おかえりなさい(十二)


 ところがそこへ――――僕の視界を、突如として白い影が遮った。



 僕と斉藤さんの間で、ヒラリ、と夜目にも鮮やかな白い布が舞う。



 スカートかと思ったけど、それはやたらと長い上着で――僕に向けた背中には、流麗な文字で縦に難解な漢字がたくさん書かれていた。




 こ、これは…………もしかして、怖い人達のグループが身に纏う特攻服ってやつ!?




「うるぁ!」



 特攻服の裾と共に長い黒髪を靡かせ、その人は斉藤さいとうさんに容赦ない蹴りを見舞った。ハルカの蹴りとは別物の、通称ヤクザキックだ!



「え……え!?」



 思い切り蹴られた腹を押さえつつ、斉藤さんが驚きの声を漏らす。僕もビックリして、固まるしかできなかった。



 な、何でこんなところに特攻服着た奴が現れるんだ!?


 も、もしかして、人気がないのをいいことに、この家を怖い人達がアジトにしていて、今夜も集会みたいなことしようとして現れたんじゃ……。




「おう、リョウ。ウチの妹が迷惑かけて悪かったなぁ。これからシバいて詫び入れさせてやっからよ、ちと待っててくれや」




 僕の不安をよそに、振り向いてニヤリと笑ってみせたのは――――ウソ、マコちゃん!?




 マコちゃんって、斉藤さんのお姉ちゃんだったの!?


 ていうかマコちゃん、何で特攻服なんて着てるの!? いつもの清楚なセーラー服姿はどこいった!?



 口をパクパクさせている僕が何を言いたいのか理解したようで、マコちゃんはバサリ、と翼のように特攻服の裾を再び翻してみせた。



「ああ、この服か? 仲間達が今年の七回忌に用意してくれたんだ。イケてんだろ?」



 いや、カッコイイけどさ! セーラー服より華麗に着こなしてるけどさ!



「エミの姉貴って……あの有名な『鬼神きしん天女てんにょマコト』じゃねーの!?」


「周辺の県全制覇したっていう、最強ヤンキーグループのヘッドの!?」


「でも鬼神天女って確か、俺らが中一の時に引退して……」



 戸惑う僕に、同級生トリオがモブ説明調で解説してくれた。声は弱々しいけれど、命に別状はなさそうだ。


 ほっと安心しかけたのも束の間、斉藤さんが立ち上がり、再びバットを構えるのが目に映った。



「そうだよ、マコ姉は死んだんだ! だからここにいるはずない、こいつはニセモノだ!!」



 せっかく姉に会えたというのに、彼女は頑なに信じようとしない。それどころか、マコちゃんを偽物扱いして襲いかかってきたではないか!



「うるせえ!!」



 しかし、マコちゃんの一喝で斉藤さんはメデューサに睨まれたように身動きを止めた。



「エミよ、暫く会わねえ内に生意気な口叩くようになったなあ? ニセモノじゃねえ証拠に、『いつものお仕置き』してやんよ。そうすりゃバカなお前でもわかんだろ? アタイが本物の『斉藤マコト』――正真正銘、お前の姉だってなあ!」



 その言葉を聞くや、凍り付いていた斉藤さんはバットを放り出して逃げようとした。が、マコちゃんの足払いであっさり転ぶ。


 マコちゃんは素早く斉藤さんの腰を抱え込むと、下着と変わらないくらい際どいショートパンツを履いた尻を平手で打った。



 ビッターーーーン!



 どれだけの力を込めているのやら、凄まじい音が轟く。



「いったぁぁぁい!」



 遅れて、斉藤さんの身を切る悲鳴。マコちゃんはそれを無視して、もう一発食らわせた。



 バッチーーーーン!



「ぎゃあぁぁぁあ!」



 一度や二度では終わらない。制裁のお尻ペンペンはいつまでも続く。


 いやもう、これお尻ペンペンなんて可愛い呼び方しちゃいけないよ……ここまできたら、お尻ヘルファイヤーデストロイクラッシュだよ!



