第8話 思考 と 嗜好

「じゃあ♪ 身体で返――」

「誠意で返せって言ってんだ!」

「……せい●●い?」

「ああ言えば『こう』言う的に、文字を付け足してんな! 却下だ!」

「じゃあ、他に返せそうなものがないから、私のもの~♪」


 いきなり変な単語を発しようとしていた妹。

 いや、それ、普通こわいお兄さんとか悪いお代官様とかが若い娘さんに「金が払えねぇだと? んだったら、払えるもんがねぇなら~」って迫るシーンの台詞でしょうが。それを若い娘さんが嬉々として言ってはいけませんな。

 だから、俺としてはきよい心で返してもらおうと思って正解を伝えると、湾曲わんきょくしてエロい心で返されてしまった。湾曲どころかポキっと折れている気もするが。

 せめて足すなら前に足して……『更正』にしてほしいところだな。


『なぁ? それ伏字の意味あんのか?』

『全部言ってますよね?』


 ……ハラショー! よし、スルー。

 そんな感じで言葉の付け足しを否定して却下したら、ニヤリ顔を浮かべた小豆のこんな返しが待っていたのだった。

 ほらな? 俺に対して頭の悪さを「これでもか!」ってくらいに発揮しているとは言え、頭が良いんだよ。悪知恵でしかないんだが。

 本当に頭がそこそこ良いから、余計にタチが悪いんだよな。


『いや、単にお前がバカなだけだろ?』

『バカとしか言いようがありませんね』


 いや、だから君たちは俺なんだって……あっ、気づいて落ち込んでる。まぁ、バカだな……俺達って。

 

 そんな困り果てている俺に対して、小豆は笑顔でこう言葉を紡ぐ。


「まぁ、別に脱いでも良いけど~下に何も着ていないから、やっぱり身体で返すしかないね~♪」

「……は?」

「どうしてもって、お兄ちゃんが言うならシャツは返すけど……責任取ってね♪」


 ボタンに手をかけながら、嬉しそうに爆弾発言を投下した小豆さん。いやいやいや、罠にハメられたのか?

 敵は本能……の赴くままに向かえば……寺にあり、なのか?

 あっ、寺って言うのは先祖の墓のことな。一緒の墓に入るって意味だ。

 おのれ……、指ついて頭を下げてからボタンに手をかける……、ぇ妹……め。


『なぁ、それ、わざわざ言わなくても良いんじゃね?』

『読みにくいです』


 いや、お前達が人をバカにしたからさ。少しはバカじゃないところをだな。

 ――と言うより、堕天使。読まなくていいから……俺の話を聞け。そして読むなら空気を読め。


『殺す気ですか?』

(なんでだよ!)


 いきなり物騒なことを言い出す堕天使。だから俺は問い詰めたんだが。


『お前、さっきから会話してねぇんだけど?』


 悪魔がこんなことを言ってきた。

 会話? なにそれ?

 俺が理解できないでいたら、堕天使が「やれやれ」と言いたそうな顔で補足してくれた。


『いえ、私達と会話をしてもらわないと、私達はあなたの思考を読み取れないのですよ?』


 シコウ……ナニソレ、オイシイノ?

 まぁ、美味しそうではないな。そう思ってマズそうな顔をしていた俺に、呆れた二匹が言葉を繋げる。


『いや、だからよ……お前さっきから脳内ぼっちで独り言しかしてねぇんだよ』

(……そうなのか?)

『そうなんです……ですから、きちんと話しかけてくれない部分については、あなたの思考に書かれている文字を読み取っているから理解しているんですよ』

(……お前らって、俺なんだよな?)


 ごく自然な疑問をぶつける。だって二匹って俺なんだし。話さない部分もテレパシーとかで全部理解しているんじゃないの?


『んなもん可能なら悪魔も天使もいらんだろが!』


 呆れた表情で悪魔が自分達の存在を否定してる……いいのか? あと、コイツは堕天使な。


『いえ、それで読み取れるなら私達の思考も理解できているはずですよね?』

(……謎はすべてとけた)


 確かに納得だ。二匹の思考なんてわかんねぇもん。いや、わかりたくないけどな。そして謎だとは思っていなかったが。


『もちろん、読まなくても直接読み取ることは可能なんですけどね……』

(なんだよ、できるんなら最初からすればいいだろ?)


 少し曇った表情で言葉を繋げる堕天使。できるんだってさ。なんで勿体もったいつけてんだ。

 だから、思ったことを言ったんだけどな。


『いや、直接読み取るのはだな……お前の深層心理にリンクするってことでだな……』

『コンビニに行く服装で、手ぶらで有明の真夏の同人誌即売会へ向かうようなものなんです』

(……)


 とても辛そうな……炎天下の真夏の月曜日の朝礼で、校長先生の長編スペクタクル・ロマンなお言葉を聞かされている生徒達のような表情で伝えてくる二匹。

 あー。確かにそれは死の宣告だな。俺の深層心理ってあれだろ? 黒歴史の巣窟も存在するんだよね?

