おかえりなさい(十)
まず出迎えたのは、ほとんど全員がこちらに向けていたスマホのフラッシュ。身に覚えのないゴシップネタで報道陣に出待ちされる芸能人って、こんな気分なのかもしれない。
素早く後ろ手でドアを閉め、僕は玄関先に集まった奴らを見渡した。
くっ……まだ出会って間もないはずなのに、何という距離感だ! 僕なんてハルカと手を繋ぐだけで精一杯だというのに、けしからん!
じゃなくて!!
「あの……何か用?」
恐る恐る話しかけると、最前線にいた斉藤さんがあっけらかんと答えた。
「お前が来ねーから来てやったんじゃん。早く中入れてよ、『オバケ屋敷』探索したいから。オバケ撮れたら有名人になれるかも!」
あまりに悪びれない態度に呆気に取られていたら、それに輪をかけて
「俺はオバケより、エミ達のえっちな姿を撮りたいな〜!」
「いいね、俺も!
「ここからじゃラブホも遠いし、行ったところで混んでて入れなさそうだもんな。結城も仲間に入れてやるからさ〜、皆で仲良く楽しく遊ぼーぜ!」
ケダモノか、お前らは!
いや、ゴリラだってこいつらより礼儀正しいぞ!? 人間以下どころか獣以下だよ!
本当にふざけてる…………僕の家を、そんなことに使おうなんて!!
「ももっ、申し訳ないけど、こっここここにはオバケなんていないし、ききき君達と仲間になる気も遊ぶ気もないんで! ぼぼっ、ぼぼぼ僕の家に入らないでくれるかな!?」
どもりつつ、噛みつつ、それでも僕は必死に訴えた。もっと毅然とした態度で対応すべきなのはわかってる。でも情けないことに、これが僕の精一杯だった。
断られるとは思ってなかったようで、一同は一様にぽかんとして固まった。しかし、すぐに田中鈴木佐藤トリオが詰め寄ってくる。
「何だ、てめえ。人が頼んでんのに、嫌だってのか?」
と睨んできたのは、茶髪で長身の田中。
頼むって、あれでお願いしてたつもりなの? それなら相応の態度ってもんがあるでしょーが!
「何が気に入らねーのかな? まさか女の子が好みじゃねーってのか、ああ?」
とヘラヘラしながらのたまったのは、黒髪ホスト風ヘアスタイルの鈴木。
そういう責任を他の人に向けてこちらを悪者にする言い方、とっても卑怯だと思う!
「単に言い間違えただけだよな? 結城くんだって、殴られたくねーだろうからなあ?」
と進み出て凄んできたのは、金髪モジャ頭の佐藤。
これまたわかりやすい脅しだけど……だからって、その手に乗るもんか!
「帰ってって言ってるだろ! 誰も家に入れない! 何が何でも、絶対に入れない!!」
今度こそ、僕は全力で拒絶した。
こんな奴らに、父さんと母さんが見付かったらどうなるか。面白半分で写真や動画を撮影されて、それを見世物にされる。晒し者にされて、死んでも名誉を傷付けられる。
二人が『こちら側』にいられる時間は、残り僅か。その間、何としてもこの場を凌がなくてはならない。
今、我が家と両親を守ることができるのは、僕しかいないんだから!
「いい度胸してんじゃねーか。さてはお前も、幽霊なんじゃねーの?」
「それあるかも! だって、存在感ねーもんなー」
「俺らで確かめてみよーぜ、生きてるかどうかさ!」
そう吐き捨て様、佐藤が僕の胸倉を掴んだ。そして、拳を振り上げる。
殴られる覚悟はできていた。でも、いざその状況に陥るとやっぱり怖くて――僕はヒッと情けない声を漏らし、ギュッと目を閉じた。
―――――が、予想に反して衝撃も苦痛も襲ってこない。
「だ、誰だ、お前?」
代わりに聞こえてきたのは、戸惑いに満ちた佐藤の声。
そっと瞼を開いてみれば、佐藤の腕を掴むゴツくて毛深い手が映る。
それだけでなく、全員の視線が僕の真上に集中していることにも気付いた。真上じゃない。正確には僕の背後にいる、背の高い何者かに、だ。
それが誰かなんて、いちいち確認するまでもなかった。
「……
振り向いた僕は、危機を救ってくれた心強い助っ人の名を呼んだ。
けれど、何だか様子がおかしい。
あれほど感情を豊かに披露していた顔からは一切の表情が消え、虚ろな目をしている。まるで、目の前にいる僕のことも見えていないみたいに。
「郡山、さん?」
もう一度、僕は彼の名前を呼んだ。
次の瞬間――郡山さんは、掴んでいた佐藤の腕を乱暴に放り出した。振り解かれた勢いで、佐藤がすっ飛ぶ。ついでに田中と鈴木も巻き込まれ、仲良くトリオでひっくり返った。
郡山さんは更に迷彩服を引き裂き、逞しく雄々しく毛深い上半身を露出した。
ま、まさか、マジギレモードに突入したのか!?
この人がキレたら、皆ただじゃ済まなそう……下手すると死人が出るかも!
「郡山さん、ダメ! 落ち着い……」
慌てて彼を止めようとした僕の声は、そこで止まった。
何と郡山さんが、両手で自分の胸を打ち始めたのだ。
バムバム、バムバム、バムバム。
大きな平手が、分厚い胸板をリズミカルに叩く音が響く。その音が、どんどん強く大きくなっていく。
バムバム、バムバム。
ボムボム、ボムボム。
ドムドム、ドムドム。
ドムドムドム、ドムドムドムドムドム!
「ひっ……な、何だ、こいつら!?」
「ウソでしょ!? 何なのよ、これ!?」
慌てふためく皆の叫びは、どこか遠く感じられた。
僕は呆然と、ただ見つめていた。
激しくドラミングする郡山さんと――――彼に呼応するかのように現れ出た、ゴリラ達を。
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