走れ、軟弱者!(八)
午後の最初の競技は、玉入れ。これは全員参加となるので、ハルカと初めて一つの種目に挑戦することになる。
「リョウくんと一緒にスポーツすることなんてなかったから、何だか新鮮でワクワクしちゃうな。めいっぱい楽しもうね!」
整列していると、隣から僕を見上げてハルカが笑った。
何この天使……ここは天国なの? 僕、麗しき大天使様の御元に召されちゃったの?
しかし開始を知らせる鋭い笛の音が響くや、天国は戦場へと変わった。
「オラァァーー! いっくぞーー!!」
「ウルァァーー! 皆の者、やれーー!!」
ちなみにこの玉入れだけど、三メートルほどの高さのカゴを中心に半径五メートルくらいの円が描かれており、内部に白組は白、赤組は赤と色分けされた百個のお手玉が設置されている。それを制限時間内にたくさん入れた方が勝ちというルールだ。
落ちた玉は何度拾って投げても可、しかしサークルから外に出た玉は使えなくなる。もちろん、選手も枠をはみ出したら退場だ。
ノーコンで名高い僕だけど、力がないからアウトになることだけはなさそう。既にスイスイ投入してるハルカと違って、僕の方はといえば玉を持ったまま、いまだに狙いが定められずにまごまごしてるって状態だし。
「いてっ!」
思わず悲鳴を上げたのは、背後から勢い良く飛んできた玉が頭にぶつかったせいだ。
偶々かと思ったけど、続いて二発、三発と当てられる。もしかして、わざと……?
振り向くと、気まずそうに視線を逸らす副団長の
林田さんが、故意に僕を攻撃した……ってこと?
何の活躍もできてない僕を見て、苛立ったから?
でもそれならはっきりと叱咤してくれればいいし、目を逸らして誤魔化す必要はないはずで。
「リョウくん、どうしたの? ちゃんと投げないと怒られ……」
「ゴルリャァァ、半魚人! ボサッとしとらんと手を動かせい!!」
「はっ、はいぃ!」
ハルカの注意は間に合わず、前方にいた鶴野さんに怒声を浴びせられる。ひええ、後頭部に目でも付いてるのかよぅ……綱引きの時は目だけじゃなくて鼻も口も生えてたけど。
僕は慌てて手に持っていた玉を放った。
が、焦ったせいで、玉はヘロヘロと鶴野さんの後頭部に向かって飛んでいってしまった。
や、やばい!
あれが当たったら、怒られたことへの仕返しだと思われるんじゃ……? 何て陰険な奴だと軽蔑されてしまうんじゃ……!?
んもう! ノーコンのくせに、何でいつも一番行っちゃダメなところへピンポイントでゴーアタックしちゃうんだ!?
ほんの僅かな時間だったけれど、それこそ祈るような思いで僕は玉の行方を見守った。
へニョへニョへニョへニョ……。
ああ、ダメだ。当たる、当たっちゃう!
ところが――鶴野さんの後頭部に触れる直前のところで、玉が軌道を変えた。力を失って落ちるのではなく、重力を無視してガクンと真上に。
「え?」
直線で上昇した玉は、鋭い角度を描いてカゴにスポリと収まった。まるで、誰かがダンクシュートしたように。
「わ、リョウくんの玉が入ったよ! やったね!」
ハルカが笑顔で片手ハイタッチしてくる。
それに応えてから、僕は続いてもう一つの玉を投げてみた。
すると今度もヘニョヘニョからのフワンと上昇、そしてスポーンとゴールが決まってしまった。
何これ……自分で言うのも何だけど、ものすごく気持ち悪い動きだよ!