 あそこは、俺でも踏み込みたくない。さすがに俺でも、二匹を戦地へ向かわせるのは気が引けるしな。納得したぞ。


『納得してくれましたか?』

(おう……だから、心置きなく思考を読んでくれ)

『いや、会話しろよ……』


 そんな俺の納得に安堵をして訊ねる堕天使。ちゃんと納得できたんで思考を読んでくれと伝える。

 すると悪魔が呆れた表情で反論してきたのだった。

 いや、会話するの面倒だからさ。読めるなら文字で問題ねぇもん。と言うより、読めるんなら会話しなくても大丈夫なんじゃ……。


『……』

『……』

(いや、お前ら実際に会話に飢えたぼっちだろうが……潤んだ瞳で見つめるなよ。可愛いじゃねぇか……そもそも、お前らなんでそんな姿なんだ?)

 

 呆れた表情で答えたんだが、今更ながら二匹の姿に言及する。だって二匹とも普通にイメージする小さな悪魔と堕天使の姿じゃなくて、普通の丸い物体……『リブレイブ!』の、このかちゃんの実家の和菓子屋さん。『こむら』名物の『こむら饅頭』みたいな、丸いモノに大きな目と口と、小さな羽根やら角が生えているだけなのだった。いや、饅頭よりも丸いな。

 と言うより、あれだ。『ニトルデーモン』だな。やっぱりお前ら下魔じゃねぇか。可愛いじゃねぇか。

 

『……』

『……』

「……えへへ~♪」


 そんな風に二匹を眺めてめていると、少し照れた表情をする二匹。いや、堕天使はともかく悪魔まで照れんなよ。ガラじゃねぇだろが。

 そして相も変わらず空気を読まずに照れ笑いを始める小豆さん。もしかして、俺の思考を読み取れているのか? 小豆さんってば堕天使? 中二だし。

 そんな俺の考えにブンブンと……いや、グルグルと回転する堕天使。すまない。一緒にするところじゃないな。とりあえず、そんな堕天使から見放された堕堕天使は無視。


『これはあなたの嗜好ですよ?』

(……わかった、わかった。適度に会話してやっから)


 すると堕天使が自分達の外見は俺の嗜好だと教えてくれた。それなら問題ないな。丸っこい外見は正義だ。こいつら意外と空気読めているかも……外見だけは。

 まぁ、その外見に免じて会話してあげようと伝える俺。そんな言葉に安堵して喜ぶ二匹。

 とりあえず、嬉しそうにピョコピョコと飛び跳ねている二匹に呆れ顔を送る俺。なんか、こいつら、ウザイ。……俺だけど。そして可愛いから許す。

 と言う訳で続きだ。


 小豆の策略にまんまとハマってしまった俺。

 だが、ここで討ち死にする訳にも参らんからな? そうさ、今こそ反撃ののろしを上げる時なのだ!

 俺は自分を鼓舞こぶすると、毅然きぜんとした態度で、お兄ちゃんとしての威厳いげんをフルに活用して小豆に言い放った。


「……そのまま着ていても問題ないので、ボタン留めてください。お願いします」

「……本当? わかった……うんしょ? えへへ……お兄ちゃ~ん♪」


 はい。のろしを上げずに白旗あげちまった。まぁ、いわゆるひとつの戦略的撤退と言うやつだな。


『……きぜん?』

『……いげん?』

(あー、その、なんだ? 俺の高尚かつ思考の戦略は……うん。深く言及しないでもらえると助かるから、そんな冷たいジト目で俺を見ないでー)


 そんな俺の戦略的撤退完敗宣言を聞いた小豆さんは嬉しそうに喜んで、ボタンを留めて俺の腕にまとわりつくのだった。


◇13◇


 これで今、俺が引き剥がせない理由が理解できただろう。

 そう、迂闊に引き剥がせば、すなわち『廃校のお知らせ』ならぬ『俺終了のお知らせ』がリブレイブ! 一期第一話の冒頭。このかちゃんばりに、目の前にズラズラズラと、視界いっぱいに広がる――未来ずら!


『いや、お前、そもそも最初から終了してるだろ……きぜん』

『やっぱり痛いですね……いげん』

(ごめんなさい……もう勘弁してください。……続けますよ?)


