第6話 溺愛 と 出来合い

 ……ん? あれ? 俺、耳おかしくなったかな? イヤホンしすぎると耳がおかしくなるって言うしな?

 これが世に言う『難聴主人公』ってヤツか。いや、俺は主人公でもないし、ハーレムでもないんだがな。

 そんな訳で耳をポンポンと叩いていたら――


「息子をよろしく頼みます」

「幸せにしてやってね?」

「――はい♪」


 いきなり親父が頭を下げて、こんなことを言っていた。お袋も嬉しそうな顔をしながら頼んでいる。

 そんな二人に満面の笑みを浮かべて答える小豆さん。


「――って、ちょっと待てー!」

「おう、待ってやるから、ちゃんと小豆にウェディングドレスを着せてやるんだぞ?」

「あら、小豆なら白無垢の方が似合うわよ?」


 あまりに突然のことに俺は声を大にして制止しようとしていた。まさに俺にとっては人生の墓場。つまり生死の分かれ目に瀕していた訳だ。

 なのにさ、シレッと俺の言った意味を結婚式の日取りに書き換えた親父。そんな親父に更に拍車をかけるお袋。なんでそんな発想になるんだよ……。


「いや、そう言う意味ではなくてだな? おい、小豆からも何か言ってやれよ!」

「どっちも着たい♪」

「そうじゃねぇーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 さすがに一人での対応は対処が不可能だと判断した俺は、冷や汗まじりの表情で隣に座る小豆に援軍を要請した。しかし、小豆は既に親父達の軍に寝返って……いや、最初から向こう側の人間だったんだけどさ。

 ウェディングドレスと白無垢を両方着たいと言い放つ。

 いや、俺の懐の経済事情ではだな……さすがに二着のレンタル料は払えんぞ? しかも、お色直しとかもするだろ……カクテルドレスまでとか、いくらになるんだ?

 ――って、あれ? 俺が陥落されているんですが。

 とにかく、小豆のウェディングドレスと白無垢の姿を想像して、心の中が『ほっこり』していたことは内緒にしておこう。


 そんな感じで、なんか話が俺の知らない間に結婚式の話になっていた。 

 どうやら俺は難聴ではなかったようだ。めでたしめでた――めでたくねぇ!

 そんな感じで俺の悲劇は更なる悲劇を呼び起こしたのだった。


 

 元々、ウチのバカ親どもは小豆のことを溺愛していた。

 俺に関しては放任だったけどよ……いや、それは別に良いが。

 それで小豆が大きくなってきて「嫁に出す」ってイメージが膨らみかけてきた頃に――


「善哉と一緒になれば、家を出なくても済むよな?」

 

 とか、訳のわからん結論が出たらしい。まぁ、確かに家を出なくて済むけどな?

 そして、結婚って形式を取らなくても、元々が霧ヶ峰小豆なんだから同姓なんだけどよ。

 そもそも、倫理的な部分において、結婚そのものに何も問題がないんだがな。  

 そう言う問題じゃねぇだろうが……俺はともかく小豆の気持ちをだな。

 そう思って親を睨んでいたんだが、その部分が一番最悪なんだって思い出して唖然としていたのだった。


 そう、小豆は俺が好きなんだと思う。ぶっちゃけると愛されているんだと思う。

 もちろん自惚うぬぼれとかではなくて経験からくるものだ。

 それも今日昨日に始まったことじゃない。とは言え、小さい頃から好意そのものはあったが、昔はそんなでもなかった……ごく普通の好意だと記憶している。 

 だが、コイツが中学一年の二学期頃だったか? 確か、それくらいを機に急激にアプローチし始めやがったんだよ。

 とは言っても、その当時は俺と小豆は離れ離れに生活をしていたから、週に一・二度会うか会わないかってくらいだった。

 それまでの数年間は全然会っていなかったから、俺も妹の接し方が普通のと違うと言う認識が足りなかったのかも知れない。

「これが離れ離れになっていた兄妹のスキンシップなのだろう」なんて戸惑いながらも受け入れていたのだと記憶している。

 だから正確には俺が高校に入学した年。つまり、小豆が中二……なるほど。中二病をわずらったのか。未だに完治しないとは、中々に厄介な病なんだな。

 ご愁傷様しゅうしょうさま……俺。

 そんな一時いっときのわだかまりが解けて、再び一緒に生活することになり、はじめて妹の接し方が普通ではないと気づいたのだった。

 だけど俺が何かをした訳ではない……スイッチを入れる行為はしていないと思う。どちらかと言えば悲しい思いをさせていたし、嫌悪感とか恨まれるような態度を取られるなら理解できるんだけどさ。

 ――って、さては親父……言わないって約束の話を「お前も大きくなったんだから、薄々気づいているんじゃないか?」とか言って、コイツに暴露した訳じゃねぇだろうな?

