第2話 あんこ と スイカ
「お兄ちゃん、食わず嫌いはダメだよぉ~?」
「そうじゃねぇだろ……あと、俺はあんこに飽きていなくちゃだめなんだ! このかちゃんを見習って――」
「さっき、どら焼きとたい焼きと大判焼き食べていたけどね? ――あー! お兄ちゃんはコッチのチェリーで口直ししたいんでしょ~?」
俺が反対に顔を向けたせいで抑える力が弱まったのか、俺の手の平をスルリとかわし、それが正論なのだと言わんばかりに俺を
だが、それが暴論でしかないことを知っている俺はコイツの言葉を否定して『とある設定』を投げかけるのだった。
『あんこに飽きていなくちゃだめなんだ!』と言う設定。
俺の最も愛するアニメ。否、このアニメの為に俺は生まれてきたと言っても過言ではないだろう。
そんなアニメ『リブレイブ!』と言う作品の主人公『
彼女の実家は和菓子屋さんだ。その為、幼少の頃から和菓子を食べていた。
だから、あんこに飽きていた。そして洋菓子やパンに憧れを抱いているそうだ。
そんな彼女が「あんこ飽きたー」と叫ぶシーンも、アニメに実際に存在する。
彼女達のファンであるリブレイバーにとっては名言の一つとされているのだろう。リブレイバーではないし、友達もいない俺には統計を取る術がないけどな。
一応、好きなアニメなんで俺もその設定を見習って――
「俺もあんこに飽きているんだ」と言う前に、小豆に暴露されてしまっていた訳だ。
そして、何やら意味不明な言葉を繋いだ途端にモゾモゾし始める妹。
「いやいや、それは口に出してはいけないだろうが。『にわか』だってバレるじゃねぇか……って、何でシャツのボタンを外そうとしているんだっ! ……」
とりあえず、『にわか』だってバレるのを恐れて周りをキョロキョロしながら注意した。まぁ、二人しかいない状況でバレるもへったくれもないんだがな。
さっきの言葉と、俺の右腕の下でモゾモゾと動く感触を覚えた俺はコイツの胸元……は、凝視できないから左手で顔を覆いながら指の隙間から覗く形で声をかける。
そんな俺の問いかけに、さも俺の部屋を脱衣所と勘違いしているかのように動かす手を止めない妹。
あまり強くは抵抗できないが、少しだけ右腕に力を加えてコイツの動く左手を押さえ込もうと押し込んだ。
その拍子にコイツの左手は――
バーゲン会場に颯爽と現れる、部分を表現するのは数十年前には存在していたのだろう……とても可憐な乙女の秘密。
そんな、おば様連中の某『けつあつ』によって場外へと飛ばされるバーゲンビギナーのごとく、俺の腕の外へと放り出されたのだった。
「……むぅ~。でも、お兄ちゃん、別にコノキチじゃないじゃん……こ、こ、このかちゃぁぁぁぁん――ッ! キチでしょ? ……うんしょ! 食べやすく
俺の腕によって閉ざされた谷間。出禁を食らった左手を見つめてから、ふくれっ面で俺の腕を睨む小豆さん。だがすぐさま言葉を紡ぎ始めると、スッと上半身をかがめるように後ろに引いて――
「こ、こ、このかちゃぁぁぁぁん」の叫び声とともに、反動をつけて前へと押し出した。
その勢いに押されて俺の右腕は前方へと押し出される。その瞬間、小豆の左手は腕とスイカの間にできた僅かな隙間に差し込まれていた。そして再び左手を動かしながら説明を始めるのだった。
コノキチと言うのは、このかちゃんを愛して止まない
そして「こ、こ、このかちゃぁぁぁぁん」は、同じく『リブレイブ!』に登場するこのかちゃんの親友『
まぁ、キチは同じだけど……実際にはそんなキチは存在しないんだけどな。
「……的は射ているがな……その言い方は誤解が生じる恐れがあるので控えるように! と言うより、まぁ……剥けと言っている訳ではないんだが、なんで腕に密着したままで、俺の腕の下に手を入れてボタンを外そうとしているんだ? 腕から離れた方が楽だろ?」
