おかえりなさい(結)


 海を眺めながら海岸沿いの道を歩き、最寄りの無人駅に到着すると――そこには意外な人が待ち構えていた。



「あっ、芳埜よしのさん、おはようございますっ! 昨晩は大変失礼しましたっ!」



 深々とお辞儀をして挨拶してきたのは、何と斉藤さいとうさん。


 僕はスルーかい……一応、同級生だし一番危険な目に遭わされたんですけどね。




「ああ、昨日の。何、何か用? もしや、お前ぇ……リョウくんに会いに来たのかぁぁぁ……?」




 しかし斉藤さんの丁寧なお出迎えも何のその、闇ハルカが出現したではありませんか!




「ちちち違います! こんなつまんね……じゃなくて、芳埜さんの男に手を出すなんて、滅相もございませんっ!」



 今、つまんねって言ったよね? もちろん僕のことだよね? しっかり聞こえたからね?


 それは間違ってないからいいとして。



「斉藤さん、どうしたの? ハルカを待っててくれたの?」



 敵意を剥き出しにしている闇ハルカが暴れ出す前に、僕から彼女に尋ねてみた。



「実はマコ姉に頼まれて、始発から待ってたんす。芳埜さんに、これを渡してくれって」



 斉藤さんはベンチに置いてあった大きな花束を取り、ハルカに差し出した。



結城ゆうき……さんがこれまでくれた、花のお礼だそうです。芳埜さんに誤解があったようだから、そのお詫びも兼ねて……あたしがセレクトして作りました」



 マコちゃんにあげた花は数本だったけれど、その花束は十種類以上の花で形成されていて、とてもゴージャスだった。



「そっか、昨日マコが言ってたっけ。お礼は必ずするって」



 ハルカがそっと呟く。良かった、闇化は解かれたようだ……って、何でマコちゃんを呼び捨てにしてるの!?



「えっと、ハルカ? 昨夜、もしかしてマコちゃんと……」



 恐る恐る問いかけた僕に、ハルカは事もなげに答えた。



「うん、リョウくんがどっか行っちゃった後、マコとやり合ったの。だってあの子、リョウくんのこと馴れ馴れしく呼び捨てにしてやがったでしょ? 聞けば、リョウくんに花をもらってたって抜かしくさりけつかりよるし……あたしだって、まだリョウくんに花なんてプレゼントされたことないのに。だから、人の彼氏に色目使う厚かましいゴミはきちんと処理しとかなきゃと思って」



 処理って!


 相手はオバケだし、見るからに百戦錬磨の喧嘩の手練って感じだったでしょ!?



「ありえねーっすよ……こんなアイドルみてーなナリで、あのマコ姉を一撃でぶっ倒すなんて。マコ姉、ケンカなら野郎相手でも負け知らずの強さだったんすよ?」



 斉藤さんはその様子を見ていたらしく、真っ青な顔で震えていた。ハルカは聞こえないフリで彼女から花を受け取ると、僕に微笑んだ。



「大丈夫、誤解は解けたよ。マコはリョウくんを狙ってたんじゃなくて、大好きな実家のお花を持ってる人全員に声かけてたんだって。誰もお墓参りに来てくれないから、せめて実家の香りがするお花が欲しくて……それでたまたま声が聞こえて、応じてくれたのがリョウくんだったんだって教えてくれたの」



 ああ、そうか。斉藤さんの家は、お花屋さんなんだっけ。


 マコちゃんは花が欲しかったんじゃなくて、『家族を感じられる何か』が欲しかったんだ。



「あたしが、悪いんす……ウチは花屋だからお盆になると忙しくて、親も墓参りに行けなかった。代わりに行けっていつも言われてたのに、ずっと拒否ってた。だって、怖くて行けなかったんだ。マコ姉は、あたしを庇って車に撥ねられて死んだから」