 いや、あるにはあるんだけどさ……その手の話は。と言うよりも、小豆も知っているんだと思うけどな。だからこその、こう言う態度なんだろうしさ。

 だけど俺の言いたいのは『小豆に俺へ敵意を向けさせるような、俺がついたウソ』の、真実を暴露したかって話だ。

 まぁ、そんな過去は特になかったわ。そもそも小豆さんに、親の敵を見るような目つきも態度も取られてねぇし。どっちかと言えば、俺の方が両親を目の敵にする態度を取っていたくらいだしな?

 まぁ、若気の至りってヤツ……と言うか、黒歴史だな? あんなもん。


 そんな小豆の態度があるからこそ、両親揃って「YOU――やっちゃいなYOU?」なんて、ジャ●ーさんばりの態度を取っているんだけどさ? 

 これも溺愛できあいからくる出来合できあいの感情と言うヤツなんだろう……。あとは単純に我が家の絶対ルールの代償なんだけどな。

 ゲームで負けてしまった以上、俺の主張を正当化できる言い分が存在しない。

 まぁ、唯一の救いは……三人とも『略奪や政略』を好まず、あくまでも『俺の自主性』での結婚を望んでいるクリーンなところかな。やっていることはクリーンではないが。

 そんな訳で、両親製作・小豆原作兼ヒロインの『リアルの妹は嫁じゃないと思った?』と言う作品が知らない間に、俺非公認で公開していたのだった。

 ――プロットが思うように形になっていなくて、打ち切り無期限延期にならんかな? それか作画崩壊で放送禁止とかさ……。

 やっぱりアニメの方が楽しいと思う。そう、リアルなんて●ソゲーだ!

 そんな本人達には和やかな会話かも知れんが、俺にとっては死刑宣告のような会話を聞きながら心の中で――

「三人の記憶が何事もなかったかのようにリメイクしてくんねぇかな?」なんて、切に願う俺なのであった。


◇10◇


 ――そんな訳で、今に至る。


『……至ってねぇよ』

『痛いだけですね?』

(……痛くねぇぞ? 心地よいだろう……この部屋……)


 だんだんと説明するのが面倒になってきたんで、ギンギラギンに話を省略したら悪魔にツッコミを入れられた。そして堕天使はサラッと禁句を言ってきた。なので俺は反論したのだった。

 まったく……空白の時間と言うのは、アニメの常套じょうとう手段だと言うのに。

 まぁ、アニメのは進行や考察に必要だから使用しているが、俺のは単なる手抜きなんで違うんだがな。

 

 たぶん堕天使は『至』と『痛』をかけたんだろう。そんな言葉を受けた俺は、部屋の中を見回しながら堕天使に声をかけるのだった。

 そう、俺の部屋は痛くはない。心地よいだけだ。壁一面……に飾れるほど金がねぇから、隙間だらけのポスターやらタペストリー。ポスターの大半は雑誌の付録なんだがな。

 そして棚に置かれたフィギュアやらグッズの数々。本棚に収納している漫画やらラノベ。DVDやらCD。

 まぁ、生活家具や電化製品も多少あるにはあるが……アニメの為に存在しているような感じがしないでもない。

 グッズやフィギュアを置く為の机だろ。フィギュアの為の棚と、アニメ雑誌や漫画やCDやDVDを収納する棚だろ。アニメのCDを聴く為のコンポと、アニメやDVDを観る為のTVとプレイヤー。そしてアニメの情報やアニメ関連の動画を入手する為のPC。

 更に……寝そべりクッションのほとりちゃん達や、アニメ柄のクッションが寝る為のベッド。

 それと彼女達が快適に過ごせるように備え付けられているエアコン。

 うーん。俺の部屋に存在する家具と電化製品はそんなところだろう。とりあえず生活感のする、俺がリアルで使用する代物は全部クローゼットの中にぶち込んでいるから目の前には存在しない。

 つまり、俺の視界に入る空間にはアニメの類の品しか置いていない。そんな俺の部屋……俺的には彼女達の部屋に居候いそうろうさせてもらっている気のする、癒しの空間が痛い訳がないのだった。