さすがに外でその呼び方をされたら世間様から白い目で見られるんで訂正を求めた俺。別にキライじゃないから控える程度にしておいたが。そして今更だが、気になったことをコイツに伝える。
「でも、実際に好きじゃん、その叫び声……」
「……」
「うふっ♪」
するとキョトンとした表情を浮かべながら俺の核心をつく一言を投げかける。まぁ、正直好きだわ……あの叫び声。そんな核心をつかれて反論の言葉が出てこないで固まっている俺にクスッと笑みを溢した妹は――
「だけど、そんなお兄ちゃんは小豆的には――ううん。今のは佳苗的にポイント高い~♪ ――けぇどぉ、腕から離れるなんて……ヤ・ダ! ~~ッ!」
いたずらを思いついた小さな子のような笑いをして、名前を言い直しながらも「ポイント高い~」と言い切っていた。
「●●的にポイント高い~」とは、アニメ『やっぱり俺の脳内サブコメはまちがいだらけ。』の主人公である、ミキタニ……もとい、
……彼の同級生のイケメンモテモテな
そんな明神くんの妹である、
そして、我がままを言ってギュッと俺の腕を押さえ込もうと力を入れる小豆さん。
「……はぁー。あぁ、はいはい、わぁったわぁった……ったく、キチの方は面倒だから、もう好きにしてくれ……だが! お前は小豆なんだから言い直してんな! しかも、それは……やっぱり妹の言動コンセプトはまちがいだらけ――」
とりあえず、右腕に力を入れて防衛しつつ、キチについては平行線な気がするから降参したが、俺の言った発言のせいだから名前の方はアニメのタイトルをもじって否定してやった。
「ぅぅぅ~」
「……だから、お兄ちゃん的にポイント高いぞ? ……そんな訳で、俺の右腕から離れ――」
すると、否定した途端、思いっきり悲しそうな顔をして押さえる力を弱める妹。そんな仕草に罪悪感を抱いた俺は優しくフォローして、力を抜きながら右腕から離れてもらおうとしていた。
「わーい、お兄ちゃん大好き~」
「――って、いい加減離せー! と言うより、
しかし、泣いたカラスがもう笑った状態で花を咲かせたように、満面の笑みを浮かべて俺の右腕を両手で力一杯引き込む小豆。
罠かよ!
両手が自由になっていることで理解したが、もう動かす必要がなくなっていた訳だ。
本来ならばシャツが一枚の布化しているネットのような部分も、支えることができずに奥へと吸い込まれていく。そして行き着く先まで行き着いて、俺の右腕は小豆の両手と人肌のスイカに包囲されていた。
――とまぁ、こんな風に毎回毎回、コイツの手の平で転がされ……いや、スイカの谷間に挟まれて主導権を握られる俺なのであった。
◇3◇
「そうだ……お父さんとお母さんから伝言あったんだ~♪ ……」
「ん? 行く前にお前にも何か言っていたのか? ――って、挟んだままで移動をすんな!」
突然、両親からの伝言を思い出した小豆さん。いきなり俺の右腕を挟んだまま、俺ごと移動しようとしていた。
人の腕を綱引きの縄にしてはいけません! まったく、小学校で習っていることを忘れたのかね……まぁ、俺には習った記憶が欠如しているがな。
「だって~、メモがあそこに……」
「離れて取ってくれば良いだろ?」
「染まらない未来を目指しちゃってぇ~いるんだにょにょ……だから、崩れない願いを抱きしめちゃってぇ~いたいんだにょにょ!」
すると、妹はすかさず身長が足りなくて一番上の本が取れなくて困っている生徒のような表情で、理解不能な言い訳を始める。なので正論を唱えてやった俺。
すると真剣な顔をして、魔法詠唱を唱えやがった訳だ。完全な日本語なのが残念だがな。
そもそも俺の右腕は、ミルフィーロを祈りの力で支える国の元首で、ミルフィーロそのものである存在……ほどの高尚な代物じゃねぇんだけどな? ただの右腕なだけだし……。
最後の小豆さんの台詞。一九九四年に放送が開始された『魔法菓子レイアイス』と言う作品。
