走れ、軟弱者!(十一)
「うおおおおお!」
こちらが向かっていくと、雄叫びを上げるマサキくんを乗せた騎馬隊も近付いてきた。どちらも速度を殺す気配はない。
ちょちょちょ、このままじゃぶつかるって!
「リョウくん、右手を横水平に上げて!」
ハルカの鋭い指令が飛ぶ。
「騎馬、左へ!」
続く命令を受け、後ろ二人が機敏に動く。おかげで寸前のところで、衝突は回避できた。
「後部騎馬、膝四十五度前屈! リョウくん、届いた!?」
ハルカに言われて、はっとした。僕の手に、マサキくんの右腕に結んだハチマキが触れている。
迷わず僕はそれを掴んだ。
それを確認すると、ハルカは騎馬の二人に命じた。
「このまま敵後方に向けて走れ!」
「ああっ!」
悲鳴を上げたのは、マサキくんだ。僕が掴んだハチマキが解け、奪われてしまったからである。
「旋回して次は左行くよ!」
「
ミキちゃんとトモカちゃんが雄々しく答える。
え、何これ……僕以外全員、武将でも乗り移ったのかな? 僕はクレーンゲームのアームになったみたいな気分だけど。
機動力の高い騎馬と闘将ハルカによる操作で、僕はマサキくんの左腕に巻かれていたハチマキもゲットした。
しかし、まだこれで終わりではない。
「クソーー! 変態ウンコマンのくせにぃぃぃぃ!」
素早く回転して改めて前に回ると、怒りで顔を真っ赤にしたマサキくんが僕に向けて口汚い罵声を浴びせた。でもまだ声変わりしてないから、ちょっと可愛く聞こえるなぁ。
「ハルカさん、トドメを刺しましょう! あのクソガキに鉄槌を!」
ミキちゃんの声に、ハルカは頷いた。
「うん、いくよ! 騎馬、全速力で正面より突入! リョウくんは前にならえのポーズ!」
これはもしや……。
先頭の騎馬同士が、思い切りぶつかり合う。凄まじい振動に、僕もマサキくんも大きく揺れた。
マサキくんの先頭騎馬は、三十代の男性。
しかし、それが崩れた。ハルカの頭部が鳩尾に入ったせいだ。
「リョウくん、今だよっ!」
騎馬と共にぐらりと前傾したマサキくんの頭が、前にならえのポーズの隙間に入り込む。僕は両側から挟むようにして、衝突の衝撃に狼狽えるばかりのマサキくんから帽子を抜き取った。
「取った、帽子取ったよ!」
「ぃ
僕の声に真っ先に反応したのは、やはりミキちゃんだった。
「ざまあねえな、マサキ! 騎馬戦負けたら何でも言うこと聞くんだったよねえ? これから散々こき使ってやるから楽しみにしとけよ、バーカバーカ!」
わあ、そんな約束してたんですね……。
一人っ子だった僕にはわからないけど、兄弟や姉妹にはいろいろといざこざがあるらしい。
次なる戦地に向けて発つ騎馬の上から振り向き、悔しそうに泣くマサキくんと対照的にニコニコ笑顔のミキちゃんを眺めると、僕は溜息をついた。
呆れたんじゃない。
騎馬戦みたいに、本音でぶつかり合える家族がいることが羨ましいと改めて思ったのだ。
さてお次は、
どうやらハルカの見立て通り、並木隊は騎馬の脚力に全振りしたようだ。おかげで騎手が重いため機動力に欠ける林田さんの騎馬隊は、苦戦していた。
ちなみに
「よし、林田さんを援護するよ! 敵の退路を塞ぐ! リョウくんはいつもやってる死にかけたキモタコダンスでお願い!」
ええ……アレ、そんなにしょっちゅうやってた?
そんなふうに言われたら、ちょっと恥ずかしいよぅ……。
「ちゃんとやって! アレが一番防御に良いんだからね! 殺られたらどうするの!」
「は、はいっ!」
僕のやる気ない動きを見て、ハルカが厳しく叱責する。確かにここで点数を取られたら、林田さんに遅れを取ってしまう。あの約束になってない約束を、強引に迫られてしまう。
なので僕は、踊った。
関節ドコー? というくらい腕をヘニャつかせ、首を伸縮させ、上半身を揺らめかせ、頭足鋼鞘形亜綱八腕形上目タコ目の海洋棲軟体動物になりきって、それはもう懸命に踊った。
「うわ、キモッ!」
「逃げろ逃げ……ぎゃあ、回り込まれた!」
「スキュラ? クラーケン? いや、半魚人タコもどきだっ!」
並木さんを乗せた騎馬の足並みが、大きく乱れる。僕も少しはチームに貢献できたみたいで何よりだ。
ちょっと大切なものを失った気もするけどね……。
「獲ったぁぁぁっ!」
既に二つのハチマキを奪っていた林田さんはこの隙を見逃さず、高い身長と長いリーチを活かして並木さんの頭から帽子を奪い取った。
見たところ、林田さんも僕と同じで無傷のまま敵を倒したようだ。となると、引き分けってことになるのかな?
