君の仮装に乾杯(八)
矢の如き勢いで飛んできた
「ひゃあ! 何をするでござる!?」
大量の蝙蝠が、彼の姿を埋め尽くす。全身を黒く染めつつも、板垣さんは激しく抵抗した。
我に返り、助けようと駆け寄った僕だったけれど、すぐにみっともなく尻餅をついて転んだ。
信じられないことに、板垣さんの体が目の前で宙に浮いたからだ!
いくら板垣さんが細身だといっても、蝙蝠だけの力で持ち上げることなんてできない。たとえそれができたとしても、全員の意思を統率して真っ直ぐ上昇させるなんてできない。
あの男、まさか――。
わざわざ振り向く必要などなかった。
男は既に、ステージに移動していた――――板垣さんと同じく、その身に纏わせた蝙蝠と共に浮遊しながら。
「最初の生贄は、お前だ」
蝙蝠によって目の前に運ばれた板垣さんにそう囁くと、男は次に会場全体に轟くほどの大きな声で高らかに宣言した。
「皆の者、しかと見るが良い! この罪深き者が、どのような末路を辿るのかを!」
そして――――あろうことか、頭だけ露出していた板垣さんの首筋に噛み付いたではないか!
「ぎゃいーん!」
「板垣さんっ!」
抜けた腰を引きずり這いずりつつ、僕は叫んだ。足が言うことをきいたとしても、数メートルも浮いている彼らの元には行けない。どれだけ叫んでも無駄だともわかっている。
それでも僕は懸命に板垣さんの名を呼び、必死になって彼らに近付こうと奮闘した。
だって板垣さんは、僕の大切な友達なんだ。
大切な友達が傷付けられるのを、黙って見てるなんてできない! 何もできないからって、何もしないのはおかしい! きっと何か方法が……!!
「ゲベェェェーーッ!!」
けれど僕の思いは届かず、凄まじい悲鳴が轟いた。思わず身を竦めた僕の前に、板垣さんが落ちてくる。
「板垣、さん……?」
小声になったのは、彼の口から返事がないことを恐れてだ。
すぐに駆け寄ることができなかったのは、触れて『脈がない』と知りたくなかったから。
ああ、僕はこんなにも臆病だ。
大切な親友を守れなかったばかりか、その死に向き合う勇気すらない。
何が、
でも、どれだけ悔やんだって、板垣さんはもう…………。
「……ヒョエー、ビックリしたでござる」
ステージの床に身を伏せて己の無力を嘆いていた僕は、その声に飛び起きた。
「い、板垣さん!? ぶぶぶ無事だったんですか!?」
驚きのあまり裏返った声で尋ねる僕に、板垣さんは上半身を起こした状態で首筋を擦りつつ頷いてみせた。
「うむ。あの男、拙者に荒々しくキッスマァクを施したかと思ったら、いきなり悲鳴を上げて投げ飛ばしたでござる。急に恥ずかしくなったのであろうか?」
…………キスマーク!?
いや、噛み付いてましたよ!? キスマークって噛み跡のことを指す言葉じゃありませんよね!?
確かに公衆の面前でこんなキモいのに迫るなんて、恥ずかしいけど! 恥ずかしくて僕なら死ねるレベルですけれども!!
いや、それより……あの悲鳴は、板垣さんのものじゃなかったんだ。
ということは?
板垣さんと共に落下したんだろう。ステージの隅っこで、男は苦しみながら悶え転がっていた。
「うげぇぇ……おげぇぇぇ……まっずぅぅぅぅ……。まさか、男だったとは。そうか、男が無理矢理女装していたから、あんなに気持ちの悪い姿になっていたのか。くそう……はからずも大嫌いな男の血を口にしてしまったではないか!」
転げ回って叫ぶ男の言葉を聞いて、僕にもやっと奴の正体を理解できた。
意のままに蝙蝠を操り、空中を披露し、そして血を好む――――この男、吸血鬼だったのか!!
だとしたら、彼を取り巻く数多くの悲鳴にも納得がいく。
声は、全て女性のものだった。男の血が嫌いだというから、女性ばかりを狙っていたのだろう。あれは、奴の犠牲になった女性達の断末魔だったに違いない。
僕がこうして冷静に分析できたのは、耳を突き刺すようだったその叫びが、どよめきのように小さくなっていたせいだ。きっと、板垣さんが奴にダメージを与えたおかげだろう。
板垣さんと君枝さんが持つ『オバケを寄せ付けない』性質は、妖怪や人外のモンスターには通用しないらしい。
それでもそういう相手に、こうしてしっかり嫌われるところは、さすがというか何というか……。
そんなことを考えている間に、男は蝙蝠達に支えられ、よろよろと立ち上がった。
「許さん……許さんぞ! ならば見せしめに、お前の血を吸い付くしてくれる! 骨も残さぬまでにな!!」
男が手を伸ばした先には、僕と同じく腰を抜かしてへたり込む
「ええーん!? 貴殿はてるてる殿狙いではなかったのか!? はあトンにまで手を出すなんて、浮気性でござるーー!!」
ブンブンとはあとステッキを振り回してイヤイヤと暴れた君枝さんだったが、男は自分の二倍はあろうかというほど太ましい彼の身に飛びついた。
大木にとまったセミみたいだなぁ……と呑気に眺めていられたのは、次に何が起こるか理解していたからだ。
「ゴゲェェェーー!! こっちも男ーー!?」
僕が想像した通り……いや、それを見ていた皆の予想を裏切らず、男は君枝さんから離れてゲロゲロと吐き戻し始めた。
むしろ、何で気付かなかったんだろう?
この二人、どう見ても女には見えないと思うんだけど。性別の領域すら越えてイタキモンスター化してるから、わからなかったのかな?
もしかしてこの人、とてつもなくアホなの?
それとも、体を張ったリアクション芸のつもりだったんだろうか?
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