第4話 洗脳 と 罵倒
◇7◇
数時間前。
昼飯を堪能して、ちょうど眠くなる昼下がり。そして、ここは俺の自室。
今日は休みなんで、部屋でのんびりとアニメでも観ていようと思っていた。
すると、突然部屋をノックする音が聞こえたんでな?
「ワンセグには受信料を払う義務は今のところないので、お引取りください!」
と、一喝してやったら俺の言葉など無視して勝手に親父――霧ヶ峰
いや、だから登山家ではない。
だけど外見だけ見れば、割り箸一膳あれば極寒の山だろうが、砂漠だろうが、無人島だろうが三年は楽勝で暮らせそうなほどの屈強なガタイと全身から溢れ出すワイルドさがある。ただのサラリーマンだと言う謎はあるが。そして割り箸の存在理由も謎だがな。
「……開けてもいないのに扉が勝手に開いた……未来ずら!」
「……そりゃ、良かったな。おっ、そうだ――」
そんな親父は、俺の渾身のボケをサラッと聞き流して、思い出したように――
「これから、母さんと映画観に行ってくるから……観終わったら、感想送ってやるな? ネタバレで」
平然と鬼畜なことをぬかしやがった。その映画は俺も来週に観に行くことを知っている親父。
と言うよりも、親父に鑑賞券買っておいてもらったよな? ボケたのか?
「――いらんわっ! 来週観に行くって言ってあるだろ?」
「いや、知っているが……予習は大事だぞ?」
だから拒否をして、記憶を呼び覚まさせようとしたら……確信犯だったことを自白する。そして、悪びれずに自分の正当化を主張するのだった。
「ネタバレは予習とは言わん!」
そんな親父へ論破する俺。
確かにさ? 俺は基本アニメの一話を観終わると、某ぺディアで情報を調べるんだけどさ。ある程度知識を持っていると、色々と考察するのに楽だからな。だから予習については問題はない。それに某ぺディアは、あらすじとか設定だけだから問題ないのだが……親父のそれは『ストーリーを詳細に伏線含めて結末だけバラす』と言う本当のネタバレをしやがる訳だ。そんなものを予習と認める訳にはいかないんだよ。
「……強情なヤツだな? まぁ、夕飯も外で食ってくるし、休憩すんで遅くなっからよ? これで小豆……でも食っとけ……と『ナニ』か、飯」
「――って、おい、コラ親父! サラッと倒置法っぽく文法間違えてんじゃねぇ! しかも『ナニ』の発音も変えんなっ!」
そんな俺の言葉に苦笑いを浮かべて声をかける親父は、とりあえずお袋と外食するからと俺にポケットから取り出した『天の上に人はつくらず、天の下に人はつくらず』……そう、
まぁ、ぼっちの諭吉さんを差し出した訳だ。が、どう考えてもわざととしか思えない間違いを当たり前に言い放つから文句を言ってやった。
「おいおい、単なる茶目っ気だろうが……」
「茶目っ気で二つ折に畳んである諭吉さんの間にコンドーさん挟む親が何処にいる!?」
そんな俺の剣幕に一歩後ずさりながら言い訳をした親父だったが、俺の視界にはしっかりと親父の右手に握られている諭吉さんからはみ出ているコンドーさんの包装が見えていた訳だ。そんな茶目っ気などいらねぇから……。
「……あら? お父さん、早く行かないと映画始まっちゃうでしょ? ちゃんと最初から観ないと善哉に詳細を伝えられないじゃない?」
「――だから、ネタバレは要らんって!」
俺が親父に食ってかかっていると部屋の扉が開いて、親父を呼びにきたお袋――霧ヶ峰
だが俺的には、高嶺の花とは形容しがたい
そしてスイカの名産地。要は小豆の母親であることを体現するほどのスイカの持ち主。
ただ、その……なんだ。厳密に言えば偶然なんだけどさ。でも親子だからって似るとは限らんし、さ。
とりあえず同じスイカの持ち主ってことだ。
そんなお袋が入ってきて……親父に加勢しやがった訳だ。そんな訳で同じように断った。
「だって、善哉……小豆と観にいくんでしょ?」
「……そうだけど?」
すると不思議そうな顔で、小豆と観に行くことを訊ねるお袋。まぁ、その予定なんだけどさ。と言うよりも、あんたらが「小豆を連れて行かないんだったら譲らん!」とか言い出したんでしょうが。そもそも観るからって金払ったんだけどな……俺の分は。
だから、同じように不思議そうな表情で聞き返す。
「じゃあ、あんた達……映画なんて観ないで暗がりでイイことするんだから、私達へのアリバイが必要じゃない?」
「どこの世界に、アリバイを証言される相手が、証言する犯人にアリバイを与える推理ドラマがあるんだよ!? と言うか、そんなことはしねぇから!」
すると、平然とこんなありがたくもねぇ悪知恵をご教授しやがったのだった。
と、まぁ……そんな会話があった訳だ。
その後、少しだけ言い争いは続いた訳だが、映画が始まるって言って、慌てて出かけた親父達。
見送る気力もなくなっていた俺は、アニメを観る気にもなれず、ベッドに横になって少し寝ることにしたのだった。
そんな両親を相手に、壮絶なバトルを勃発していた俺。バトルなんて画面の向こうだけで十分だな。疲れるだけだ……。
それで、その、なんだ? 俺が妄言を吐いていたように思われているだろうが、冗談ではなくてマジに近●相●をご所望してやがるんだよ。ウチのバカ親どもは……。
◆
確かにウチの妹は可愛いんだけどな?
