君の仮装に乾杯(五)
晩秋特有の哀愁漂う香りが、鼻孔から腹腔に冷たく染み入る。十月末日の夜気は、ミニスカートから剥き出しになった素肌を容赦なく苛んだ。
せめてタイツを着用したいと訴えたものの、ハルカも
毛は集めてハルカが持って帰ったけど、何に使うつもりなんだろう? ちょっと気になる……でも怖くて聞けない……。
もちろん、板垣さんも君枝さんも丁寧に毛を剃った生足だ。僕と同じで元々毛が薄い君枝さんはともかく、板垣さんの方は剃り落とした跡地の毛穴が目立つとのことで、足にまでファンデーションを塗っている。
この気合の入れっぷりは温泉旅行のためじゃなくて、愛する
その努力は全く報われていない……というか、努力の方向を甚だしく間違ってるというのが何とも悲しい……。
足毛のガードすら失った無防備な足で、僕達は板垣さんの別荘から程近い
交通規制がされている区画は、既に多くの人で賑わっていた。こういった混雑した場所には、人と連動して霊も集まりやすい。普段なら尻込みしてしまうところだけど、今日だけは僕も安心して人混みに身を任せられた。何たって、『霊に嫌われる』心強いボディガードが二人もいるからね。
しかし彼らを避けるのは、霊ばかりではなかった。
「ひいっ! す、すみません!」
狼男の被り物をしたガタイの良い男が、仰け反るように飛び退く。
「あれヤバくない? 人外超えてるよね?」
「うわ……ある意味、完璧なゾンビコスより怖いかも」
パンプキンカラーのロリータドレス姿の女の子達が、遠巻きに怯えた表情で囁き合う。
そりゃそうだよね……一人でも破壊力高いのに、トリオで最低最悪最凶の三コンボ決めてるんだもん。
けれど見た目の酷さの甲斐があって、進むのもやっとといった状態でも皆が道を開けてくれるものだから、会場のある坊礼通りまですんなりと到着できた。
ハルカの予想通り、イベント用ステージは辺りでも有名なデパート前にある広場に設置されていた。ステージ上部のみならずステージ左右にも取り付けられた照明が、白い舞台を眩しいほどに照らしている。舞台の背面部分には、イベント名となる『ハロウィンコスプレフェスティバル』の横断幕が掲げられていた。
そのステージの左手に簡易テントがあり、そこでエントリーするらしい。板垣さんと君枝さんは素早くエントリーシートに記入を終えると、逃げるようにその場を立ち去った。
もう一時間ほどでイベントが始まるんだから、そのまま待機していれば良いのにと思ったのだが。
「実は拙者共の親友達が、このイベントの司会をやるのでござる」
「エントリーすることも内緒にしておったので、いきなり登場して驚かせてやりたいのでござる」
そう言って、二人はそれぞれイタキモく笑ってみせた。
ちなみにエントリーする際には本名の記載が必要になるけれども、呼ばれる時はニックネームになるので『てるてる』『はあトン』『ひらめ』で登録したそうな。
どっちがてるてるか、はあトンなのかは知らないけどさ……ひらめは誰なのか、明らかだよね。いくら何でも直接的すぎない? 可愛い名前を付けたところで似合わないのは理解してるけど、せめてニックネームくらいは人間っぽくしてほしかったよ。
そんなこんなでエントリーも無事完了し、僕達はステージから少し離れた場所で時間を潰した。
一応、ハルカからは『ごめんね、少し遅れそう! でもイベント開始には間に合うように行くから!』というメッセージが届いたけれど、イベント参加者が集合する時刻が来ても彼女は姿を見せなかった。
ギリギリまで待ったけれどハルカは現れず、またどんなコスプレをしてくるのかも教えてくれなかったから探すことも難しい。なので僕達はハルカとの合流を諦め、時間が来ると会場にもう一度向かった。もしかしたら、板垣さんと君枝さんのようにサプライズしようと考えて、先回りしているかもしれないと期待を抱いて。
イベント開始が近付き、広場には人が増え始めていた。参加者の集合場所であるステージ裏に進む途中でも、懸命に視線を巡らせて探してみたけれど、やっぱりハルカは見付からない。
まさか透明人間のコスでしたってオチじゃ……なんてバカなことを考えていた僕だったけれど、しかし一気に思考を急停止させた。
全身が怖気立つほどの嫌な気配を感じたのだ。
色で表すなら、暗黒。いや、黒と見紛うほどの暗く重い赤だ。『それ』は斜め前方にいた。恐る恐る目を向けてみれば、背の高い男……と思われる黒いマントの背中が映る。様々な仮装をした人の中では、何ということはないありがちな格好だ。
けれども、『それ』は間違いなく異質な存在だった。
凄まじい悲鳴が耳を劈く。思わず僕は、前を歩いていた板垣さんの衣装の裾を掴んだ。
「
「人混みに酔ったでござるか?」
後ろにいた君枝さんが、背後から蹌踉めく僕を支える。二人に抱き起こされながら、僕は声も出せない恐怖に震えつつ、何故、と心の中で叫んでいた。
板垣さんと君枝さんは、『オバケに嫌われる体質』だ。この二人が側にいれば、オバケは寄ってこない。なのに、どうしてこんなにも寒気も頭痛も止まらないんだ!?
まさか相手は――この二人の力すら及ばないほどの『強力な悪霊』……!?
すると、板垣さんと君枝さんは何かに気が付いたように首を巡らせた。
「君枝殿……何か、匂わぬか?」
「うむ、匂うでござる。これは……」
不意に、脳内に割れんばかりに響いていた悲鳴が止んだ。同時に、おぞましい気配も消える。
慌てて見渡してみると、マントの男の姿はなくなっていた。
あれは、何だったのだろう?
恐らくあの男本人はオバケではない、と思う。力の弱いオバケは半透明になったり、一部しか見えなかったりする。相手は恐らく強大な力を持っているらしいから、それには当て嵌まらない。けれど生身の人間と変わらないように見えたし、それに周りの人も彼をすり抜けずに避けて歩いていた。
恐ろしいモノに憑かれた人だったのか、それとも――。
「ご、ごめん、二人共。僕は大丈夫。ウィッグの締め付けが強すぎたせいかな、いきなり頭が痛くなっちゃって」
尚もキョロキョロと『異様な気配の原因』を探す二人に、僕は適当な理由を付けて誤魔化した。
もし二人が僕の能力の影響を受けてそれを察知してしまったのだとしたら――相手に『知られる』のはとても危険だ。オバケは、自分の存在に気付いた者に寄ってくる習性がある。寄ってくるだけでなく、時には危害を及ぼすことも。
相手が『オバケに嫌われる体質』の二人を凌駕するほど力の強い悪霊なら、僕なんかの手には負えない。僕はただ見えるだけ。祓うどころか、逃げるだけで精一杯という役立たずなんだから。
けれど、ハルカがいれば。
『高位の守護霊』の加護を受けている彼女の側なら、恐ろしい悪霊だって近付けなくなるはず。
だから彼女が到着するまでは、僕が何としても二人を守らなくちゃ。二人共、僕にとって大切な親友なんだから。
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