第5話 決意 と 迷惑

◇8◇


 それ以降、周りの俺を見る目は一八〇……いや、どう見ても二七〇度くらい変わっていた。正直、まともに相手をするのが面倒になるくらいにな。


「よ、よしき……お前が見たかった漫画貸してやるよ!」

「――お、俺のアニメDVD貸してやっから!」

「いやいや、僕がセレクトしたラノベをだな?」

「――何言ってんだ、俺様セレクトのとある闇のルートから入手した同人誌が一番だよな?」

「……」


 とか――


「よしきくぅ~ん……調理実習で作ったんだけど、コレ食べて?」

「何言ってるの? 私のが良いよね~?」

「――ちょっと、あたしのを食べるんだから!」

「はい……私の中身を食べて……あ~ん?」 

「……」


 とか――


「お、おう……コレ一個おまけしとくな?」

「いやいや、ウチの商品は三割引きだぜ?」

「な~に言ってんだい! ウチなんて三個で一個の値段でいいんだよ?」

「てやんでぇい! こちとら権利書含めてタダで持ってきな!」

「……」


 とか――


「霧ヶ峰……授業でわからないことがあったら何でも聞いて良いんだぞ?」

「いやいや、私ならテストに出る範囲まで教えますよ?」

「俺だったら内緒でテストの点数おまけするぞ?」

「――私なんて、名前だけ書いてくれたら百点にします!」


 って、先生達まで何やってんすか……。

 そんな風に、まるで俺に莫大な遺産が入ったように。何かでデビューや有名になった芸能人やスポーツ選手に、知らない親戚……まぁ、一部は明らかに犯罪臭しかしないから全力でお断りしたいところだ。

 そんな知らない親戚ができたように、みんなして俺に取り入ろうとしていた。

 本当、俺に気があるんじゃなかろうかと勘違いをしそうなほどに……色んな方向で。

 いや、俺は女の子にしか興味がない。……次元は違うがな。

 いやいやいや、俺は二次元しか興味のない男子高校生なんかじゃなく、健全な男子高校生だからな。 

 ちゃんと同じ次元の女の子も好きさ……画面やら紙面やら円盤やらイベントやらライブやらで無慈悲にも数百メートル以上の距離はあるけどさ。

 ちゃんと現実の女の子――いや、俺はどうやら年上が好みらしい。ちゃんと現実の女性……声優さんも好きだ。

 みろ? 立派な健全な男子高校生じゃねぇか。

 それに、ほとりちゃんは俺の嫁ではないからな? 彼女は俺の女神様ですから。

 なので「●●は俺の嫁~」なんて言っている連中とは一緒にしないでくれたまえ。


『……』

『……ふぁ~』

(――って、寝るな……あくびすんな!)


 俺の健全さを堕天使と悪魔に高説してやっていると、堕天使は寝落ち……堕天していた。

 そして悪魔は眠そうにあくびをしている。なので一喝して起こしたのだった。

 いや、だって……君達が寝ちゃうと俺って、ただの妄想ヤローになるじゃないか。とりあえず、聞いておいてくださいよ。

 と、さっき人の腕にしがみついたままの格好で寝ていた人物を思い出して、ソーッと右腕の方へと顔を向ける。


「……ほふぃ~ひゃ~ん♪」

「……」


 愛も変わらず……相も変わらず幸せそうな表情で、妄想の中の俺でも呼んでいるようだ。

 とりあえず、起きていることを確認したかっただけなので無視しておこう。

 さてと、二匹にも俺がまともで健全な男子高校生であることが納得できただろうから話を続けようかな。


 でもなぁ、一番見る目を変えた……いや、態度を変えたのが、他でもない我が妹なんだから、始末に終えないんだよな。

 まぁ、別に「お兄ちゃんに私の人気を取られた~」なんて言って、敵意を剥き出しにしてきたとかって話じゃないんだけどさ。

 そう、俺としてはその方が良かったんだけどな。

 コイツはな……あくまでも小豆脳の妹だったってことさ。

 要はな? そんな周りにチヤホヤされる俺の現状を見て――


『周りに私のお兄ちゃんが取られちゃう! もっと私……頑張ルビィ! そうだよ、もっと好き好きアピールをラブアローシュートしないと、お兄ちゃんが私だけのお兄ちゃんじゃなくなっちゃう――未来ずら! お兄ちゃんは私のおやつなんだから、周りの色香がカードのお告げでも、にっこにこに~でもハラショーなんか認めませんわ~。 ふふふ……そんな人達は~少し頭、冷やそっか? ……とにかく、ファイトだよ! ……うん、ファイトだよ!! ……よぉ~し、今日も一日がんばるぞい!』