栗色の流れるような腰上まであるロングヘアー。その髪を赤いリボンで結んでいるツーサイドアップ。
ぱっちり大きな、たれ目の瞳。全体的に小豆の名にふさわしい、甘くて愛くるしい顔立ち。そして、スイカの双丘。
俺がちょっとでも「まぁまぁ、可愛い」なんて言ってみろ。
「ほぉー? お前の目は節穴どころか壁の穴が目立たない細い針のような視界なんだな? 俺が殴ってショックで視界を広げてやろう!」
そんな声とともに、俺の肩に拳の感触が走る。
「へぇー? 視力って容姿の捉え方まで奪っちゃうのか……ならば視力アップには引っぱたくのが効果的だな!」
そんな声とともに、俺の後頭部に平手の感触が走る。って、俺は一昔前の電化製品じゃねぇぞ。
「バランス感覚が悪いのかもな――っと、思わずバランス崩しちまった!」
そんな声とともに、俺の背中に全体重をかけた肘の感触が走る。一瞬息ができなかった。
とまぁ、ほんの一部なんだが。
その瞬間に四方八方を、クラスの男子共の拳やら平手やら肘やら膝やら足やら……。
回避不可能なほどの集中砲火を身体に浴びるくらいには可愛い。
確かにウチの妹は性格も良いんだけどな?
人懐っこい外見どおり、甘えん坊な性格ではあるが、芯もしっかりしている。
誰にでも優しく、人当たりもよく、頼りがいもある。
俺がちょっとでも「まぁまぁ、性格が良い」なんて言ってみろ。
「……私今、幻聴が聞こえたのかも? 耳鼻科行って診てもらわなきゃ」
そんな声とともに、斜め前に立っている女子のジト目が突き刺さる。
「チッ……●虫の分際でっ!」
そんな声とともに、と言うよりクラス中に聞こえるような立派な発声の舌打ちと罵倒が突き刺さる。いや、舌打ちは聞こえないようにやってくださいよ……。
「彼、きっと……●モで、●ルで、●チよ?」
そんな声とともに、隣に立っている女子に向かって……これまたクラス中に聞こえるような立派な発声の陰口とそれに頷く女子……とクラス中の生徒達の頷きが突き刺さる。いや、これ陰口なのか?
とまぁ、ほんの一部なんだが。いや、マジに泣きたくなるんだが。
その瞬間に四方八方を、クラスの女子共のジト目やら舌打ちやら陰口やら嫌味やら匿名の手紙やら……。
回避不可能なほどの集中砲火を精神に浴びるくらいには性格が良い。
そしてウチの妹は家庭的で料理が上手なんだけどな?