『いえ、痛いのは別に部屋の話ではなくてですね?』

『お前の言動と思考と……嗜好と性格と外見と――』

『まぁ、あなたの存在そのものですね?』

(……)


 俺が周囲を見回しながら癒されていると、苦笑いを浮かべながら否定をしてきた堕天使。そんな堕天使に便乗するかのように言葉を繋げる悪魔。そしてトドメの一撃が堕天使の口から解き放たれた。

 そんな二匹を眺めて呆然として言葉を失っていた俺。いや、別に反論するところが見当たらない訳では……まぁ、見当たらないんだけどさ。それ以上に、こいつら二匹は俺の心に棲みついている存在。つまりは俺なんだよな。思いっきりブーメランじゃねぇか。あっ、言っていて気づいたらしく二匹とも落ちこんでる。

 そして正直なことを言えば、自分自身が痛いのは百も承知なんで俺にはまったくダメージがないのだった。もしかしたらダメージはあったかも知れないが、見回していた部屋で癒された俺は回復していたのかも知れない。


「……むふふ~♪」


 そして相変わらず変な方向に回復している小豆さん。代わりに変なダメージを負っている俺の右腕。

 と言うより、少し汗ばんできたんですがね。腕が、しっとりとしてきたんですよ。小豆さんは、うっとりしていますがね。性格的には、おっとりしているんですけど。とっとり砂丘のように広い心をお持ちのようで。おや、腕が少しずつ、ねっとりしだしましたな。近々溶けて、のっとりに遭うのかも知れません。

 それはまさに、はっとりさんの家系のごとく忍びの極意で。

 とりあえず気持ちを落ち着かせる為に足元に寝そべっている、ほっとりちゃんでも――


『ほとりちゃんです!』

(……ですよね~?)

 

 堕天使が言葉を遮って訂正してきた。ほとりちゃんを、ほっとりちゃんと呼んでしまうあたり、相当なダメージを負っているようだ。

 これは……てっとり早く回避策を決行しないといけないかも知れませんね。


『だ、だから引き剥がせばいいだろう?』

『そ、そうですよ。楽になりましょ?』


 何やら二匹が焦りだしておりますな。あー、俺がオタオタしだしているから消滅の危機なのか。確かにな……俺自身がオタオタしだしているのを理解しているくらいだしさ。二匹にとっては大問題だよね。解決してほしいよね。俺が引き剥がせば丸くおさまるんだよな。

 だが、断る。

 まぁ、このままだとオタオタするのは必至なんで、現実逃避がてら現状の説明を続けようかな。でもな。


(……逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃ――)

『いいから逃げろー!』

『私が許します!』

(……ウッス)


 鬼気迫る二匹の迫力に押されて、現実逃避をする俺なのだった。


◇11◇


 映画を観に出かけた親父達が置いていった諭吉さんで、二人分の飯を買うことにした俺。当然、間に挟まったコンドーさんは無視して……俺の机の引き出しにしまっておいた。


『……』

『……』

「……むぅ~」

(……い、いや、捨てるなんてもったいないだろ? ナニかに使えるかも知れないしさ。エコだよ、エコ)


 心の中の四つの冷凍ジト目と、現実の二つのホカホカジト目が俺に降り注いでいたんで、苦笑いで言葉を投げかけておいた。あくまでも二匹にだけだが。

 たぶんずっと小豆を放置しているからなんだろう……そう思っていたい。だから無視。


 それで飯の時間が近づいていたんで、近所のコンビニに買いに行こうとしていた俺。


「お兄ちゃ~ん、何処行くの?」

「ちょっと、コンビニまでだが?」


 玄関まで向かっていた俺の足音に気づいたのか、リビングから出てきた小豆は俺に声をかけてきた。なのでコンビニへ行くと伝えると――


「……浮気?」

「なんのだ!」


 すごく不機嫌な顔でそう聞いてくる。だから思わず聞き返していたのだった。

 だってコンビニだろ? 小説で言うところのライトノベルじゃねぇか。

「あなたと、コンビに、家族の市場」みたいなニュアンスの某コンビニのうたい文句もあるくらいには、気軽な相棒として利用する場所だよな。まぁ、刑事ドラマの相棒はかなりハードかも知れんが。

 俺はあまりコンビニに本気で行くヤツを見たことはない。まぁ、ガチコンビニ勢がいたら土下座して謝るけどさ。

 そんな問いかけに、小豆は少し潤んだ瞳で抗議し始めていたのだった。 

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