 斉藤さんが俯いたまま、小さく漏らす。



「マコ姉がヤンキーに仲間入りしたのも、きっかけは虐められてるあたしを守るためだったんだ。悪い上級生に目ぇ付けられて、毎日カツアゲされて、泣くしかできなかったあたしのために報復に行って……ボコボコにされても何度も立ち向かっていって。それがヤンキー達の噂になって、この辺で一番勢力あるグループにスカウトされたのが始まり。マコ姉、そういうグループに自分が入れば、妹にも迂闊に手出しできなくなるだろうからって……あたしなんかのために」



 涙声になり始めた斉藤さんを、ハルカはそっとベンチに座らせた。斉藤さんは両手で顔を覆うと、堰を切ったように言葉を吐き出した。



「マコ姉はどんどん強くなって、ケンカにも負けることがなくなって、ついにはグループの頭になった。でも、マコ姉は悪いことなんてしなかったよ。免許がないからってバイクにも乗らなかったし、人に迷惑かけるようなことは仲間にもさせなかったし、あたしみたいに虐められてる子を陰で助けてた。あたしにとって、マコ姉は正義の味方で……だけど、どんどん遠くなってく気がした」



 その日、斉藤さんは久々に顔を合わせた姉と大喧嘩したそうだ。


 きっかけは、ほんの些細なこと。生活態度についてマコちゃんから咎められた斉藤さんは、



『マコ姉みたいな悪い奴に、口出しされたくない!』



 と捨て台詞を吐いて外に飛び出した。




 ――――事故が起こったのは、その直後だった。 




「人に迷惑かけるな、家族のことを頼む、って言い残して、マコ姉は息を引き取った。だけど……本当は、あたしのことを憎んで恨んで死んだんだと思ってたの。お前が代わりに死ねば良かったのに、何もかもお前のせいだって、恨み言を叩きつけたかったのに、側にいた両親を苦しめたくなくて、言わなかっただけなんじゃないかって。考えるだけで悲しくて辛くて、忘れようとした。マコ姉はもういないんだからって、言い聞かせてきた。なのに……マコ姉、毎年会いに来てくれてたなんて。忙しい家族に迷惑かけないように、あんな寂しいお墓でずっと一人で待ってたなんて……あたし、知らなくて……!」


