君の仮装に乾杯(四)


「きゃあ! リョウくん、かっわいい〜! こんなに可愛い子、男でも女でも見たことないよ! やだもう無理、尊すぎて腰が砕けちゃう! 立ってられない!」



 愛する彼女から盛大な褒め言葉をもらっても、僕にはとても喜ぶことなどできなかった。


 自分がどれだけヤバいことになっているか、よくわかっている。鏡を見た瞬間、こんなにも気持ち悪いモノがこの世にあっていいのかと気が遠くなったよ。


 ほら……板垣いたがきさんや君枝きみえださんまで、こんなことさせるんじゃなかったとでも言いたげに目を逸らして俯いてるじゃないか。



 普段は平たい魚顔のブサメン――それが今、ハルカが駆使したメイクテクで激変した。


 鼻より耳が好きなんだとばかりに離れていた目が、目頭に入れた切開ラインというやつでぐっと鼻に寄っている。平面に穴が空いているだけといった鼻と締まりのない輪郭は、コントゥアリングとかいう陰影をゴリゴリ付けるメイク術で劇的に彫りが生まれた。くちびるも本物の輪郭をオーバーして描き足され、薄桃色のリップグロスとかいう液体の口紅をたっぷり塗ってボリュームアップ。上下の瞼には視界がやっと確保できるかといった具合に付け睫毛をもっさり装備され、頬だけじゃなく鼻筋の上にまでチークというピンクの粉をみっちり塗布された。



 僕の現在の顔面を簡単に説明すると、肉が削げ落ちた頭蓋骨のベースに、歌舞伎役者の隈取りみたいな目と芸人さんが外国人ネタのコントで使うみたいな付け鼻、そして某都市伝説で有名なワタシキレイ? と尋ねてくるお姉さんの口を装着し、顔面の中央を溶岩流が横断している……といった状態である。



 気持ち悪いどころの騒ぎじゃないぞ、これ……めちゃくちゃ怖い。気を抜いた時にうっかり目にしたら、確実に気絶する自信があるよ!



「いけない、もうこんな時間! あたしも準備しなくちゃ」



 魔除けのお守りにでもするつもりなのか、僕のコスプレ姿を写真撮影していたハルカが腕時計を見て声を上げる。



「えっ……ハルカ、準備って何?」



 思わず尋ねると、彼女は恥ずかしそうに頬を染めて答えた。



「えへへ、実はあたしもコスするの。リョウくんほど可愛くはなれないと思うけど、楽しみにしててくれると嬉しいな」



 それを聞いた途端、地の底まで落ちていた僕のテンションは跳ね上がった。


 だって、ハルカのコスプレですよ?


 ただでさえ可愛いのに、キュートなメイドとかセクシーなナースとかミステリアスな魔女とか……期待するなという方が無理だよ!


 お菓子ならいくらでもあげるからイタズラさせてほしいってくらい可愛くなるに決まってる!!



「う、うん……たたた、楽しみにしちぇるんぐぉん!」



 逸る気持ちに舌が追い付かず、恒例のように噛みながら僕は板垣邸から出て行く彼女を見送った。




 ハルカの支度は少し時間がかかるそうなので、僕は待ち時間に板垣さんと君枝さんによって『輝夜てるやはあと講座』を受けさせられた。彼ら曰く『コスプレをやるからにはキュンプリの世界観と輝夜てるやはあとという人物をしっかり知るべき』とのことで。


 小学生から大学に入るまで施設で育ち、そこでも人と距離を置いて引きこもりがちだったせいで、僕は当時放映されていた『キュンプリ』なるアニメをリアルタイムでは観ていない。


 おまけに板垣さん達に押し付けられたDVDもまだ手付かずなら、少し前に公開された実写映画も未視聴だ。素直にそれを打ち明けると、二人はイタキモさに拍車のかかった顔をさらにイタキモく歪めてイタキモく怒った。


 ストーリーを語ると長くなると二人は言い、BGM代わりに壁一面に広がる巨大なプロジェクタースクリーンでアニメを流しつつ、取り敢えずヒロインの輝夜はあとの人物像について教えてくれた。



 二人がアニメに夢中になるあまり脱線しまくりだったけれど、さらっとまとめると、輝夜はあとという娘は明るく元気な中学二年生で、好奇心旺盛な性格から何事にも積極的に挑み、熱血漢なところもあるけれどちょっぴり泣き虫、だけどいざという時には自分を犠牲にしても皆を守る芯の強さがある――という女の子らしい。



 うーん……これを知ることに意味はあったのかな?


 むしろ自分とは正反対すぎて、ますます僕がコスプレすべきキャラじゃないのでは? って思いが強まったんだけど。今現在の外見も含めて。


 僕だけじゃなく、板垣さんと君枝さんのコスプレも相当酷いことになってるし……いくらファンだからといっても、ここまでかけ離れた仕上がりになるのはアリなんだろうか?



 それよりも、ハルカが約束の時間を過ぎても戻って来ないことの方が気になった。何度か連絡をしたものの、応答はなし。


 時刻は既に、午後七時を回っている。コスプレイベントは八時からエントリー開始だというから、そろそろ出なくては遅れてしまう。



 七時半まで待ったけれど、ハルカは音信不通のままで――仕方なく、僕らは先に会場へと向かうことにした。

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