まさか鶴野さんを援護して、亀山さんを三騎で叩くなんて非情なことできないし……。
「隙ありっ!」
と、いきなり、林田さんの太い腕が伸びてきて僕の頭から帽子を毟り取った。
「えっ、何するんですか!」
驚いて声を上げた僕に、林田さんは不敵に笑ってみせた。
「この騎馬戦には、『味方から奪ってはいけない』なんてルールはないんですよ〜? フフフ、これでハルカさんはいただきですっ!」
「何? どういうこと?」
ハルカが僕の足元から戸惑いに満ちた声を上げる。
「
は? 譲るって何!?
何でそんな話になってんの!?
デートだって了承してないのに、勝手なことばっかり言って……この人が婚活失敗するのは、間違いなくこういうところだ。
こんな風に人の気持ちを無視して、自己中な考えする奴のところに、誰が嫁に行きたいもんか!
「そんな約束してません! いい加減にしてください! 譲るも何も、ハルカはモノじゃありませんっ!」
我慢の限界を超え、ついに僕は怒りを爆発させた。しかし、ヒョロガリが裏返った声で怒鳴ったって、迫力なんかさらさらない。
「またまたぁ、俺の方が彼女を幸せにできるって本当はわかってるんでしょ〜? 素直に認めたらどうです、かっ!」
ヘラヘラ笑っていた林田さんが急に真顔になる。危ない、と思った時には既に、右腕のハチマキが奪われていた。
「ほら、こーんなヘナチョコなんですよ。ね、ハルカさん、結城くんなんかより俺の方がいいですよねっ?」
「…………なぁぁぁにぃぃぃ、それぇぇぇ……?」
低く唸るような声が、湧き上がる。足先から冷気を受けて、僕の全身に痛いほどの鳥肌が立った。
「ハヨシネ、否、林田だったかぁぁぁ……? てんめえぇぇぇ、随分と好き勝手言ってくれるじゃないのぉぉぉぉ…………」
ギラリ、と陽光以上に鋭く、陽光の温もりすら及ばぬほど冷たい殺気に満ちた目が、林田さんに向けられる。
「え、あれ……ええ!? な、何すか、これえっ!」
林田さんが、騎馬から落ちんばかりに飛び上がった。
彼が激しく混乱するのも無理はない――――右にゴリラ、左にゴリラ。黄土色のグラウンドをゴリラ、ゴリラ、ゴリラ、ゴリラが黒く染めている。
僕も小さく息を飲んだ。
いつのまにか百を超えるゴリラ達が、僕達と同じように三騎馬一騎手の騎馬隊を組んで林田さんを包囲していたのだから。
どうやら騎馬の三人には見えないようで、突然慌て始めた林田さんに怪訝な表情を向けている。
それもそのはず。だって彼らは動物園から逃げ出してきたリアルゴリラではなく、オバケゴリラなのだ。
普段は『退け、さすれば許す』といった意味を持つ慈悲のドラミングと共に現れるのだが…………今回はその必要がなかったらしい。
理由は、全員が林田さん一点に注いでいる憎悪に満ちた目付き見れば一目瞭然。
つまり『退いても許さぬ』ってことだ。たまにあるんだよね、こういうパターンも。
このオバケゴリラの大群は、愛する『彼女』に仇なす者に対しては問答無用で潰しにかかる。
何故なら、彼らは――。
「てめえ如きがあたしを幸せにするだぁぁぁ……? 大木にススキ乗せたみてえなクソダセェ頭ん中にゃ、クソしか詰まってねえみてえだなぁぁぁ……。身の程知らずにも可愛い可愛いリョウくんに勝負を挑みやがったようだがなぁぁぁ……その行為はあたしに喧嘩売ったも同じだからなぁぁぁ……? ハヨシネさんよぉぉぉ、そんなに死にてえなら望み通りぃぃぃ、二度と這い上がれねえ地獄の奥底に叩き落としてやるよぉぉぉぉぉ…………!」
ゴリラ騎馬隊の登場に激しく狼狽えていた林田さんが、早くもコキュートスに突き落とされたかのように凍りついて固まる。
可愛らしい外見から勝手に勘違いしていたようだが、残念ながら彼女は天使などではない。
悪魔というのは、ホラー映画などでよく描かれる恐ろしい姿ではなく、心を虜にする美しさで擬態して現れるものなのだ。
これぞ、
闇ハルカを超えし存在、怒りで進化を果たした真・闇ハルカのお出ましである!
おまけに。
「最低……林田さん、ホンットーにサイッテーですねぇぇぇ……。マサキから聞きましたよぉぉぉ……? あんた、私のお母さんにもこっそりセクハラしてたってぇぇぇ……」
「私のお姉ちゃんにもぉぉぉ……しつこく言い寄ってましたよねぇぇぇ……? お姉ちゃん、すごく嫌がってたのに……どれだけ迷惑してたと思ってるんですかぁぁぁ……!」
ハルカの闇の力が伝播したようで――――何と、ミキちゃんとトモカちゃんまで闇化していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます