第9話 アニオタ と アニオタ

「……そうじゃなくて、俺の観ていない作品でお前のオススメを聞いているんだろ?」

「知らな~い」


 とは言え、小豆のオススメを聞いただけなんで、答え的には間違いじゃないんだろうと思っていた俺。いや、普通に考えればわかるよな?

 とりあえず「俺の観ていない作品で」と念押しをして、再度聞いてみることにした。しかし平然とした顔で「知らない」などと言い切る小豆。


 は? おかしいだろ、それ。

 思わず俺は声を失っていたのだった。

 コイツってさ、アニオタな訳よ。俺はただのアニメ好きくらいなんだがな。


『……』

『……』

(……いや、俺はオタクじゃないよ? アニメが好きなだけだぞ?)


 なんか冷たい視線を二匹から送られていた俺。

 だけど俺には、なんでそんな顔をされたのか理解できなかったから、普通に否定の言葉を返しておいた。

 うむ。俺は普通のアニメ好きなのだ。それでいいのだ。

 

「……よいしょ、よいしょ……」

(――ぴぎぃー!)

『……』

『……』


 ……し、心頭滅却すれば摩擦もまた涼し。よし、続き、続き。


 なぜかポカーンと口を開けて固まっている二匹を眺めながら、俺は意志の疎通そつうができたのだと、充実感を覚えながら話を続けることにしたのだった。


 そう、小豆はアニメオタクだ。しかも俺よりアニメに詳しくてさ。たまに俺が教わったりするくらいに詳しかったりするんだよ。

 それなのに他の作品を知らないって……ま、まぁ、今期は数を絞ったんだな。良作揃いだから。

 たまたま俺のテッパンだけが、小豆にとってもテッパンだったのだろう。

 そう解釈した俺は、とりあえず録画されている作品は適当に観ることにして、気になっていた別のことを訊ねようとしていた。

 それなら、再来週には秋アニメが始まる頃だしな? チェックしているんだろうから、新作のオススメを聞いておこうかな? 予習を兼ねて。

 こんなことを考えていた俺。いや、今期は中々に充実したラインナップだったんでさ。秋アニメを調べていないんだよ。もう再来週には始まるのにさ。

 たぶん夏同様、片っ端から録画するとは思うが、観るものは厳選しておきたいところだ。

 そんな訳で小豆さんにオススメを聞いてみることにした。


「なら、秋アニメのオススメは何かあるか?」

「知らな~い」


 はい? 秋アニメを知らない?

 俺の質問が「あれ? 俺、リア充な種族に爆弾投下しちゃった?」と感じるような。まるで地雷を踏んで爆死しそうなほどに。

『三次元絶対論』主義者の人達のような、絶対零度な冷たい返答をする『二次元共存論』主義者の小豆さん。

 だが俺は、先ほどのテッパンの件を思い出して、恐る恐る再度訊ねることにした。 


「……再来週から始まる今年の秋アニメだぞ?」

「だから知らないよ~」


 秋アニメ=今までの秋アニメ。

 そう勘違いしたのだろうと「再来週から始まる今年の」と付け加えてみた俺。

 いや、普通「秋アニメ」って言ったら今年のアニメだよね? そんな去年の秋アニメなんて、アニメは覚えていても放送時期までは覚えていないよね?

 ところが「だから知らないって言っているでしょ?」と言いたそうな呆れた表情で言い返されてしまうのだった。


 何言ってんの、この子は? イミワカンナイ! 

 あまりにも謎すぎた答えに、『リブレイブ!』の誇るツンデレ少女。

石木野いしきの 沙姫さき』ちゃんばりに「イミワカンナイ!」と言う口癖を心の中で叫んでいた俺。

 何でお前が知らないんだよ。アニオタなんだろ? 

 ……調べていなかった自分のことは、さておいて。

 

 そんな迷宮入りの事件を前に――善哉が……小豆から結婚の申し出を食ったような表情をしていると。いや、そのまんまだが。


「だって、お兄ちゃんが観るアニメを観ているだけなんだから、別に知る必要ないも~ん♪」

「……は?」

「だから、お兄ちゃんが教えてくれれば、何も問題はないんだよ~♪」


 ありすぎだろ、色々と。

 お兄ちゃん、女の子の比率と肌色の比率の高いアニメしか観ないんだから。

 そんなことを当然だと言わんばかりに、自信満々に言い放つ小豆さん。 

 ますます理解不能になりそうな俺は、真相を訊ねることにしたのだった。

 

「……いや、お前アニオタだよな?」

「そうだよ~♪」


 アニオタであるのかを訊ねると満面の笑みで肯定してきた。

 とりあえず最初の関門はクリアだ。

 まぁ、コイツ自身が親や俺に公言していることだし、実際にそうだと思っていたことではある。

 だからこそ疑問に思ったことだったので、その点について追求してみた。


「じゃあ、何で、アニメを知らないんだ? その割には俺の観ているアニメに関しては詳しいよな?」

「だって、お兄ちゃんが観ているアニメだから~」

「……それ以外は?」

「妹好きものなら観るかもだけど?」


 いや、それ、自分じゃなくて俺への洗脳用だよね?