 なんて台詞が、数日間毎夜、隣の妹の部屋から聞こえてきていた……毎日きちんと二三時五九分きっかりにな。

 それこそ、毎日すぎて俺がこんな長台詞を覚えられるくらいなのだ。

 だからと言って、別に壁にコップを当てて、夜な夜な妹の可愛いピンクな『がんばるぞい!』が聞きたくて、聞き耳を立てていた訳じゃない。隣の俺の部屋にも筒抜けな音量で、妹ががんばっていただけだ。 

 まぁ、色々と――それこそ俺に集中砲火を浴びせてきた連中を見習って、四方八方余すことなく、回避不可能なくらいのツッコミを小豆さんに与えておきたいところだが。

 セミの地上での生活が長寿に思えるほどの、小豆の『短い決意の一日』に免じて無視をしておいたのだった。

 いや、線香花火の方がまだ持続するよな。

 と言うより、小豆さんや? フラゲは良いことだが、前乗りは運営側から禁止されているから自粛しなさい。それ以前に、一分くらい待ってろよ……。


「……ふぁ~い……」

「……」


 またもやタイミングよく返事を返す小豆さん。きっとアレだ。返事に聞こえないこともないが、息継ぎなんだろうな。そう言うことにしておこう。

 まぁ、本人はきっと〇時過ぎに決意を新たにしているんだとは思う。ただコイツの部屋の、あらゆる時の管理者が数分ほど先を見据みすえているってことなんだろう。

 うむ、部屋の主は、時代を先取りしてアニオタの認識を塗り替えようとしている妹だからな?

 俺には……フラッグ迷惑な話ではあるが。


『なんで普通にハタ・・迷惑だって言わねぇんだ?』


 俺の言葉に悪魔の囁きが……いや、悪魔が普通に聞いてきた。


(も●も●もーん! ……もとい、ばっかもーん!)


 俺は思わず悪魔に向かって、猿色の猿型モンキーの名前を口走りそうになって、慌てて言い直した。

 まぁ、単に猫型ロボットっぽく言ってみただけだが、単なる猿だ。そして勢いをつけて――


(俺はな……『リブレイブ!』を始めとする楽曲の数々も『八十八手のごとし!』も『どれが声優?』も大好きなのだよ。だから先生を迷惑などとは思っちゃおらん!)

『いえ、アレはそう言う意味では……』

 

 そんな俺の力説に冷や汗をかいて訂正しようとする堕天使。

 いや、俺だってそう言う意味ではないのは知っているがな。単なる、先生リスペクトってヤツさ?


 とにかく、そんな感じで――

 自分で撒いている……いや、コイツの場合。テキトーに食い散らかして、地面に落ちた種が自然と大きく実ったスイカ。

 ……自分のだって本当に立派に実っているんだけどな? スイカが二つ。


「……」

「……えへへ~♪」

「――ッ! ……」


 俺の腕を包んでいるスイカ二つを眺めていた俺の視界に、小豆の大豆のような瞳が映りこむ。

 少し赤い顔ではにかむ妹。俺は無意識に凝視していたことに気づいてハッとなって顔を逸らした。

 と、とにかく……そ、その点だけは、お兄ちゃんは嬉しいぞ? その点だけだがな。

 そんな感じで自分で撒いているにも関らず、知らずに勝手に実ったスイカを眺めて「私のより大きく育っている! 私だって負けないんだから!」なんて訳のわからん闘志を燃やしている我が妹なのだった。


◇9◇


 そんなことが起きていた数日後――そう、忘れもしない『九月十二日』の出来事。

 いや、つい先日のことなんで、確信犯の親父でもなければ忘れることはないんだけどよ。確信犯になってでも忘れたい出来事なのだった。


 小豆は十六歳の誕生日を迎えた。『リブレイブ!』のほとりちゃんと同じ誕生日なんでな。俺も早く寝て、彼女の聖誕祭に備えようと思っていた訳なのだよ。当然、ほとりちゃんの方な?