俺も小豆も生まれる前の作品で、実際には親父の影響なんだが……親父自身もそんなに作品には詳しくないそうだ。
ただ、歌っている人の元の所属していたバンドが好きで、OP曲だけは知っていたらしい。
それで俺達は何度も親父のカラオケだったり、CDだったりで聴いていた曲。その曲の歌いだしの歌詞なんだと思う。
いや、俺も記憶が曖昧だから正解は忘れたが、こんな電波な歌詞じゃなかったはずだ。
と言うよりも、最後についている語尾の『にょにょ』は『チ・デ・ジ・カワット』と言う作品の主人公の『ちでじこ』の語尾なのだ。
レイアイス同様、チ・デ・ジ・カワットも詳しくない親父。だが語尾だけは知っていたようだ。
普通に『にょにょ』って可愛いしな? ……可愛いか? まぁ、可愛いとしておこう。
小さい女の子としては覚えやすいし、小豆も一時期ずっと使っていたみたいだった。さすがに最近は聞いていなかったんだけどさ。
そんな電波を放っていそうな、小豆の詠唱は見事に俺に命中する。俺は全身に『困惑』の魔法を浴びてしまったのだ。そんな俺はただ呆然としながら、満面の笑みで効果を探っている妹を見つめるのだった。
順番が逆になっているが、ミルフィーロと言うのはレイアイスの世界の国? そして、俺の右腕は本来、柱なんだとか? 今度じっくり調べてみるかな。
未だに効果を気にしながら、ギュッと抱きしめたり揺すってみたりしている小豆さん。
確か、困惑の魔法に硬直時間って必要ないよな。その手のゲームに
◇4◇
ひとまず、目的であるメモをロックオンする。と言うよりも、親父達のメモって実は俺の斜め前の床に置いてあるんだよ。だからコイツが取るよりも俺が取った方が早いんだよな。
「あーもう! 俺が取ってやるから動くな!」
「わかった。お兄ちゃん、責任取って~♪」
「サラッと責任をなすり付けんなー!」
未だに俺を引っ張ろうとして頑張っている小豆に、俺が取ってやると伝える。
すると、サラッと責任と言う言葉を付け加えて頼んできやがった。
とりあえず、何の責任かは棚上げしておこう。考えるとメモを取りたくなくなるんでな。
そんな感じで左手を伸ばしてメモを取ることに成功した。拘束されている右手と違い、俺の意志通りに動く左手に「自由って素晴らしい」なんて感動しながら掴んだ左手を引き寄せる。
二つ折にされているメモが二枚あって『善哉へ』『小豆へ』と書かれている。
ひとまず小豆のは床に置いて、俺の方のメモを開く。
『もし足んなかったら、俺の机の二番目の引き出しに入れてあっから、使ってくれ……若いからって一箱全部は使うなよ? 追伸。今日のアニメ録画し忘れたから、録画頼むわ……お前の部屋のHDじゃなくて、俺の部屋のBDでだぞ! あと、予約し忘れた円盤あるから、明日アニマテ行って予約しておいてくれ。 父より』
『若いからってハメて外さずに……ではなくて、ハメを外さずに! きちんと食事とお風呂だけは我慢して、時間を取りなさいね。あと、遊び心でゴムに穴を開けちゃダメよ? 追伸。お母さんの机に読者プレゼントの葉書があるんだけど、明日が消し印有効だったの忘れていたから今日中に投函しておいてね~♪ 母より』
「――ッ!」
俺はメモを握りつぶしていた。本当なら破りたかったんだけどな? 片手じゃ握りつぶすのが精一杯なだけだ。
「……どうしたの~? なんて書いてあったの?」
「い、いや、なんでもないぞ?」
俺にとっては当然なんだが、妹にすれば不自然に思ったんだろう。俺の突然の行動に驚いた小豆は、何が書いてあったのかを訊ねてきた。その問いに焦り気味に返事をする俺。かなりの不安を覚えて、小豆宛に書かれたメモを手に取った。
本来ならば個人情報保護法によって、罰せられてしまう世の中なのかも知れないが。
相手が罪人ならば問題ないだろう。お兄ちゃんは妹を守る義務があるのだから!
