洗ってからリビングに入ると、エプロン姿の小豆がダイニングのテーブルに朝食を並べていた。

 先におりてきていた智耶も小豆を手伝って、テーブルに箸や茶碗を並べている。そんないつもの光景にホッと心を落ち着かせて、俺はダイニングのテーブルまで歩いていた。


 俺の家は和食の朝食。ご飯と味噌汁。お新香に焼き魚に納豆と生卵と海苔。そんなシンプルな和食の定番。そして、しょうが焼きに唐揚げにハンバーグに肉団子にサイコロステーキに――って、おい!


「……あー、お兄ちゃん、おはよ~♪」


 俺が純和風のシンプルな朝食の食卓で、異彩を放つラインナップに唖然あぜんとしていると、キッチンから皿に盛られた、鶏の照り焼きを運びながら小豆が俺に声をかけてきた。


「もぉ……なんで起きちゃうのぉ~」


 俺の表情などお構いなしに文句を言う妹。……しっかりとメイド服に身を包んでいる妹。料理を出したら速攻で突撃する予定だったようだ。あ、あぶねぇ。

 とは言え、俺もメイドさんは好きだ。だから控え目に言って、メイドさんに「起きてください、ご主人さま~」なんて言ってもらいたい人生だった。だがしかし、小豆のメイドさんはダメなんだ。

 今はエプロンが規制の役割をきちんとしてくれているから問題ないが、コイツのは普通にイメージする清楚なメイド服ではない。

 小豆のそれは『リブレイブ!』の望ちゃんがコンテンツの楽曲として発売されたCDに同梱された、ショートアニメーションのDVDの中で、アイドルとして着たステージ衣装のようなメイド服。

 胸元を隠す布がなく大きく開いて、スイカの表面の上側が外気に晒される格好のメイド服。絶対に天ぷらは揚げられない格好をしているのだ。それを知っているから光の速さで跳ね起きたのだった。

 ……どこで買ったんだろうね。


 未だにふくれっ面で俺を見つめている小豆に、俺は目の前の状況の説明を求めようとしていた。


「……おはよう、小豆。それでコレはなんだ?」


 挨拶を返してから、目の前に並ぶ異色のラインナップを指差しながら、しかめっ面で訊ねる。


「なにって……お兄ちゃんの好物でしょ?」


 食卓に照り焼きを置いた小豆は「自分の好物を忘れちゃったの?」と言いたげに聞き返してきていた。まぁ、好物ですけどね? 大好きですよ、肉は。えぇ、好きですとも。

 これでも育ち盛りの男子高校生ですから、朝から肉でも、肉が何種類でも好きなものなら食べられますよ。でもな?


「俺だけに作るなよ……」


 俺は目の前の、俺だけに並べられた肉の皿の数々を見て苦情を申し出たのだった。

 そう、小豆達の目の前にはシンプルな朝食のラインナップだけが並べられている。なのに、俺の目の前にだけ、サービスだと言わんばかりの『肉のフルコース』が追加されていたのだった。

 それもレストランのメインディッシュで出てきそうな、大きめの皿の縁いっぱいまで広がった肉料理。

 一品だけでもお腹いっぱいになる料理が六皿。どう頑張っても食べきれる量ではないのである。

 我が家の妹二名は普通の胃袋だ。世間一般の女の子らしく甘いものは別腹らしいが。 

 つまり自分の朝食で手一杯だろうから、とてもじゃないが助けを求められない。そして食べられそうな雰囲気のある両親は……基本朝はお粥か味噌汁だけ。前日の酒が残っているらしい。

 いや、残るほど飲むなよ。一日の始まりなんだから、ちゃんと食えよ。そして俺を助けろ!

 そんな理由なんで……俺だけが肉を食えるからって、並んでいる訳ではない。ただ単にいつものアレなだけだ。俺からすれば、いくら好物だからと言っても、一度に大量に出されても喜べないのだ。

 更に本当のことを言えば、俺も小鉢くらいの量しか食えない。小鉢で六品くらいなら食えるけどな。さすがにそれ以上は無理だと判断していた。

 とは言え、小豆が頑張って作ってくれた訳だし、小豆の飯はうまい。残す訳にはいかないと判断した俺は、小豆に向かってスッと左の手の平を上にして差し出した。


「――はい」


 すると俺の左手に智耶が俺の箸を乗せる。うむ、ご苦労――って、違うわ!

