君の仮装に乾杯(七)
「えっ……何を、何……」
「本日は我ら、『キュンプリ音頭』をお披露目するでござる!」
「音楽は不要、拙者共が自ら歌いながら踊るでござる!」
いきなり話を振られて固まっていると、てるてるさんとはあトンさんが
え? 歌いながら踊るって…………聞いてないよ!?
「ちょ……
慌てて僕は、二人に取り縋った。『キュンプリ音頭』なんて、曲も知らなければ振り付けも知らない。オープニングテーマすら、何となくしか覚えていないっていうのに!
「大丈夫、拙者共で歌うゆえ、ひらめ殿は適当に合わせて体を動かせば良いでござる」
てるてるさんが優しく微笑む。
「我々に合わせずとも、心のままに踊れば良いでござる。ひらめ殿なりのはあと嬢を表現するのでござる」
はあトンさんも、笑顔で諭す。
そんなこと言われたって……表現できるほど輝夜はあとのことなんて知らないんだってばーー!
狼狽えるあまり、泣きそうになったその時。
「リョウくん! 頑張って!!」
ざわめきを突き抜けて、僕の耳にあたたかくも心強いエールが届いた。
聞き間違えるはずがない、ハルカだ。
すぐに客席へと視線を巡らせたけれど、コスプレだらけの人々の中からその姿を見付けることは叶わなかった。
けれど愛しの彼女は、確かにここにいる。この中にいて、僕のことを見守ってくれている。
そうだ、このコスプレは彼女が僕のために頑張ってくれた集大成。
板垣さんと君枝さんは、後でこっそり打ち明けてくれた――――既製品のはあとウィッグではハート型のツインテールハートのバランスが僕に合わないと言って、編み込み直してくれたこと。
ガリガリの僕では、普通に衣装を作るだけじゃ女の子らしいまろやかな体を表現できないと訴え、上半身にボリュームが出るよう型紙から縫製まで懸命に考え抜いてくれたこと。
今手にしている、日本刀を可愛くデフォルメしたはあと用の魔法ステッキも、細かな装飾にまで拘って一から作ってくれたこと。
僕が平たい顔をコンプレックスに思っているのを気遣い、必死になってコスプレメイクを研究してくれたこと。
肌が弱い僕のために、化粧品だけでなく毛を剃る時のシェービングフォームから剃刀に至るまで調べ尽くしてくれたこと。
出来上がったのは、スケルトンが人間に擬態しようとしたものの人型モンスターから拝借したパーツを適当に取り付けて大失敗したみたいな全身大惨事だけど――それでもこのトンデモンスターな
だったら彼女の想いに応えて、頑張るしかない!
僕はてるてるさんとはあトンさんに、しっかりと頷いてみせた。てるてるさんとはあトンさんも頷き返す。
見せてやろう……僕の、いいや、拙者共の輝夜はあとを!!
「あっそーれ! キュンキュンキュン!」
「プリプーリ!」
「キュキュン、キュキュン!」
「プリプーリ!」
盆踊りめいた旋律を歌うてるてるさんに、はあトンさんが合いの手を入れる。しかしのんびりとした曲調とは正反対に、二人はオタ芸もかくやというほど激しく手足を振り回し、キビキビとポーズを決めていった。
それに遅れないよう、僕も二人の背後で全身を激しくくねらせた。関節の存在を忘れたかのように、いいや忘れて上下に左右にグネグネグニョグニョ、グニャングニャン。
時には捻りも加えて、元気っ子なはあとらしい躍動感も表現する。
「ヌヒッ、グフッ、デヘェ」
どんな時も笑顔なはあとを見習い、僕も笑った。
そう……僕、否、拙者は
皆に愛と勇気を届けるために、今夜この世界に遣わされた輝夜はあとの化身なのでござるーん!
最初は恐る恐るだったのに、気付けば僕はノリノリで輝夜はあとになりきっていた。
これがコスプレの魔力か…………すごい、別人になったみたいだ!
ああ〜ん、ハマってしまいそうでござるーー!!
「…………やめろっ!!」
鋭い制止の言葉に、拙者共……いや、僕達三人はダンスを止めた。観客達は最初からドン引きして静まり返っていたため、その声はよく響き、雷のような強さでもって会場全体を貫いた。
一体誰が……と首を巡らせていると、板垣てるてる殿が観客席を指差して叫んだ。
「あっ、あの者は!」
「ああ……先程我らが匂いを感じた者である!」
君枝はあトン殿も、てるてる殿の指し示す人物を見て頷く。
そして僕は、その人を目に映した瞬間、指先まで凍ったような心地を覚えた。
ほぼステージ中央、前から五列目辺りで身を覆う黒いマントごと体を震わせ、綺麗に撫で付けたオールバックヘアの下から怒りに燃える赤い目でこちらを睨んでいたのは――――イベント直前に遭遇した、得体の知れない恐ろしい気配を纏う、あの男性だったんだから!
板垣さんと君枝さんの言葉を聞くや、その男は俯いた。すると静寂の中に、不気味な音色が落ちた。唸りに似た低いそれは、どんどんと大きく高く変質していく。
男が、日本人にしては彫りの深い顔を上げた。
年齢は四十手前くらいだろうか? 蝋みたいに白い肌のせいで、若々しくも老翁にも見える。天に向けて開いた口からは、やけに発達した犬歯が覗いていた。
裂けんばかりに釣り上がった彼の口角を確認してやっと、会場を支配するこの音は男が奏でる笑い声なのだと僕にも理解できた。
「ほう……気付いたのか。ならば尚更、生かしてはおけんな!」
そう告げて、男がマントを大きく開く。すると、とんでもないことが起こった――――マントの内側から、夥しい数の
周囲にいた人々が、悲鳴を上げながら慌てて逃げる。
しかし蝙蝠は彼らなど眼中にないかのように、一直線にステージへと迫ってきた。
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