君の仮装に乾杯(二)
「おやぁ……向こうに女の子のグループがいるねぇ……? リョウくんの位置からだと、目が合うねぇ……? ふうん……やけに静かだと思ってたら、アイコンタクトで『今夜どう?』『いいね、また後で』なんてやり取りしてたのかぁ……。そっかそっかぁ……よぉぉし、それなら奴らの首でハロウィン用のジャック・オー・ランタンを作ろうかなぁぁ…………」
「ややややめてください! ちちち違いますから! ハルカが可愛すぎて照れちゃっただけですから!」
恐ろしい台詞を吐いて立ち上がりかけた彼女にしがみつき、僕は必死に生首ランタンの製造を止めた。薄いリブ生地のカットソーに包まれた推定Eカップのオパーイにうっかり触っちゃったけれど、今はそれどころじゃない!
ああ、それどころじゃないのはわかってる! でもとっても柔らかかった!
わざわざ作らなくても、ここに見事なカボチャが二つあるじゃなーい!
オパーイ・オー・ランラーン!!
「
「それより、結城殿を介抱してさしあげるべきでござる。芳埜殿にもたれたまま、えもいわれぬ奇怪な表情をして固まっているでござる……」
「えっ……リョウくん、どうしたの!? デメニギス似の可愛い顔が、ハチェットフィッシュみたいになってるよ!? 具合でも悪い!?」
「デメ……? ハチェ……? よ、よくわからないけど、大丈夫だよ。ハルカに誤解されて、凹んだだけだから……」
「そうだったの……そんな超絶変怖な顔になるほど追い詰めちゃってごめんね。でも、リョウくんがよそ見したのもいけないんだよ? これからはずっと、あたしだけ見ててね?」
こくこくと頷きながら、僕はほっと胸を撫で下ろした。良かった、板垣さんと君枝さんのサポートのおかげで天使に戻ってくれたよ。おまけにブサ面のおかげで、エロ顔もバレずに済んだようだ。
彼女が口にした聞き慣れない横文字らしき名称を、この時の僕は個性的な顔をした俳優さんか何かだと思っていた。そして後で調べて、えらくグロテスクな容貌をした深海魚だと知り、深海より深く落ち込んだのだが……それはさておき、こうして僕はハルカとの温泉旅行を叶えるために、板垣さんと君枝さんの三人でコスプレをすることとなった。
こんな可愛い子と温泉旅行に行けるかも、なんて一度想像してしまうと、妄想が止まらない。浴衣姿やら風呂上がりの上気した肌やら、いい雰囲気になってその夜は流れのままついに……やら。
ああ、どうせ僕はムッツリドスケベだよ! 口では『結婚するまでえっちなことはいけません』なんて言って、お固い風を装いつつオパーイ盗み見してるのも、ハルカにはとっくにバレてるよ!
なので僕は、さっき触れたオパーイの感触ごとイケナイ想像を洗い流そうと、席を立ってトイレに向かった。これ以上いやらしい目で見ていたら、ハルカが汚れてしまうと思ったので。
すると途中で、楽しそうに踊るニワトリさん達を追いかけ回す猫と犬の姿が目に入った。
「……あんまり、トリさんをいじめちゃダメだよ。可哀想だよ」
足元に駆けてきたデブデブな白い猫に、僕はそっと声をかけた。
「ギニョー、いじめてるとは失礼ねぇ〜。こんな狭い店の中にいちゃ運動不足になるだろうから、このエリザベス様がダイエットさせてやってんのよぉ〜」
エリザベス、通称エリーという名前負けにも程があるデブ猫は、そう言ってフフンと長い髭とワガママボディを揺らしてみせた。
「ドゥボン! 結城殿、邪魔よん! オラァ焼鳥ぃ〜、待てぇ焼鳥ぃ〜、逃げるなぁ焼鳥ぃ〜!」
と、ここへ、パグとのミックスと黒い仔犬が飛び込んできた。
「ちょっとぉ〜、アンジェリーナ! 危ないじゃないのよぉ〜!」
「うるさいわねん! ぼさっと突っ立ってるエリザベスが悪いのよん! 今日こそ焼鳥を食べるのよん!」
「ずるいわよぉ、アンジー! アタシだって、負けないんだからぁ〜!」
アンジェリーナ、通称アンジーなるこれまた名前負けも甚だしいブサ犬を追って、エリザベスも走り去ってしまった。
やれやれ、と僕は溜息を吐いた。視線の先では、懸命に食らいつこうとする二匹をニワトリ達が嘲笑うように煽ってはすり抜けていく。ダイエットさせられてるのは、彼ら……いや、彼女達の方らしい。デブ猫もブサ犬も去勢済のオスで、心はレディだそうなので。
焼鳥屋の店内に、客よりも多くのニワトリがいるなんて普通はありえない。猫やら犬やらが喋るなんて、尚更ありえない。
それもそのはず、彼らは『生きたモノ』ではないから。
太っちょな白猫のエリザベスは板垣さんの、ブサカワな黒い犬アンジェリーナは君枝さんの守護霊。そしてニワトリさん達は文字通り、この店を命を賭けて繁盛させている心優しい動物霊だ。
そう――僕、結城リョウには、『普通の人には見えないモノ』が見える。
しかも僕の『見える』能力は、他の人にも影響を与えることがある。だから僕に不用意に近付けば、怖い思いをしたり嫌な目に遭ったりする危険があるのだけれど――――それを知りながら、ハルカはずっと側にいてくれた。
いくら本人が了承しているとはいえ、僕だって愛する彼女を危険に晒したくない。だがハルカにはそこらの霊など高位の守護霊が憑いているから、その点は安心なのだ。
ちなみに、板垣さんと君枝さんはエリーやアンジーといった素敵な守護霊に恵まれているだけでなく、『オバケに嫌われる』という特殊な能力を持つ。本人達は全く自覚していないけれど、僕はその力にすごく助けられている。
二人と一緒にいれば、変なオバケに狙われることはない。それ以上に、この能力を持ってから初めて友達になってくれたことに何よりも感謝している。見た目や喋り方はとんでもなくおかしいけれど、二人共すごく頭が良いし優しいし、心から尊敬できる先輩なんだ。
だから今回のハロウィンも、実は誘ってもらえてすごく嬉しかった。人混みに行くと大体ひどい目に遭うせいで、大きなイベントにはほとんど行ったことなかったから。もちろん、コスプレも初挑戦だ。
願わくば、皆の力で優勝したい。
そして、ハルカと初めてのお泊まり旅行をゲットするのだ!
期待に胸を膨らませ、僕はその日を楽しみに待った――――また、ろくでもないことが起きるとも知らずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます