走れ、軟弱者!(結)
やけに遅いと思っていたら、ハルカは両親と一緒になって例の応援団を再結成していた。
「つっるっのーー! つっるっのーー!」
「イケイケ、ツルツル!」
「テカテカ、ゴーゴー!」
「翼折れども、心は折れぬ! 走れ飛べ、羽ばたけ! 立ち勝つ男! タツオゥッ、ツルノォゥッ!」
「タツタツタツオ!」
「ツルツルツルノ!」
それを掻き消すほどの
少年達との別れの感傷に浸っていた僕は、ここでやっと我に返りトラックを見た。
半周を回ったかというところで、鶴野さんが倒れている。いや、よく見ると這いずりながら前に進もうとしている。
対する
「鶴野さん、負けないで!」
「鶴野さん、最後まで走り抜いて!」
「鶴野さん、もう十分頑張りましたよ!」
「鶴野さん、お体のことを考えてください!」
何としても走りたいという鶴野さんの思いを知るチームメイト達は必死にエールを送っていたけれど、大会運営の人達はこれ以上走らせては危ないと判断して懸命に棄権を迫っていた。
そんなカオスの中――――いよいよゴール、というところで亀山さんが足を止めた。そしてそのまま、トラックを引き返していく。
僕を含めた全員が、それを見て声を上げるのをやめた。
「タッちゃん!」
運動会らしい明るいBGMに、亀山さんの呼び声が重なる。
「タッちゃん、一緒に走ろう!」
僕の位置からでは、鶴野さんに手を差し伸べた亀山さんがどんな表情をしているのかは見えない。
けれど優しく華やいだ声音と同じく、きっと女の子みたいにあどけなく微笑んでいたに違いない。
その証拠に――彼女を見上げる鶴野さんは、離れていてもわかるほど真っ赤になっていた。恋する女の子に声をかけられた少年のように。
「あ、ありがとう、トヨちゃん!」
二人は頷き合い、亀山さんが肩を貸す形でゆっくりとトラックを歩き始めた。
「鶴野さん、頑張って!」
「亀山さんも、頑張って!」
再び場内は、大きな歓声に包まれた。
皆が二人を応援している。チームも勝ち負けも関係ない。ここにいる全員が、ひたむきに頑張る二人の姿に心から感動する同士だった。
グラウンドに集う者達の思いが一体となり、手を取り合い心を繋ぎ合って応援を送る中――――ついに二人は、ゴールテープを切った。
すぐに救護班が駆け付け、持ってきた担架に鶴野さんを乗せる。
「か、亀山……後でお前に話があるんだ。よ、良かったら時間を取って、ちと聞いてもらえんかな?」
傍らで付き添っていた亀山さんに、鶴野さんは再び頭まで赤くなりながら恥ずかしそうに言った。
「べ、別に構わんぞ。あ、足の具合が問題なさそうなら、オラの家に来て、ゆっくり話せばいい」
彼の様子から何か察したのか、同じくらい真っ赤になった顔で亀山さんが答える。
「お、おう。じゃあ病院で診てもらった後に、お前の家に行くぞ。ああ、ホームに連絡して、今日は亀山の家に泊まると伝えておかねばな」
「とっ……泊ま!? 待てぇい! ちょっと話すだけが何故泊まることになっとるんじゃ!」
「な、何を照れとるんだ!? ワシは久々に外でゆっくりしたいだけで……バ、ババアになんざ手出しせんわ!」
「て、照れてなんぞおらんわ! そう言うお前だってジジイじゃろうが!」
その様子を眺めていた皆は、揃って必死に笑いを堪えていた。
意識し合っているくせに素直になれない男の子と女の子を見てるみたいで、くすぐったい気持ちになったのは、僕だけじゃないはずだ。
付き合い始めて間もない頃を思い出したのか、ハルカが頬をほんのり赤らめながら恐る恐るといった感じで手を握ってくる。僕も、ドキドキしながらその手を握り返した。
僕達と同じく、
こうして本日の運動会は、開催されて初の赤組白組同点優勝に終わった。
