おかえりなさい(十)


 まず出迎えたのは、ほとんど全員がこちらに向けていたスマホのフラッシュ。身に覚えのないゴシップネタで報道陣に出待ちされる芸能人って、こんな気分なのかもしれない。


 素早く後ろ手でドアを閉め、僕は玄関先に集まった奴らを見渡した。


 斉藤さいとうさん含め、濃い化粧と露出度の高い服で武装した女子が四人。自称同級生トリオは、そんな彼女達の肩やら腰やらに腕を回してニヤニヤしている。


 くっ……まだ出会って間もないはずなのに、何という距離感だ! 僕なんてハルカと手を繋ぐだけで精一杯だというのに、けしからん!



 じゃなくて!!



「あの……何か用?」



 恐る恐る話しかけると、最前線にいた斉藤さんがあっけらかんと答えた。



「お前が来ねーから来てやったんじゃん。早く中入れてよ、『オバケ屋敷』探索したいから。オバケ撮れたら有名人になれるかも!」



 あまりに悪びれない態度に呆気に取られていたら、それに輪をかけて田中たなか鈴木すずき佐藤さとうトリオがとんでもないことを言い放った。



「俺はオバケより、エミ達のえっちな姿を撮りたいな〜!」


「いいね、俺も! 結城ゆうき、空いてる部屋あんだろ? オバケ出ても文句言わねーから一晩貸して。外だと暑いし虫に刺されそうだし、女の子達も可哀想じゃん?」


「ここからじゃラブホも遠いし、行ったところで混んでて入れなさそうだもんな。結城も仲間に入れてやるからさ〜、皆で仲良く楽しく遊ぼーぜ!」



 ケダモノか、お前らは!


 いや、ゴリラだってこいつらより礼儀正しいぞ!? 人間以下どころか獣以下だよ!



 本当にふざけてる…………僕の家を、そんなことに使おうなんて!!



「ももっ、申し訳ないけど、こっここここにはオバケなんていないし、ききき君達と仲間になる気も遊ぶ気もないんで! ぼぼっ、ぼぼぼ僕の家に入らないでくれるかな!?」



 どもりつつ、噛みつつ、それでも僕は必死に訴えた。もっと毅然とした態度で対応すべきなのはわかってる。でも情けないことに、これが僕の精一杯だった。


 断られるとは思ってなかったようで、一同は一様にぽかんとして固まった。しかし、すぐに田中鈴木佐藤トリオが詰め寄ってくる。



「何だ、てめえ。人が頼んでんのに、嫌だってのか?」



 と睨んできたのは、茶髪で長身の田中。


 頼むって、あれでお願いしてたつもりなの? それなら相応の態度ってもんがあるでしょーが!



「何が気に入らねーのかな? まさか女の子が好みじゃねーってのか、ああ?」



 とヘラヘラしながらのたまったのは、黒髪ホスト風ヘアスタイルの鈴木。


 そういう責任を他の人に向けてこちらを悪者にする言い方、とっても卑怯だと思う!



「単に言い間違えただけだよな? 結城くんだって、殴られたくねーだろうからなあ?」



 と進み出て凄んできたのは、金髪モジャ頭の佐藤。


 これまたわかりやすい脅しだけど……だからって、その手に乗るもんか!



「帰ってって言ってるだろ! 誰も家に入れない! 何が何でも、絶対に入れない!!」



 今度こそ、僕は全力で拒絶した。


 こんな奴らに、父さんと母さんが見付かったらどうなるか。面白半分で写真や動画を撮影されて、それを見世物にされる。晒し者にされて、死んでも名誉を傷付けられる。


 二人が『こちら側』にいられる時間は、残り僅か。その間、何としてもこの場を凌がなくてはならない。


 今、我が家と両親を守ることができるのは、僕しかいないんだから!



「いい度胸してんじゃねーか。さてはお前も、幽霊なんじゃねーの?」


「それあるかも! だって、存在感ねーもんなー」


「俺らで確かめてみよーぜ、生きてるかどうかさ!」



 そう吐き捨て様、佐藤が僕の胸倉を掴んだ。そして、拳を振り上げる。



 殴られる覚悟はできていた。でも、いざその状況に陥るとやっぱり怖くて――僕はヒッと情けない声を漏らし、ギュッと目を閉じた。




 ―――――が、予想に反して衝撃も苦痛も襲ってこない。




「だ、誰だ、お前?」



 代わりに聞こえてきたのは、戸惑いに満ちた佐藤の声。


 そっと瞼を開いてみれば、佐藤の腕を掴むゴツくて毛深い手が映る。


 それだけでなく、全員の視線が僕の真上に集中していることにも気付いた。真上じゃない。正確には僕の背後にいる、背の高い何者かに、だ。



 それが誰かなんて、いちいち確認するまでもなかった。




「……郡山こおりやまさん」




 振り向いた僕は、危機を救ってくれた心強い助っ人の名を呼んだ。



 けれど、何だか様子がおかしい。



 あれほど感情を豊かに披露していた顔からは一切の表情が消え、虚ろな目をしている。まるで、目の前にいる僕のことも見えていないみたいに。



「郡山、さん?」



 もう一度、僕は彼の名前を呼んだ。



 次の瞬間――郡山さんは、掴んでいた佐藤の腕を乱暴に放り出した。振り解かれた勢いで、佐藤がすっ飛ぶ。ついでに田中と鈴木も巻き込まれ、仲良くトリオでひっくり返った。


 郡山さんは更に迷彩服を引き裂き、逞しく雄々しく毛深い上半身を露出した。



 ま、まさか、マジギレモードに突入したのか!?

 この人がキレたら、皆ただじゃ済まなそう……下手すると死人が出るかも!



「郡山さん、ダメ! 落ち着い……」



 慌てて彼を止めようとした僕の声は、そこで止まった。



 何と郡山さんが、両手で自分の胸を打ち始めたのだ。



 バムバム、バムバム、バムバム。



 大きな平手が、分厚い胸板をリズミカルに叩く音が響く。その音が、どんどん強く大きくなっていく。




 バムバム、バムバム。

 ボムボム、ボムボム。

 ドムドム、ドムドム。

 ドムドムドム、ドムドムドムドムドム!




「ひっ……な、何だ、こいつら!?」


「ウソでしょ!? 何なのよ、これ!?」



 慌てふためく皆の叫びは、どこか遠く感じられた。



 僕は呆然と、ただ見つめていた。




 激しくドラミングする郡山さんと――――彼に呼応するかのように現れ出た、ゴリラ達を。

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