君の仮装に乾杯(三)


 さて、待ちに待った十月末日。ついにハロウィンがやってきた。


 衣装は板垣いたがきさんと君枝きみえださん、そしてハルカが準備してくれることになっている。



 何故ハルカが参加しているのかというと、



『リョウくんの全てはあたしが把握してるから、採寸は不要だよ。リョウくんのことは、あたしに任せて。小物作りも得意だし、全力でお手伝いする! 可愛い可愛いリョウくんを、さらに可愛くして、可愛いの限界突破に挑戦するの。可愛いを突き抜けた先にある未知の可愛いにまで到達すれば、可愛いリョウくんを我が物にしようと狙う奴らも畏れをなして近付かなくなるだろうからねっ!!』



 と申し出て、全面的に協力したらしい。



 らしい、というのは、彼らが僕本人にどんな仮装をするのかを全く知らせなかったからだ。


 ハルカが当日のサプライズにしようと言い出したそうで、何度尋ねても『秘密♡』と可愛い笑顔ではぐらかされた。そのため僕は、ただ完成を待っていただけ。


 だからその分、楽しみが倍増したんだけど……ほら、強い光には濃い影ができるっていうよね? おかげで、期待が強くなるほど不安も倍増してしまって。


 だって僕はこの通り魚顔のブサメンで、おまけにガリガリショボショボの貧弱軟弱ボディ。お世辞でも褒められる部分が皆無な容姿だから、すごく素敵な衣装を用意してくれたとしても着こなせる自信が微塵たりとも湧かないのだ。


 そんなわけで呼び出された板垣さんの別宅に向かう途中も、僕はプレッシャーで押し潰されそうになっていた。おまけにその別宅というのが、僕の実家の何倍もの広さがある豪邸ときた。


 初めてそこに足を踏み入れた僕は板垣さんのお金持ちぶりを目の当たりにし、プレッシャーに緊張まで加わって文字通りガチガチになってしまった。手と足を同時に出すもんだから、全然前に進めない。後ろからハルカが押して介助してくれなかったら、いつまでも玄関で足踏みしていたことだろう。



 豪奢なリビングルームでお茶をいただきながら君枝さんの到着を待ち、全員集合したところで、お待ちかねの衣装のお披露目がされた。


 ジャジャーンという掛け声と共に、ハルカがハンガーラックの布を取り去る。そして、彼女はそこから一着を取り出した。



 それを見るや、僕は呆けたように口を開けて固まった。



 ハルカが笑顔で掲げてみせたのは、和服をモチーフにしたレッドカラーベースのミニドレス。どこかで見た覚えがあるようなデザインだけど、思い出せない。しかし、間違いなく彼女に似合うとだけは断言できる。


 オパーイも素晴らしいが、ハルカは超美脚の持ち主でもあるのだ!


 そっか……僕に内緒にしてたのは、自分の分もこっそり作ってたからだったんだね。何て嬉しいサプライズだ!



「か、可愛いね。こ、こんな素敵な衣装をハルカが着てくれるなんて、すごく楽しみだよ!」



 なので口下手なりに、精一杯気持ちを伝えてみた――――のだが。



「何言ってるの? これはリョウくんが着るんだよ?」



 ハルカが、事も無げに答える。



「……は? あ、ど……」



 どういうこと、と続けるはずの言葉は遮られた。



「おお、さすが結城ゆうき殿! 気付いてくださったか!」


「その通り! これは『はあと嬢』の衣装でござる!」



 着替え用に置いたパーテーションから現れ出た二人の姿を目に映した瞬間、僕は危うく卒倒しかけた。



 二人が揃って、ハルカが手にしているものと同じミニドレスを纏っていたからだ!



 す、すごい……人間って、気持ち悪すぎるものを見ると、悲鳴を上げることも気を失うこともできなくなるんだ。


 初めて知ったよ! でもこんなこと、できたら一生知りたくなかったよ!!



 型紙からしっかり制作したのだろう――お揃いのミニドレスはヒョロ長い板垣さんの体にも、ワガママなまでに太ましい君枝さんの体にも、ドレスはピタッとフィットしている。おかげで、見たくもないボディラインがくっきりだ。


 しかもこの二人、ハート型ツインテールの赤毛ウィッグを被り、顔にはメイクを施して胸まで盛っている。なのに元が悪すぎるせいで女に見えるどころか、オカマの領域にすら至っていない。


 ヅラ選びとフェイスペイントに失敗し、何故か胸部だけが発達した新種の生物が、目の前に並んでいる。簡潔に感想を述べると、そんな感じだった。



 ひどい……これはひどすぎる! 輝夜てるやはあとが可哀想になってきた!!



 ちなみに彼らが扮装している……つもりらしい輝夜はあととは――初回放映は十年以上前になるものの、最近実写映画化されて人気が再燃した魔法少女系アニメ『まじかるサムライっ☆キュンプリうぉーりあ』のヒロインだ。板垣さんと君枝さんは小学校の頃からその二次元彼女のファンで、二人のござる口調も輝夜はあとを真似たものなのである。



「さあ、結城殿も早く装備するでござる!」



 元々顔色が悪いのにさらに白塗りしたせいで、首から顔が浮いて晒し首にされたデュラハンみたいになった板垣さんが迫る。



「メイクもウィッグも忘れるでないぞ!」



 リップグロスでぷるっぷるになった分厚いくちびるを寄せて君枝さんが迫る。ピンポイントで見れば肉感的でセクシー、しかし付け睫毛を盛りすぎて逆に埋もれた目と、ハイライトが強すぎてより主張が強くなった団子っ鼻がセットになると、人食いの化け物にしか見えない。



 ねえ……メイクって、綺麗になるためにするものなんじゃないの?


 ただでさえイタキモいのが、地獄に堕ちてパワーアップしてSSSR化したみたいになってるんですけれど!



 いやあああああああ! こんなのの仲間に入りたくないーー!!



「大丈夫だよ、リョウくん。女装なんて初めてだから不安なんだよね? あたしが着替えさせてあげるし、メイクもしてあげる。だから安心して!」



 唯一の救いである女神、ハルカも今ばかりは無慈悲だった。為す術もなく僕は彼女に引きずられ、パーテーションの奥の地獄製造所へと連れられていった……。

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