おかえりなさい(八)
「ちょっと父さん、また逆走してる!」
「あ、これ逆か! ところで母さん、同じ場所でずっと何してるんだ?」
「それが、何故か一向に進まないのよ……ああもう、目が回ってきたわ!」
「くぅぅ、バナナが落ちてるから食べられるのかと思って近付いたらとか皮だけだったっす! 滑ってクラッシュなんて、こんなのあんまりっす!!」
皆でコントローラーを握り、テレビ画面相手に騒いでいるのは、家に置いてあった『ゴリオカート』というカーレースゲームだ。父さんに買ってもらった思い出のソフトで、こうして家族仲良くプレイするのがお決まりとなっている。
お古のコントローラーがまだ使えたから、新たな家族として仲間入りした
父さんは相変わらず逆走ばかりするし、母さんは何故かスタート地点でいつまでも回転してるし、郡山さんはトラップを見付けたらアイテムと勘違いして突っ込んでいくから全くゴールできない。しまいには、本気で悔し泣きする始末。
その後で、郡山さんから筋トレを教わることになったんだけど……これがものすごくキツかった。だって、人が変わったようにビシビシバシバシしごいてくるんだもん。
口では『強い男にするため』とか何とか仰ってましたが、明らかにゲームでの鬱憤を殆どのレースで勝利をおさめた僕にぶつけてましたよね? 全く、大人気ないったらありゃしない!
ギッチギチになった筋肉を解すには、やっぱりお風呂。
一年に一度だけとなる我が家でのバスタイムは、父さんと一緒に入って背中を流しっこする。これもこの日のお約束だ。
この年になるとちょっと恥ずかしい気持ちもなくはないけれど、僕の成長した姿を間近で見たいと言うんだから断れない。
「おっ、去年より……いや、会った時よりガッシリしたんじゃないのか? 郡山さんの筋トレのおかげだな!」
髪を洗う僕を見て、バスタブに浸かった父さんがガハハと笑う。
筋肉って、そんな短時間で身につくものじゃないよ……。いつまで経っても萎びたモヤシのまんまな息子に、気を遣わせてしまってごめんね……。
父さん孝行の次は、母さん孝行。一緒にキッチンに立って、夕食作りのお手伝いだ。
その間、父さんと郡山さんはゴリカーの特訓に勤しんでいた。何としてもリベンジする! と二人して意気込んでたから、夕飯の後にまたプレイするまでに少しでも上手くなってるといいな。
今夜のメインディッシュは、母さん特製のハンバーグ。しかし食材は、『三人分』しか用意されていない。
郡山さんはどうするのだろう? まさか食事抜き?
それじゃあまりにも可哀想だから、近くのスーパーに買い出しに行こうと思ったのだけれど。
「自分なら大丈夫っすよ。食べるものは、ちゃんと持ってきてますんで!」
と、郡山さんは服とお揃いの迷彩柄のバカでかいリュックを叩いてみせた。
何が詰まってるのかと不思議だったけど、あの中には食糧が入ってたのか。あれほどの筋肉を作るためには、きっと食事もきちんと管理しなきゃならないんだろうな……って、一応オバケなんだっけ。高濃度の個性にやられて忘れかけてたよ。
さて、何を持ってきたんだろう? いろんな種類のプロテインかな? と軽くワクワクしながら、ダイニングテーブルの隣に座った郡山さんがバッグを開けるのを待ち構えていたら……ここでも彼は予想を超えてきた。
「やー、自分、これが大好物なんすよ!」
そう言って彼が取り出したのは、タケノコ。
まさかと思いつつそっと覗いてみれば、ポリタンクみたいな大きさのリュックにはタケノコばかりがいっぱいに詰まっている。どこまでもいつまでも、タケノコ。タケノコの他には何も入っていない。タケノコ以外お断り、タケノコオンリーのタケノコ収納タケノコ専用リュックだ。
郡山さんは器用に皮を捻ってスポンと抜き、生のタケノコに食らいついた。
「うまし!」
ウソ、一口でいったよ!
ワンガブリでワンタケノコをパーフェクトイートだよ!!
「ん? リョウくん、どうしたっすか? あ、もしかしてリョウくんもタケノコが食べたくなったんすか? もー仕方ないっすね、大好物だから惜しいけど……可愛い弟のために一つプレゼントするっす!」
唖然と見つめていた僕の前に、皮付きのタケノコがどんと置かれる。いやいや……これをどうしろと!
「食べないんすか? あ、もしかして皮剥き苦手なんすか? 自分、剥いてあげますよ!」
「いえいえいえいえ! せっかくなので、持ち帰って彼女と食べます! ありがとうございます、気持ちとタケノコだけいただいておきますね!」
「彼女と……いいっすね! ハルカさんにも是非是非是非! 食べさせてあげてください。それならもう一本、オマケしちゃいます!」
ふう……何とか言い訳して生タケノコ一気食いは回避できたぞ。それにしても、こんなにタケノコが好きな人なんて初めて見たよ。
もらってばかりじゃ悪いから、僕はお皿に乗ったハンバーグを切り分けて郡山さんに差し出した。
「良かったら、郡山さんもどうぞ。母さんのハンバーグは絶品ですよ」
しかし郡山さんは静かに首を横に振り、見事に繋がった眉毛を⌒の記号まんまに下げて答えた。
「サーセン……自分、肉類はダメなんす。お腹壊しちゃうんで」
見た目は超肉食って感じなのに、意外にもベジタリアンらしい。
思わぬタケノコショックに見舞われたけれど、一人家族が増えた食卓はとても楽しく、三人だけだったお昼よりも会話が弾んだ。
現在の時刻は、夜七時。零時になって日付が変われば、父さんと母さんは消える。恐らく郡山さんも、二人と共に帰るのだろう――『あちらの世界』に。
残された時間はあと僅か。
僕はそのことを考えないように、なるべく明るい雰囲気を作ろうと必死に喋り続けた。別れの時を思うだけで泣きそうになる、そんな情けない自分を隠すために。
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