「痛い痛い! マコ姉、やめてよう! 疑って悪かったって!」



 お尻ヘルファイヤーデストロイクラッシュ……もとい『いつものお仕置き』は、効果絶大だったらしい。斉藤さんはすぐに音を上げ、マコちゃんを姉と認めた。


 しかし、それでもマコちゃんは許さない。



「やかましい! アタイみてえに親に迷惑かけるようなことすんじゃねーって、約束しただろうが!」


「ごめんなさい、マコ姉! 謝るからもう許して!」


「アタイじゃなくて、リョウとリョウの彼女に謝れ! てめえ、何しようとしたかわかってんのか!? 怪我で済みゃ上等、下手したら死んでたかもしんねーんだぞ!? お袋と親父を泣かせるような真似すんな! あの二人にゃ、もうお前しかいねーんだよ!!」


「ごめんなさい、結城ゆうき! ごめんなさい、結城の彼女さん! アタシが悪かったです! ごめんなさいごめんなさい……お父さん、お母さん、マコ姉、約束破ってごめんなさいぃぃぃ…………!」



 ついに斉藤さんは泣き出してしまった。



 もうやめてあげて、とマコちゃんに伝えようと踏み出しかけた僕は、きゅっと左の手を握られ立ち止まった。



「リョウくん……ごめんね」



 見ると、僕の手を華奢な両手で包み込んだハルカが大きな瞳を潤ませている。



「こっそり様子を見に来るだけのつもりだったの。なのに勝手に誤解して、勝手に怒って……挙げ句にリョウくんを、危ない目に遭わせちゃった。本当に、本当にごめんなさい……」



 ちょっとーー!


 皆、見て見てーー! 僕の彼女、こんなに可愛いんですよーー!?


 こんな可愛い彼女、他にいますかーー!? いや、いないーーーー!!!!



「い、いいんだよ。ハルカが無事なら、それでいい。多少危ない目に遭っても、ハルカのためなら平気。えと、こっちこそ、ごめんね。ハルカを守るためだったとはいえ、いきなり突き飛ばしちゃって。その……怪我はない?」



 皆、聞いたーー!?


 今の僕、超カッコ良くないーー!?


 僕史上最高、レア度SSS級のスペシャルイケメンバージョンの結城リョウが出ましたよーーーー!!



「あたしは大丈夫。リョウくんこそ、怪我がなくて良かった。本当にごめんなさい……それと、あたしのためにありがとう。守ってくれて、すごく嬉しかった。リョウくん……好き! 大好きっ!!」



 感極まったハルカが、抱き着いてくる。



 ああ、この香り、この温もり、この感触……間違いなくハルカだ。一日離れていただけなのに、こんなにも愛おしい。


 ウホーイ! 柔らかオパーイがむんにゅりで極上の幸せーー!!



「……リョウ、やっぱりお前、ドスケベじゃねーか。彼女の胸が当たっただけで、地面に顎付きそうなくらい鼻の下伸ばしやがって」



 ハッピーを満喫していた僕は、マコちゃんの呆れたような声で我に返った。



「彼女とラブラブすんのもいいけどよ、ちったぁ周りに注意を払えよな。こんなバカが三匹もいるんだぜ?」



 マコちゃんが僕の背後を指し示す。


 振り返ると、一頭のゴリラが蹲る田中たなかを蹴り転がしていた。佐藤さとうは倒れて二頭のゴリラの尻の下敷きになっている。これぞゴリラブソファー……って佐藤の奴、いつの間にやらバット持ってるし!

 隙を突いて、また襲撃するつもりだったのか……ゴリラい、いや、懲りない奴らだ。


 でもまあ、斉藤さん以外の女の子はさっさと退散したみたいし、そんな状況で美少女とイチャつかれたら腹も立つよね……。


 残る一人、鈴木すずきは声にならない悲鳴を漏らしながら四つん這いで逃げようと藻掻いていた。どうやら腰が抜けたらしい。



「おい、逃げんなよ。お前らに会いたがってた奴らも連れてきてやったんだからな」



 マコちゃんがそう告げたのを合図に、鈴木の前にふわりと白い人影が現れた。

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