家事全般をアニメばっかり見ている母親に代わってこなしている妹。
特に料理に関しては、アニメ『
あと、商店街の催し物なんかで、商店街のみんなにも料理を振舞う機会があるんだけど、決まって有名店ばりの行列ができるほどなのだ。
俺がちょっとでも「まぁまぁ、飯がうまい」なんて言ってみろ。
「よっぽど自分の舌に自信のある美食家さんなんだろうね?」
そんな声とともに、俺の前に『霧ヶ峰善哉限定 美食価格 全商品 三〇パーセントアップ』と言う『値札』が立つ。
「俺達の店の商品じゃ申し訳ねぇな?」
そんな声とともに、俺の前に『霧ヶ峰善哉限定 第六感による物価の高騰につき 全商品 五〇パーセントアップ』と言う『のぼり』が立つ。って、値段だけ上げんなよ。そもそも第六感では物価は高騰しないだろが。
「彼には最高級のおもてなしをしねぇとな?」
そんな声とともに、俺の前に『霧ヶ峰善哉限定……隣の洋介くん百点取ったよ記念特別料金 単価平均 百円のところ……全品 千円均一』と言う『看板』が立つ。って、洋介くんって誰ーーーーーー!?
とまぁ、ほんの一部なんだが。いや、普通に訴えられるレベルだろ?
その瞬間に四方八方を、商店街のおじ様おば様共の値上げやら割高やら特別料金やらサービス料やら入場料やら……。
回避不可能なほどの集中砲火を財布に浴びるくらいには飯がうまい。
そんなウチの学校の全校生徒。そして近所の商店街のアイドル的存在の妹――に、まとわりついている変な虫的な存在のお兄ちゃん。それが世間一般の小豆と俺の立ち位置なんだよ……。
ただ、な……そんなアイドル視をしている連中でさえ、俺が「まぁまぁ」と言っても――
少し涙ぐみながら、肩に暖かい手を乗せて、慰めオーラを集中砲火する部分が一つだけある。
それが――「まぁまぁ、頭が弱い」ってところなんだよな。
まぁ、納得できるけどよ? 脳みそが小豆――ミソですらないんじゃ、仕方がないことなのだよ。
とは言え、頭が悪いって言っても学校の成績は中の上クラスではある。どちらかと言えば、俺よりも優秀だしさ。
あと世間一般の常識的な部分や対外的な部分でも、別に頭が弱い訳じゃない。むしろ気の利く賢いお嬢さんで通っているくらいだ。しかし残念なことに、局地的に頭の悪さを発揮しているんだよ。
まぁ、コイツの現状を見れば察しがつくんだろうが……俺に対してだけ、どこをどう間違ったのか、頭の悪さを存分に発揮していやがる訳だ。どれだけ頭が悪いかって言うとだな?
さっき言った、三つの集中砲火。あれ、別に比喩とか空想なんかじゃなくて、実際に一回経験していることなんだよ。だから俺に向けられた言葉は妄想ではなく、実際に言われた言葉なのだ。
あっ、思い出すだけでも泣けてくるぞ……。
まぁ、さすがに俺も一日で三つとも経験するとは思わなかったんだけどな……。
そんなことがあった日。身体と心と財布の中身がボロボロになって帰宅した俺。
「た、ただい……ま……」
本当に命からがらって気がしたな。普段は感じたことなんてないけど、我が家のありがたみが心に染み入る瞬間だった。だけど俺は玄関で力尽きて、その場に倒れこんでしまった。
正確には身体と精神よりも、普段なら買い食いをして満たされている腹が、理不尽な値上げによってパン一個しか買えなかったから腹が減っていただけだが。
パン一個で普段の帰り道に食べる量の五個くらいに匹敵するんだから仕方ないんだよ。
「お兄ちゃん、おかえり~♪ 変な音したんだけど、どうした――のっ!?」
キッチンで晩御飯の準備をしていた小豆さんは、パタパタと小刻みにスリッパを鳴らして出迎えようとしていた。
当然、物音も聞こえていたようで、何があったのかと訊ねようとしていたんだが、俺が倒れているのが見えて慌てて駆け寄ってきた。そして俺を抱きかかえて――
「死んじゃヤダー」
って叫びながら涙を流していた。まぁ、別に死なないが、身体を動かすのが面倒だし、少しこのままでも良いかなって思って寝たふりをしていたのによ?
