十月の怪

君の仮装に乾杯(一)


「こすぷれ……?」



 突然切り出された言葉に、僕は大好物のぼんじりの串を摘もうとした姿勢のまま、鸚鵡返しで問い返した。


 ここは、僕のアルバイト先であるレストランの近くにある焼鳥屋さん。バイトを終えた後、今目の前に座っている二人の先輩達とよく訪れる、行きつけのお店だ。



 コスプレって、アニメとか漫画とかのキャラの衣装を着て成り切るアレ……だよね?



 流行に疎い僕からすると、可愛い女の子がやるイメージなんだけど――しかしその単語を口にした二人は、可愛いから最も遠い領域にいるような人達だった。


 もちろん、僕も可愛くない。カッコ良くもない。はっきり言ってブサい。


 そんな僕を含め、ここにいる野郎三人は揃って顔面偏差値最底辺なのである。



「左様でござる! 今月末はハロウィンでござろう? なので拙者共とコスプレをしてみないかとお誘いしたのでござるよ」



 そう言ってやたら艶の良いオカッパ頭を揺らし、眼鏡をクイッと上げてみせたのは、先輩バイトのイタイさん……ではなく、板垣いたがきエイジさん。



「今年は拙者共の友が、コスプレイベントを開催するのでござる! 優勝者には豪華賞品が与えられるのでござる!」



 坊っちゃんカットの方も、太ましボディをたわわに揺らして鼻息荒く詰め寄ってくる。こちらも同じく先輩バイトの、キモイさん……ではなく、君枝きみえだスグルさん。



 ござる口調がイタキモい二人だが、僕が必死に勉強してやっと入学できた大学以上にランクの高い学校の院生だ。しかもどちらもお金持ちのお坊ちゃまなのに夢のためにアルバイトをして頑張るという、心優しくて頼りになる先輩コンビである。



「リョウくんのコスプレ姿、あたしも見たい! ね、それってどこでやるの!?」



 すると僕の隣から、美しい鈴の音を思わせる澄んだ高い声が上がった。


 三人のマイナス分を補って余りあるこの超絶美少女は、芳埜よしのハルカ。


 僕のアルバイトの同僚であり同じ大学に通う同級生……というだけではなく、高校生の時からお付き合いしている正真正銘の彼女だ。



結城ゆうき殿と芳埜殿が通う大学近くにある、守野まもの区商店街でござる。ハロウィンブームに乗って、今年からあの辺り一帯を開放するそうでござる」


「コスプレイベントは商店街に野外ステージ設けて、そこでコンテスト形式で開催するそうでござる」



 二人の説明を聞くと、ハルカはオレンジジュースをストローから一口吸い上げ、楽しそうに笑った。



「だとしたら、坊礼ぼうれい通りのデパート前広場かな? 守野まもの区ってちょっとお上品でお堅いイメージあるから、これをきっかけに若者を呼び込もうって目論見もあるのかもしれないねぇ」



 今年の四月からこの辺りで一人暮らしを始めた僕にはピンと来なかったが、近くの実家から同じ大学に通うハルカには場所に心当たりがあるらしい。



「それで、その豪華優勝賞品って何なの?」



 僕のぼんじりを横取りしようとした君枝さんの手を躊躇いなく串で刺し、ついでに僕が二番目に好きなせせりを狙っていた板垣さんを睨んで牽制しながら、ハルカは二人に尋ねた。



「聞いておったまげるが良い!」


「何と、温泉旅行ペアチケット二組分なのでござる!」



 返された答えに、僕はハルカにあーんを促された状態のまま、口を開けて固まった。



 温泉旅行、しかもペアチケット。おまけに二組分ってことは……二人✕二組で、つまりのつまり!?



「ぼにゃごむげべっ!」



 僕にももらえるのでござるでありますか!? と尋ねようとした言葉は、しかし一気に三本も口に突っ込まれたぼんじりと共に喉奥へと押し込まれた。



「賞品はリョウくんにもちゃんと分けてくれるの? 独り占めする気じゃないよね? そんなことしたら……どうなるかわかってるよねぇぇぇ……?」



 代わりにハルカが、二人に対して凄みをきかせながら問う。けれど彼女のガン付けにはもう慣れてしまったらしく、板垣さんも君枝さんも動じることなく頷いた。



「もちろんでござる」


「賞品を獲得したあかつきには我々が一枚、もう一枚は結城殿と芳埜殿に進呈するでござる」



 マ……マジですか……?


 優勝したら、ハルカと温泉旅行に行けるというのかーー!?



「そういうことなら、あたしも協力するっ!」



 大きな瞳を爛々と輝かせ、ハルカが力強く宣言する。それから彼女は僕の方を向き、にっこりと笑った。



「リョウくんとハロウィンイベントなんて、初めてだね。頑張って温泉旅行、一緒に行こうね!」



 その笑顔の眩しさに目を潰されないよう、半目になりながら僕は頷いた。


 よ、良かった……。勝手に期待しちゃったけど『お前みたいなキモい奴と行かねーよ』って拒否られるんじゃないかと密かに心配してたんだ。というか、僕相手ならそれが普通の反応だし。


 アイドルを超えて天使の域に達していると言っても差し支えのないこの美少女は、顔だけでなくスタイルも抜群で頭も良い。まさに生まれながらのヒロインといった彼女であるが、非の打ち所がないように見えて、唯一大きな欠点がある。



 それが、彼氏であるこの僕。


 勉強もスポーツも人並み以下、風が吹けば倒れそうなほど貧弱軟弱で、コミュ障でぼっちが当たり前。そして魚顔のブサイクとダメ男の見本市みたいな彼氏が『誰より何より可愛くて仕方ない』というのだ。



 それだけなら趣味が悪いで済むんだけど、ハルカの僕への愛はちょっと度を超えていて――。




「リョウくぅん……? 今、あたしから目を逸らしたよねぇ……? 何かやましいことがあるのかなぁ……?」



 ハルカの可愛さに耐え切れず俯いた僕の隣から、低い声が落ちる。



 恐る恐る顔を上げると――隣りにいたはずの天使は、全身から怖気立つほど冷たく暗い闇のオーラを発する魔物へと変貌していた。




 愛憎は表裏一体。


 これが深すぎる愛を拗らせてひっくり返った彼女の本体、闇ハルカである!

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