「でも、マコはあなたのこと、憎んでも恨んでもいなかったでしょ? 大事な妹だ、自分と違って立派に親孝行する優しい子だって、あたしに自慢してたもの」



 斉藤さんの隣に腰掛けたハルカが、優しく諭す。



「マコはね、他の誰でもない、あなたのお花を待っていたんだよ。ううん、お花なんてなくても良かった。大好きな妹に、ずっとずっと会いたかったんだよ」



 そこで斉藤さんは漸く顔を上げた。涙でメイクが溶けた彼女の顔には、確かに小学校の頃の面影があった。



「来年からはお墓参りに行ってあげて。来年からは、あなたがちゃんとマコをお家に連れて帰ってあげるんだよ。姿は見えないかもしれないけど、マコはあなたの側にいるから」



 そしてハルカが斉藤さんに向けたのは、神々しいまでに清らかで美しい微笑み。


 それを見るや、斉藤さんは子どもみたいに激しく泣いた。ずっと一人で溜め込んできた、深く重い悲しみを洗い流すかのように。




「…………本当に、ありがとうございました。みっともないとこ、見せちゃったな」



 二本電車を見送ったところでやっと泣き止んだ斉藤さんは、腫れた瞼を押さえながら恥ずかしそうに笑った。



「ところで、あの……マコ姉とか、他にもいろんな幽霊が見えたのって、もしかして……」



 彼女の目が、僕を見る。


 言葉に詰まる僕に代わり、ハルカが答えた。



「それはね、『あたし達』の能力だよ。二人でいると、発動しちゃうの。皆には内緒ね?」



 斉藤さんはぽかんとしてから、脱力したようにまた笑った。



「そうだったんすね。いやもう、ゴリラが出てきた時は本当に死ぬかと思いましたよ〜」


「え、ゴリラ?」


「ハルカ、電車来たよ! それじゃあ斉藤さん、さよならグッバイまたねアリィヴェデルチ!!」



 慌ただしく挨拶すると、僕は直ぐ様ハルカの手を引いて運良くやって来た電車に飛び乗った。



「リョウくんってば、力のことがバレそうになったからってそんなに焦ることないのに。ああ言っておけば、リョウくんだけが気味悪がられることはないでしょ?」


「う、うん。でも、もっと突っ込んで聞いてくるかもしれないからさ」


「それは確かに困るかも。にしても、ゴリラって何だろね?」


「さ、さあ? ゴリラみたいにガタイの良いご先祖様でもいたんじゃない? ぼ、僕は……一日ぶりにハルカに会えたのが嬉しすぎて、そんなの見てる余裕もなかったけど」


「ふふっ、何それ。そういえばリョウくん、やたら変な行動取ってたよね。あれって……あたしに会えて嬉しくて錯乱してたから、だったの?」


「そ、そう、実はそうなんだよ。で、あの後……えっと、気持ちを落ち着けるために、その、ランニングしてきたんだ……」


「やだもう、あたしこそ嬉しい! 怒られるんじゃないか嫌がられるんじゃないかって不安だったけど……来て良かった! リョウくん、大好きっ!!」



 向かいの座席に座っていたハルカが、飛び付くように抱き着いてくる。


 来た時と同様、電車内には僕達のみの貸し切り状態だったため、人目を気にする必要はなかった。


 おかげで彼女の感触を、存分に堪能できる。イエーイ、ハルカパーイはやっぱり最の高!



 とにかく、話題を逸らすことには何とか成功した。うまいこと誤魔化せてホッとしたよ……影の親衛隊達のことは、ハルカにだけは内緒だからね。



 ゴリラ達も安心してくれたことだろう。姿は見えないけれど、きっと今もこの電車の中で彼女を見守っているはずだから。



「ね、ねえ、ハルカ。今度、動物園に行かない?」



 そこで僕は、ふと思いついてハルカに提案をした。



「僕ね、実はゴリラが大好きなんだ。強くて優しくて賢くて……最高にカッコイイから」



 僕の言葉を聞いたハルカは、きょとんとしてから可愛らしく吹き出した。



「やだ、そうなんだ。ちょっと意外。リョウくんがゴリラ好きだなんて」


「う、うん。こんなへなちょこなのに、ゴリラなんて似合わないよね……」


「ふふ、あたしもゴリラ好きだよ。強くて優しくて賢くて……生で会ったら、かわゆし! って叫びたいくらい」



 僕の冗談を取って返したのか、それとも本音なのかはわからない。


 でも、彼女を愛するゴリラ達にとって、とても嬉しい言葉だったに違いない。



 何となく、本当に何となくだけど、歓喜するあまり、電車の床を悶え転がり回るゴリラ達の姿が見えた気がしたから。



 そうだ、今度のデートの時には花を持っていこう。ハルカにプレゼントして、ビックリさせてみよう。


 何の記念日でもないけれど、いつも側にいてくれてありがとうって感謝の気持ちを込めて。






 皆様、お盆はどう過ごされますか?


 できたら、亡くなった人のためにお墓参りに行ってあげてください。


 お墓参りが難しいなら、懐かしい思い出の場所に行ってみたり、その人が生前好きだったものを用意したり――そうして、ほんの少しでもいいから、大好きだった人のことを思い出してあげてください。



 あなたが会いたいと思うのと同じように、『あちらの世界』に行ってしまった人も会いたがっているかもしれないから。


 お盆になると『こちらの世界』へやって来て、あなたに会えるのを待っているかもしれないから。



 世界を違えても生死を隔てても、想い合う気持ちは変わらない――――僕はそう信じています。




 あ、ちなみに後で調べたところ、野生のゴリラって見た目あんなにゴツいのに肉食じゃなくて、タケノコとかセロリとかそういうものを好む草食なんだと知りました。


 今度お兄ちゃんに会える時があれば、生よりうまし! なタケノコ料理を振る舞いたいと思います。






【おかえりなさい】了



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