不気味さを堪えつつ、とにかく拾って投げるを繰り返したけれど、そこからは全部カゴに命中した。ヘニョフワスポーンの三拍子で。
その甲斐あってか、玉入れは白組の勝利となった。
「リョウくん、カッコ良かったね! 玉入れの神様に愛されてるみたいだったよ〜!」
競技が終わると、ハルカが感嘆の言葉と共にキラキラの眼差しを向けてきた。
うーん、むしろ重力の神に嫌われたみたいな感じじゃなかった? 僕が大地に足つけてることすら嫌がられてそうなんだけど。
「あの変な玉投げてたの、半魚人さんだったんだ」
「うわぁ……見た目通りすぎて、いろいろヤバくない?」
すると少し離れた場所から、同じ赤組メンバーの中学生女子コンビが引き攣りながら話しているのが聞こえた。
僕の名前は、半魚人じゃありません! 種族はこれでも一応人間です!!
そんな彼女達の元に、僕より耳聡く声を聞きつけたハルカが突風のような勢い駆け寄った。
「ミキちゃん、トモカちゃん! リョウくん、カッコ良かったでしょ? 見惚れちゃったでしょ? カッコ良すぎて目が離せなくなっちゃったでしょ?」
「はあ、まあ。目が離せないというか、目が離れてるというか。怖いもの見たさで、つい見て後悔してしまうというか」
「まんま魚な顔と同じでキモ……いえ、死にかけてるのに必死に逃げようとする魚みたいな感じでキモ……いえ、すごかったです」
というか、半魚人呼ばわりについてはハルカも訂正してくれないんだね……。
「でしょでしょ? でもいくらカッコ良いからって、あたしのリョウくんを好きになっちゃやだよ? 先に言った通り、リョウくんに色目使ったり横取りしようとしたら中学生だって許さないんだからね?」
困り顔の二人に向けて、ハルカが『WE♡RYO』の文字に彩られた豊かな胸をぐっと張って威圧した。
どうやら前もって、彼女達に牽制していたらしい。
彼女達だけじゃなくて、他の女性メンバー全員に言ってそうだなぁ……そんな心配いらないのに。
「大丈夫です。この人だけは絶対に好きになりません」
僕の思いを証明するように、二人は声を揃えてきっぱり言い切った。
そうだ。この子達なら、地元の子のことも多少は知ってるはず。
「あ、あの、ちょっと聞きたいんだけど……」
「ひい!? 魚が喋った!」
僕が話しかけると、二人は抱き合って飛び上がった。
僕は魚顔であって、魚じゃないんだよ……お願いだから、そこだけはわかって。
「どうしたの、リョウくん? まさかぁ……ピッチピッチの女子中学生のぉ……若さ弾ける肉体にぃ……心奪われた、とかぁ……?」
と、ここで背筋を震わせる不穏な声と共に――闇ハルカが姿を現した。
そういう言い方したら、僕が常にえっちな目で女の子を見てるみたいじゃないか!
可哀想に……二人共、魚に狙われたと思って怯えてるし!!
「ちちち違うって! じ、実は、僕を励ましてくれた男の子がいて……その子のことが知りたくて」
ハルカを含め、僕はショートヘアのミキちゃんとおさげのトモカちゃんに事情を説明した。
「そんなこと言いそうな男の子、参加メンバーにいる?」
トモカちゃんが首を傾げて、隣のミキちゃんを見る。
「赤組には私の弟がいるけど、あいつらじゃないと思う。類友ってやつで、三人揃ってクソガキだもん。多分、運動会に参加してる子じゃなくて、応援に来た誰かじゃないかな?」
お姉さんであるミキちゃんが断言するのなら、やっぱり僕に声をかけてくれたのは赤組の子じゃなさそうだ。
しかし応援に来てる人となると、探すのはますます難しそうだなぁ。
ショボンと落とした僕の肩を、ハルカが優しく叩いた。
「落ち込まなくても大丈夫だよ。その子、リョウくんを応援してくれるって言ったんでしょ? ならきっとエールを送ってくれると思うから、すぐに見付けられるよ。それにリョウくんが競技に夢中になってて気付かなかったとしても、リョウくんには心強い応援団もいるし?」
いたずらっぽい彼女の微笑みに、僕はあの熱烈な応援演舞を思い出して空笑いした。
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