優勝旗は両チームの代表二人で受け取ることになったのだが、白組は鶴野さんが病院に行くため離脱、林田さんも魂が離脱していたので――何故かチームメイトに任命された僕が亀山さんと共に前に出て、僭越ながら鶴野さんに代わり、大役を務めさせていただいた。
その後、鶴野さんと亀山さんは一緒に暮らし始めたそうだ。
実は亀山さんにとっても鶴野さんが初恋の人だったらしく、彼女もまた、毎年この運動会を――というより、鶴野さんに会える時を心待ちにしていたんだって。
ささやかながら結婚式をするということで、僕とハルカもお呼ばれしたのだ。
彼に押し付けられたあの運動会のプログラムが、まさか結婚式の招待状に変わるなんて夢にも思わなかった。
「あーあ、お年寄りだって幸せな恋を満喫してるのに、何で俺には春が来ないのかなぁ……」
例のJの字前髪をいじりながら、中森くんがぼやく。
親を含め、町内の人達ほぼ全員に出会うそばからお礼をしろお礼をしろと執拗に言われたそうで、現在、仕方なく僕とハルカにご飯を奢っている最中だ。
ちなみに場所は、僕とハルカがバイトしてる『レストラン・カレル』。
僕が指定したんじゃないよ?
中森くんが『ここに来たらどんな男でも可愛い彼女ができるって聞いたんだ!』と言って、連れてきたのだ。
その噂、はっきり言ってガセなのになぁ……でも可哀想だから黙っておこう。
その中森くんだけど、運動会をサボって彼女の家に行ったものの、お父さんがとっても怖い人だったんだって。
娘を誑かしたのはお前か、責任取れ、慰謝料払え、飛んでみろよ小銭くらいあるんだろ、所持品も金になりそうなものは残らず出せと迫られ、慌てて逃げたそうな。
それ以来、彼女とは連絡が繋がらなくなったという。
中森くんは『男女交際に厳しいお父さんに反対されて泣く泣く別れたんだ』なんてしょげてたけど……それ、間違いなく美人局ってやつだと思うんだよね。
だって彼女の家、話だけ聞いてるとマンションというより雑居ビル、リビングというより事務所みたいなとこだったようだし。
「中森くんにもきっと良い人が現れるよ。だから、元気出して」
僕の隣でマロンパフェをつついていたハルカが微笑む。
すると中森くんはたちまち頬を頬を染め……たかと思ったら、急にシャキッと真顔になって、ハルカを真っ直ぐに見つめた。
「芳埜さん、ありがとう。良い人は、案外近くにいるかもしれないね。そうだ、今度俺と映画観に行かない? 二人分のチケットがあるんだ」
そして、イケメン風スマイルとイケメン風ボイスで彼女に迫る。
ちょっとー! 隣に彼氏がいるんですけどー!? 僕のことは無視ですかーー!?
百面相するだけでやっぱり何も言えない僕を横目にチラリと見ると、ハルカはくくっと喉を低く鳴らした。
「そうだねぇ……実写ならいいかなぁ……? お前が生きながら八つ裂きにされる、リアルスプラッタホラーなら付き合ってやってもいいぞぉぉぉ……?」
「ひい!? すみませんすみませんすみません! チケットは差し上げますので、結城と二人で行ってくださいっ!!」
闇ハルカに睨まれた中森くんは、慌てて財布からチケットを取り出してハルカに渡した。
きっと運動会の件で揉めた時、彼女に相当怖い思いをさせられたんだろう。
なのにそれも忘れて口説こうとするなんて、懲りない奴だなぁ……。
でも案外そこが、彼の良いところなのかもしれない。
とっとと帰りたかったに違いないけど、ハルカがまだパフェを食べ終わっていないため、半泣きで待機する中森くんを眺めながら――僕は溜息をついた。
彼の両隣には、相変わらずグヘヘおじさんとホヨヨおじさんがくっついている。
中森くんが幸せを掴むのは、まだ先になりそうです。
【走れ、軟弱者!】了
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