「お兄ちゃんが死んだから、私もあとを追うー」
「――死んでねぇよ!」
なんて口走りやがったから、慌てて身体を起こしたもんだ。
って、勝手に人を三途の川へ飛ばすな。
ただ、そのあとの献身的な手厚い看病は感謝しているぞ。本当だからな。
そんな小豆だったが――次の日、学校を休んだ。休むなら俺の方な気がしないでもないが。ほら、登校拒否って意味で。
まぁ、手厚い看病の疲れなんだろうと思い、気にしないで学校に行ったんだけどな。
とりあえず、周りからの敵意の視線はあったが、貝と化した俺へ何かするつもりはなかったらしく、平穏無事に一日を終えた。
だけど学校から帰宅してからお袋に聞いた話によれば、小豆は部屋から出てこなかった。
とりあえずお花を摘む時は出てきたらしいけどな。
それはそれで心配ではあるが、問題は休んだ次の日なんだよ。
いきなり職員室に乗り込んで、休んで書いたらしい原稿用紙百枚の束を抱えて――
「お兄ちゃんに危害を加える学校なんてやめます! ついでに、お兄ちゃんに危害を加える商店街にも行きたくないので、お兄ちゃんと一緒に隣町に引越します!」
とか、担任に向かって大声で叫んだそうだ。
そして退学届代わりに書いたって言う、俺の素晴らしいところとか。いじめた相手への恨みやら抗議やら。いじめ問題についての主張だとか。
とにかく感情のままに書きなぐった原稿用紙五〇枚を担任の机に叩きつけたらしい。
残りの五〇枚は同じようにして商店街に持っていったんだとさ。
さすがに対処に困るってんで俺が呼び出されて、何故か俺が頭を下げることに。うん。どう考えても、お兄ちゃんは悪くないと思うぞ。小豆さんや?
そんな一件が学校中、そして商店街中に知れ渡ると、俺に集中砲火を浴びせていた連中や、それ以外の連中は顔を青ざめていた。
まぁ、自分達のアイドルが、怒って顔も見たくないって言ったら、普通そうなるわな?
うん、俺でも顔を青ざめそうだ。
――ウチの妹じゃなけりゃ、その言動にドン引きしながら。
だけど我が妹には、カリスマ性でも、アルカリ性でも、オットセイでもあるんではないかと、目の前のコイツを見てもミジンコほどにも、ドサンコほどにも、ビアンコほどにも感じはしないが。
アイドル視をしている連中には、崇拝フィルターが両目を覆っているんじゃないだろうかと疑いたくなるくらいに、全員が口を揃えて「自分が悪かったから」と顔を青ざめやがる。
クラスの女子なんて、ファイナルライブを見終えたファンのように泣きじゃくる始末さ――。
誰一人として、妹のおかしな言動に異を唱えてドン引きする人間がいないってところを見ると、崇拝よりも洗脳に近い気がするのだが。
改めて、小豆の人気を肌で感じることになったのだった。
そんなこんなで俺に集中砲火を浴びせた全員が
まぁな? 俺だってそこまで極悪非道じゃないからな。
頭を下げられれば許さない訳にもいかんだろ……全員に一人一日分の昼飯を奢らせる条件で許してやったのさ。
いや~、まさか一学期中、昼飯タダになるとは思わなかったわ。
おかげで数ヶ月の昼飯代で、アニメの円盤とかグッズが買えたんでラッキーだったな。
ただ、この話には続きがあるんだ。
俺が昼飯を奢ってもらう訳だ。いや、小豆には食わせないけどな。
でも、まるっきり奢らせるだけじゃ、かわいそうだからさ……その日に奢ってもらった人の名前を小豆に報告してやるんだよ? まぁ、そんだけだが。
するとだな? 次の日の小豆のその人物への接し方が急激に変化する訳だ。
まぁ、ポイント還元ってやつだな。
どうも小豆本人への好感度パラメーターが、俺に対してのパラメーターに改造されているらしい。
つまりな? 必死でヒロイン攻略の為にパラメーターを上げようと、彼女に喜ばれるだろうと思ってグッドな選択肢を選んでも、一向に上昇する気配を見せないのにさ。
サブキャラ……いや、モブだろ、俺なんて。連中にしてみれば。
そんなモブに情けをかけた途端に、ヒロインのパラメーターが急上昇してイベント発生。
――とか、どんなバグだよ!
そんな、現代の情報社会の世の中で、簡単に口コミでゲーム会社そのものを消せるくらいの致命傷のバグを搭載している、我が妹スペック。
まさに、逆『イ●テ●入ってる』プロセッサー搭載の妹なのだった。
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