おかえりなさい(九)


「よく眠っているわねぇ」


「お酒を飲むのは初めてだと言っていたからなぁ」


「僕もまだお酒飲んだことないけど、こうならないように気を付けるよ……」



 僕達の眼下では、顔を真っ赤にした郡山こおりやまさんがニヤけ顔でお休み中。父さんの晩酌に嬉々として付き合ったまでは良いものの、一口でダウンしまったのだ。


 酒樽持ち上げて仰向けで一気してそうなイメージだったのに、これまた意外だ。


 ソファの上に乗せてあげたかったけど、重すぎて父さんと二人がかりでも無理だったのでリビングの隅に転がし、タオルケットだけかけておいた。


 再び三人の時間。


 その合間に、僕はこっそりポケットに忍ばせたスマートフォンをチェックした。


 ハルカからの連絡は、やはりない。郡山さんの到来でてんやわんやだったとはいえ、こちらから連絡しなかったもんね。心配しすぎて、郡山さんみたいに倒れてなければいいけど。


 しかしハルカに申し訳ないと思いながらも、僕はメッセージを送らずにスマートフォンから手を離した。デジタルで表示された『20:43』という時刻が目に入ってしまったからだ。


 家族が一緒にいられる時間は、あまり残されていない。何か話さなきゃ、二人を安心させなきゃ、今年こそは笑顔で見送らなきゃと思えば思うほど言葉が出なくなって、気持ちばかりが空回る。



「リョウ、どうしたの? 具合でも悪い?」



 どんどん口数が少なくなっていく僕に気付き、母さんが声をかけてきた。



「う、ううん。郡山さん、大丈夫かなと思って」



 視界の端に入った彼の姿を理由にして、僕は苦笑いで誤魔化した。


 すると母さんは神妙な表情を浮かべ、隣にいた父さんを仰いだ。



「ねえ、やっぱり話した方がいいんじゃない? 郡山さんのこと」


「いや……でも、口止めされているし。勝手に話すのは、郡山さんにとって不本意だろう」



 二人は顔を寄せ合い、郡山さんの方を見ながらひそひそと相談を始めた。



「だけどこのままじゃ、郡山さんが可哀想よ。あんなに会いたがっていたリョウとせっかく対面できたのに、何も言わないままなんて」


「ううん……気持ちはわかるが、郡山さんが決めたことだ。俺達の感情に任せて、約束を破ってはいけない。俺だって心苦しいけれど、堪えているんだ」



 何? 何の話?



 郡山さんが僕に会いたがってたのは、父さん達が息子のことを面白おかしく話したからじゃないの?


 何も言わないままって、何を隠してるんだ?



「ね、ねえ……郡山さんがどうかしたの?」



 僕は恐る恐る、深刻な面持ちで語り合う二人に尋ねてみた。



「もういい、黙っていられない。私から言うわ!」



 意を決したように、母さんが僕に向き直る。



「リョウ、聞いて。郡山さんはあなたの……」


「母さん、ダメだ! せめて郡山さんを起こして確認を取ろう、な!?」



 そこへ父さんが母さんの言葉を遮り、首を激しく横に振って強く反対の意志を示した。



「バカね。寝てる今の内にこそっと話して、後はリョウに知らん顔してもらえばいいのよ」



 えっ……それ、一番ダメなやつじゃない?



「なるほど、それなら問題ないな! 俺達がバラしたってわからないし!」



 問題なくないよ! 僕に責任転嫁しただけじゃん!


 ダメだ、この二人……秘密守れないタイプの典型だ!!



 心の中で両親に突っ込みを入れつつも、僕にはやめろと言えなかった。だってここで止めたら、この後ずっと引っ掛かり続けるに決まってる。



 郡山さんは、僕の……何?



 でも郡山さんとは、初対面のはずだ。だってあんなにアクが強い顔、一度見たら忘れられないもん。


 だとしたら彼は、僕にとってどういう存在なんだ?


 もしかしたら何らかの事情があって、二人が手放した子で本物の兄、だとか?

 もしくのもしくは僕の方が実は二人の養子で、全然全く一つもちっとも似てないけれど、彼が本当の父親……なんてことないよね!?




「リョウ、ごめんね。郡山さんには黙っているよう言われていたんだけど……」




 改めて口を開いた母さんに何を告げられるのか、ショックを受けないように脳内であれこれ想像を巡らせつつ、息を詰めて聴覚に神経を集中させていたら――――その耳が、けたたましい笑い声を捉えた。


 父さんと母さんも顔を強張らせ、カーテンを閉めた窓にさっと目を向ける。



 一人だけじゃない。二人、三人……もっといる。



 大人数の声はどんどん明瞭になってきた。そして、だんだんこちらへと近付いてくる。



「うっわ、マジで灯り点いてるよ! 『オバケ屋敷』に電気なんて通ってたんだ!」



 これは……斉藤さいとうさんの声だ!



 じゃあまさか、この団体は――。



「電気点いてるってことは、誰かいるんだよな……?」


「ヤダ、怖ぁい! ミキ、そういうの無理! 帰ろうよぅ!」


「大丈夫だって。中にいるの多分、前ここに住んでた俺らの同級生だからさ」


「そいつじゃねー方が面白くね? アタシ、動画撮ろうっと。オバケ映るかもしんねーし」


「サリナちゃん、ナイスアイディア! オバケ撮れたら動画サイトにアップロードしよーぜ!」


「SNSでも拡散しちゃお! サリナ、アユにも送って。アユのケータイ、もー電池なぁい」



 女の子達はわからないけど、メンズ三人衆は恐らく田中たなか鈴木すずき佐藤さとうの同級生トリオだ。



 あいつら…………コンビニで話してた『肝試し』に来たのか!


 僕がいようといまいと、僕の家をネタにして遊ぶつもりに違いない!



「……リョウ、同級生って言ってたけどそうなの?」



 怒りに震えながら窓の方を睨んでいたら、母さんがそっと背後から声をかけてきた。やけに声がこもってるな、と思いつつ振り向くと、既に般若面を装備済だった。


 二度目とはいえビックリしてまた腰を抜かしかけたけど……それどころじゃない!



「そ、そうみたい。でも……」


「あまり仲が良かったわけじゃなさそうだな。友達じゃないのか?」



 ホッケーマスクを装着した父さんに尋ねられ、僕は素直に頷いた。



「それなら、母さん達が追っ払ってやるわ」


「父さん達に任せろ。お前は待っていなさい」



 二人はそう言って、玄関の方に向かおうとした。



「ダメ! 待って!」



 けれど僕は慌てて駆け寄り、二人の前に立ち塞がった。



 相手は大人数だ。しかも、動画を撮影している。


 父さんと母さんが出ていったら、怖がって退散するどころか面白がってヒートアップするだけだ。



 そんなことはさせない。


 家だけじゃなく、大切な家族まで遊びの道具にするなんて許さない!



「二人は家の中にいて。何があっても出てきちゃダメ。僕が何とかするから!」


「あれ、今声した?」

「何か聞こえたよな?」

「おーい、結城ゆうきー! いるのかー? いるなら開けなー! いなくても勝手に入るからいいけどー!」



 斉藤さんの呼び声に応じ、僕は覚悟を決めて玄関の扉を開け、外に出た。

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