何せ、生まれてこの方。放任、丸投げ、なすりつけ。それが親の責務だとぬかしやがる両親に育てられている俺と小豆さん。
普通、親って言うのは『大きな
ウチの親二人ときたら……『
そんな両親が俺に向けたメモの内容から、妹へのメモの内容に興味津――い、いや、言い知れぬ不安を覚えた俺は、おもむろに小豆へのメモを開くのだった。
『父さん達は明日の昼頃まで帰らないかも知れないから安心して、風呂場でも台所でもリビングでも好きな場所で試すのも良いだろう。但し、カーテンと窓は閉めなさい! 追伸。たぶん外食する気力も残っていないだろうから、明日の昼飯作っておいてください。 父より』
『明日の夜はお赤飯かしらね? もしそうなら、明日の朝にでもメールください。お祝いにケーキを買ってくるから♪ 追伸。私達のベッドのシーツを取り替えるのを忘れていたから外して洗濯して、新しいのをかけといてください。 母より』
「――ッ!」
「――あー! それ、私の伝言メモ~」
「――ッ!」
「……えへへ~♪」
ある意味パブロフの犬状態で即座に握りつぶしてしまっていた俺。そんな俺に抗議をする妹。
だが、こんな放送事故を視聴させるのは局としては致命的だからな。迅速に対応しないとクレームの嵐になっちまう。
なので突如画面が綺麗な風景画に切り替わって『申し訳ありませんが、しばらくお待ちください』と言うテロップが流れるがごとく、手元にあったリブレイブ! ジャンボ寝そべりクッションのほとりちゃんを妹の目の前に差し出した。すると、抗議を忘れて彼女に笑顔を向ける妹。
とりあえず、俺は二枚のメモを証拠隠滅するように、ズボンのポケットに押し込むのだった。
「……親父達、明日の昼頃に帰ってくるらしいから、明日の昼飯作るのとベッドのシーツ取り替えて洗濯しておけってさ?」
「そうなの? うん。わかった♪ ……えへへへ~♪ ……」
「……」
未だに彼女へ笑顔を浮かべている妹を横目に、メモの内容を改めて思い出していた俺。「これでもか!」ってくらいに、俺の想像通りの伝言を残していたバカ親ども。
と言うかさ? あんたら、普段から俺の想定外の行動しかしないのに、こんな時だけ想定内にすんなよ……。
そんな両親なんで、あんまり愛情を持って育てられた覚えがないのも事実。
とは言え、子は親の背中を見て育つもの。当然、俺も親の背中を見て育っている訳なのだよ。
だが、どちらかと言えば背中しか見せられていないのだから、他の生き方なんぞ理解できる訳もないんだがな。
そんな風に育てられてきた俺、霧ヶ峰善哉……いや、べつにウチの親は三●電●の社員じゃない。あと登山家でもない。
ただのアニメ好きなサラリーマンと専業主婦だ。
そして、そんな親の影響からか、俺も一応はアニメ好きだ。
まぁ、本人がオタクかどうかは気にしちゃいないけどな。
それでもアニメ好きな人間として、アニオタと言う言葉については、それなりの知識で認識していると思っていたし、俺の知っているアニオタがアニオタだと疑う余地もなく信じていた。
そう、俺の認識は過去形なのだった。
そんな俺の認識を覆すような、元凶と言っても良いような……悪夢の始まりを与えてくれちゃったのが他でもない。
一応、親父達の伝言を小豆に伝えた俺。伝えることは伝えたんだから間違っていないはずだ。それ以外の俺には理解できないワードは解読不可能ってことにしよう。
そんな俺の言葉に笑顔で了承を返して、またもや俺の右腕に顔を埋めて、シャツの空気を吸い込んでいる小豆さんなのだった。
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