君の仮装に乾杯(六)
「フフゥゥヒッヒョォォ……き、緊張してきたでござるぅぅぅ! 呼吸がままならないでござる!」
「
「あの、
「フオッフー! ヒエッヒー! 息を吸ってるのか吐いてるのかわからないでござる!!」
「ヌポォォ厶! てるてる殿がツルツルしてるでござる! ヒンヤリしてるでござる!!」
出番が迫ってくると、てるてること板垣さんとはあトンこと君枝さんは激しく取り乱し始めた。僕達はエントリーが遅かったため、舞台に上がるのはラスト――つまり、トリを務めるのである。
僕だって人前に出るなんて苦手だし、とてつもなく緊張している。けれど自分以上の恐慌状態に陥っている人が側にいることで、逆に冷静になれた。
それに。
『
数分前に送られてきたメッセージをスマホに表示し、僕はひっそりと微笑んだ。ハルカが応援してくれている。それだけで元気百倍、勇気百億倍だ。
すごく時間がかかってたけど、どんなコスプレをしてきたんだろう? もしかして意表を突いての和服かな?
十二単はさすがに無理だろうけど、花魁風の衣装っていう線はあるかも……ウヒョー、楽しみ!!
「ひ、ひらめ殿、どうなされた? 人類を一瞬にして滅亡させ、また蘇らせて殲滅しして喜んでいるような恐ろしい顔をしておるが!?」
板垣てるてるさんが、白粉を塗り直したせいで落武者に首だけすげ替えられたような顔を引き攣らせながら僕に問う。
そうだよね……普段でもブサイクすぎて、笑うとキモくて誤解されやすいのに今はもっとひどいもんね。愛する彼女を想ってのスマイルだったのに、そんなに怖かったのか……。
「まさか世界五分前仮説というやつか!? オムファロスでござるか!? この世界は我らのあずかり知らぬところで、ひらめ殿の意のままに創造と破滅をいたずらに繰り返しておるのか!?」
リップを重ね塗りしている内に輪郭を大幅にオーバーし、食肉植物を超えて口だけモンスターに寄生されてるような状態になった君枝はあトンさんまでもが、何だかよくわからない表現で詰め寄ってくる。
「ヒィィ〜フゥゥ〜! 怖いでござる! てるてる、本当に自分が存在しているのかどうか、わからなくなってしまいそうでござるーー!!」
「つまりひらめ殿は、
出場を終えて待機している他の皆々様は、僕達の方を見ないように顔を背け、一様に俯いていた。
本当にごめんなさい……いくらハロウィンでも、イタくてキモくてブサい三つ巴地獄は恐怖すぎますよね。
いたたまれない気持ちでいっぱいになったところで、ついに僕らの番号が呼ばれた。てるてるさんとはあトンさんも雄叫びを放ったおかげで緊張が発散できたようだし、ある意味ナイスタイミングだったかもしれない。
「いよいよ次はラストで候! お兄様、名前を呼んで差し上げるで候!」
「ええと、御意……てるてる殿、はあトン殿、ひらめ殿の三人で候」
ぼそぼそとした声が、僕らのニックネームを口にする。それを合図にスタッフに促され、僕達三人は数段の階段を駆け登りステージに飛び出した。
「んなっ!? 板垣殿に君枝殿!?」
まず、背の高い司会者が目を見開いて仰け反った。その人も銀髪に和装という、随分とレベルの高いコスプレをしている。うーん、この容貌、どこかで見たような……?
「
すると板垣てるてるさんが、銀髪イケメンコスプレイヤーにビシィッとネイルまで施した指を突き出して告げた。
ああ、そうそう、壇上神之臣だ。輝夜はあとの守護侍とかいうやつで、召喚したら彼女を守るために戦うカッコイイ男の人。
ふわぁ、すごい再現度だなぁ……チラッとアニメを観た程度の僕でもわかったくらいだもん!
「お前ら……それ、輝夜はあとのコスのつもり? クソほどイタキモいんだけど」
心底呆れたように蒼のカラーコンタクトを入れた目を顰めてみせたのは、もう一人の司会役の女の子。
こちらはショートの銀髪に輝夜はあととよく似たミニドレスを着用している。輝夜はあとの親友でライバル、そして壇上神之臣の妹でもある
僕が観たアニメではお兄さんとお揃いのロングヘアだったけど、今はショートヘアバージョンのせいらが流行ってるんだそうな。今夜のイベントでもやたら多く見かけたので、板垣さんと君枝さんに尋ねたところ、ショートヘアのせいらは物語のラスト間際にはあとを守るために戦う時の姿なんだと教わった。彼女のコスプレをする人ばかりなのは、今年になって公開された実写映画版のヒロインが、何故かはあとじゃなくてせいらだったせいもあるらしい。
へー、この二人が、てるてるさんとはあトンさんがサプライズしたいと言っていた親友なのか。
それにしても、こんな美男美女が、こんなイタキモい二人と接点があるようにはとても見えな……。
「板垣ではないっ! その方は、てるてる殿でござる! 拙者ははあトン、そしてこちらはひらめ殿! 今日は我ら輝夜はあと孃の化身は、人気をほしいままにしている貴様らに鉄槌を下しに参ったのでござる!!」
ボヨヨン、とワガママボディを揺らし、君枝はあトンさんが高らかに宣言する。
「笑止! 鉄槌を下されたのは貴殿らの方で候! せいら孃こそが正義、これからはせいら孃がヒロインなので候! 吾輩の愛するせいら孃が世界を支配する様を、指をくわえて見ておるが良いわ!」
ところが――固まっているばかりだった壇上神之臣似のイケメンは、はあトンさんの言葉を聞くや、即座に応戦の構えを見せた。
疑ってごめんなさい…………やっぱりこの人、イタキモコンビの親友だ。
二人と似て非なる口調から察するに、彼は輝夜はあとの親友、鏡水せいら推しらしいけど、イケメンなのにそれを覆い隠すほどヲタヲタしいオーラが全身から溢れ出てるもん。間違いなく、類友ってやつだ。
「イタくてキモくてキショいクソ茶番は、いい加減終わりにしやがってくださーい。それで三人は、何を披露してくれるで候?」
せいらコスの女の子は、不気味なヲタオーラに包まれた三つ巴の戦を一睨みでさっくりあっさり散らすと、僕にマイクを向けてきた。
うん……このハルカより慣れたイタキモ達のあしらい方、彼女もやっぱり長年の友人で間違いないみたいだなぁ。
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