 俺は右利きなんだから左手はお茶碗だろ……って、そうじゃない。いや、智耶さんもそこで目を輝かせながら俺の茶碗を持って待ち構えないでいただきたい。

 そして小豆さんも嬉々とした表情で炊飯器の前で待ち構えないでくださいよ……。なんですか、この姉妹の絆は。お兄ちゃんを甘やかすとロクなことはないですからね。


「……ふぁ~」

「……んんん~」


 おや?

 ……まぁ、目の前の人物的に間違いではないが今のは疑問の声だ。

 ちょうど、姉妹の絆に甘やかされた悪い見本が欠伸をしながらダイニングにやってきましたよ。


「おは……はうえー」

「おは……なばたけー」

「……」


 そんな寝ぼけた……普通にボケた挨拶を交わす、悪い見本二名。

 とりあえず、親父……あんたのお母上はとっくに他界しているぞ。そして、お袋……それはあんたの頭の中だ。顔洗って出直せ!

 

「あっ、お父さん、お母さん……おはよう~」

「お父さん、お母さん。おはようございます」


 そんな両親に普通に挨拶を返す二人。いつものことなんで慣れているだけだ。俺も慣れているには慣れているが、なんか釈然としないんで反抗してみた。


「ぐーてんもるげん」


 ドイツ語で「おはよう」と言う俺。思い切り日本語の発音なんだが。これで少しは目が覚めたか、親父どもめが。俺がドヤ顔で二人のことを見ると――


「お前がグレていたのは知ってるぞ?」

「お父さん違うわよ。善哉は『祝言』をあげるって言ったのよ」

「言ってねぇー!」


 どうやら日本語の発音でも理解できないほどボケていたらしい。俺の反抗に犯行で返すとか……。俺が不幸に目覚めそうだ。もうすっかり目覚めているけどな。

 そんな俺のボケにボケで返した二名は何事もなかったように席へとついた。仕方がないので俺は呆れ顔を浮かべてから手に乗った箸をテーブルに置いて、もう一度手を差し出して小豆に声をかけたのだった。 

  

「……俺の弁当箱をよこせ」

「……浮気?」


 俺は自分の弁当箱を要求したつもりだったが、何故か不機嫌な表情の小豆さんに浮気と勘ぐられていた。隣に立っていた智耶は俺の左手にお茶碗を乗せながら悲しそうな顔で固まっていた。なんだろう、智耶さんはともかく、この既視感……。

 第一、俺の弁当箱にも小豆さんの手作りの料理が入るはずなんですけどね? これも撒いたスイカ的な理論なんでしょうか。知らんが。

 もしくは、俺が早弁ならぬ超早弁でもすると考えたのだろうか。朝飯食わないで昼飯食うとか。どっちにしても、知りたくもないが。

 そんな小豆さんは何もなかったように、固まった俺の差し出している左手から茶碗を強奪すると炊飯器まで戻り、蓋を開け、ご飯をよそり……山盛りで。そして俺の左手に戻していた。

 さぁ、ご飯を食べようかな――って、違うわ!


 俺はごはんが山盛りによそられて湯気の立つ、ほかほかでつやつやの白米……なんだけど、正確には茶碗をテーブルに置いて、再び左手を差し出した。


「とてもじゃねぇが、この量は食えん。だから、弁当に詰めて昼飯に食うから弁当箱をよこせ」


 そしてテーブルに並べられた肉を右手で指差しながら伝える。

 すると残念そうな顔をしながら小豆は――


「お兄ちゃんの弁当箱は……厳正な審査の結果、残念ながらご用意することはできません」


 そんな某チケットセンターの定型文っぽく断ってきやがった。いや、普通に「もう作ったから無理」で問題ないよな。その方が短いし。あと、用意はされているんだしさ。

 だけどここで引き下がる訳にはいかない。この量は食えん。

 俺は、しかめっ面をしながら奥の手を使うことにするのだった。

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