 そんな俺の部屋に突入してきた我が妹。何を血迷ったのか、いきなり結婚を申し込んできやがった。

 確かに十六歳になれば、女の子は親の承諾を得られれば結婚することは可能だ。そして残念なことに、両親は俺との結婚に賛同している。

 だけど、俺は前にも言ったように……お兄ちゃんでいるって決めている。だから当然断る訳だ。

 そうしたら何故か『結婚』に加えて『スイカをわしわし』……まぁ、俺が反撃で言ったことなんだが。

 お仕置きの意味で「わしわしするよ?」と言ったつもりだったのだが、よろしくお願いされちまって選択肢に採用されていた訳だ。

『わしわし』と言うのは、オレオレ詐欺の一種ではなく、小豆さんの育ったスイカをわしわし……愛情を持って丁寧に接することだな。

 ム●ゴ●ウさんの作物ヴァージョンと言えば話が早いだろう。

 これも『リブレイブ!』に登場する女の子。『豊條 望ほうじょう のぞむ』ちゃん……自分のは小豆と同じくスイカなんだが、周りの女の子の果実を大きく実らせてあげようとする心優しい女の子だ。

 ……あくまでも本人と周りで見ている男子共へは『心優しい』って話だけどさ。

 わしわしされている女の子達は、とても悲惨な状態になっているから、俺がやろうとしたら「何言ってんの? バカ……」と逃げるのを想定していたんだが。

 さすがに、お願いされるとは思っていなかったんだよ。

 そんな感じで加えられた選択肢に焦っていた俺に対して、小豆さんはサラッと『お兄ちゃんを抱き枕にする権利』と言う選択肢を、更にギンギラギンに加えていた。そう……さりげないのさ。

 なんか馬鹿らしくなった俺は無視して寝ようとしていたんだが、何故かゲームをやらされるハメにうのだった。


 我が家の家訓になっている絶対ルールであるゲーム。

 それは、アニメ『ソーゲーム・ソーライフ』の世界に存在する盟約。

 世界をもっとゲームに。生活にもっとゲーム性を。

 そんな作品の世界らしい盟約である『忠の盟約』がウチの祖父ちゃん――霧ヶ峰 幼好ようこう

 名前の通り、ロリコンだ。

 そんな祖父ちゃんは……アニメに登場する『いろ』ちゃん。主人公『そら』くんの妹が幼女だったんで、興奮気味に発案していた。そして家族の同意を得て、晴れて我が家の家訓に採用された訳だ。

 そんな感じで小豆さんは選択肢三つを賭けて。俺は自分の安息を賭けてゲームに臨んだのさ。

 向こうがゲームを言い出したんで、ゲーム内容は俺が決められるから楽勝だと思っていたんだけどな。

 まさかの完敗をきっしてしまった。そして俺はそのまま、小豆さんの抱き枕となった訳だ。


 そんな朝。運悪くお袋に現場を目撃されちまった。当然、親父にも耳に入ると思った。

 まぁ、不本意だが拳の一つや二つくらいは覚悟していた訳よ。本当に不本意なんだけどな。

 だけど、これで両親からキツク叱ってもらえれば、小豆の暴走も止まるだろうしさ。

 そんな訳でビクビクしながら両親の前に座ったんだけどよ……。


「んで、お前達どこまで進んだんだ? と言うか、お腹の子は何ヶ月なんだ?」

「お父さん、そんな訳ないでしょ! ……まだ学生なんだから、きちんと節度を持って、●妊しているはずよ?」

 

 そんな暖かいお言葉をたまわった訳で――って、こらー!


「いや、でもよぉ? 最近の子は早いって話じゃねぇか……」

「何言っているの……ウチの子に限って、ある訳ないじゃない……この子達は避●を知っている良い子達だと思うわよ?」


 いや、なんで合体前提なのですか? 一応、小豆が隣にいるんだからドン引きされる――

 って、お前は何……「期待に応えなきゃね♪」って言いたそうに瞳を輝かせているんだよ。

 そんな表情をしていた小豆は両親に向かって――


「お父さん、お母さん……」

「ん? どうした?」

「何? そんなに改まって?」


 真剣な表情で両親を見つめていた。そんな小豆の表情に、俺には見せたこともない真剣な表情で向き合う両親。いや、何故コイツにだけそんな態度を取るんだよ……。

 まぁ、さすがにこれだけの展開になればコイツだって怖気おじけづいて悔いを改める気になったんだろう。

 そうさ。改心してくれれば、続編には友になれるんだからな!

 何はともあれ、一件落着だろうとホッと胸をなでおろしていた俺の耳に――


「お兄ちゃんを私にください!」


 頭を下げて懇願する小豆さんの声が響いてきたのだった。

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