 ただ悲しきかな。その手の作品は基本ストライクゾーンなんだよね。


「お前、本当にアニオタなんだよな?」

「だから、そうだって言っているでしょ?」

「……」


 もう一度、アニオタなのかと確認してみたけど、答えは同じだった。

 何故か、俺の認識が可笑しいように思えてきたぞ。

 いやいやいや、アニオタはアニメオタクだ。間違いない。

 なのに小豆にはアニメと言うマスト知識がないのだと言う。

 正確には、アニメ好きクラスの俺の知識でアニオタを語っているのだ。

 それって、どうなんだろう。


 アニオタがアニメを知らない……それは学生が勉強を知らないのと同義だ。

 あれ? じゃあ知らなくても大丈夫だな。俺、勉強知らないし。やり直し。

 アニオタがアニメを知らない……それは赤ん坊が母乳を知らないのと同義だ。まぁ、これくらいかな。

 世の中には大量の粉ミルクがあるからな。母乳を知らなくても生きていけるのだろう。

 だが、アニオタならば母乳であるアニメを多く摂取しているはずだ。

 それが俺の観ているアニメだけなんて、アニメ好きの本数ですくすく育つとは思えない。

 それに俺の知っているアニメだけに詳しいとか……どんな偏食家なんだよ。好き嫌いなく食べなさい。

 あっ、ミルクだった。そして俺はアニメ好きの割には、相当な偏食家なのだけどさ。


『……』

『……』


 二匹とも俺の言葉にコックリコックリと頷いている。

 なんか鼻から袋状のモノが出たり入ったりしているが、気にしないでおこう。

 もうすぐ終わるから、黙って頷いているだけで問題ないからさ。今のうち、進めるか。

 

 どうしても納得できない俺は、怪訝な表情で核心に迫ることにしたのだった。


「いや、アニオタってさ? 別に俺が観ていないアニメでも、自分の好みで観るもんだろ?」

「なんで?」

「なんでって、お前……アニオタだったら、アニメが好きで観るもんだろうが」

「そう言うものなの?」

「普通好きだろ?」


 そんな俺の素直な疑問に、的を射ていない質問をされたかのように、不思議そうな表情をする小豆さん。

 え? 俺の質問、的を射てますよね? ……二匹は無反応。完全に堕天したか。まぁ、続けよう。

 だから俺としては当たり前のことを聞き返していたつもりだった。 

 なのに、小豆はそのままの表情で――


「……うーん。別にキライじゃないけど、アニメもゲームもそれほど好きじゃないよ?」

「……へ?」

「ただ、お兄ちゃんが、そう言うのが好きだから、私も好きなだけだもん」

  

 そんなことを言い出したのだった。い、今なんと?

 アニメやゲーム自体はそれほど好きじゃない? ツンデレなのか……いや、意味違うけど。

 それともアレか? 親の顔色をうかがって無理に合わせているとか?

 いや、あんな親に合わせなくても、小豆はきっと好印象だと思うしな。

 ……むしろ、合わせない方が好印象だと思うしな。

 第一、コイツがアニメを観たり、円盤買ったり、グッズを買ったりしている表情は、アニオタのにしか見えないからさ。無理をしているなんて思えねぇんだよ……。

 そんな小豆の放った一言によって――

 謎の声かけのもと、脳内のすべての謎が集結して、俺の頭の中では『謎の祭典クエスチョン・フェスティバル』が開催されて『みんなで謎めく物語』に新たな一歩を刻もうとしていた。

 なんて、どう言おうと謎でしかなかったが。

 そんな脳内で繰り広げられている祭典を傍観しながら、目の前の小豆さんを眺めていると当たり前のように自分を肯定しようとしていた。


「別におかしくないでしょ?」

「立派におかしいわ! ……だったら、アニメが好きじゃないのに、なんでアニメ観ているんだよ?」


 そんな、当然だと言わんばかりに聞いてきたコイツに反論する俺。そして呆れながら疑問をぶつける。


「えっ? お兄ちゃんが観ているからに決まっているじゃん」

 