「……」

「……」


 だがな? こんなことで俺のアニメの視聴時間を削られるのは困るんでな。

 スイカに挟まれたままの状態で、左手を伸ばして床に置いてあったリモコンでTVをつけて、HDの電源を入れて、録画一覧を表示した訳だ。

 まぁ、少し前の方に身体を起こしたら小豆が自然と離れるかと思ったんだが、そのまま離れずに小豆まで体重をかけてきやがったから押し倒されそうになっていたんだけどな。グッと上半身に力を入れて踏みとどまったのだった。


『なんだよ……押し倒されれば楽しいのによぉ? そして、上半身じゃなくて下半身の一部分に力入れろや!』

『そうですよぉ……アニメより楽しい作品が観れたかも知れないじゃないですかぁ? 踏みとどまらずに踏み込まないと!』

(いや、それ……レンタルショップとかでも隔離されたコーナーで扱っている作品ですから)


 俺の正しいはずの行動を否定する二匹。しかも危険な発言を付け加えているし。

 もしもし二匹とも……そんな年齢制限のある作品は俺の歳では観れませんし、出演なんて犯罪なんですよ?

 まぁ、本来なら観たことがないはずの俺の心の中の二匹に、なんで知識があるのか……ぶっちゃけ、その手の作品は親父ルートでなら見ているから、強く反論できないんだよな。まぁ、これ以上は危険だから話を続けるとするか。


 そんな俺の目の前。電源の入ったTVには、画面いっぱいの『録画終了のお知らせ』……いや、録画済み一覧が広がっている。

 うん。ものの見事に積んでるな……。テッパンしか視聴してないから仕方ないんだけど。


「うーむ……」

「むふふふ~♪」


 画面を眺めて唸っている俺。そして相変わらずな小豆さん。と言っても小豆さんは画面など眺めていない。

 ひたすらに俺のシャツの縫い目でも眺めているんだろう。ほつれはないよ?

 と言うか、手当たり次第録画しているから、タイトルだけ見ていても内容がわからん。


「……」

「――ッ! ……」

「……」


 俺はアニメの内容を調べる為に立ち上がって、TVの前に置いてあるアニメ雑誌を取る為に出航しようとしたんだがな。小豆さんのおもりで停泊していたことに気づいた。おりなんだか、おもりなんだか。

 とは言え、実際には小豆がかっても、そんなに重くはない。年頃の女の子だしな。俺的にはもう少し肉付きがよくて重くても大丈夫……まぁ、部分的には肉付きはいいんだがな。

 どちらかと言えば、小豆さんと両親からの精神的な重圧プレッシャーの方が重いくらいだ。

 だが、強引に引き上げようとすると、俺の腕に更にスイカの温もりが密着する。そうするとお兄ちゃんは立ち上がれなくなる訳だ。


『他――』

(アウトー!)


 さすがにマズイんで強引に遮った。色々な意味で立てなくなるから勘弁してください。人の口に戸は立てられないのさ……。


 未だに画面を眺めて唸っている俺。

 せっかく観るんだし、面白そうなアニメを観たい訳だ。休みだから一気に何話も観れるんだしさ。時間は有効に使いたいものだ。

 だから、こう言う時には持つべきアニオタの妹なんだと思う訳よ。

 ――他は持ちたくもねぇが。

 なので俺の右腕を挟んでいる、我が妹にオススメアニメを聞いてみることにした。


「なぁ? この中でオススメのアニメってどれだ?」

「……サシャ♪ ソマ♪ この美~♪ 甘いな♪ エヌジー♪」


 すると顔を上げた小豆は、目を瞑ると上機嫌な表情でリズムよく答えるのだった。


『……』

『……』


 当然の反応だろうが、口を開けてポカーンとしている二匹。

 とりあえず説明しておくか。別に小豆のこれは、何かの暗記方法でも主題歌を歌った訳でもない。

 一応アニメのタイトルだ。まぁ、独特の略し方なんで誰にも通用しないんだろうが。

 コイツの言ったのは――

『リブレイブ! さぁ社員!!』『衝撃のソウマ』『この美的センス部には欠点がある!』『甘辛と稲穂』『NEXT GAME!』と言う、今期に放映されているアニメだ。

 わからんでもないが、オススメアニメの略し方でエヌジーと言うのは如何なものか。

 と言うかだな?


「いや、それ……俺が観ているテッパンじゃねぇか! 俺が観ているのは知っているだろ?」

「だから、小豆のオススメ~♪」


 小豆の出したオススメは全部俺のテッパン。と言うよりも、放送開始直前に俺が小豆に教えた俺のオススメなのだ。そして、毎話放送終了後には必ず家族の話題にあがっている作品。観ていないなんて選択肢は存在していない作品だ。なのになんで、わざわざ俺のテッパンをお前に聞かなきゃならんのだ?

 そんな意味を込めた表情で聞き返したのに、普通に自信満々で答える小豆さんなのだった。

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