 そんな疑問に、またまた当然のように同じような答えをする小豆。

 アニオタなのに、俺が好きで観ているからアニメを観ているアニオタ。

 いやはや、なんか俺には高度すぎる理論が出てきちゃいましたね。

 きっと、ノー●ル……お兄ちゃん賞を受賞する勢いですよ。

 小豆さんの右にでる人間はいないと思われますね。

 って、小豆以外に候補者もいないだろうがな。

 だが残念なことに、今の時代にはそんな賞は存在しないんで、この理論は無効です。 


「いや、その理論がおかしいんだよ……アニメが好きだからアニオタなんじゃねぇか」

「……ねぇ~?」

「……なんだ?」


 非常に残念なお兄ちゃん賞の選考結果を伝えてやると、とても不服そうに訊ねてきた小豆。ユサユサとスイカに挟んだ俺の腕を揺らしながら。

 あ、あのですね? ない袖は振れぬと言いますか……あるスイカは揺すれますが、当局は一切の色仕掛けには屈しませんよ。

 と言うか、ずっと現実逃避していたのに思い出させんなよ……。

 まぁ、現状維持と言うか、俺の理性の維持への意地と言うか、すでに二匹が消滅しているくらいにはヤバイ状況であります。

 実を言うとだな。

 俺のアニメ好きの説明の途中で小豆さんが何を思ったのか……いや、単に暇つぶしだと思いたい。

 急に腕をスイカで摩擦しだしていたのだ。

 つまり、あの時点で俺は既にオタオタしていた。そして二匹は消滅していたのだった。

 そんな俺のエマージェンシーなど気にせずに、不思議そうな顔で訊ねる小豆さん。


「さっきから疑問に思っていたんだけど~、なんでアニオタがアニメを好きじゃないといけないの?」


 へ? スキジャナイト イケナイノ? ……ナニソレ イマハヤリノ ナイトプール?

 ……意味不明なことしか出てこないくらいに思考がマヒしているようだ。 

 

「当たり前だろうが! アニメ好きでもないのにアニオタ語るんじゃねぇ!」

「なんでよぉ! アニオタにアニメ好きって要素なんて、どこにもないじゃん!」


 なんで「地球は青くなくちゃいけないの?」みたいな質問してんだよ。

 マヒしている思考でも理解できることを言われたんで、思わず怒鳴ってしまっていた。

 だけど、そんな俺の怒号を上回る声量で、小豆の反論が部屋中に響き渡るのだった。



 みんなは、もし時間を巻き戻せたならば、いつに戻りたいだろう。

 ファイナルライブ? 劇場公開? 二期スタート? 一期? デビューシングル発売日? 企画開始?

 まぁ、色々な時間が存在するだろう。と言うより『リブレイブ!』と言う作品はこれだけの分岐点の存在するロングランコンテンツなのだ。 

 俺もできれば、企画当初に戻りたいところではある。いや、俺が知ったのは劇場公開終了後だったからさ。

 だ・が・な! 残念ながら俺にはどうしても戻らねばならない時が存在してしまったのだよ。

 それが――


「……いや、アニオタにアニメ要素がないんだったら、アニオタってなんなんだ?」


 ココだーーーーーーーーーーー!

 思わず小豆の反論に反応していたんだよな。

 あー、なんか自分で言った「なんなんだ?」が「南無阿弥陀仏なんまいだー」に聞こえるぞ。

 なんで、あの時サラッとスルーしなかったんだろう。

 まさに『注意一秒 ケガ一生』ってことなんだろう。

 そう、この言葉を引き金に、弾かれた弾丸のような小豆さんの言葉。これが俺の本当の意味での平穏なアニオタライフのグランドフィナーレ。

『今が最高!』ならぬ『今が最低!』な時間の幕開けなのだった。


 俺の疑問をキョトンとした顔で眺めていた我が妹は、クスリと微笑み、満面の笑みを溢しながら――


「――えっ? だってアニオタって『アニキオタク』の略だから!」

 

 さも、それが世界基準だと言わんばかりに豪語しやがった。

 その言葉によって、綺麗さっぱりと塗り替えられそうになっている俺の認識。

 今の状況にまったく追いついていない俺の唖然とした表情を、俺の腕を挟みながら上目遣いで微笑みを送る我が妹。


『自称アニキオタク』な『アニオタ』の小豆さんなのであった。



 第一章・完

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